次の手札は白いカード
有名な大乱闘するゲームの必殺技で、画面外から敵を攻撃するものがあった。
俺がアレを初めて喰らった感想は「何このクソゲー」といった何の捻りもないものだった。それは今でも変わらない。
そして今、俺はそんなクソゲーをやっている。
「はあ……」
ひたすら腕を掲げて振り下ろす。まるでそれしかできない機械のように。
屋上に散乱するポーションの瓶は振り下ろした回数を物語る。が、それを確認できる奴がいないのが残念でならない。
それも詮無い事ではあるよな。今は完全に死角から攻撃しているんだし。
「こんな長距離砲撃も可能とはな……」
遠くに豆粒みたいに見える赤いポインタに狙いをつけて腕を伸ばす。タテル曰く《晦冥》の特権が成せる技らしい。
「……!」
そのままパチンと指を鳴らす。それを合図に《月光》が空を引き裂き落ちていく。
流石にそろそろ飽きてきたので動作を変えたりして気を紛らす。
……もしもこの役が俺じゃなく、誰か遠距離系の能力を持った奴がやったなら溜め技の習得なんか必要なかったのではないか?
それにここから暗夜達を狙い撃って終わらせる事もできたのでは?
こんな状況でも自分が必要なのかどうなのか、不意に疑ってしまう。……いや、タテルが動き出した頃にはめぼしい奴は全員洗脳されてたのかもな。もしかすると俺だけが偶然使えそうな枠として残っていたのかもしれない。
「よし、それくらいでいいだろう。次だ。さっさと動きやがれ」
それなりに数も減らせたのかタテルから新たな指示が下される。辺りに散っていたポインタが集まり、ある一点を指し示す。
「そこに行って戦闘しろ。撤退とか苦戦とかそういうのはいらねえ。速攻でカタつけろ。で、その後にだな――」
*
「まだ行ける……?」
「大丈夫さ、ホノカ。ユウダイが体を張って逃してくれたんだ……。このチャンスを無駄にはしない。必ず反撃しよう」
そう言って男女のペアは建物が作り出す迷路に駆け込み、物陰に身を隠しながら移動する。《闇》を操る集団から逃げるために。
いや、あれは集団ではなく軍団だ。全員が効率良く勝つためだけに動いている、そんか立ち回りを見せたのだ。
現に火力もあり、フォーメーションを崩しやすいボウガン使いを執拗に狙っていた。
彼ら2人が逃げてもこっちが生き残る方が厄介。そう考えての行動なのだろう。
ここで《闇》の配分が高ければ、自分の価値はそこまで低いのか……などと思い込み、大抵の場合はパフォーマンスが低下する。
しかし彼らは《白都》で暮らしていたプレイヤーだ。そのような自己嫌悪に陥る事は決して無い。
メンタルもパフォーマンスも互いに支え合う。そんなプレイスタイルが彼らの特長にして強みなのだ。
――だからと言ってそれだけで勝てるほど今の情勢は甘くは無いのだが。
「ぐあっ!」
「きゃああっ!?」
無音の凶弾が足を穿つ。ダメージとしてはこれまでのモンスターの攻撃の方がよほど強いだろう。それは当然、ダメージを与えるのが主目的では無いからだ。
「これって……麻痺攻撃!」
「ヤバい、動けないぞ!?」
気づいた時にはもう遅い。それが行動不能系の攻撃の恐ろしい部分にして最大の強み。
今や《グレイスレイブス》の大半がこの能力を習得しているらしい。
そして狼狽える標的にさらに無音で近づくのは剣や斧などを携えた別部隊。動きを止めるグループと直接攻撃するグループの2つに分かれているのか。
「星野ユウスケはどこにいる」
「私が言うわけないじゃん……」
「そうか」
事務的な会話の後、そうするまでがマニュアルに規定されているように1人が斧を振り上げる。
躊躇いは無く、何回も繰り返したような作業のように手短に終わらせようとする男。
まあ連中にすれば安定行動のデイリーミッションなのだろう。
――もっとも、俺からすれば突入の合図でしか無いが。
「今だ! やれ、《晦冥》!」
「……ッ!」
その指示に背中を押されるように建物の屋上から飛び降りる。落下地点は《グレイスレイブス》が弱い者いじめをしている中心部。
萌黄色がベースの迷彩色のようなパーカーが落下しながらはためくのは少し――
「タイミングよく現れる正義の味方っぽいよな……!」
魔法陣を円状にいくつも展開する。それら全てが囲っている《グレイスレイブス》の人間を捕捉する。
「《月光》!」
習得した溜め技を性懲りも無く連発する。馬鹿の一つ覚えという言葉があるが、馬鹿になって単純な力押しで攻めた方が効果的な場合もあると俺は思う。
「お前は……!」
会話に付き合うよりも先に打ち切ろうと動くのは陰キャとしての性らしい。言葉を発し終わる前に質量の伴った《月光》で圧死させる。
強烈なストンプ攻撃と変わらないそれは地面を数珠のような形に抉り、近寄っていた男を消滅させた。
「……!」
それでも狙撃組は動じない。顔を出す事もなくこちらへ向けて発砲を繰り返す。
