切り札は小細工
「くっ……!」
黒と白に染まった太い腕が俺を追従する。
「いいか。この際ぶっちゃけるが、その攻撃にパターンなんてもんは存在しねえ」
「じゃあどうしろってんだよ……」
辛くも躱し続ける俺に届く声は攻略情報としてはほとんど価値の無いものだった。
攻撃パターン無しという情報は重要と言えば重要ではある。パターンがあると信じて変な行動をする可能性を潰せるという点では。
しかしまあ現状打破という目的に関しては一切価値の無い情報と言える。それよりも倒し方を教えて欲しい。
「そうがっつくんじゃねえよ。いいか、行動パターンの存在しない触手を攻略するにはもう力ずくしかない。重要なのは基本技の使い方だ」
基本技。《月光》と《陽光》。魔力を純粋に飛ばして攻撃するL&Dプレイヤーの言わば必要最小限度の実力。
もちろん使い方を工夫すればそれなりの武器としても機能し、俺もサービス開始時からお世話になっている。
「結構な数のプレイヤーをモニターしたがな、どいつもこいつもとにかくぶっ放すだけで頭が悪い。もう少し威力が上げられる方法を考えたりはできねえのか?」
「威力を上げる方法……?」
威力そのものはレベルを上げればいいだろう。能力の性能は不可視のレベルに比例するからだ。
しかし今は目的がレベリングだ。レベリングの最中に《月光》を強化するためにレベリング、というのは面倒な展開が待っているに違いない。
この素材を作成するために前段階の素材を集めなくてはならない、みたいに果てしない話になりそうだ。
というか戦闘中に別の戦闘を行えという指示になるがそんな馬鹿げた方法では流石に無いはずだ。
ならば即席で火力を上げる方法が別にあるはずだ。今までのゲーム経験から考えろ、こういう場面で有効なのは……。
「……溜め、か」
「ま、そういうこったな」
アクションを出すまでに隙ができるが、当たれば高威力というハイリスクハイリターンなアレである。
しかしそれだけで対応できるのかという一抹の不安はしぶとく俺の脳内から離れない。
別に《月光》のスペックを信じていないわけではない。特に俺の場合《晦冥》の特権もあるのだ。使える事は分かる。
しかし、しかしだ。突き詰めればそれは本質は基本技。それなら素直に自前の能力を底上げする何かを得た方が効率がいいのではないか。そう思ってしまうのも事実だ。
「言っとくがな、基本技の溜めは作成した能力よりも最高倍率が高い。そう作ってある。お前の《夜叉》より火力が出るぜ?」
「……マジで!?」
そう言葉を交わす間にも触手は蠢き、魔弾は俺を塗り潰そうと砂漠の熱気を掻き切りながら俺へと迫る。
溜め技の詳細を知る前に殺されて終わり、なんて無様な真似はごめんだ。
「こういうのはどうだ……!」
《月光》で砂を巻き上げタコの顔面へと、それを叩きつける。流石にこのタコもカテゴリーとしては生物のはず。ならば効くはずだ。
「――!? ジャアァ! ジャアァ……!?」
「視界を封じれば時間稼ぎにはなるよな……!」
読み通りタコは触手で目を抑えながら右へ左へとのたうちまわる。ここは砂漠だ。目潰しのための弾丸は腐るほど落ちている。
「それで!? 溜め技の出し方は!?」
目潰しを成功させはしたが、そう長くは効かないだろう。速攻で聞いて速攻で倒す。それこそが得策。
「簡単だ。《月光》を放つ瞬間を意図的に遅らせる、それだけだ。イメージとしてはホースの先を握って水を塞きとめる感じだな」
それならば、と未だもがいているタコへ向けて右手を伸ばす。
「魔力を溜めて……まとめて放つ……!」
特に意味はないが雰囲気重視という事で、俺は手を動かすのを《月光》の発射の合図として利用してきた。
今回の溜め技は、その腕の動きを遅らせればそれで出せるのではと考えた。
腕を振り、止める。停止させた際の振動が体全体に波及していき少しむず痒い。それでもこの方法は功を奏した。
「――――!?」
溜め技として放出された《月光》はタコに連なる数多の触手、その1本を吹き飛ばす。
普通の《月光》や《陽光》は所謂光線のような攻撃にあたる。能力だのなんだので打ち消したりする事は可能だが、それに失敗した場合はその魔力が相手を飲み込みダメージを与える。
しかしこの溜め技はそれとは違う。溜め無しが実体を持たない光線とするならば、これは形のある鈍器と言える。
つまり今までは《月光》を浴びせ、貫通したダメージにより触手を退けていたのだが、今回は《月光》という物体でダメージとか関係無く無理矢理触手を振り払ったという事だ。
「悪くない威力じゃねえか。流石《晦冥》様といったところか?」
「まだまだ……!」
動きが止まったその一瞬を逃さずに追い打ちをかける。
石版を壁のように空中に立てかけ、それに足を重ねて一気に蹴り込む。文字通り現実離れしたスピードでタコに接近、そのままへばりつく。
「捌いてやんよ……!」
右手には《蝶舞剣》、左手には《夜叉》による爪。俺の使える最強の二刀流でボスの顔の表面を無秩序に、休む事なく嬲り続ける。
「ゴ……ゴオオオ!! ジャォアア!!」
怒り狂う《インフィニティ・オクトパス》が、全ての触手を眼前の俺へ目掛けて突き刺してくる。
