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L&D - 陽キャは光と、陰キャは闇と -  作者: 新島 伊万里


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間髪入れないスケジュール

 時刻は5時きっかり。まるでそうプログラムされていたかのように俺は起床した。《晦冥》を使う陰気な俺に似合わず清々しい気分を味わう。


 目が冴えてるし頭はスッキリしている。普段の2倍寝るだけでこうも違うのか。ゲームをしていたはずなのに睡眠も取れているとは日本の技術は恐ろしいもんだ。


「おはよう、アラタ」


 そう声をかけてくる母親も心なしか気持ち良さそうだ。朝食を食べる父さんの顔を見ても少し頰がゆるんでいるように見える。


「おはよう」


 そう返事をして椅子に座り朝食にありつく。


 ――それだけだ。


 気分はいいと言っても親とはどう会話をすればいいのか分からない。親は親で最低限の子育てや自分の仕事をやれば残りの時間はゲームに充てていた。


 その事に不満はない。なぜなら俺もイベントの邪魔をされなくて済むなあなんて邪な考えを持っているから。まあ、あれだ。利害が一致してしまってるのだ。


 だから会話が分からない。会話をしない方がかえって邪魔をしないとまで考えているからどうしようもない。そんな状況で俺が取れる行動は1つだ。


「行ってきます」


 とにかくサッと朝食を食べ終えてその勢いで家を出て行く。それが俺の処世術。どうでもいいけど家族特攻がついてる。



 ✳︎



 教室に入ると目に入るのは誰かと共に雑談に興じる生徒達。名前は知らない。高校2年なのにフレンド枠はスカスカであった。


 というのもソシャゲにはその時の流行りというものがあるだろう。このクラス、というか学園ではスマホでチームに分かれて銃を撃ち合うようなゲームが流行っていて俺はそれをやっていなかったんだ。ほら、同じゲームをやっていないと会話が噛み合わないだろ?


 だったらどうしてやらなかったんだって言いたい気持ちはよく分かる。だが待ってほしい。俺がやっているのは由緒正しきネットゲーム。剣とか魔法で戦う感じのアレ。


 ああいうのって、レアアイテムのドロップ率がイカれたレベルで低いだろ。それを追い求めて連日ダンジョンに潜るんだ。みんなとワイワイ撃ち合う余裕なんて無かった。そんな訳でこの場所に居場所はない。というか作ろうとしなかったのだ。


 それでも別にいいんだ。負け惜しみでもなんでもなく俺は鞄をまさぐる。俺にはゲームがあるから。この世界よりも生きやすい世界に行くんだ。日本以外にも国籍を取得する人がいるよな。アレと同じだ。俺はゲームの国で人生をできるだけ過ごしたいんだ。


 そう言ってスマホのパスコードを入力。程なくして開いたホーム画面はさしずめゲームの国のパスポートと言ったところか。しかし俺はまさかの入国拒否を喰らってしまう。


「そうだった……国策で全部サービス終了したんだった……」


 一刻も早く夜が来て欲しい。睡眠時間は確保して健康な生活を取り戻し始めたばかりなのに早速生産性が低下しているのを感じる。政府さん、これは失策じゃないのか?



 ✳︎



 なんだかんだで学校を乗り切った俺はベッドに突っ伏してゲーム開始まで待ちの姿勢に入る。流石に全裸で待機するほど壊れてはいないが。


「それにしてもマジで疲れた……」


 授業も当然面倒だが、集中すればすぐに時間は過ぎ去ってくれる。どちらかというと休み時間。こっちの方がキツい。これまではゲームという名のタイムマシンでこの時間をすっ飛ばしてこれたのだが、いざこれが出来ないとなるとかなりしんどい。


 ただひたすらに、聞こえてくる会話を右から左に聞き流す。某英会話教材のように聞き流すだけでコミュ力が上がるって効果があるのなら歓迎だがそんな事はないからなあ……。って事はあの教材もひょっとして効果がないのでは?


 そんなつまらない事を考えて俺はひたすら耐えるのみ。真顔で微動だにしない様子は側からみるとヤバい子判定される事請け合い。もう現実は無理だ。生き辛い。


 半ば自暴自棄のような感覚を覚えながらアイマスク型の機器を装着し定刻を待つ。ゲーム(こっち)の世界なら立場が変わる、はず。そんな希望を胸に目を閉じる。


 そのまま意識は例の夜の街へ向けて溶けていった。



 ✳︎



 覚醒するとそこは昨日一悶着あった建物の屋上。ここからまた騒がしい7時間が始まるのか。


「こんにちは、アラタ様。昨日はお楽しみいただけましたか?」


「ああ、現実の何倍も生き甲斐を感じたよ」


 呼んでもないのにGMが勝手に話しかけてくる。数少ない日本語の練習の機会と考えれば悪くはないけれどな。


「さて大体L&Dの仕様も大体理解していただけたと思いますので、ここにイベントを開催する事を宣言します!」


「そいつはまた急な話だな」


 サービス開始2日目にしてイベントかよ。みんなまだ様子見の時期じゃないのか。いくら何でも早すぎないか?


