日本を背負った究極の遊び
「ツグミ先輩が…………」
「…………」
波紋も立たない湖を前に立ち尽くす。ツグミが弱いとは思えない。特権を持っているのはもちろん、何より私怨があったとはいえ《光芒》に真っ向から挑む気概と実力を持っている。
そんなツグミをトリノイワクスはあっさりと――。
――いや、あっさりと?待て。よく考えろ。
「……違う」
ツグミは本当に倒されたか? トリノイワクスのレーザーで丸焦げにされる瞬間を俺は見たか?
未だトリノイワクスは空中でこちらを監視するのみ。それは先程と変わらない。そう、ツグミが堕ちた瞬間と変わらない。
「ツグミはトドメを刺されていない。それに湖から強制帰還の光だって出ていない。……まだツグミは死んではないはずだ。そうだよな、GM?」
「ククッ。ああ、その通り。死亡は確認できてねえ。どこにいるかは分からんが無事っちゃ無事だな」
「良かった……!」
それを聞いてユウハがほっと胸をなでおろす。
「だがすぐに戦線復帰できるとは思えねえな。HPが全快しようが心身の負担はすぐには回復できねえからな」
そういえばこのゲームは現実に似せているといつかのロボットGMが言っていた。
戦闘を続けていれば運動後の疲労感も残るし、精神的な疲労も残る。まして、生きているとしても神経のすり減るような空中戦の直後だ。即座に復帰は酷な話だ。
なら……。
「とにかく俺とユウハでどうにかしないと。タテル、コイツの弱点はどこなんだ?」
今はとにかくトリノイワクスの泣き所を狙い時間を稼ぐ。何としてでもこの船を手に入れないといけない今、まずは人数を揃える事が先決だ。
「ああ? 知るかそんなの。自力で見つけな」
だからそう切り返された時にはすぐに言葉が出てこなかった。
「いや……だって、トリノイワクスを手に入れるためには弱点を突かないと……」
「先輩。……そんな攻略のやり方で楽しいですか?」
しどろもどろになる俺をたしなめるようにユウハが言う。
「ああ、なんだ。《模倣》の方がよく分かってるじゃねえか。流石俺様が目をつけただけの事はある」
くっくっと笑い合う2人に話が見えないとばかりに視線をそこかしこに動かす。俺は何か間違った事を言ったのか?
「あのな《晦冥》、肩の力を抜きな。おれしまたちは当然勝つ。これは決定事項だ。だがな、正義感やら義務感で動かれてもつまんねえんだよ」
「そうですよ。……ツグミ先輩と一緒にここまで楽しんできたじゃないですか! あの雰囲気がいいんですよ!」
ユウハが興奮まじりに顔を近づけて迫る。女子に近づかれるのは誰であっても怖いのでつい後ずさりしてしまうが、そんな様子を気にするでもなくユウハは続ける。
「……きっとタテルさんはゲームを楽しんで欲しいんだと思います。今このゲームを純粋に楽しめるのは私達だけなんですよ……?」
――俺達だけ。
そうか。他のゲーマーは洗脳に遭った奴らがほとんどだ。つまり、ゲームをしているのではなく灰の翁のために働いているに過ぎないのか。
「ああ、それにだ。あのジジイを止めるためだけに動いたらその争いはもうゲームじゃなくなるだろうが。ゲームを媒介にした何かになっちまう。GMとして、ディレクターとしてこれほどつまらねえ事はねえよ」
「……つまり、本気で楽しんで何もかも摑み取れって事か?」
「そうだ。ここはゲームの世界だぜ? ゲーマーが一番強いに決まってる。つまんねえ何かになるな、お前らがこれまで時間を溶かし続け磨いてきたその廃人魂でもって挑め!」
「……偉そうに言って本当はトリノイワクス相手に苦戦するとこを見たいだけじゃないだろうな」
「否定はしねえな。どれだけそいつを作るのに手間がかかったと思ってんだ」
悪びれもせずにそんな事を言ってのけるタテル。けれどもさっきの話も本当だろうな、とは思う。
初めて会った時だって彼は自分の置かれた状況を楽しんでいた。その楽しむ心もまたある種の武器になるのかもしれない。
「……それに先輩。仮に倒されても誰もログインできないので挑み放題ですしね」
悪戯っぽくユウハが笑う。それは少しツグミの笑い方に似ているな、なんて思う。
「さて、となればどうしましょう? ツグミ先輩を探しに行きます? どうにかしてトリノイワクスと戦います?」
どちらでもついていくとユウハが掌に拳を打ち付ける。小動物のような雰囲気を見せるユウハだとあまり迫力はない。けれども、仲間としてはこれ以上なく頼りになる。そう思わせてくれる。
「……トリノイワクスとやるぞ。どうせあっちは逃がしてくれなさそうだし。それにツグミなら大丈夫だろ。きっといいところで割り込んでくるだろうし」
「そう言い切れるところがもう熟年夫婦とかそういうのみたいですよね! やっぱりもう事実上付き合ってるって事にしてもいいのでは!?」
「はいはい。ユウハの事も同じだけ信頼してるっての」
「棒読みですしそれにこう……ツグミ先輩と並べられるのは複雑なんですけど……」
優先順位はツグミ先輩が至上じゃなきゃダメでしょうとかぶつぶつ言ってるユウハから視線をトリノイワクスに向ける。
何も喋らず感情も持っていそうにないそれは今まで砲撃も何も起こさず、こちらが動くのを待っていた。
日本の神がモチーフだからやはり武士道精神の1つや2つでも持っているのだろうか。答えてくれそうなタテルはもうだんまりを決め込み、観客になってしまったので確認のしようもないが。
「――――」
トリノイワクスは喋らない。それでもその船体は雄弁に俺に語りかけるようだ。
――かかってこい。
俺の貧相な語彙ではこの程度の翻訳しかできないが、見当違いの事は言ってないはずだ。
「上等だ! 拿捕してやる……!」
現実を懸けた大勝負の第一弾が幕を開けた。




