拝啓 《白都》の死角から
「皆、今日まで共に戦ってくれてありがとう。団結して戦うのは、こう言ってはなんだけど楽しくもあったさ」
――私は、私達は1ミリも楽しくなかったけどね。
「……さあ、ここが踏ん張りどころだ! 全力で行こう!」
「「「おおっ!!」」」
「せっかくなんだし楽しんでこーよ!」
「それな! ゲームは楽しんでなんぼっしょ!!」
――兄さんの号令。それに同調するように飛び交う賑やかなコメント。
これはここではお馴染みの士気の上げ方だ。でも私はどうしても慣れない。
私達が3人揃っていた時も似たような感じだったかもしれないけれど、何かこことは根本的に違う感じがする。理由は全く分からないけれど。
「…………」
せめてユウちゃんに何か声をかけようかと横を向く。当の本人は気遣う表情をこちらに投げかけるけれど、特に口を開かない。
「…………」
気持ちは分かるよ。この空気だと口を開くのも億劫になる。まるで沈黙効果を受けたみたい。魔法職でもないのにそんな効果を心配しながら連れ立って《白都》へと進んでいく。
「さあさあ皆さん! 力の限り戦ってくださいねえ! ボクの作戦なら絶対に勝てますからねえ!」
パンパンと手を叩きながら私達を焚き付ける声がする。作戦って言っても陽動部隊を多めに用意して、その隙を本体である私達が突く、って単純なものだった。
分かりやすいと考えれば妥当な作戦かもしれない。でも《皆輝剣》を活かすには全員が固まった方がいいと思うんだよね。
そういう事を口出しする権利も親切心も残念ながら私には無かったから黙っておくけれどね。
《光》と《闇》がちょうど50%なのは誰にも興味を持てないという私のあり方の表れだと思う。
属性的にはどっちにも相応しくないんだよね。私は精神的には陰キャ側のつもりだけれど。
「……始まりましたね」
ユウちゃんがぼそりと呟く。そうこう言っているうちに陽動作戦が始まったらしい。
これといったモチベーションもないまま私は《白百合》を腰に据えた。
*
「また水路かよ……」
「ああ、安心しな。今度は立ちはだかる敵はいねえ。通り抜けるだけの簡単なお仕事だ」
タテルに指定された侵入地点は《白都》内を流れる地下水路。以前は脱出する際にお世話になった。
名前の思い出せない、《ルミナ・ミラー》を使う奴が逃走を邪魔したのだが、それすらも見られていたのか。
「そこじゃねえ。その奥に通路があるだろう。そっちを右に進みな」
「暗くてよく見えないんだけどな……」
意外にもこの地下水路は《白都》の隅々まで張り巡らされているようだ。以前脱出に使った時は競争馬の如く前方しか見てなかったから気づかなかった。
「こうも広いと何かしらの施設が作れそうだな」
これはなんというかゲーマーの勘がそう告げるのだが、わざと使い道ができるようにわざわざ作っている気がする。例えば――
「地下鉄、とか」
「ああ、そいつは面白い。土地をどう使うもプレイヤーの自由だからな。なんならお前主導で作るか? 手っ取り早く大儲けできるぜ?」
「そんなカリスマ性は1ミリもないし、そもそも俺が《白都》で堂々と交通機関ぶったてるとか流石に暴動起きるだろ」
相手から見れば奇襲用の足を作ってるようにしか見えないっての。
「ああ、違いないな。……さて、そろそろ目的地だな。利権絡みの闘争も悪かないが、ここからは両陣営を相手にする乱戦だ」
タテルにナビされて到着したのは水路の果て。いくつもある終着点のその1つ。うっすらと奥から光が漏れているのは地上へと道がつながっているからだろう。
「階段があるな……。ここから地上へ出られるのか?」
「ああ、そうだ。それと戦闘の準備もしておけよ。お前が動くとすれば奇襲が一番有利だからな」
言われて《夜叉》を発動させる。水路から上がり、顔だけを壁から出して進路を確認するとそこは螺旋階段が空めがけて伸びていた。
「普通のRPGなら各階毎にボスキャラが待ってたりするんだよなあ……」
そしてそのうち何体かは主人公の仲間達が相手をしてくれる。先に行け! 的な台詞をもらうお約束の、しかし燃えるシチュエーションだ。
……俺の場合そんな仲間はいないから1人で全員倒さないといけないのか?
