《晦冥》の侵攻
――午後10時過ぎ。L&Dが解放されてすぐの事だ。
「んで? どうだ、お姫様は口説き落とせたのか?」
流石に現実のお前をモニターするのは不可能だからな、とか言って無遠慮に聞いてくるGMが1人いた。
「ツグミはそんなキャラじゃない気もするけどな……。あ、それと快諾はしてた。そのうち行動を起こすと思う」
「いいだろう。……これで俺様の懸念は全て消え去った! さあ潰せ! 派手に暴れやがれ!」
それを合図に俺は飛ぶ。跳ぶのではない。飛んだのだ。
飛ぶといっても俺にはツグミのような翼は無い。ならばどうしたか?
答えは至極単純。空を飛べるような能力をコピーしたのだ。
*
それはタテルが号令を出すほんの少し前の事だ。
「よし、そこの駒2人。お前ら能力の詳細を話せ」
「なんでそんな事しないと――」
「言っとくがな、何故とか聞くんじゃねえぞ。分かるだろうが。お前らの能力を《晦冥》にコピーさせる。それだけだ」
反論しようとした槍を使う男を黙らせるタテル。
声だけでも凄みが伝わってくるのはタテルが元来そういう性格なのか、それともGM権限で小細工でも弄したのか。
「この前の戦闘で予想していたかもしれないが、俺は対象に向かって槍を自在に飛ばす事ができる」
「私は石板に魔力を流して発光させる。そして、同じ要領で石板から光線を放てるってところかな」
自由自在な槍に輝く石板か。何はともあれ、これで能力のクオリティアップには繋がった。
「んじゃさっさと動くぞ《晦冥》。混乱を起こすには速さが肝だ」
「仰せのままに……っと」
開いた手が槍の中心に来るように具現化させる。そういえば槍の名前を聞いていなかったがまあいいか。そのうち適当に名付けてしまおうか。
「おい、待つんだ!」
どれほど飛べるのかを試そうとした矢先、快活な声が俺の離陸を阻んだ。
「水くさいだろ、そういうの。俺達も連れて行けって」
「私達だって力になれる。今度こそパーティを組むべきところよね?」
過去にあったいざこざなんてもう忘れた、とでも言うような笑顔で2人は俺の前に立つ。
それに対して俺の返せる言葉は1つしかないだろう。
「……悪いけど邪魔。メリットがない」
「は……何言ってんだ、お前?」
「私達が足手まといとでも言いたいの?」
「ああ、実際そうだろうが」
ああ言えばこう言う。反論だって勿論予想がつく。予想がつくなら反駁は容易に行える。
「さっきの奴らにすら手こずってただろ。俺様の敵はあんな連中じゃねえんだ。役立たずは何もしないのが一番の仕事だ」
「それは……」
返答に窮する男に対しタテルは一気に畳み掛ける。
「お前らを気にかけてやれるほど俺様も暇じゃねえ。分かったら離脱でもしてな。そら、行きな《晦冥》」
タテルからようやく離陸の許可が出る。とりあえずは近くの建物伝いに飛んでいくか。
近くの屋根を対象に据えて槍をしっかりと掴む。すると槍は意思を持ったかのように思い描いたルートを辿っていく。
「……おかしな奴だな」
背後でボソリとそう呟かれた気がする。別にゲームに限らず、同じ評価は現実でも散々されてきた。
しかしそれに対する回答は否定ではない、肯定だ。
俺も本当にそう思う。ぐうの音も出ない正論だ。
俺だって自分の事はおかしいと思う。思うけれども、だからと言ってそれが変えられるわけでも変えようと思うわけでもない。
とりあえず意味なく他人を嫌って好き勝手に走り続ける。それが俺でそれが自分のアイデンティティだと思うし。
*
そんな事を思いつつもあの2人はいてもいなくてもそんなに変わらないと思うのが正直なところだ。なぜなら、
「あの飛んで来てるのがさっきの報告にあったやつか!?」
「みんな、気をつけてね! 1人でも油断できない相手だからっ!」
「暗夜さんからのお達しだ! あのガキを殺れ! テメエらぁっ!」
