眩い光は打ち払え 後編
「ああ、上手くいったじゃねえか。俺様の言う事に間違いはねえんだよ」
「何とか……ここまでは、だけどな……」
「ああ、ここからが正念場だからな。つまんねえ油断はすんじゃねえぞ?」
「当たり前だっての……!」
「でも……何で? 何でこんなに《皆輝剣》の威力が落ちてるの……?」
体勢は維持したままでツグミが呟く。決して現在進行形で押し合いを続けている《皆輝剣》が弱いわけではない。
しかし星野の能力によって強化された《皆輝剣》としては弱すぎる。そう言いたいわけだ。それはツグミが言わなくても誰かが口にしたであろう当然の疑問。
「ああ、《皆輝剣》は知っての通り他人の魔力で強化される剣だ。突き詰めりゃそれはただの数の暴力だ」
「けどさ、そんな強力な暴力でも威力の最小値は当然あるよな。それがどこかと言うと……」
「僕が1人の瞬間だろうね」
頭の回る星野の事だ。もうとっくに話の終着点は見えているはず。教科書の習った箇所を読み返すかのようにさらさらと続きを紡いでいく。
「実際そうだからな」
「つまり兄さんを孤立させるために私達に兄さん以外の相手をさせたってわけ?」
「まあ、そうだな。《光芒》相手に時間を稼ぐなら俺が最適解だろうし」
「……それだけじゃないだろう? それだけでここまで威力が落ちるはずがない。君はまさか……」
流石、自身の能力だけあって事態をツグミ達よりも把握しているらしい。
その口ぶりから恐らく何をされたかは分かっているはず。それでもまだ落ち着きをなくさない事に俺の方が狼狽を隠せない。
けれどもここで俺が妙な素振りを見せて隙を作るわけにはいかない。陽キャのノリで生きているわけではないんだ。面白みなんて出す必要性がない。
「……お察しの通り、あんたの取り巻き連中を倒しながらここまで来たんだけど?」
だからそう事実を告げる。お前を支えるものはもう何も無いぞとでも言うように。
「そんな事してたんですか……」
「ああ、俺様の指示だ。《光芒》、お前が強えのは認めてやる。だがな、お前に勝たれちゃこの俺様が困るんだよ」
「本当に……君はいい仲間に恵まれている。それでもう少し社交的になれれば、もっと人生を楽しめると思うな」
「アンタの価値観とか知るかっての。そんな息切れしそうな人生は遠慮しとくから……!」
《蝶舞剣》に力を込める。それには流石の星野も笑みを消す。今頃は俺がボスと対峙した時のように打開策を探しているのだろうが、それを悠長には待っていられない。
「ここが千載一遇のチャンスだ。お前ら、ここで確実に仕留めろ!」
「分かってるよ……!」
「もう、少し……!」
そうは言っても《皆輝剣》は全く強化されなかったわけではない。《白都》にいる星野陣営全てを倒すのは俺1人じゃ、いや、《グレイスレイブス》が総出でも時間がかかるだろうしかなり無理があると思う。
とどのつまり、《皆輝剣》は強化されている。《白都》陣営の残りかすのような魔力しかなくても星野からすればそれだけでも心強いと感じるだろう。
俺だって今ここにいる奴らがいるのといないのとでは安心感が違うんだ。それくらいは分からなくはない。
だからだろうか。その力に後押しされた星野が中々膝をつかないのは。
「これは……僕の、最後の反撃だ。絶対に……決めてみせるッ!!」
飲み干したポーションの瓶が地面に落ちる音を聞く。その時には《皆輝剣》が再び趨勢を覆そうとしていた。
光は音よりも速い。それをまざまざと感じさせるような電光石火の動きだった。
「回復しただけで……ここまで変わるんですか……!?」
「周囲を大事にするくせにワンマンでも好き放題するからね……!」
「皆を守るためには何よりも自分が強くないといけないからね」
みるみるうちに魔力を吸い上げて刀身を太くしていく《皆輝剣》は、その膨張の勢いで俺達が踏ん張る足を少しずつ後退させていく。
先程までの弱体化は暗夜との競り合いで魔力を消費しすぎたからというのも一因だったのか? そんな迷いを打ち払ったのは《白都》のプレイヤーとは違うベクトルの、自信に満ちた声だった。
「ああ、問題ねえ! それならまだ誤差の範囲だ。大事なのは貪欲に勝ちを求める、それだけだ。駒が逃げる事なんざ考えてんじゃねえぞ!」
「アラタ、とんでもない人と組んだんだね」
ツグミが呆れたように小さく笑う。その顔が楽しそうに見えるのはきっと錯覚じゃないだろう。周りのようには笑えないが、普段よりは柔らかい表情で俺も返す。
「うるさいパリピや真っ直ぐな好青年よりよっぽどいいと思うけどな」
「それは同感だね」
笑いながら後ろ向きな事を考えるなんて器用な真似をできる奴はいない。それは俺みたいな人間でも例外じゃない。
気持ちが前に向いているのならば行動も自然とそれに引っ張られていく。気がつけば、引けていた腰は再起のためにしっかりと体を支えてくれている。
――まだ負けたわけじゃないんだ。
「まさかここで退かないなんてね……。本当に成長したみたいじゃないか!」
それでも星野の顔は楽しそうに笑うばかりだ。それが勝負を楽しむ純粋な笑みだったと気づいたのはたった今この瞬間だった。
「これならどうだ! ――《聖者の光進》!!」
《聖者の光進》。強制ノックバックからの追撃での反撃だろう。
距離を一気に詰めんと疾駆するその姿はキービジュアルに使っても差し支えないようなシーンになるに違いない。
けれど俺はそんなものを見たいとは全く思わない。
「させるかよ……!」
ツグミとユウハを背後に引き倒して《聖者の光進》を両手に纏った《夜叉》で食い止める。
手持ちの星野の武器から考えればその展開は予想できた。 だからこそこの対応だ。後はこれをどうにかして封じるのみ……!
