再編と再戦
「先輩達をくっつけていちゃいちゃさせるためなら私、こんな風に一肌だって二肌だって脱げちゃうんですよ!」
「そ……それは凄いけど、今のって何? 《流麗模倣》じゃないよね……?」
別の名前を呟いていた気がする。はっきりとは聞き取れなかったけれど。
「こっそり作った私の新能力、《流麗舞踏》です。能力でなく、任意の動きを再現できちゃいます!」
アラタ先輩の動きをこっそり録っておいたんです、と言って説明される。
「あ、パソコンのコピー&ペーストみたいなものなので、この一連の動きは終わりまで止められないんですよ」
「なるほどね……」
コピー&ペーストなら使える動きも1種類だけという事なのかな、なんて分析もしておく。こんな癖は不本意だけど兄さんと似ているかもね。
「それにしても唐突だったね、それ使うの」
「それは……まあ、……ですし」
「えっ?」
ユウちゃんは、私やアラタ相手だとそこまでどもったりして話す事はない。でも、今の言葉は他の人に話すそれによく似ていた。
あくまでも似ていただけ。目線は泳いでいるけれど、それは逃避のためとは思えなかった。
どちらかと言うと気恥ずかしさが勝るような、私に与えたのはそんな印象だった。
「……私も……秘密の切り札みたいなのを見せてみたかったんですよ……先輩達みたいに」
だからユウちゃんは今度は私にも聞こえるように言い直す。
「ふーん……」
ふふ、表情も相まってこれは可愛い……!
「な、何ですか……?」
「うん? 何でもないよ」
こういうのは口に出すものじゃないっていうのは本能的に分かる。まあ、この感情を1人で楽しみたいっていうのもあるけどね。
*
「この辺りだと思うんだけど……」
やってきたのは中央に噴水のある、いかにも広場といった空間。放射状にいくつもの通路が伸びているのはパリの凱旋門周辺を想起させる。
伸びた道路からはこちらの位置がはっきりと見えるが、全ての道路は木の枝のように太い道と細い入り組んだ道からできている。
いざとなったら適当な道路に逃げ込んでの離脱はやりやすいと思う。
「早く来ないかな……」
早く会いたいというよりは敵に発見されるのが嫌というか、でも会いたくないというわけでもない。
でもそんな複雑な心境はそう長くは続かなかった。
「先輩、あれって……」
「あっ……!」
建物の陰に隠れながらちょこちょこと頭を出しては引っ込める。そして少しずつ前進。遠くてよく見えないけれど、黒い人影がそんな動作を繰り返している。
普通に考えれば《白都》と《黒都》の乱戦状態で1人で動く選択肢は取らない。袋叩きにされるのは避けるべきで、チームプレイの方が安定して戦えるから。
それでも。敢えてそれをしないというプレイヤーを私は知っている。そんな特殊なプレイヤーは1人しかいない。
そう。両陣営を敵に回し、なおかつ先に広場に来ていた私達以外に頼れる知り合いのいない――。
「アラタっ!」
フードを被った人影が近づいてくる。それと視線を合わさった瞬間、怒涛の数分間が始まった。
「予想通り3人集まりやがったぜっ!」
「暗夜さんが負傷した今、俺達が動かなくてどうすんだ!」
アラタの背後から、私の背後から、いや、あらゆる通路を通って私達を取り囲む。
アラタと逃げた時のような取り敢えず周りを囲んでおこうという感じじゃなくて、人海戦術の文字通りに人の圧で飲み込もうという、そんな意思で組み上がった包囲網だと感じた。
「ヒッ! ハハはあぁっ!」
奇声と共に刃物と電脳の体とが擦れ合う音が響く。
黒いナイフとアラタの体が作り出した低音はじんわりと私の耳に響いていく。
そんな状況を見て私は立っていられなかった。
――もしも、本当に刺されたのがアラタだったなら。
「な、なんだコイツ!? ヒ、き、気持ち悪りぃっ!!」
