平行線の兄妹喧嘩
「……へえ。何回も逃げ出してるというのにそんな事を言えるなんてね」
一見嫌味のようにも聞こえるが、声にはどこか感心したような響きも含まれていた。
「何回もやったら攻略法が見えてくるのは普通だろ」
「……ねえ、本気で言ってるの?」
横からツグミが聞いてくる。妥当兄貴を掲げてはいるものの、急にそんな事を言われても戸惑うのだろう。
「そのつもりだけど? ……こっちは3人いるしどうにかなると思う」
「根拠が適当だよね……。でも……うん、やろっか!」
ツグミが答えて黒い刀を向ける。それは《白都》陣営に対する明確な宣戦布告に他ならない。
「……ツグミ。どうして僕と敵対するんだい? ……確かに両親から守れなかったのは僕に非があったさ」
しかしそれをはねのけるように星野が口を挟む。
「けれど今度からは必ず守る。両親にもツグミがかけがえのない家族だって認めさせてみせる。……だから、仲直りして、家に帰って来てくれないか? ……そうすれば全員が幸せになれるじゃないか!」
俺は星野と衝突こそしているがあいつの事を何か知っているというわけではない。他人以上の関係にはなれない誰かといったところだ。
それでも分かる。ここまで感情的になって何かを話すのは早々ないだろうという事を。
「兄さん……」
そしてそれは、それだけツグミの事を思っているという事を。
「……そう言われても私はこのままがいいんだけどね」
逆に星野は分からない。ツグミの求める幸せを。
「なっ……どうして! 家族が笑顔になるにはそれが一番じゃないか!」
戸惑いつつもなおも引き下がらない星野にツグミはさらに続ける。
「どうしてそれがハッピーエンドなの? 親は目障りな私が消えて幸せ。私は誰にも怒鳴られない環境にいられて幸せ。それを壊す理由が兄さんにはあるの?」
「……」
黙る星野とは対照的にツグミの口は止まらない。
「兄さんのハッピーエンドを私に押し付けられても困るよ」
仮想空間に持ち込まれる現実世界のしがらみ。ゲーム仲間という関係だけでは易々と入っていけそうもないそれに介入する1人の男がいた。
「星野さん、彼女はきっと頭に血が上っていると思いますねえ」
《白都》の日差しを受けてギラギラと光る眼鏡。それを触りながら前に出るのは、連中の中でも特にいけ好かないインテリ風の男。
「となれば一度クールダウンをさせてあげる必要がありますよねえ? そう、実力行使をしてでもねえ!」
「……分かった。ツグミ、この後もう一度ゆっくり話そう。ツグミならきっと分かってくれると信じているから」
それを言い終わる頃には星野は《皆輝剣》を構え、残りのプレイヤーが各々の武器を手にこちらを真っ直ぐと見つめていた。
きっと俺やユウハはお姫様をさらった魔王か何かのように見えているのだろう。これがRPGなら間違いなく倒されている場面だ。
だがこの状況は、そんな王道RPGとは一味違う。それは囚われのお姫様が魔王軍に協力しているという点で。
「こうなった以上アラタの作戦だけが頼りなんだけど……本当に大丈夫なんだよね?」
正面から放たれる圧を受けてそう尋ねてくる。その点については大丈夫だと思う。俺1人だけで考えた作戦じゃないし。
「この俺様も知恵を絞ってやったんだ。上手くいくに決まってんだろうが」
「ふーん、じゃあ旧GMさんのお手並み拝見だね!」
「私も……あの人達を、追い返してみせます……!」
サポートのGMに横の2人、それぞれから頼もしい言葉が返ってくる。
これまでは互いにノープランでその場その場で戦い、決着を持ち越してきた。
恐らく今回に関してそれはない。これから始まるのは決着がつくまで終わらないデスマッチだ。
「星野は俺が食い止めるから、まずは残りをどうにかしてくれ……!」
「任せて!すぐ全員減らしてそっち行くよ!」
「頑張ります……!」
《夜叉》を発動させて戦いの火蓋を切って落とす。
緊張や不安もあるはずなのだが、振り上げたその手はいつもよりも軽く感じた。




