仮想世界の制限を超えて
「た、助かった……」
「ったく、駒のくせに司令塔を動かすとはいい身分じゃねえか」
どこへ行くのか知らされないまま疾走する車の中でタテルが嫌味を込めながら言う。普段と変わらないその口調は問い詰めるというより何気ない雑談のような雰囲気を醸し出す。
「そうは言われてもこんな指名手配犯みたいになるなんて思わないっての……」
「自分の身は自分で守るしかねえ陰キャのくせに呑気なもんだな」
「というか! それにしても先輩達! しっかり登校デートなんてしてるじゃないですかー! もっと早く知っていればこっそり眺められたのに……! 悔しい……!」
「いや、してないっつーの」
「ユウちゃんは少し黙ってよう?」
こんなやり取りをしていると改めてユウハがここにいると実感が湧く。偶然にも近くに住んでいて同じようにタテルに拾われたのだろうか。
それにしても、まさか現実でもこの3人と顔を合わせる事になるとは。
「……待てよ。何で、俺達の居場所が分かったんだよ!?ストーカーかよ!?」
冷静に考えればヒーローよろしくピンチに駆けつけるなんて有り得ない。たまたま通りがかったなんて言い訳も成り立たないこの状況、考えられるのは初めから俺達の位置を把握していた、それに尽きる。
「ああ? ストーカーも何も当然だろうが。プレイヤーのデータと個人情報はセットになってるんだよ、あのゲームは。ジジイの目的を考えろ」
「あー……」
全国民を洗脳するにしても身元を特定できないと俺達みたいに言う事を聞かない奴をどうこうできない、か。
つまりタテルはその用意周到さを利用して……
「ハッキングみたいな事して私達の居場所を調べ上げたんだね」
「ああ。お前らが現実で倒されちゃあ流石の俺様もどうにもできないからな。とにかくお前らはもう少し大切な駒だって自覚を持つこったな」
保護者か何かのように説教されるが、そんな自覚を持つのは難しい。
「俺は別に誰かに必要とされるような人間じゃないしそんな事言われてもな……」
「私も兄さんみたいになれ、としか言われなかったし誰かのために何かができるとは思えないんだよね……」
「……私も自分の事よりも……他のカップルの事ばっかり考えてましたからね……」
「ちっ、揃いも揃って自己肯定感の低い奴らめ。そのくせして必死に《光芒》を付け狙うんだから分かんねえ連中だな」
「分かんなくてもいいっての。やりたいようにやってるだけなんだし」
ゲームなんてやりたいから、面白そうだから、でやるもんだからそれでいいだろ。
「まあともかくだ。後ろ向きだろうが何だろうが今は、お前らにはやってもらわなきゃならねえ事があるんだがな。……着いたぜ」
そう言って車が止まったのは山奥に一軒建っている山小屋だった。山小屋と言っても大勢でキャンプなどをするには十分なサイズだろう。……キャンプとか行った事ないから出まかせだが。
とにかく、引きこもり予備軍の活動範囲ではここがどこなのか皆目見当もつかない場所まで連れてこられたらしい。
「ああ、どうだ? お前らがゲームの中でしか味わった事のない秘密基地ってやつだ。ワクワクしねえか?」
「確かに興味は惹かれるけど……」
「まさか、わざわざこんな人気のないところにまで連れてきて自慢するだけ、なんて言わないよね?」
笑いながらツグミが尋ねる。タテルと揃ってにやにや笑うあたり、あの2人は趣味が近いのかもしれない。
「先輩、ここはやきもちの1つくらい焼く場面じゃないんですか?」
「アンタの脳内設定を押し付けられても困るっての……」
「ああ、説明はしてやるからとにかく入れ入れ」
そういうタテルに促されて小屋に入る。そこで真っ先に目についたのはおおよそ山小屋には似合わないものだった。
「エレベーターなんてどこに繋がってんだよ……」
家具が全て木製で整えられたスタンダードな部屋の奥。その限られた空間だけは人工的な素材からなる部屋全体とのミスマッチな空間を作り出していた。
「んなの分かるだろ。地下以外にあるかよ?」
言いながらポチポチとパネルを操作して更に移動を促してくるタテル。