刺されたアラタの体はぐにゃりと曲がる。ううん、訂正しないとね。アラタと全く同じ体格の黒い人形が、だ。
「やぁっ……!」
奇声をあげた暗殺の実行犯を、ユウちゃんの《流麗舞踏》で吹き飛ばす。
そのタイミングを見計らったようにこれまでとは違う声がする。けして大きくはない、むしろ男のボリュームとしては小さい方だろうなと思う声。
「絶対それ新能力だろ……。人のいない間に何やってんだよ」
「アラタは人の事言えないと思うよ。何あれ。私、聞いてないよ?」
「そりゃ、言うわけないだろ」
背後から殺気が飛んでくる。その殺気を放った主は、持った槍を適当な相手に目掛けて投擲。
「が……!」
その槍は物理法則を無視した軌道を描き軽々と目標を射抜いてみせる。
「切り札として見せた方が楽しいんだし」
「先輩、2つもお披露目するのは欲張りだと……思いますよ?」
「これくらいしないと《晦冥》の名が廃るっての」
そこには《晦冥》の名を冠する、正真正銘のアラタが立っていた。
「ユウハはその謎の技で近接戦を仕掛けろ! 俺と撹乱しつつ、ツグミは遠距離で攻撃!」
普段の声が小さくても有事の際は多少はボリュームが上がるらしい。そんな風に叫んでも迫力はあまりないけれど。
「オッケー!」
「任せてください……!」
それでも反射的に反応する。それはやっぱりこの体制が、まだ少しの時間しか過ごせてないけれど楽しいと思える場所だったから。
「とにかく数で押しつぶせッ! 3人如き、どうとでもしちまえやぁッ!」
「三人寄ればなんとやらって言葉を知らないのかっての……!」
ユウちゃんが銃撃を無効化し、横からアラタが割って入る。
《蝶舞剣》の扱いも慣れたもので、刃を流れるように運び次から次へと敵視を変える。まるで無双アクションのように。
「――《夜叉の陽炎》!」
言ってアラタがこちらを向く。ううん、正確には私の背後へ視線を向けているような――。
「うわ! 何だよこれはっ……!?」
私の背後に忍び寄っていたプレイヤー。気づいていなかった私に得物を突き立てようとしたその瞬間を守ったのはさっき見た黒い人形だった。
「ありがと、アラタ!」
振り下ろされた斧を素手で受け止める黒い人形。さっきも見たアラタの新能力だと思う。
その能力の詳細は分からないけれど、斧を受け止めるので精一杯な様子は伝わってくる。無機質でいて、感情を持っているように感じさせるなんとも不思議な存在。
あまり無茶をさせるのは可哀想だなんて思いながら、今度は私が敵の背後を取ってざっくりと斬り捨てる。
そうして自由を得た黒い子は無言でアラタ達前衛組へと加わった。話せないのか話さないのか分からないけれど、アラタの能力らしいなって思う。
「チ、敵の援軍かよ!」
「ソイツ怪しいぞ! 何してくっか分かんねえ、注意しろ!」
「クソ! 逃げてばっかで鬱陶しいなあ!? アアッ!」
ひたすら他人の視界に割り込んではのらりくらりと攻撃を躱し、さらに邪魔を続ける。
流石《晦冥》、陰湿な行動パターンにしてるなあ……って感心している側から飛び出す2つの影が見えた。
「……そうやってすぐ俺達から目を逸らす」
「……私達ってそもそも存在感が無いのがデフォルトですし、しょうがないかもですよ?」
視線が外れた一瞬の隙。それは彼ら2人の存在感を消すには充分な時間。2人のリアルを詳しく知っているわけじゃないけれど、きっと現実での経験が存分に活かされてるんだろうなと思う。
「「はあああっ……!」」
――そうしてこの諍いは一方的な蹂躙で幕引きとなった。
*
「つまり戦闘能力の低いダミー、それがあの《夜叉の陽炎》って能力なんだね」
「そうだな、機動性だけを重視してるからな。後は合流する時みたいに斥候として使ったりか」
戦闘力は無くていい。容量が勿体ねえからな、とはタテルの談だ。
