《晦冥》の抵抗
――時は少し遡る。具体的にはツグミ達に残りを任せると言ってすぐあたりだ。
「能力を奪う事しかできない、それも僕相手には通らない。そんな状況でどうやって時間を作るつもりだい?」
俺を倒すというよりは、どうやって有言実行するつもりなのかを試すような口ぶりで襲いかかってくる。
「それだけが能だと思うなっての……!」
そう言って数少ない対抗策の1つ、《蝶舞剣》を抜き放つ。
《皆輝剣》と《蝶舞剣》がぶつかり合う様はまるで朝と夜が一度にやってきたかのようだ。
幾度も剣は衝突を重ねるが、それがどちらかの体に届く事はなかった。
「ふむ……」
物言わず何か熟考しているような星野。何を考えてるのかは知らないがそれを流暢に待つ俺ではない。将棋やカードゲームのようにターンがあると思ったら大間違いだ。
「いけ! ツグミ!」
「なっ!?」
星野の背後から突きつけられるのは漆黒の日本刀。それを視認した瞬間に弾けるように星野の体が動く。
周りの時間を止めたと錯覚しそうなほどの高速移動で《皆輝剣》の向きを変えて受け止め、さらには反撃の体勢まで作り出す。
――そこまで俺のシナリオ通りに動いたところで彼は驚いたように声を上げる。
「何だ……これは!?」
《皆輝剣》に向き合っているのは全身を黒で塗り固めた蝋人形のようなもの。星野に潰されないのは曲がりなりにも《晦冥》の俺が作ったものだから。
「見ての通りの俺の能力なんだよ!」
不意を突くには最適の能力。初見殺しとさえ言えるかもしれない、コピー以外の純粋な俺の能力、《夜叉の陽炎》。
それと俺のハッタリで作られたのは星野の無防備な背中。そこを無遠慮にぶすりと《蝶舞剣》が貫いていく。
「な……」
「底辺陰キャだろうが……成長くらいはするんだよ……!」
続け様に蹴りを加えて硬直を完全に打ち破る。
「うぐっ……!」
剣技で上をいけないのなら他の手段に訴えればいい。クリーンヒットとは言えずとも問題ない。一蹴できる相手ではないと思わせられたのならばそれで良い。
「星野さん! 私がいきます!」
そんな拮抗を目の当たりにしたからかユウハが抑えている中の1人がこちらへ《陽光》の援護射撃を行うのが見える。
「邪魔……!」
見えた時には既に俺は動いていた。《バベルの長城》やルーティンワークのようにプレイヤーを倒していたあの時期で、培い洗練された対人技術は衰えを見せなかった。
飛来する《陽光》は振り向きざまに《夜叉》で切り裂く。《光芒》ならいざ知らず、普通の《光》なら余裕の対応を見せられる。
「《月光》!」
お返しとばかりに《月光》を飛ばす。《晦冥》のスペックに任せて高速で飛んでいくそれは相手の足を易々と貫いてくれる。
「きゃあっ!?」
「後は任せた!」
そんな限りなく端折った内容で声をかけたのとほぼ同時だっただろうか。乱入しようとした女の人が殴られて光となったのは。
「完了ですよ先輩!」
新しく身につけた能力で吹き飛ばしたユウハがこちらを見ずに返事をする。
少し会わないうちに本当に逞しくなったなあと思う。一体どんな目線でものを言ってるんだと自己嫌悪に陥りそうになるが、それはそれ。
身内が強くなるのは何だかんだで嬉しいものではあるんだよな。
「彼女、僕達と共にいた時よりもいい動きをするじゃないか!」
「誰も彼もが好き好んで陽キャ様の味方をすると思うなよ……!」
不意に突進してくる星野の剣を迎え撃つ。相変わらず痺れるような衝撃が《蝶舞剣》を通じて襲ってくるが、それで柄を放すほど今の俺は弱くない。
「……君は勘違いをしているね」
今の俺は弱くない。そう思ったのも束の間、高速で飛んでくる回し蹴りを避けきれずに顔面にクリーンヒットしてその場に蹲る。
そんな中でも、挙動が見えなかった、受けた後の対応ができなかったなど、ゲーマーとして反省点が泡のように浮かんでくる。
しかしそれ以前に俺は蹴りをクリーンヒットできなかった。だがあいつの恐らく意趣返しのつもりの回し蹴りはクリーンヒットした。その事実が何よりも痛かった。
「僕は、いや僕達は1つの目標を皆で達成したいと思っているだけさ。誰かが味方をしてくれるんじゃない。一緒にいる皆が味方なんだ。利害関係のように言わないで欲しいな」
「サクシの方法は損得勘定丸出しだったくせによく言うよな……」
「……それについては彼はやり過ぎたと思う。僕が代わりに謝罪するよ。それでも、彼の熱意だけは間違ってはいない。そこは分かって欲しいかな……!」
そう言って《皆輝剣》を振り下ろされる。以前ならここでツグミの助けが入ったが、二の轍は踏むつもりはない。
「くそ……!」
横に転がりそのまま《蝶舞剣》を押し当てるように突進する。簡単に防がれるものの、以前のような失敗は回避できた。
まだいける。以前とは戦況が変わってる。まだいけるはずだ……!
