気まぐれな蹂躙 後編
そこからはハイテンポな戦闘となった。屋上から屋上へ駆け抜けていき、現れる追っ手を速攻で倒していく。音をつければリズムゲーム、そうでないなら何かのタイムアタックかと思えるほど簡単に倒せていく。《晦冥》の本領発揮の瞬間である。
「アイツ無駄に火力があるぞ!? 絶対に攻撃に当たるな!!」
「しかし近づいたと思った奴らが秒殺されるんすよ!? そもそも攻撃が見えないっすよ!」
混乱している分、敵には指揮系統も何もあったもんじゃなかった。時折飛んでくる《月光》も無尽蔵のスタミナで走り回る俺には当てられないから心配はいらなかった。しかも最悪《月光》で打ち消せるし。
そんな事を思いながらビルの屋上へ飛び移った瞬間、突如その谷底が暗闇に包まれた。下の路地裏には例のグループらしき派手な見た目の男女が所狭しと詰め掛けていた。多分都会の満員電車の天井をひっぺがしたらこんな感じなんだろう。
「お前がここを飛び移ろうとするのは報告通りだった! さて、この人数で放つ《月光》を避けられるか? 空中では身動きが取れないよなあ!!」
そう言って一斉に放たれる《月光》。屋上と屋上の隙間の空間。底を埋め尽くすように包み込むように放射される様子は正に闇のカーテン。
確かに空中では派手に動けない。みごとなもんでタイミングもばっちり合わせられてる。これには感服する他ない。
「確かにこれは避けられないよな。まあ、避けられないだけで被弾はしないと思うけど」
その声は誰かに届いただろうか。多分届いてはないだろう。そこまで俺は声の大きい方じゃないし。それに爆音の方が大きいだろうし。
俺のフルパワーの《月光》が、飛んでくる《月光》を飲み込んだ。そしてそのまますし詰めの路地裏を吹き飛ばす。陰キャの声なんて掻き消されるのが常識だ。
そしてその衝撃か爆風か、はたまたビル風なのかとにかく俺の体はさらに高度を上げたところに位置していた。
「すげえ……っ」
そこから見えるは光の海。近くで見るとケバケバしく感じたネオンも、足蹴にした街灯も、視点を変えただけでここまで輝くものなのか。
はっきりとは見えずぼんやりとした光。それでも1つ1つが淡く街を照らしている。パソコンやスマホの画質じゃこんな綺麗な夜景は見れなかった。
そしてこんな大規模の街は現実には存在しない。正にゲームだからできた芸当。それと同時に今までのゲームの限界を超えた世界。
今、俺はゲームの世界で生きている。それを楽しいと思う。現実でも抱かなかった生への喜びを見出している自分がいる。
それだけ気分が高揚していたせいだろう。俺は空中で体勢を立て直すと、夜景の次に屋上にいるヤンキーの残党を見つめる。ここからなら全員見える。全員、狙える。
「いっ……けえええっ!」
そのまま手を横に大きく凪ぐように振る。振った先からいくつもの魔法陣が生まれる。それらは意思を持ったようにうねる《月光》をいくつも放射する。屋上、屋根、それらを切り裂きそれは進む。
「ヤベエよ! これがアイツの能力なのか!?」
「見た目は《月光》だぞ!? 意味が分かんねえよ!」
俺の《月光》は逃げ惑うヤンキーを撫でるだけで倒していく。そんな光景がしばらく続く。その時間に比例して叫び声が少なくなっていく。
そして重力に従って地面に降り立った時には誰一人として生き残りはいなかった。
「これで終わった……っぽいな……?」
歩き出そうとしたが少し体がふらつき、一瞬思考が真っ白になる。立ちくらみのような感覚に襲われる。
それだけなら良かった。しかしここで予想もできない事態に襲われた。
「ハッ! 単身で俺のグループを潰すとはやってくれるじゃねえか。だが詰めが甘かったな」
