雷を切り裂く《闇》
「なんとか命中しましたね……。先輩が止まってくれてよかったです……。」
温泉街から少し離れた山に位置した天文台。そこに取り付けられた望遠鏡は遠距離砲撃ができるという代物でした。
実際のところは銃座の動きが遅く、航行中のトリノイワクスに狙いをつける事は困難でした。
そんなトリノイワクスでしたが、高火力の攻撃を行う瞬間には動きが停止するみたいでした。強い技には隙が伴うのはどんなゲームでもお約束みたいです。
その隙を突いての砲撃。私はビームや砲撃で大打撃を与えるものだとばかり思っていましたが、まさか鎖が出るなんて。
細い望遠鏡のどこに隠していたのか、その無限とも思える長さの鎖は対象目掛けて飛んでいき、トリノイワクスを即座に縛り上げて見せました。
そして自由を奪われた船に先輩が乗り込んで、さらにはツグミ先輩も駆けつけて……! ずっと2人で戦っていて欲しかったのに!
なんて思っている間にトリノイワクスが沈黙しました。流石特権持ちの2人ですよね。私はそれで攻略終了だと思っていたんですが……。
「新しい……ボス、ですか……?」
トリノイワクスや巨人と距離が離れているだけにどこか蚊帳の外の出来事のように感じながらも率直な感想を口にします。
「吾輩は雷神タケミカヅチ! 我が雷の前に散るがよい!」
そんな遠距離でもはっきりと聞こえる大音声での宣戦布告。声が望遠鏡までもを撃ち震わし、握った私にまで痺れるような振動が伝わります。
「間違いなく大物……! ですが、こちらに気づいていないなら……!」
――こちらが視認されていない。そして巨体故に狙いが付けやすい。手元の引き金を引く指に迷いはありませんでした。
まずは先輩達に先制攻撃を成功させてもらって優位に立つ。その目論見通りに、鎖はタケミカヅチに向かって寸分狂わずに襲い掛かります。
「ぬおっ!? なるほど、伏兵がおったか! ……だがッ! この程度の鎖など効かぬわあッ!」
捕縛されたと知るや否や腰の刀を力任せに引き放ち、鎖を両断していくタケミカヅチ。その刀は赤黒い光が帯びていて、ただの武器では無い事をこれでもかと誇示していました。
「そこかああッ!!」
そして刀をこちらへと向けます。その指揮だけで何条もの雷が空気を切り裂きながら迫ります。
「《流麗模倣》!」
これまで多くの相手の攻撃を受け止めてきた私の自慢の《流麗模倣》ですが、それでも限界はあります。
それは魔力量。強い攻撃をコピーすれば、それだけ魔力消費も激しくなります。人並み以上には魔力を強化したという自負がある私ですら、一瞬で劣勢を悟らされる。そんな圧が襲い掛かりました。
「これは……耐えられないんですけど……!」
双方から雷が迸ります。それでも私の仮初の雷は勢いが衰える一方で――
「ツグミ! 撃て!」
「おっけー!」
「トリノイワクスを使うか……! 砲撃とは小癪な!」
重音とともに空へと舞い戻っていく雷。その間隙に乗じて天文台の横に船がつけられました。
「ユウちゃん、乗って!」
「……はい!」
*
――タケミカヅチ。俗に言う雷神というやつだ。後にタテルに聞くところによると、こいつは神話の中でトリノイワクスに乗っていたそうだ。その話をどこかから引っ張ってきたAIが作ったのではないか、そう推察されている。
「それにしても今の攻撃は怖いね。威力だけ見たら過去最高だと思わない?」
「はい……少なくとも私が受けた攻撃の中では一番ですね……」
「雷の遠距離攻撃か。防げないなら避けるしかないよな……」
「ああ、そうだな。何発も喰らえばトリノイワクスでも沈みかねねえな。おまけに見てから避けようとすりゃあ間に合うかも怪しい……右だ!」
「くう……っ!」
