仮想と現実の橋渡し
「…………」
「…………」
ゲームからログアウトしてわずか数十分後、今回の超超高難易度クエスト、そのボスと邂逅した。
ちなみに偶然なんかではない。待ち伏せはしていたのだ。相手がここを通るのは知っていたし。
「…………」
「…………」
基本的に人の顔を覚えるだけの記憶容量を持たない俺だが、何事にも例外は存在する。例えば目の前の長い銀髪をなびかせる女子、とか。
「…………」
「…………」
道路脇の壁にもたれてツグミが通るのを待ってたというこの状況は、ばったり会ったという演出をするにはあまりにも不自然だ。
しかもコンタクトを取ったのは俺からである以上、俺が何かを言い始めるのが筋だ。
けれどもだ。話すべき要件はあるが、まず何から話し始めればいい?
そもそもしばらくツグミと話していないぞ俺は。どう話を切り出せばいい?
俺に《光》の魔力が少しでもあれば何か会話の糸口は思いつくかもしれないが、ない袖は振れない。ついでに話題も振れない。
「…………」
「……私はGMじゃないから喋らずに意思疎通はできないよ?」
「話す内容もまだ考えてないからGMでも対応できないだろうなあ……」
「何しに来たのさ」
「本当に何しに来たんだろうな……」
そう言ってクスクスと笑い合う。最近は命令口調なGMに振り回されていたから中々新鮮なやり取りではある。
それと、しばらく会ってなかったのに以前と変わらないやり取りができたという安心感もある。
「……それで、アラタの方は大丈夫なの?」
本題に切り込んだのはツグミからだった。
「おかげさまでこっちは別に困るような事は何も、って感じだな。……そっちこそ、俺が迷惑かけてしまった気がするけど……」
互いの安全の確保のために別行動をとる形に俺がしてしまったが、彼女らにしてみれば《白都》陣営のプレイヤーに戦力としていいように使われただけだろう。
判断ミスというかなんというかもう申し開きもできない気がする。
「んー、まあそうだね。あの人達ははっきり言って迷惑かも。やる事に何の面白みもないしね」
世間話をするように楽しくないとツグミは言う。不満を言う気持ちも分かるし何より彼女にはそれを言う権利もある。だから俺は甘んじて耳を傾ける事しかできない。
「だからアラタには悪いけど、そろそろあそこから抜けようかなって思ってるんだよね」
もちろんユウちゃんも無理矢理引っ張ってね、と言って笑う。その決断に対しては俺が口出しできるものじゃないし、と更にだんまりを決め込む。
そんな俺を見てツグミは悪戯っぽく笑い、こう付け加えた。
「でもね、私とユウちゃんだけじゃ戦力に不安があるんだよね。……騒動の発端となった人が責任取って手を貸してくれるといいんだけどなー」
わざとらしく困ったような口調で話し、こちらを凝視する。口調こそふざけているが、何を伝えたいかは目で分かる。
「……そうだな。責任は取らないとダメだよな……」
いつまで経っても何も言えないコミュ障のために動く大義名分を与えてくれたという事だ。
我ながら最後まで手間をかけさせて本当に面倒な奴だな……と罵りながらもありがたくそれに乗っかる事にする。
「じゃあこれでパーティ復活って事でいいかな?」
「ん、もう一度よろしく」
そう言うとおもむろに拳を突き出してくる。反射的に取り敢えず拳を出して突き合わせる。にしても、
「《光》が50%でもこんな事できるのか……」
「アラタはそれなりに見知った方だしね。初対面には流石にできないかな」
普通に知り合いにこんなのできるだけでも俺からしたら凄えんだけどな……。
「それで? 今回はどんな陰謀を企んでるの? 声を掛けてきたって事は絶対何かあるんでしょ」
「ん、まあ一応な……」
*
「まさかGMの権利争いに巻き込まれてるなんてね……」
「しかもツグミ達も勝手に頭数に入ってるんだよな……」
「面白そうだし私はいいけどね」
これなら兄さんとも普通に渡り合えそうだね、と言って笑うのを見て、ふと知り合って間もない時の疑問が浮き上がった。
――そういえばツグミはなんで兄を目の敵にしているんだ?
しばらく忘れていた事だがここに来てその理由が聞きたくなる。
けれども聞くのは間違っている。そこまで他人のプライベートに干渉していい権利は俺にはない。
互いに個人的な情報は開示せず。その関係はネット上だろうが現実だろうが区別なく変わらない俺のやり方であり、生き方であり、そして逃げ方でもある。
「どうしたの? どうして兄さんを相手にするのか気になったりする?」
「や、別に……」
顔に出てるよ、と指摘されて反射的に目を背けてしまう。従来の顔を見られないゲームの世界で育った俺としてはポーカーフェイスを保つだけの手段を持ち合わせていない。
「アラタが思ってるほど深刻なものじゃないよ。……兄さんはね、現実で何でもできるスーパースターみたいな人間なんだよね」
「そりゃまあ、そうだろうな……」
《光芒》なんて特権を持ち、かつ《白都》のプレイヤーをまとめ上げるんだから自他共に認めるハイスペック完璧人間様なのは自明の理だ。
「……だからね、その分私が低く見えて親に怒鳴られたりするんだよね。よくある問題だと思わない?」
「何で兄さんみたいにできないの! って言われるやつか……」
血を分けてようが何だろうが無理なものは無理なのだが、はいそうですかで終わるほど世の中も甘くないだろうしな。そうは言っても兄弟とかいない俺には分かりづらい心境ではある。
「でも……私にはゲームがある。ゲームは親にも誰にも邪魔されずに楽しめたんだよね。……それに、兄さんよりも上の景色を見れるかもしれないって思えたし」
「つまり上の景色を見るために星野を倒す、と」
「そういうこと。アラタとか巻き込んで倒す感じになっちゃったけどね」
「それでも勝てばいいんじゃないのか。ルール違反さえしなければ何してもいいだろ」
「公式チートに手を染めた人がそれ言うの?」
「アンタも同類だって事、忘れるなよ」
くっくっと共に笑う。周囲に人はいない。声を出して派手に笑わないのは陽キャみたいになりたくないという意地と嫌悪のせいか。
「ま、とにかく上手くやろうね。リベンジといこう!」
「前にも似たような事やったけど、あの成果は微妙だったもんな……」
だが、今度こそは上手くいく。上手くいかなくても最悪タテルがどうにかしてくれるだろう。今はそんな楽観が頭のどこかに陣取っている。
久し振りにゲーム仲間と喋れたからかもしれないし違うかもしれない。
友達の多い人生を送ってこなかった身としては前例も無いし検証のしようもないけどな。
「それじゃあ今夜、会えるといいね」
「ん。会えなかったら詰むんだけどな」
そんな風に会話を締めてそれぞれの日常へと戻っていく。
*
さばさばしたような関係でも個人的には数少ないゲーム仲間のつもりだ。そんな仲間と共闘できるのは少し楽しみでもある。
もしかしたらそのせいかもしれない。チラチラと時計を見ながら、L&Dにログインできるのを日中ずっと待っていたのは。