そんな言葉と同時に突き刺さる弾丸。左足を撃ち抜かれてその場に倒れこむ。それを覗き込むのは始めに指示を出していたボスらしき男。
「ちょっ、さっきの《月光》を防いだのかよ……」
「あれが《月光》? あの破壊力でか? おいおい馬鹿な冗談は止めろよ。まあ何にせよ、盾になる味方がいたからな。犠牲にさせて間一髪だ。肝が冷えたぜ」
そうぶっきらぼうに種明かしをした後、銃を俺に向けて構える。よく見るとハンドガンらしきディテールは見られず、ただの黒、いや《闇》一色の銃だ。
どうにか逃げようと立ち上がろうとするが思うように体が動かない。ゲームのくせにダメージはしぶとく残るというのか。
「言っておくが走れないのは俺の能力だ。当たった相手に毒、つまり痛みを与え続ける弾丸。これでチョロチョロと逃げる真似はできねえぜ? 終わりだな」
さっき倒した人数は少なく見積もっても50人はいた。それだけのグループの親玉だ。つまらないミスはしないだろう。こりゃあ詰みだな。
やられたとしてその先俺はどうしよう? ほとぼりが冷めるまでは《黒都》から離れないとダメそうか? それにしてもこのゲームならもうちょいやれると思ったんだけどな……。
本当に、どの世界も俺が生きるには厳しいな。
そのまま最期の引き金を引かれるのを大人しく待っていたその時だった。
「があああっ!?」
男が悲鳴をあげる。俺の頰を何かが掠める。音もなく飛来したそれはさらに地面を引き裂いていく。
「お前は、さっきの……」
男の視線の先――俺と男がいる地点よりも少し高い建物の屋上に襲撃者はいた。
夜風になびくのは長い黒髪。手にした日本刀の刃は漆黒。斬撃を飛ばしたとみられるその刀身は怪しく黒いオーラを纏っている。
そしてその顔は見覚えがあった。さっき小学生を庇うようにして立っていた少女その人だ。
予想外の人物に唖然とする2人を意に返さず、彼女は物も言わず視線で俺に訴えかけてくる。チャンスだよ? とそう言っている――気がした。
「なっ……!?」
そう考えると同時に即行動に移した。《月光》で体のど真ん中を撃ち抜いてやる。
「これも自己責任だろ? ……悪く思うなよな」
男は何か言いたげだったが口を開くよりも早く光に包まれて消えてしまう。どこで蘇生するのか知らないができれば会わないと嬉しいな……。
そういえば助けられたあの人にお礼を言えてない。この手の挨拶はゲーマーでなくても最低限の礼儀だと言えるだろう。コミュ障であってもそれくらいの言葉を操る事はできる。
そう思って声をかけようとしたのだが時すでに遅しと言うべきか。そこに彼女の姿はなかった。
「一体何だったんだよ……」
探しに行こうかどうしたもんかと首を捻ってると突如俺の体が輝きだした。
「おい待てよ。俺、死ぬの? HPは残ってると思うんだけど」
そうして左上――よくやっていたゲームではそこに表示されていた――を見ようとして気づく。
「……そういやプレイヤーは確認できないんだったな」
という事はさっきのダメージが原因か。継続ダメージはこのゲームでは恐ろしい敵と化すって身をもって知れただけでも良しとするか……。
「いえ、貴方は死んでませんよ? ただ時間が来ただけです。カッコよく言うと夢から醒める時間なのです」
それを聞いて思い出す。このゲームは22時から5時の間しか遊べない。というのも国民の睡眠時間の確保が目的だったからだ。
「それじゃあ今晩はまたここから再スタートって事か?」
「ええ。ちなみに戦闘中にログアウトした場合、ログインすると同時に戦闘再開となりますので注意してください。ではまた後ほどお会いしましょう」
最後はそんな凛とした声を受けて俺は、肩身の狭い現実の世界へと戻されたのだった。