怒声を聞いて船体を旋回させる。乗り心地や安全性などどこ吹く風といった様子でトリノイワクスは注文通りに舵を切る。直後、さっきまで停泊していた位置に雷が牙を剥く。もちろん放たれるのはタケミカヅチの持つ業物からだ。
「ああ、動きを細かく観察すれば予測は立つな。いいぜ、回避運動の補助はやってやる。《模倣》が動かせ。残りの特権持ちは火力要因だ」
てきぱきとタテルがそれぞれの役割を決めていく。理に適った分担で、俺達は依存もなくそれぞれの準備を進めていく。
「行くぞ! 目標、タケミカヅチ……!」
「向かってくるか! 諸共消し炭になるがいい!」
空を駆けるトリノイワクスを見据えながらタケミカヅチは刀を湖へと深く突き刺す。湖面が津波のように激しく暴れ、さらには水中から雷撃がいくつも放たれる。
「電撃のランダム範囲技なんて作ったのかよ、面白え! 俺様を落とせるか試してみな!」
荒れ狂る電撃の柱を縫うように赤い矢印があちこちに浮かんでは消え、また別の場所に表れて、を断続的に繰り返す。よく観察するといくつかの道を作っているようにも見えなくはない。
「ああ、安全な道は示してやった! 上手く抜けていけ!」
「道を示すとか言ってるけど、あっちこっち消えたりしてない?」
「当たり前だろうが。これはタケミカヅチの攻撃との読み合いだぜ? 状況なんざ時々刻々と変わるに決まっているだろうが」
正解ルートが出てきたと思うとすぐに別のルートが正解に変わる。果たしてそれは正解ルートなのか、とか当てにして大丈夫なのかなどと考える俺とは対照的にユウハが動く。
「つまり目印を見ながら次の弾着位置を予測して、舵を切ればいいんですよね……!」
そう言い切ったユウハは迷いなくトリノイワクスを右へ左へ揺らしながら雷の雨の中を突き進んでいく。
「うわっ、ユウちゃん凄いね! 全然当たってないよ!」
「こんな技術どこで身につけたんだよ……!?」
「繊細な操作が必要なゲームは一般教養、じゃないですか……!」
そう答えるユウハはいつになく得意げな様子にも見える。好きなジャンルで得たスキルなのかもしれない。考えてみれば俺とツグミの攻撃を《流麗模倣》で全て凌ぎ切って見せた事もあった。動きを読む才能も持っているのかもしれない。
「ほら、ぼさっとするなよアタッカー。仕事の時間だぜ?」
言われて気づく。ユウハの奮戦により、雷を抜けてタケミカヅチの背後を取っている。巨体が振り返るまでの時間と攻撃の着弾時間と。どちらが短いかは言うまでもない。
「《月光》!」
「《陽光》!」
髪を黄金色に変化させたツグミと共に《光》と《闇》、両方とも100%の攻撃を紅蓮の甲冑に目掛けて撃ち込む。タケミカヅチの属性がなんであろうと弱点は必ずつける、安定と必殺の攻撃。馬鹿にするのは防ぐ方法を思いつかない者だけだ。
――もちろんタケミカヅチは文句などつけるはずもなく。
「ハハハハハ!! いい操舵手がいるではないか! 骨のある賊でなくてはトリノイワクスは奪えぬぞ!!」
高笑いと共に長大な刀を上段に構え雷と共に振り下ろす。しかし甲冑の重さ故か、それとも速度は重視していないからか、さほど脅威には感じられない。ユウハの技術ならば当たる事はないだろう。
「賊でもないし、ゲームをしてるだけだっての!」
刀がトリノイワクスが通り過ぎた後をゆっくりと襲う。目視で簡単に捉えられる速度だ。そう、飛び移れるほどに。
「《曲射》……と!」
巨大な赤い刀はレッドカーペットのようだ。そこを駆け抜け、様々な軌道で《月光》を放つ。そのまま、鍔、そこから上は《夜叉》で具現化した石板と、軽やかに飛距離を稼いで頭部へ迫り、さらに追撃を行う。
「全力の……《夜叉》ッ!」