下はどうなっているんだ……なんてありきたりな疑問を抱きつつも、クエストの受注とか報告とかが面倒な場所の典型だな……
なんてゲーム脳で思考している自分もいた。
*
「ああ、ここが俺様の根城だ!」
地下に降り立ったタテルは巨大なディスプレイを背に両腕を大きく広げ俺達を歓迎する。いつのまにか羽織られている白衣と相まってその姿はどこに出しても恥ずかしくないマッドサイエンティストのようだ。
「というかここ、ゲーム内のタテルの根城と瓜二つだな」
タテルが《黒都》から俺を転送して送り込んだ場所、灰の翁に手出しされない安全地帯として作り上げていたタテルの潜伏場所と何一つ変わらない光景がそこには広がっていた。
「……ところで、そこに置かれてるのはもしかして……」
ユウハの視線の先にはベッドが行儀よく並べられており、その上にはアイマスクのようなものが置いてある。
ベッドは3台、そして置かれているのはアイマスクではなく今や国内シェアナンバーワンを誇る、たった1つのゲームしか起動できないゲームハード。
「ああ、お前らにはここでノンストップでゲームをしてもらう。クリアするまで止めさせねえからな」
「なっ……」
呆気に取られる俺達をよそにタテルは一気にまくし立てる。
「ああ、親が絡まねえか不安か? そこは既に手を打ってるから安心しろ。今頃は適当に合宿でもしてるって言われてんだろ。この場所もそうだが、そういう雑用は俺様のバックの政治家がやってる。奴らは灰の翁の政敵だからなあ? 裏切られる心配はねえよ。それと、そこのマシンは時間制限も全部切ってるからな。死ぬほどやり込めってこった」
お前らが考えそうな心配は全て消してやったぞ? と自慢げにタテルが言う。
「ここまでやられるともう拒否権なんてないですよね、これ……」
「ああ? ならば聞くが、好きなだけゲームをすればいいと言われてお前らは拒否するのか? 現実を楽しむ事を忘れたお前らがか?」
「言い方が悪意しかないけど…………まあ、そんな貴重な機会は捨てるわけないっての」
「当然だよね」
「私も……もちろんです!」
某国策のおかげで生活リズムこそ改善しつつあるが、俺達の本質はゲーム中毒者。それも国家が危機感を募らせる程度には重度の、だ。
「久しぶりの退廃的な生活かあ……」
何を考えずゲームする、なんてものは大抵終わった後に達成感と罪悪感が押し寄せてくる。普通であれば。
しかし今は大義名分がある。そう、日本国民を洗脳の魔の手から守るという壮大な使命が。
ゲームを楽しむために頭を切り替えているのか、ここまでの展開についていけなくなって現実逃避を起こしているのか、そんなものは些事でしかない。
L&Dで好き勝手に遊べなくする勢力がおり、なおかつ自分達を害そうとするのであれば抵抗しない理由などないのだ。
「そうと決まれば早くやろっか! 皆がログインする前に高速レベリングでもやっちゃう?」
時間制限なくL&Dがプレイできるというのはつまり他の誰もが一切ログインできない時間でも遊べるという事だ。その気になれば無人の《黒都》や《白都》に殴り込んでやりたい放題だってできてしまう。
そんなアドバンテージを活かすとなれば俺達3人の強化に充てるのが妥当だ。しかし、タテルは首を振る。
「ああ、そいつは却下だ。お前らがどれだけレベルを上げても人海戦術上等の《グレイスレイブス》を抑え込むのは不可能だ。突出したスーパースターだって負けるのは知ってるだろうが」
「そうか、星野も3人で襲って倒せたっけか……」
《光芒》もこれまでのボスも数だけが勝因とは言わないが、戦況をひっくり返す要因になっていたのは間違いない。そしてその補正は俺達だけの特権なんかじゃなく、あちらでも変わらない理だろう。
「じゃあどうしますか? ……でもまあきっと、何か面白い作戦とか、考えてるんですよね?」
「ああ、作戦タテルの名に恥じねえとっておきがあるぜ」
そうして彼は新たな作戦の発動を宣言する。
「これより俺様達は! ジジイ打倒のための兵器! 神の船、トリノイワクスを手に入れるッ!」