「ノックバックなんて小さな技くらいなら……俺1人でも……!」
少し前進してはそれ以上の距離を押し戻される。そんなジリ貧な拮抗を保つ俺の背中に4つの手の平が当てられる。
「何言ってるの? アラタは1人じゃないよ?」
「3人で戦ってこそ私達ですよ。……私的には2人で戦って欲しいところもありますけどね!」
そうだ。思い返せ。3人でここまで耐え抜きながらやってきたんだ。1人でも2人でもどこかできっと競り負けていた。歴史は繰り返すとか言うし。
しかし、それは敗者はひたすら負け続けると言っているのではないと思う。
状況が変われば。支えてくれる人間が増えればそれは新しい未知の事象だ。経緯も環境も刷新されれば繰り返すべき歴史なんてどこにもない。
あるのは新しい未知の歴史だ。そしてそういうものは大抵、これまでの関係を大きくひっくり返すような事実を作り上げる。
「あ……ああああッ!」
クロスさせた両の腕を前方に大きく伸ばす。鋼鉄でできた壁を相手にしているようだが、手応えが全くないわけではない。
「くっ……! まだ折れないのかい!?」
ピキッと軽い音がする。亀裂が入った、と思う。俺の《夜叉》か《聖者の光進》なのか、判断できなかった。
破砕か玉砕か。分からなくてもがむしゃらに、出した腕は引っ込めない。それは証明したいからかもしれない。
たとえ小さな繋がりだったとしても、星野達のように多くが集まった者にだって負けはしないという事を。
「…………ッ!」
――《光》が散った。輝く荒波にできた針穴のような綻び。その綻びは最後まで争い続けた俺達を《光》の津波から救い出した。
建物、地面、そして空までもが突き抜けていく《光》に揺れた。けれども全ては飲み込めなかった。
方舟にのったノアのように難を逃れながら、震源地とも呼べる場所へと飛び込む人影。星野がそれを認識する頃には《夜叉》が彼の喉元にまで迫っていた。
「くっ……まだ、まだだ!」
「……ようやく攻守が入れ替わったな」
これまでの余裕が一切消えたように見える強張った表情の星野。その様子から間一髪で耐えているというのがよく分かる。
だが勘違いしてはいけない。プログラムで動くボスならいざ知らず、目の前のボスは主人公のような存在だ。逆境に弱いわけがない。
「僕は……絶対に負けない! 《皆輝剣》! 真の力を見せてくれッ!」
「先輩、空が……!」
ユウハが何を言いたかったのか分からず上を見上げる。それはゲームそのもののバグかと考えてしまった。それほどまでにありえない光景。
「こんなのって……ありえるのかよ……?」
――《白都》の空が闇に覆われていったのだ。繁栄が約束された《光》の楽園とでも語るべき《白都》。その一目で分かる特徴はなんと言っても夜がこないこと。
そんな暮れない昼が優しく包み込むはずの都市が急激に光が消えていく。そんな真似を星野ができるのか? そんな事を星野が望むのだろうか?