「俺が暗夜の攻撃をどれだけ喰らったと思ってんだ」
麻痺だの毒だのの追加効果は暗夜同様持ち合わせているのだろうが、言ってしまえば暗夜の劣化版でしかない。
集団で弾幕を張ろうが《万蝕銃》の連射には及ばない。それならどうにかできない事もない。
「……そこ」
立ち止まりワンテンポ遅れて、溜めの《月光》を正面に出す。それは果たして、遅れたところを狙った弾丸を防ぎきる。
防いでいる間に、弾丸の軌道からどこから狙ってきたのかも忘れずに特定する。
「……暗夜相手じゃこうはいかないよな」
噴水のように溢れ続けて未だ弾丸から俺を守る《月光》。それはこちらの動作を隠す《闇》のベールにもなっている。
だから狙撃班は気づいていない。俺がこの壁にもう1つの魔法陣を隠している事に。
「本命はこっちなんだよ……!」
高速の《月光》でもって反撃する。銃器が速いとはいえ《晦冥》、レベル、そして強化ポーションにより補正の入りまくった《月光》には及ばない。
タテルも太鼓判を押していたそれは狙った通り、隠れていると特定できた建物を貫き倒壊させる事に成功する。
「クッソ、逃げたと思ったらまた帰ってきやがって!」
「うるさい。最後に勝てばいいだろそんなの……」
「《晦冥》、落下ダメージみたいな乱数に任せんな。確殺しろよ」
「当然」
建築物と瓦礫のハーフのような状態の建物から放り出される《グレイスレイブス》の一員。そいつらを《月光》で確実に撃ち抜く。
そして事が片付いた後に改めて今回の本当のターゲットに向き直る。
「あ、危ないところを助けてくれてありがとう! 《黒都》の人にも優しい人がいたん……」
「ホ、ホノカ! この人、前のあの人じゃないのか!」
「……?」
どこかで会った奴だったか。頭をフル回転させるも特に記憶に出てこない。
俺が奇襲を仕掛けて倒した時に一方的に覚えられている可能性もある。はて?と思っていたところに思わぬ助け船が来航する。
「ああ、そいつらはアレだ。《万里の長城》で《夜叉》作った時の餌食だ。もう忘れたのかよ?」
「人の顔を覚えるのは苦手なんだっての……」
変なプレイヤーに絡まれた事も撃退した事も覚えている。しかし顔まで覚えているかというと別問題だと俺は思う。
そもそも人の顔を見て話せないのに顔なんて覚えられないだろ普通……。
「……私達に何の用があるの?」
「……わざわざ助けたのには勿論理由があるんだろ?」
警戒しながら、というか恐る恐る口を開く2人。
「そうだ。お前らの力を貸してもらおうと思ってな。ああ、拒否権は無いぞ。断るならその場で倒して脱落決定だからな」
倒されれば拠点に戻され、テレポートがしばらく使えなくなる。さらに《白都》を《グレイスレイブス》に押さえられているため、その場で拘束されてバッドエンドだ。
「……まあ、あれだ」
慣れないながらも口を開く。
「……助け合った方が効率がいいだろ? だ、だからまあ協力してもらうから」
若干どもりつつも、以前言われたような事を言い返す。
協力や助け合いという言葉を陽キャは否定しない。それは俺みたいなダメダメ陰キャが相手でも変わらない。なんとなくだがそんな気がした。
「……分かった。さっき助けてもらわなかったらやられてたもんな。協力はする。ホノカもそれでいいか?」
「ちょっとくらいなら私も別にいいわよ……」
「ああ、それでいい。それにしても偶然助ける事ができて良かったな」
……本当は危なくなるまで監視してろ、とか言ってた癖によく言うよ……。
その言葉は腹のなかに留めておくべきだというのは俺でも分かるので口には出さなかったが。
と、そこまで交渉を進めた時だった。
「あっ……」
「ああ、もうログアウトの時間か」
体がいつもの光に包まれる。《白都》の奪い合いみたいな事態に陥ろうがゲームは1日7時間という事か。
全員が公平にログアウトされるのだから戦況もそのまま保存される。なのでまあ何か文句とかをつけるつもりは毛頭ない。
ちなみにむしろありがたいと評価した奴がいる。不可視の旧GM様だ。
「さあ《晦冥》。これは言わば連続クエストだな。お前にはまだやらなくちゃあならない仕込みがある。……マジで抜かるなよ?」
「いつもの自信が無くなってるぞ。……いや、まあ気持ちは分かるけど」
「気持ちが分かるんなら絶対に成功させやがれ。俺様が求めるのはそれだけだ」
つい今しがたできた協力者を無視してログアウト直前にサッと言葉を交わす。
……wikiも使えない状態で攻略法を探すのは嫌いじゃない。けれども、こんな無茶をしないと攻略できないってのはどうかと思う。
そんな、言っても誰も共感してくれない思いを一息に吐き出す。そして空気を今度は体内に取り込む。気がつくと俺はベッドの上だ。
もう一度息を大きく吐きながら意識を整える。……ゲームの続きは今晩まで持ち越せないのか。