「そこはそういう場所じゃねえ。モンスターはいないから安心しな。ただ、屋上には誰かいるかもしれねえがな」
その言葉通り何とも遭遇する事なく階段を駆け上がる。上から狙われてないか逐一チェックし、足音も立てないように慎重に動きながら。
「あれは……」
最後の段を踏みつけたところでそのまま踏みとどまる。タテルの言った通り見晴らしのいい、円形の広場のようになった屋上にはプレイヤーと思われる男がいた。
外を眺めているため、こちらには背を向けている状態となっている。顔には双眼鏡を当てており、こちらは視界には入っていないだろう。
「上から監視か……。《黒都》側が圧倒的有利じゃん……」
《白都》内の路地が入り組んでいようと、どれだけ複数の小隊を組んで攻めたとしても位置が把握されてはどうしようもない。
なるほど、こいつは俺にとっても脅威になるわけか。
「……《月光》!」
習得したての溜め攻撃を無造作にそいつにぶつけてやる。
「――!?」
《闇》でできた柱のようなそれは縁に立っていた顔も見ていない双眼鏡野郎を、捨て台詞すら吐かせる事なく自由落下の片道切符を握らせる。
「よし、邪魔は消えたな。次だ。俺様が座標を指定するから、そこへとにかく溜め技を落としていけ」
瞬間、赤いポインタがいくつも視界に表示される。静止したものから、ゆっくりと移動しているもの、複数が重なっているものまである。
恐らくキャラの位置を示しているのだろうが、それが《白都》側のプレイヤーか《黒都》側のプレイヤーかを判定する術はない。でもまあ判定する理由もない。
「……どうせどっち側でも倒すしかないしな」
今さら言うまでもない事だが俺は口が上手く回らない。つまり、こちらからうまく取引したりどちらかの陣営に共闘を持ちかけるなんて真似ができない。
となると隙を突いて両陣営を同時に出し抜く以外ありえないという結論に至る。
「……そのためにまずは数を減らす必要があるってか」
「そうだ。見えない位置からの暗殺はお前の趣味だと思ったが違うか?」
「……愚問だぞ、それ。……好きに決まってんだろ!」
いつもは横一文字のまま動かない唇を少しだけ緩ませながら答える。安全圏からチキンプレイで蹂躙するなんてストレスフリーで最高だろ。
「おい、今の音は何なんだ?」
「塔の方からしなかったか?」
そんな会話でも繰り広げているのか、2つの赤い矢印が路地に沿ってこちらへやってくる。
「そら、手近な餌がやってきたぞ」
「《晦冥》の逆襲、やってやる……!」
手をいつもとは違い真っ直ぐに上へ伸ばす。普段の手を挙げる動作とは比べ物にならないほどはっきりと伸ばす。
なぜならその方がイメージをしやすいからだ。具体的には、
「ハンマーで叩きつけるイメージ……!」
空中に魔法陣が現れ、手を振り下ろすと同時にはっきりとした質量を持つ《月光》が赤いポインタ目掛けて落下する。
ドドン……!という重厚な音と共に俺のいる塔が小刻みに震える。反撃は行われず、階段から誰かが上がってくる様子もない。
「こんなにあっけなくていいのかよ……」
「ああ、相手にしてみれば急にトラックが降ってくるようなもんだからな。とにかく、俺様が解析を終わるまでそこで遊んでな」
次の一手のためにタテルはタテルで動いているのだろう。まあ何はともあれまずは順調な滑り出しだ。今のところ俺は面白みのないチキンな陰キャらしく、引き続き堅実に動くのみだ。
……ツグミ達はどうしているのか。一瞬、タテルに調べてもらいたいと思ったがタテルの目的でもあるし何かあったらこっちに教えるか。
どうでもいい事を考えてたなあと思いながら、俺は手近なポインタ目掛けて《月光》を落としていくのだった。