その答えは考えるよりも先に示された。
「光ならなんでも吸い取るのかよ、それ……」
「そうだね。全ての光は僕の味方だからね」
星野は、《皆輝剣》は周囲の光を集めたのだ。それによってさらなる強化を施したのだ。
光が無くなれば暗くなるは道理。周りが《黒都》のようになったのはその反動という事か。
「君達の絆、それは確かに僕達と渡り合うのに充分なものだったと思う。その素晴らしさには敬意を表するさ。……ただし僕はこの世界そのものからも支えられているんだ。勝利だけはもらっていこう!」
自然の光。それはほこにあるのが当然で、差別なく照らすそれは敵にも味方にもならないある意味中立的な存在だと思っていた。
しかしそれは今だけは違う。ただ1人の味方となり日陰を好む俺に牙を剥く。
「これは計算外だっての……!」
見えない力に後押しされた《皆輝剣》はみるみるうちにその勢力を取り戻していく。《聖者の光進》で恐らく湯水の如く使った魔力を補いつつあるのが《夜叉》を通して伝わってくる。
補って余りある、なんて言いたくなるのも時間の問題か。
「僕は一度は《白都》を守れず敗北したさ! けれどそれも経験値だ! そしてみんなと過ごした時間も! 経験値だ! そこで得たこの能力は皆と共に創り上げた最強の武器さ! 成長し続ける僕は、多くに支えられた僕は……決して負けない!」
最後の最後に笑うのはやはり星野が相応しいのか? ゲームの世界もやはり正義は勝つようにプログラムされていたのか? 俺達が陽の目を見るのはやはり誰も許さないのか――!
「……しょうがないなあ。一番かっこいいところ、アラタに譲ってあげるよ」
首に何か細い紐が当たったような、くすぐったい感触が駆け抜ける。その紐の先には真紅の宝石が暗闇の中でも爛々と輝きを放っていた。そのペンダントは3人で手にしたドロップ品。
「勝ってよ、アラタ」
肩から伸ばされたツグミの手がその宝石を強く握り、砕く。瞬間、体内を何か熱いものが駆け巡っているような感覚が俺を襲う。
とにかくここから逃げ出さなければ。その物質がそう訴えながら俺の右手に殺到する。そうして我先にと外界へと走り抜け、そのまま俺の《夜叉》と一体となってゆく。
魔力の増幅という初めてにして奇妙な感覚。星野はこんなものをいつも感じているのだろうか。とにかく爆発的に増えたその魔力は自然の光であっても塗り潰さんという勢いで星野を襲う。
それはそうか。このペンダントの持ち主は大魔女アルティーナ。自然だって彼女からすれば道具の1つに過ぎなかっただろう。
他ならぬそんな魔女の道具なんだ。押し負ける理由は見つからない。
「は……あああああっ!!」
「馬鹿な……! 僕が……僕達が負けるなんて! そんな事があるのか!?」
そして遂にその瞬間は訪れた。打倒星野を掲げて幾星霜。実際にはそこまで長くはなかったのかもしれないが、濃厚だった日々はそう感じるに値するものだった。
しかしいつかは終わりは来る。エンディングの存在しないゲームなんてゲームではない。
終わった後にどんな余韻をどこまで残せるか、それがゲームの良し悪しを決める1つの要素だと俺は思う。
「がああああああっ!!!」
その点では俺は、L&Dは最高のゲームだと胸を張って評価するだろう。
*
この世の中心にいるようなプレイヤーの《光》を飲み込んだ。それを支持する者の《光》も飲み込んだ。最後にはこの世を取り巻く光すらも飲み込んだ。
そうして何もかも飲み込んで吐き出された世界。そこに件の人物は立っていなかった。その人物は俺達の方へ視線を外さない。たとえ膝をついているにしても。
「くっ……はあっ……参ったな……僕の完敗じゃないか……」
その言葉に嘘はなく反撃のそぶりは一切見えない。まあ、星野のような奴が騙し討ちに手を染めるとは思えないが。俺じゃないんだし。
「やったね、アラタ!」
「私達の勝ちですよ!」
2人が駆け寄ってきて手の平を掲げる。いくら俺がヘタレだろうがなんだろうが、この期に及んでハイタッチを返さないほどではない。
「ようやくの勝利だな……!」
「ほんと、長かったよねー!」
「あー! もう! 先輩達がこんな人相手に2人で立ち向かってなんて! 生で見たかったですよ最初からー!」
「ああ、勝利なのは違いねえがな。さっさとトドメを刺してやれ。そうして初めて決着だろうが」
少なからず興奮状態の俺達の頭を冷やしたのは客観的にこれまでを観測しているGMだ。
確かに何が起こるとも分からない。けじめとしてはしっかりつけておくべきだろう。
「……この期に及んで足掻くつもりなんてないよ。一思いにこの首を持っていくといいさ」
星野はまるでスポーツの試合で全てを出し切ったかのように清々しい表情を浮かべてそう語りかけてくる。
ツグミに目配せすると一歩前に出て《黒百合》を鞘からゆっくりと抜く。介錯をするかのように両手で天に向かって突き上げて振り下ろした。
――それで全てが、終わるはずだったんだ。




