湖上に浮かぶは神の船
――トリノイワクス。タテルが言うには鳥之石楠船神とやらをモチーフにしたらしい。何でもそれは日本神話にある船の神様で実際に神様が乗ったとかなんとか。
神話の中ではどこかの使者だったり乗り物扱いだったりで、神のくせにぱっとしないと言えばぱっとしない。俺が言えたもんじゃないが。
「で? その船を手に入れて艦隊戦でもやるつもりなのか?」
タテルが欲しがるからには相当なスペックを詰め込んでいるんだろう。大軍をもどうにかできる兵器だとすればそれに乗ってカチコミが方針になりそうだが。
「いや、コイツのメインの使い道は移動手段だ。見やがれ」
そう言って巨大なモニターに城が映し出される。《バベルの塔》よりも巨大で、人の足では登りきれないと思わせるような、富士山のようにどっしりと構える灰色の巨城。
《黒都》や《白都》のような街は当然だが、いくつもの建物が密集してそれを形作る。けれどもこの城はたった1つ、それだけであの2つの都市を圧倒するスケールを実現している。
「こんな場所があったの……?」
「ああ、実際は行けないように細工されてんだがな。今やつまんねえボス部屋になっちまったようだな」
言いながらタテルはこちらに向き直る。
「国民を全員洗脳する気だってのは説明したな? そのプログラムがここに置かれているはずだ。厄介な事にあのジジイはそれをゲーム内オブジェクトにしやがった。チッ、俺様がトンズラした後に余計な真似しやがって」
「ゲーム内オブジェクトになると、都合が悪いんですか?」
「タテルのハッキングが効かないとかじゃないか? そうじゃないとそもそも俺達に声をかけないだろ」
「たまには冴えるじゃねえか、《晦冥》。その通りだ。つまりあの城まで乗り込んでそいつをぶっ壊してくる、それがクリア条件だ」
「そのためにトリノイワクスって船が必要なんだね。どこにあるの?」
「ああ、今んとこ誰にも発見されていない湖上にそいつは浮かんでる。分かったらさっさと準備しな、速攻で送ってやるからよ」
ベッドを指差しながらタテルはモニターの前のゲーミングチェアに腰掛けてアイマスク型のハードを装着する。
俺達もそれに頷き普段のようにゲームの体勢に入る。
GM自らがご指名の、神の兵器がどんなものか見ようじゃないか――!
*
「ここがその目的地……」
「ああ、《トヤの湖》と呼ばれるエリアだ」
「うーん、中々涼しくていい場所だね!」
「《ブルーウッドプレーン》とは、また違う自然の空間ですね」
タテルの言った通り、眼前には雄大な湖が広がる。周囲をぐるりと山で囲まれているその湖はかなりの大きさを誇るらしく、向こう岸は見渡せない。
また、その湖の中心部にはぽっかりと島が鎮座している。もしかするとレアアイテムや、トリノイワクスについての何かがあるのかもしれないな。
囲んでいる山や森をよく見ると、山頂のような場所からは煙が小さく見える。そして湖に背を向ければ旅館やホテルのような背の高い建物も立ち並ぶ。少なくとも民家というものはあまり見られない。
という事は温泉街がモチーフになっているのか。タテルの言い方からするに秘湯とかその類の場所になるのか。
そう言った場所への旅行経験も当然ながら俺は持ち合わせてはいないが、だからといって何でもかんでも毛嫌いするというわけではない。
こんな知る人ぞ知る、みたいな場所を観光するのは憧れが無いわけではないのだ。……全部終わったらまた来るか……。
「先輩達、先輩達、この辺りってデートスポット的にアリだと思いませんか?」
「どうなんだろうな。陽キャどもがいないしそうでもないんじゃないか?」
「や、皆ログインしてないよ。それにここはまだ未踏の地って言われたよね?」
「あの……! もうちょっとこう、なにか……! ああ、流さないでくださいよ!」
「デートイベントもいいが、さっさと目標を見つけるぞ。取り敢えず湖畔に沿って歩いていけ。どこかに停泊しているだろうからな」
徐々にあしらわれる方法を見つけられて騒ぐユウハをよそにのんびりと歩き始める。
デートスポットかどうかはさておいても静かな湖畔でわざわざ走り回る理由もない。てくてくと捜索を開始する。と言っても……
「まあ、あのデカい船なんだろうけどさ……」
岸に浮かぶ巨大な帆船のシルエットを見ながらそう呟く。まだはっきりとは目視できないが歩けない事もない、そんな位置関係が出来上がっていた。
探すにしてもこの湖を一周するのは流石に遠慮したかったというのもあり、出だしは順調なのではないかと思いながら歩みを進める。
「わあ……それにしても大きいね」
ようやく全貌が見えてきたところでツグミが言う。確かに声に出したくなるほどの巨大な船がそこにはあった。
大きさはもちろん重厚感も申し分ない。左右に5門ずつ据えられた大砲も加わり、要塞と言っても遜色のない雰囲気を醸し出す。
それでも船だと言えるのは。見てくれが典型的なガレオン船だからか。日本の神の名前を引っ張っている洋風の帆船とはいかがなものかとおもうが、そんな事を気にしていてはこのゲームは楽しめない。
「ああ、最高だろ? これを今から乗り回せると思うとテンション上がるだろ?」
「乗り回すって、俺達が動かすのかよ!?」
「ああ、当然だろうが。自動操縦で勝手に進むなんざ面白みがねえからな」
確かに巨大帆船を動かすなんてのはVRMMOならではのコンテンツだ。何でもできるって触れ込みだった以上、当然実装しているコンテンツにはなるのか。
「でも、操舵をできる人なんているんですか……?」
「そこまでリアルにゃ似せてねえよ。誰でも動かせるようにはなってるぜ。まあ、それも――」
――ビシャアッ!
タテルの声を遮り、湖ののどかな時間を引き裂きながらレーザーが舞う。
和風の名前、洋風の見た目、近未来的な武装。古今東西の要素をこれでもかと詰め込んだその船が予兆も見せずに吠えたのだ。
「ユウハ……!」
「《流麗模倣》……!」
反射的にユウハが能力を発動させ、不意打ちのレーザーと拮抗する。紫の雷を帯びたようなレーザーがぶつかり合い、火花を上げる。
「きゃあっ!?」
その爆風に吹き飛ばされながら、俺達は船首がゆっくりとこちらへ向けられるのを見る。
「――こいつをどうにか止めてからってわけかよ……!」
――神の船と呼ばれるそれが、雄叫びの代わりとばかりにその主砲を響かせた。




