ツグミが断つべき執着の鎖 前編
「3人集まったかと思えば星野さんと一騎討ち……策士として失笑物ですよねえ!」
星野の《皆輝剣》を正面から受け止める俺に野次を飛ばす奴がいるが、そんな事を気にする余裕は無い。
「眼鏡君は私が相手するから!」
割り込もうとしたそいつをツグミが受け止め、星野と俺から引き離す。
「サクシ! 少し待っててくれ! そっちにすぐ駆けつける!」
流石は兄弟と言うべきか。妹と似たような台詞を吐きながら俺に剣撃を浴びせ続ける。
「くっそ……!」
《ブルーウッドプレーン》で俺はステータスを強化した。それだけでなく数々のボスと戦い、手前味噌だが経験値も申し分無い量が溜まっていると思う。
――それでも。受け止める《皆輝剣》は前回から重さが変わっていないように感じる。星野は星野で知らないところでレベルを上げていたという事か。
とはいえ、
「受け止めきれないってレベルじゃない……!」
押されはするが全く押し返せないという力ではない。右手の《夜叉》にさらに魔力を流し、どうにか拮抗を破ろうとする。
「力押しができるだけのステータスはしっかり持っているのか……。面白いじゃないか!」
こんな時でも笑みは崩さずに、すぐさま反撃に転じる星野。《蝶舞剣》のような短い刀身ではその衝撃を殺しきれない。
「……くそ!」
その勢いを利用して後退。それと同時に《月光》を放つ。
「ははっ!」
その《月光》を斬り倒しながら、笑みは未だに消える事は無い。
そんな隙の無い佇まいを俺はただ睨むだけだった――。
*
「……やあっ!」
どこまでも快晴が広がり明るみが続いていく《白都》。そんな高い明度を《黒百合》は斬り裂いていく。所有者に纏わりつくしがらみと共に。
――けれども。
「星野さんばかり注目しているようですが、ボクらだって戦えるんですよねえ!!」
その言葉に嘘は無く、邪魔な束縛は簡単には解けてはくれない。
するすると刀の間合いから抜け出しながらも《陽光》で反撃の機会を伺う。
柔よく剛を制すとまではいかないけれど、決定打が与えられないのは確か。
……こんなところで時間をかけている場合じゃないのに!
「やりにくいね……!」
「戦闘というのは、そうやって焦った方が負けちゃうんですよねえ!」
私に飛び掛かりながら眼鏡を光らせ、そう叫ぶ。
この時、私は眼鏡が太陽の光が反射してるものだと思ってた。けれどもそれは間違いだった。
彼が切った手札は私が失念していたある可能性。いや、可能性として真っ先に考えないとダメだったもの。それを私は、事を急ぎ過ぎて忘れてしまった。
「ここは《爛反射》を使う場面ですよねえ!!」
その言葉を受けて、さらに眼鏡が白く光る。そしてその眼鏡から放たれたのは《陽光》。
私やアラタも含めた全プレイヤーも使う基本技、《陽光》と《月光》。それはざっくり言うとレーザーのようなもので慣れればある程度自由に軌道を変えられる。
それでもこんな真似はできないんじゃないかと思う。これはいくらなんでも、
「広範囲……過ぎるよ……!」
眼鏡のレンズで反射させたと解釈すればいいのかな。
辺りに広がり、私の安全地帯を一瞬で無くしたその技は噴火した火山のマグマが山を覆うように駆け降りてくる様子を想起させる。
「……《白百合》!」
咄嗟に《光》の割合を100%に変更して防御態勢をとる。多少のダメージを受けるにしても《闇》が100%に比べれば被害はかなり小さくなるはず。
――単純な属性の衝突ならそれだけで済んだと思う。
「その考えは甘すぎますよねえ! 《裏・爛反射》!!」
自称でも何でも策士なんて名乗っているだけあって自分の能力は仕上げていたんだと私はここで初めて理解した。
目の前に広がる白い《光》のカーテン、それがさっきの一言で瞬く間に黒い《闇》のカーテンに様変わりする。
「きゃああっ!」
それは一撃で相手を吹き飛ばすような規格外の威力では無かった。けれども体全体を覆うように襲いかかる《月光》は、相手の《闇》の配分が低い事を打ち消せるだけの威力を秘めていた。
「っ、はあっ……!」
地面に倒れこみながらも《陽光》を放ち、私とサクシとの間に明確な境界を作る。
「やはり《闇》が20%ほどでは倒しきれませんかねえ!」
「……私がこの程度でやられるわけないよ」
空にしたポーションの瓶を投げ捨てながらそう答える。……対策はまだ思いつかないけど、それでも弱っているところは間違っても見せられない。
「ほうほう! まだ頑張りますか! それは、ボクともう一度組んで《晦冥》を倒せばこれまでの事を不問にすると言ってもですかねえ!? どうでしょうかねえ、ツグミさん!?」
「……つまんない事言わないで欲しいな」
この期に及んでまだこっちに来いなんて言われるとは思わなかった。この人は頭が回るのか回らないのか分からない。
けれども分かった事もある。
「そもそも私はアラタやユウちゃんとしか組んだつもりがないんだよね」
馴れ馴れしく勝手に名前を呼んでくるこんな相手に屈する自分は絶対に許せないって事が。
極めて個人的で小さなプライドかもしれないけど、ここでは絶対に退いちゃいけないと思う。
そして、この時だけはアラタやユウちゃんに助けを求めちゃいけないと本能が伝えている。
ソロで出来る事は限りがある。それはMMOなら顕著だと思う。たくさんの人と協力して遊ぶんだからそれは当たり前の事だよね。
けれども中にはそんな多人数向けコンテンツをソロでやってのける猛者だって存在する。
私にはそんなプレイングはできないかもしれないけれど、それでも、少なくとも目の前の1対1の状況で勝ち筋を見出すくらいはできるはず。
……それに、アラタ達に私の良いところを見せつけたいしね。
「それはこれからも変わらないと思うんだよね」
再び白銀の刃を手に私は目の前の相手を突き放すように歪んだ選手宣誓を口にする。
「だから私は気に入らない《白都》のプレイヤーに、この刃を向けるよ。……二度と私達の邪魔はさせないから!」