「アレですよ。学校でいう新学期のオリエンテーション、ああいう立ち位置のものだと思ってください。貴方には想像が難しいかもしれませんが」


「そうだな。本当に想像できないな。だからさっさと詳細を教えろ」


 つい声を荒げて詰問するようになってしまうが相手は人じゃないから気にしない。


「《バベルの長城》というエリアが新規実装されます。そこに現れるモンスターをみんなで狩ろうというコンセプトですね。お金もかなり落とすので金策になりますね。ま、運営からの餞別みたいなもんです」


「おい待てよ。金のシステムなんてあったのか」


 初耳だった。たとえゲームでも社会生活を営むうえで必須の知識じゃねえか。何で教えなかったんだよ。


「いえ、この辺りは普通のゲームと同じなので知っているもんだとばかり」


 素っ頓狂な口調が脳内に響く。しかしそれなら話は早い。さっさと理解してイベントの詳細を聞かねば。


「つまりこうか。モンスターを狩れば金が手に入って売買に利用できると。で、何が買えるんだ? ついでにインベントリとかはないの?」


「理解が速いのはいい事ですが自分で調べる努力もして欲しいのですね。貴方、真っ先にwikiとか見るタイプでしょう」


 流石に分析はお手の物か。即座に本質を突かれてしまい図星を隠せない。とはいえ、シナリオ系のネタバレが無い場合しか使わないのだが。


「うるさいな。そういう奴のための公式wikiなんだろうがお前は」


「扱いが雑すぎませんか? とはいえ、それは否定できないですね。というわけで公式wikiとしてお教えしましょう」


 まるで咳払いをするかのように間が空いた後、いつもの解説モードでチュートリアルが始まる。


「まず売買ですがあらゆるアイテムが可能です。レアなドロップ品でも自作のアイテムでも何でもどうぞ。市場操作もできるもんならやってくださいな」


「何で最後喧嘩腰なんだよ」


 ほとんどの日本人が遊んでるって事は株のプロとか経済学者とかもいるだろうし、そいつらを出し抜かないといけないって意味だろうか。まあそもそもネトゲの市場操作がムズいってのは知ってるしやらないけど。俺が出品すると値段が急に暴落するんだよな。商才が無さ過ぎて悲しい。


「そしてお金ですが、モンスターを倒すなりアイテムを売るなりで獲得できますね。インベントリアイテムと共に確認できます。インベントリを出したいと念じれば勝手に出ますね」


「こんな感じか」


 とりあえず何となく空中にアイテム欄が表示されるような想像をしてみる。途端に青色ベースの細かいマス目のある画面が表示される。アイテムは何も所持していない模様。右上には¥のマークと1500という数字。


「所持金少ねえ……」


 現実よりも貧乏というまさかの事態に驚愕する。せっかく《黒都》という遊びに困らなさそうな街があるのに満足に遊べそうもないとはどういう事だ。うっかりギャンブルに手を出す前にイベントで稼がねば。


「確認できたようですね。それとポーションの説明もしておきましょうか。後でギャーギャー言われても面倒ですし」


 こんな口調で他のプレイヤーは文句を言ったりしないのか。口の悪いAIはさらに続ける。


「ポーションはアレですね。飲むと魔力と体力が最大まで回復してくれます。ただし5本までしか持てません。ちなみに魔力、体力の減ったタイミングは体感で掴むという仕様上、使うタイミングが鍵となるのではないでしょうか」


「まだ魔力が残ってると思ってケチってると、使い時を逃すかもしれないって事か」


 かといってすぐさま飲めばいいってほど単純なものでもないと。どちらかと言うとエリクサー症候群の気がある俺には使い辛そうなアイテムだな。


「それはそうと《バベルの長城》へはどうやって行けばいいんだよ。さっさと金貯めないとポーションも買えないんだけど」


「思いの外がめついですね……。そんなにがっつかなくてもテレポートですぐ行けますよ」


 言うが早いか光に包まれてテレポートの準備に入る。


「取り敢えず今日は延々と脳死周回になりそうだな」


 これまでのゲームでも経験値稼ぎに金策、果てはレアドロ狙いまで様々な周回をやってきた。ちょっとやそっとじゃへたばらねえぞと鼓舞しつつ俺は《バベルの長城》へと赴いた。


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