ゲームと現実は混ざり合う
新しい朝が来た。希望があるかは人それぞれとして。
学校へと繋がる人通りの少ない道。通学路と呼ぶには活気のない道だが、俺みたいなのからすればこれこそが通学路である。
何事もいいスタートを切るのが肝心だとよく言うだろう。喧騒に包まれながら重い足取りで学校へ行くのと静寂を楽しみながら学校へ行くのと、どちらがいいスタートになるかなんて議論の余地もないはずだ。
「大人数で横に並んで登校するな! 騒がしいし鬱陶しいんだよ!」
――ここがL&Dの世界ならそう叫んで保健室送りにできたのにな。
そんな妄想の世界から俺を引きずり出したのは仮想世界で聞き慣れた仲間の声だった。
「あっ。おはよう、アラタ」
「ん、おはよ……」
人通りの少ない道を通学路と定めるのは何も俺に限った話ではない。そこの《黄昏》さんも御用達なのであった。
「妙な展開に巻き込まれたけど、兄さんを倒せて良かったね! ……あんまり実感とか湧かないけどさ」
「あの爺さんが出て来なければスカッとしたんだけどな……」
倒したのは事実ではあっても余韻に浸る事もままならないで幕引きとなった。自信を持っていいのかどうかもよく分からない。
そんなもやもやを抱えながらも話は進む。
「昨日の話を信じるならさ、次の相手は現GMって事になるのかな?」
「そうだな。……というかヤバそうなプレイヤーは全員敵だろ。とんでもない事になったよな……」
星野が洗脳されたと仮定すると、アイツはエンディング後のボス戦の再現みたいなものだろう。それに加えて俺が無効化できない《闇》の使い手の筆頭として暗夜。
この時点で《光》と《闇》のトップクラスの両方が敵対する事になる。もしかしたら俺の知らないもっと面倒な能力持ちもいるのかもしれない。
「おかしいよね……。勝負に勝ったはずなのに状況が悪化するなんて……」
げんなりした口調でツグミが言う。確かに状況は悪化している。
俺は2人と合流するまでは今とさして変わらない孤立状態ではあった。けれども陰キャも陽キャも、どのグループも俺に対してそこまで敵意を向けていたわけではなかった。
むしろ俺が無差別にPKを働いたから仲間意識によって報復し、俺を潰そうとしたとみるのが妥当な線だ。
つまり《晦冥》というぼっちプレイヤーは誰の眼中にも無かったというわけだ。まあ凄いのは能力だけだし、そう扱う気も分からないではない。
しかし今は違う。灰の翁は俺達を洗脳しようとした。星野は我が身を犠牲にしてまで俺達を逃した。
こうまでされておきながらあの翁が俺達を放置するか?考えるまでもなくノーだ。つまりは迎撃しなくてはならない展開もあり得るのだ。
「とか言いながら、ちょっと楽しそうだよな」
「あはは、そう見える?」
口調こそげんなりしてはいるが、その目は好奇心を隠しきれてはいない。それ以前に、
「見える見える。……多分同じ考えに至ってるだろうしな」
「ふふ、そうかもね」
ツグミも敵が多いなら多いで楽しそうだとか、出し抜くにはどうすればいいかを嬉々として考えるタイプだと思う。とすれば戦慄半分、興奮半分でこの状況を見据えているのだろう。
異常事態のような出来事に見舞われはしたが、突き詰めるとやはりあれは楽しむべきゲームとして考えてしまう。
ゲームと現実をごっちゃにできるほど俺達は堕ちてはいないという事だ。
「失礼、影山様と星野様ですか?」
「「は、はあ……?」」
そんな人もいない通学路で急に声をかけてくる男がいた。
高校生の平均よりも小さい俺とツグミ、対するは明らかに大男に分類されるであろうその男。
その男を怪訝に思いはするものの、高級そうなスーツを着ており変質者や明らかにヤバい人間だとは断定しにくい。隣のツグミもそう思ったのか、2人して立ち止まりとりあえず疑問形のような曖昧な返事をしてしまう。
今にしてみればその警戒心の緩みが間違いなく敗因だったと思う。
「――ッ!」
「なっ――」
