降ってきたものは
「…………!」
《月光》をたいして狙いもつけずに乱射する。巨大なトリノイワクスにはわざわざ狙いをつける必要はない。吸い込まれるように《月光》は進んでいく。
「――――」
トリノイワクスは回避しない。いや、回避運動を取るまでもないのだ。その証拠に被弾した部分はやはり傷1つつかない。俺の《月光》でも恐らくHPは1ドットたりとも減らないのだろう。
「くそ! やっぱ硬すぎる! 正面突破はできないか……!」
何を撃ってもびくともしないとはどういう事だ? 散々タテルもこれはゲームだと言っていた。絶対に倒せないしどうしようもない敵なんてアイツは作らないはず。ならば何か仕組みがあるに決まっている。
……一定量のダメージを与えないと割れないバリアみたいなものか? いや、仮に存在するとしてユウハと俺じゃ破れはしないか。どれだけの時間がかかるのかも分からないし、バリアに再生能力なんてあったら絶対に突破できない。
他に何か抜け道はないか? トリノイワクスの砲撃を避けながら頭を巡らせる。
「空中が無理なら下から乗り込んでやる……!」
砲撃の雨霰を頭を低くして一気に駆け抜ける。そのままトリノイワクスの側面にべったりくっつくようにして横を走る。いつタックルが来てもいいように回避の準備も欠かさない。
「ここなら砲撃は喰らわないのか……」
砲塔がトリノイワクス自身の足元にまで動くなんて無茶は流石にできないらしく、時折シェイクされる船体と魔法陣からのレーザーに気をつければそれなりにここでも戦えそうだ。
後は隙を見て乗り込んで……!
「う、上です!」
無理をして枯らしたようなその声でトリノイワクスの新たなギミックに気づく。
「な……」
船の上には鎧と兜に身を包む何かが、がっしゃがっしゃと足並みを揃えていた。
先客がいたのかと思ったが今は全国民がログインできない時間帯だ。となればこれらはNPCか。敵意を向けられている点は中に人がいようがいまいが変わらないのだが。
「オオオォ……!」
揃った動きで弓を構えて一斉に引き放つ。魔力のこもっていない矢はレーザーに比べれば古典的な攻撃法だが何条も降り注げば馬鹿にはできない。
「弓って一撃で仕留めるのが粋なんだろ! 何本も射るなっての……!」
叫んだところで矢の数は減るはずもない。体をどう動かすか逡巡したところにさらに声が飛ぶ。
「《流麗模倣》!」
遠目に見えるユウハが能力を発動した。腕を真っ直ぐに伸ばし、今にもちぎれそうなほどの強さで弓を引いている。
けれどもユウハがコピーできるものは1人の動作だけだ。大量の弓を撃ち落とすのはいくらなんでも――。
「耐えて……ください!」
ユウハの矢は俺の脳天に突き刺さったであろう一射だけを的確に狙い、それを跳ね除けてみせた。上手い……!
「分かった! 気合いでどうにかしてみせる……!」
言いはするものの気合いや根性でどうにかできるスペックなぞ俺にあるわけがない。
あるのは1つ。後ろ向きな生き方が与えてくれた無二の武器。決して生身の俺を助けてくれるような便利なものではないが、デジタルなこの体ならばその限りではない。
「――打ち払え!」
《夜叉の窃盗》により、《白都》でコピーした槍を実体化させる。頭はユウハが守ってくれた。だから心臓、次いで足と深手になりそうな場所へ穂先を向けて矢を落とす。
「いっつつ……!」
全ての矢を払えるほど俺は槍捌きに精通しているわけではない。そもそも長い武器はあまり趣味じゃないし。
だからいくらかのダメージは覚悟の上での防御だった。自身を簡単に蔑ろにできるのは陰キャならではだと個人的に思う。
「追撃が来ます……!」
古典か何かの本に、おざなりな気持ちで射たないように、集中するために矢は1本だけ持って射りなさいとかいう教えがあったっけか。
だと言うのに船上の鎧武者はそんな教えはどこ吹く風だとばかりに追加の弓を構えていた。本もろくに読まない脳筋なのかとなじってやりたくなるが今はそんな脳筋が何より恐ろしい。
古典のそんな真理よりも下手な弓矢もなんとやらという諺の方がこのシーンでは説得力がある。
「くっそ、ゲーマーを舐めんなよ!」
未だ握られる槍をしっかりと持ち直し魔女が箒に乗るように、その黒い槍に跨りながら魔力を流す。
「……行け!」
その滑り出しは矢よりも速く。また、弓を引くその音すらも追いつけない、そんな速度を実現させる。
「ここで突き立てて……!」
直進して間も無く、しがみついた槍を地面へと深く食い込ませる。ギリギリギリと耳障りな音を立てながら速度を落とし、体の自由が効くレベルまで減速したところで、
「ゲームの世界なら、カナヅチでも救済要素くらいあるよな!」
槍を握ったその手を放す。俺の体を動かす力はそんな事をしようがお構いなしに突き進み、俺の体を湖へと投げ入れる。
「先輩……!」
「…………! 予想通りか……!」
予想以上に冷たい水に包まれながら意を決したように目を開く。水が目にしみるとか息が続くのかといった不安はあったがどうやら杞憂だったらしい。
プールにも行かず、水に慣れていないと思われた俺の目玉は地上にいる時と変わらずきょろきょろと辺りを見渡す事ができている。
そして息。吸っても水が口に入らず、また空気が欲しいという欲求も湧いてこない。
もしかしたら水中戦のための配慮かもしれない。数分おきに水面に顔を出しての戦闘なんて見苦しいにもほどがあるし。
そして俺を射ようとする矢は水中で勢いを殺されて失速する。所詮は取り巻きの雑魚、水中でも突き進むような高性能な攻撃は繰り出せないとみた。
さて、俺が水中で立ち回り、船が陸地を走り回るとはおかしな状況だがここからどう動くべきか――。
「!?」
突如としてドブンドブンと断続的に水音が響く。水面が揺れ、つられるように俺の体も上下する。
「が……!?」
そんな事を思っている間に不意に体が一気に沈む。謎の生物か何かに足を引っ張られたのかと最初は思った。
だが違う。これは引っ張り込まれたのではない。押し込まれたんだ。地上から投げ込まれる瓦礫によって。
「雑すぎる攻撃に……負けるかっての……!」
《夜叉》の爪で、体に乗っかる瓦礫を小さな破片に変えていく。矢のような数の暴力ではないし、水中は360度自在に動ける。回避するのはさほど難しくもなち。
「こんな動き、現実じゃ絶対にできないよな」
瓦礫の真横をすれすれで泳いで回避する。それはツグミが空でやってみせたように。
「…………」
そこでふと気になって湖底の方へ視線を向ける。ツグミは湖に沈んでしまったのだろうか。それとも脱出してどこかで息を潜めているのか……。
「うん……? ……なんだよ、これ!?」
そんな俺の横を一際大きな瓦礫が通り過ぎる。それを俺は二度見した。天啓が下るとはこんな状況なのか。
落ちてきた瓦礫――いや、物体を見た途端に一気に浮上の姿勢を取る。
見えたぞ、トリノイワクスの突破口が。