「中々頑張っているけれどそろそろ君も限界なんじゃないか?」
「知るかそんなの……!」
――男なら何がなんでもやらなきゃいけない時がある。
そんな事が言えるほど男気があるわけでもないし、そんな事を口走った日には死にたくなるような俺だけれども、それでもまだ諦めるのは違う気がする。
勝てる確率が低いから諦めるなんてのはゲーマーとしてレベルが低い。いつまでも攻略せずに言い訳だけしてコンテンツを残しておくのは許せない。
そんな影山アラタというゲーマーとしての意地か何かが必死にガソリンとなって動かしているんだろうか。
いずれにせよ答えるならこう返すのがが一番しっくりくるのではないか。
「ゲームすら諦めたら文字通りの廃人になんだよこっちは……! 大人しく倒されろっての……!」
「気持ちは分かるけどさ、もうちょっとかっこいい台詞とか言えないの?」
「ツグミ!」
近接戦真っ只中の星野の背後を、さっきのハッタリ同様に突いてくる。
「そう上手くはいかないさ!」
大きく《皆輝剣》を振り上げて星野が応戦しようとする。それを止めるのは俺の仕事だろう。
「《月光》!」
「ッ!? 重い!?」
俺が使ったのは旧GM直伝の溜め技の《月光》実体を伴ったそれはハンマーのように《皆輝剣》を打ち付けて軌道をズラす。
「やるじゃないか! けれども、僕は2人がかりでも倒せないさ!」
なおも星野は止まらない。《陽光》の魔法陣がいくつも空中に現れてツグミを飲み込まんとしている。
1つ防がれればまた1つ新たな攻撃を生み出す。そして止まらないのがコイツのやり口か。
これに関しては俺が策を弄しても間に合わない。
だから――
「こっちは3人、なんですけど……!」
さらに参戦してきたもう1人、彼女に任せる事にした。
「《流麗舞踏》……!」
俺とは違うユウハの即興のコピー能力。
ユウハが見えないところで鍛え上げていたのか、彼女が作り出した《陽光》のコピーは相手が《光芒》であっても一歩も退かずに打ち消して見せた。
「これは……!」
全てを防がれるとは思っていなかったのか、息を飲む星野。
それでもすぐに立て直して俺達3人から距離を取るのは流石トップと言えるだけの立ち回りだ。
「さてと……兄さんのお仲間は全部倒してきたよ?」
「3人で戦うのは久々のボス戦みたいでちょっとワクワクしますよね! もっとも、私は先輩達の連携が一番楽しみなんですけど!」
「これ、そんな呑気な事言える相手じゃないんだよなあ……」
「……3対1と思っているようだけどそれは違うよ」
おもむろに口を開いたのは追い詰められているような構図なのに、微塵も狼狽えを見せない男。
「僕は倒された皆の意思も持っているからね。……たった1人のプレイヤーだと思わない事だ!」
あたかも主人公の登場シーンのような口上を述べる星野。けれどもこれはMMO。誰か1人だけが主人公になる事を許容しない世界だ。
誰もが主人公で明確な正義や悪役があるわけでもない。だから、あいつに主人公補正なんてものは入らない。
つまり、勝ちの目はまだ残っている。俺は倒される事が確定した敵キャラではないのだ。
「何人いてもやる事は変わらないよ、2人とも!」
「とにかく倒せばいいんだろ、やってやる……!」
ここまで来るのに邪魔をするものは多かった。戦闘に謀略にと、多岐に渡る障害にぶつかった。
しかしそれらは全て取り払われた。ある時は他プレイヤーの力を借りて。またある時は回り道をして。
そうしてできたこの千載一遇のチャンス。それを逃すのも逃げるのもあり得ないのは先刻ご承知だ。
だから取るべき行動は1つだけ。それは星野を今度こそ倒す事――!