口は現況を伝えればいいだけだから勝手に動く。対して体はどう動けばいいかの正解を教えてはくれない。
だからこそ対応が遅れ、それが命取りとなる。
「ぎゃああっ!?」
「クソが……真面目に相手しやがれよ……!」
「近づくとヤベエぞ! 距離を取れっ!」
《光》を使う者、《闇》を使う者、それら二陣営で繰り広げられる混戦に割って入りながら俺は突き進む。
槍にしがみついた体は飛行するウルトラマンのように地面と平行になりながら直進する。
そして通り道にいるプレイヤーを貫き貫き貫き通す。
「そっちにもいるのか……!」
しかしそんなドラッグマシーンの如く突き進むだけではない。目に入る敵は皆殺し。物騒でいてふざけた物言いだが、今の《夜叉》ならそれも世迷言にはならないのだ。
「……ッ!」
直進したまま適当な壁へと衝突。当然槍はそのまま壁にめり込むが俺の体はその限りではない。
槍を足場にして跳躍し、いつもの要領で壁を足場にする。そして新たな槍を手に握り、勢いをつけて飛び出す。
これを高速で行えばお手軽旋回法の確立だ。
「ヒッ! こっち向いたぞ!」
「おい、やめろ! やめてくれ!」
そう言って止める奴がいないのはあらゆる場面でのお約束だ。言うだけ無駄でも言ってしまうのは生存本能がそうさせるのか。
「ま、なんでもいいけど」
これがリアルの人殺しだったら俺も躊躇する。というか攻撃しようとは思わないだろうな。臆病者だし、俺。
けれどもここは人を殺してはいけないなんて当たり前の道徳が人間を縛れる世界じゃない。
子供から老人までもが気軽に0と1でできた仮初めの命を奪って奪われてを繰り返すゲームの世界だ。
だから迷う事はない。弱肉強食という点だけはゲームだろうが現実だろうが否定できない摂理。そんな真理に文句を言っても暖簾に腕押しなのだ。
とか考えている間にぶすぶすとプレイヤーを光に変えていく。
「チッ、《晦冥》。増援が来るぞ。上手く捌きな」
その声と共に赤い矢印が示される。倒しても倒しても湧いて出るというのは終わりが感じられず、体力的にも精神的にもくるものがある。
アニメや漫画で雑魚敵に囲まれる主人公の仲間というのはこんな気分だったのか。
けれども俺には主人公のための時間稼ぎをしているわけではない。こんなところで止まっている暇は無い。
「それならこうすれば一発解決だろ……!」
迫る軍勢を確認しつつ、あいも変わらず壁へとタックルをかます。――槍はしっかりと俺の手に握られたままで。
「……らぁっ!」
そのまま槍を水平方向に滑らせる。ギャリギャリギャリと音を立てながら石の壁は粉塵を撒き散らし亀裂を大きくしていく。
「あの野郎、やってくれたな! 退避だ! 退避しろ!」
そうは言っても倒れてくる壁が作り出す影。その規模から退避が可能かどうかはもう明白だった。
悲鳴や壁の崩壊を音を聞くこと無く一目散に退散する。相手の数はもっと減らさねばならない。
「やるじゃねえか《晦冥》。生き残ってたなら後で改めて倒せばいい。首尾良く動いたな」
「褒めても愛想笑いすら俺は出せないぞ」
「ああ、そうだろうな。ならその分功績でも上げてもらうか」
「問答無用で仕事量を増やすのかよ……」
そうは言っても動かないと次の段階で確実に詰んでしまう。ここでどれだけ踏ん張れるかでこの後の作戦展開が変わってしまう。
「はあ……」
溜め息を1つついて切り替える。とにかく倒そう。それが今自分のやるべき事だから。
あくまで個人の所見だが、陰キャは大体目立たないように言われた事は失敗せずに大体やり遂げる習性がある気がする。
少なくとも俺はそんな感じだ。だから多分このペースならなんとかなるだろうなとは思う。
さて、となるとこれで残る問題は1つだけ。そう、ツグミ達の脱出。
あちらはあちらで上手くやれているのだろうか……。