背後から似たような背格好の男達がさらに現れ俺とツグミを拘束する。俺の上にもツグミの上にも1人ずつ男がのし掛かり、完全に身動きを取れない状態を作り上げる。
「っ、放せっての……!」
無情にも動くのは口だけだった。貧弱な俺の体では、この身なりのいい暴漢にダメージを与える事すら敵わない。
「好き勝手に動かれては困ると翁様が仰せだ。このまま大人しく来てもらおう」
「翁って、灰の翁とか言ってたあの人!? 何で私達を!」
「理由なんて分かっているだろう、《黄昏》の少女よ」
「くそ、リアルアタックはルール違反だろ……!」
相手は政治家だからチート権力の及びにくいゲーム内で倒す、それは何の問題も無いどころか最適解とまで言える。
しかしそれは裏を返せば現実では俺達では全く相手にならないという事でもある。
実際に相手がそう動く事も可能性の1つとしては容易に上がっていた。それは分かっていた。分かってはいたが、本当に敢行してくるとまでは思ってはいなかった。
ゲームと現実を切り離して考える。それは正しい、常識的な思考だったのかもしれない。
もしもそう考えていれば。今は非常事態であり常識が通じるとは限らないから現実での行動に細心の注意を払おうとしていたかもしれない。
ゲームの世界の出来事だから遊び半分で挑む、なんてのは間違っていたのだ。
「けど、一般の高校生にそんな意識なんて持てるわけないだろ……!」
「俺もそう思う。ゲーム脳でもそこまで大それた妄想は抱かないだろうな。とにかく、そのせいでお前達は呆気なく負けたんだ。不憫には思うがこれも勝負だ。諦めるんだな」
「こんなの勝負にもなってないよ。……大人げないとは思わないの?」
「見え透いた挑発に乗るほど俺らは暇じゃないんだ。これはつまらないゲームとは違う。現実だ。つまるつまらない以前に勝つ事こそが至上なんだよ。どんな手を使ってでも勝てば正当化される。ま、ガキにはまだ分からないかもしれないがな」
大人は言われた事をやってりゃいいんだよ、そう吐き捨てて俺達を持ち上げる。顔を上げたその先には車が停まっている。そこからどこかロクでもない場所へ連行されるのだろう。
黒く染まった地獄への片道切符がゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。それを無力に見守る事しかできなかったその瞬間だった。
怒り狂う猛牛が突っ込んできたのかと思った。
「お、おい! スピード上げやがったぞ!」
「よく見ろ! この車、手配されたものと違う! 離れろ!」
俺達に偉そうに説教を垂れていた男達が慌ただしく散開する。パニックに陥ったその黒服をなんとも思わずに轢いていくその様を見るとゲームと現実が本当に一体化でもしたのかと思わず考えてしまった。
「う……わああああ!!」
さらにスピードを落とし、円を描くように回転する。重量、速度がこれでもかというほど乗ったその車体はどんな体格であろうと皆等しく弾き飛ばす凶器と化した。
「な、なにこれ……」
そのまま地面に這いつくばったままの俺達をミンチするのかと思われた暴走車は、目の前で急停車してみせた。その風圧は本当に死を身近で感じさせるものだった。
そんな俺の感想などどこ吹く風といったていでドアがバンと開かれる。
そこから伸びてきたのは華奢な細腕。俺の手を掴むも車内に引っ張る事はとてもできそうにない。
けれども。
その顔と腕、そしてその声は自ら地面を蹴って車内に乗り込む理由としては充分すぎるものだった。
「早く、こっちです……先輩!」
「……ツグミ!」
「うん!」
茶髪のショートヘアを軽く揺らすもう1人の仲間が開けたドアに半ば飛び込むように乗り込んだ。
「お前ら、おい待てっ……!」
「ああ、飛ばすから気をつけた方がいいぜ。連中め、ざまあみろって感じだな!」
その言葉が聞こえた時には既に俺達を乗せた車は爆走の真っ只中にあった。
誰も彼もがついていけないこのスピード感の中で運転席に座った赤髪の男、作戦タテルだけが高笑いを上げていた。