「兜を割ろうとするか! 心意気は見上げたものだがそれは蛮勇というもの――!?」
えびぞりのような体勢から、漆黒に染まった腕を振り下ろす。兜と接触し一時は止まったかのように見えたのも束の間、そのまま俺は腕を振り切ってタケミカヅチの頭部が湖に沈む。
「なんだ!? 小さき腕でこれほどまでの威力が出せるのか!?」
「はあ!? おい、どうなってんだよ!」
――かなりの魔力を集中させた。それは事実だが、俺の狙いはあくまでもタケミカヅチの体力を少しでも削る事だった。間違っても巨体を沈めるほどの威力が出るなんて露ほども思っていなかった。
「なぜ貴様が驚く必要があるのだ? ……まあ良いだろう。攻撃力はなかなかどうして侮れんな。では、防御の方はどうだ?」
「……!」
溜めの《月光》であってもここまでの威力にはならないだろうと未だ原因究明に頭を回そうとする俺へと湖から刀がせり上がる。串刺しにせんと迫るが、そんな反撃は当然予想している。突かれるよりも速くそれを回避する。
――背中の翼によって。
「間一髪だね! ……でも、刀と撃ち合って相手のを折ってきても良かったんだよ?」
「あれがラッキーパンチだったら即死するだろ。そんな度胸はないっての」
「男は度胸って言うのにね」
「なんとでも言いなよ」
博打を打つのは嫌いではないか時と場所は選ぶ必要がある。何でもかんでも勝負するのは種節でも何でもなくてただの阿保だと思うしな。そんな言い訳をでっち上げながらツグミに捕まったままトリノイワクスまで帰還する。《翼》には重量制限が無いらしく、俺が捕まっても速度が落ちる事なくぐんぐん進んでいった。
「おかえりなさい、先輩! アラタ先輩がお姫様だっことかして舞い戻ってくれたらなあーなんて思ってましたが逆も案外いけますね! 落ち着いたらもう一度見せてもらってもいいですか!?」
「うるさい黙れ。……ところでタテル。さっきの《夜叉》の威力は何なんだ? 能力強化らしい事もしてないのになんであんなに威力が跳ね上がったんだよ?」
ユウハには目もくれずGMの解説を呼ぼうとする。少し前のAIなら文句を並べてから渋々答えたが、このGMは対照的にポンポンと答えを述べていく。
「ああ。考えられる理由としてはレベルだな。トリノイワクスも落としたんだ、それは結構な経験値になった事だろう。加えてもう1つ。お前は運が良かったな。ゲーマーなら覚えがあるだろ? 何もしなくても威力が上がる、対戦モノのお約束が」
「ああ、クリティカルヒットか!」
タテルの口癖を思わず真似しながら快哉を叫ぶ。言われてみれば納得のいくシステムだ。どうしてこれが思いつかなかったのか。
「このゲームにもクリティカルとかあったんだね」
「完全ランダムだが威力は折り紙付き。確率は極低確率にしてあるな」
「じゃあクリ狙いの攻撃は現実的じゃないのか……」
「ほほう。さっきのはまぐれ当たりだったか……。いやしかし! どんな手を隠し持っているかも分からんそなたらには全力で向かい合うべきか!」
持ち直したタケミカヅチが、ひびの入った兜を直しながら空へと腕を突きあげる。その瞬間、青空を塗り潰すように黒い雲が広がっていき、雨風までもが吹き荒れる。さざ波しか立たなかった湖はいつの間にか嵐を伴う大海のように変貌を遂げていた。
「天気を一瞬で変えるんですか……!?」
息を呑む俺達をさらに威嚇するように赤い雷が一閃、タケミカヅチ自身へと降り注ぐ。
「ハハハハハ!! ハハハハハ! これが雷神と謳われた我輩の権能! 我が力の本領! 存分に振るってくれようぞ!」
体中に深紅の雷を纏い、割れた兜から新たに長い角を覗かせながら、タケミカヅチは蹂躙を再び開始した。