「……なんか便利グッズみたいな立ち位置ですね」
「もうちょっと言い方無いのかよ……」
俺達は全員を蹴散らした後、いつも通りの復習会をやっている。
倒した奴らは恐らく《黒都》に帰還させられたはず。さらにしばらくはテレポートも使えないはず。《白都》にもう一度襲撃に来るのは不可能だろう。
それと俺の何となくの感覚だが、死んでしばらくは全能力が弱体化している気がする。
どこかのMMOでもそんなデバフはあったと思うし、ここでもサイレントながら実装されているのかもしれない。
まあ何にせよ、死んでも即座に復活、強襲が終わらないというような展開はないというわけだ。あの運営でもそれくらいは流石に考えているだろうと思う。
「それで、アラタはここからどうするつもりなの?」
「それはだな……」
「ああ、無事に合流できて良かったな。《陽炎》も悪くない戦果を上げたじゃねえか」
手短に方針を説明しようとしたそのタイミングで別の声が重なった。
「この人がアラタの言ってた旧GM?」
姿の見せない声の主へとツグミがそう語りかける。
「ああ、そうだな。一応、作戦タテルってハンドルネームがあるがな」
「旧……GM?」
「ああ、《流麗》には説明してないのか。だったら俺様がイチから説明してやるか」
勝手に呼び名を作りながらこれまでの経緯をタテルが話そうとした。しかし、その授業に飛び入り参加を表明する輩が現れた。
「それはボクらも聞く権利があると思いますけど、キミ達はどうお思いですかねえ?」
「下手に事を荒げるつもりはないよ。離れた事を攻めるつもりもない。ただ、現状の確認と再度の協力をしたいだけなんだ」
ツグミ達は暗夜と星野を衝突させたと言っていた。それなら追っては来るまいと予想していたが、それは裏切られた結果となった。
「結構、人数減ってるね。全員守れなかったのかな、兄さん?」
挑発するようにツグミが言う。だがそんな安い挑発に乗る気は無いのか答える口を開く者はいなかった。
「……《晦冥》、他のエリアじゃ《黒都》が優勢だ。雑兵のステータスはやはり《黒都》のが強え。こっちに来るのも時間の問題だ」
「……じゃあそれまでに巻きで説明を終わらせるか?」
俺はそう、タテルに質問する。肯定が帰ってくるとは微塵も思っていないが。
「するかそんなの。《光芒》を倒してさっさと退散する、それ以外にねえだろうが」
「だよなあ……」
軽く笑いながら《夜叉》を発動させて星野を見据える。
「ここで仲間割れだなんて正気ですかねえ!? そもそも、ボクらに対して勝算があるとでも言うんですかねえ!? どうなんでしょうかねえ!?」
ネチネチと耳に残るノイズにうんざりしながらも質問に答える事にする。ずっとねえねえ言われるを黙って聞く気は無いんだ。
「……まずアンタらは仲間じゃない。仲間にしたくもない。そんな奴にわざわざ情報を流したくない。精神衛生上良くないんだよ」
言ってしまえばただの差別意識で我が儘でしかない。けれどもこう思う自分がいる。せっかく作った自分の居場所に部外者は入って欲しくない、ってな。
内輪に部外者が入れば必ず崩壊する。そうなった時に俺は追い出される、もしくは自分から嫌気がさして抜け出すと思う。
ふざけんな。ゲームの世界でまで割りを食う気は俺には無い。
「……それにさ、あるんだよな」
そう言った瞬間、ツグミやユウハを含む周囲の人間に緊張が走った気がする。
続く言葉を予想したからだろう。そして紡がれるであろう俺の言葉の真偽に対し思考を巡らせ始めたからだろう。
そう思いながらも最後まで言葉は続ける。口に出せば言霊になると聞いた事がある。それはこれから始まるリベンジマッチへのいいバフになると思ったから。
「今この瞬間、《光芒》を倒す方法がさ」