さっきまでの絡め取っていたぶるような攻撃法から一変、有無を言わせず即死させるような刺突攻撃へと移行していた。
しかしそれも上空に飛んで容易く躱す。そのまま溜めの《月光》でタコの顔を寺の鐘のように力一杯叩いてやる。
「散々触手攻撃は受けたからな。……もう見飽きたんだよこっちは!」
ポーションで無限に回復できるこの状況では、触手攻撃を受けても捕まりさえしなければいくらでも立て直しが効いた。
それをタテルと会話している最中もずっと行なっていたのだ。目が慣れないはずがない。
そのまま空中で迫る魔弾を紙一重で捌き、串刺しようとする触手を、あるものは回避し、あるものは足場にして移動しながらやり過ごす。
もちろん溜め技と通常の、2つの《月光》を織り交ぜながら攻め立てる事も忘れない。
「チッ、GMとしちゃもう少し《インフィニティ・オクトパス》には頑張ってもらいたかったがしゃあねえか……」
自作のモンスターに親心でも抱いたのか、タテルがどちらの味方なのかよく分からない心境を吐露した時には流れは完全に俺の方へと向いていた。
そのまま勝利の女神が、生態系を無視したタコに微笑む事はなかった。
*
その後、再びタテルの根城へと俺は召喚された。
現実の自分は微動だにしないが、この世界ではさっきまでノンストップで動き続けていたのだ。その疲れが津波のように押し寄せて地面にばたりと倒れこむ。
「終わった……」
「それもこれも俺様のおかげだがな」
「上からの発言は気にくわないけど、マジで助かったからな……」
返しに困るコメントだな……と辟易している中、タテルが声をかけてくる。
「さっきも言ったがあれは軽いチュートリアルだぜ?むしろここからが本番だ。さっさと起きろ。へばってる時間なんざねえからな」
「ブ、ブラック過ぎる……」
「お前のためでもあるって事を忘れんじゃねえよ。なんのためにここまでやったと思ってんだ?」
「えっと、レベリングして……それで……能力の追加か……」
そうだ。元は新しく能力を身につけられるようにレベルをあげるのが目的だった。
「ふむ、能力……」
そのまま考え込む。能力を身につけるにしてもどんな能力にするのがベストなのか。
陽キャに対しては《夜叉》である程度渡り合えるような気はする。ポーションも無限にあるのだから、正面から受け止める分には弱点を突かれる心配はまずないな。
ならば《グレイスレイブス》とかいう暗夜率いる大軍団の対策か。弱点にならない《闇》で有効打になり得る能力が欲しいところだが……。
「ああ、お前の能力は既に俺様が考えてある」
「ちょっ……いくらなんでも勝手過ぎるだろ、それ……!」
MMOの醍醐味の1つは自キャラの育成にあると俺は考える。Wikiなりなんなりを閲覧してその最適解通りに作るのも否定しないが、やはり俺は自分の好みに任せて好き放題ステータスも見た目も決めるべきだと考える。
だから俺というキャラの方針を勝手に決められるのは納得がいかなかった。いくら互いにWin-Winな作戦だとしてもこれは到底受け入れられない提案だった。
「まあゲーマーならその反応が普通だろうな。むしろ二つ返事で了承したならあの2人目当てのただの出会い厨だと見做すとこだったぜ」
その反対も当然だろうといった様子でタテルは落ち着き払っている。だがな、と彼は付け加えてこう反論した。
「いいか、今のパワーレベリングは俺様がお膳立てしたからこそできたインチキプレイだ。それで上がったレベルは果たしてお前自身の成果か? その偽りの成果を自分の強化に利用するのはゲーマーとしてどうなんだ?」
「うっ……」
俺は必要以上に引け目を感じるところのある性格をしている。そうでなくちゃ《晦冥》なんて身につかない。
だからこそ今の指摘はかなり痛いところを突いてきた。そう言われると己の気の向くままに能力は弄れない。
「なあ、ここまできたなら素直に俺様の言う能力を習得すればいいんじゃねえのか?それなら罪悪感は抱かない。違うか?」
ゆっくりと俺の近くまで歩み寄りながらタテルはそう問いかける。この時点でもう勝敗は決したようなものだが、一切手を緩めるつもりは無いらしくダメ押しとばかりにもう一言付け加える。
「それに俺の考えた能力、《晦冥》のお前ならきっと気に入る戦い方ができると思うぜ?」
そう言って、《タテルのかんがえたさいきょうののうりょく》とやらを聞かされる。
「確かにこれは……ヤバい……!」
「さて、日ももうないんだ。さっさと慣らすとしようじゃねえか」
そのままその能力を習得した事は言うまでもない。
それは今すぐ誰かに話したい衝動に駆られるほどの性能だった。まあ話せるような友達なぞ存在しないのだが。
そうして何回かのログインとログアウトを繰り返した後、その日はやってきた。
星野と暗夜。《光》と《闇》の実質的トップに導かれた言わば巨大ギルドが再び衝突する。
俺は離れたところで1人、《白都》の様子を伺っている。
風が運ぶ音は静かで、人の賑わいがあった初期とは雲泥の差だ。
そんな大都市から少し視線をずらせばそこには固まって移動する一団。星野が率いる陽キャ軍団だろう。
こちらも普段のような不必要なまでの喧騒は少しも出さず、緊張感が漂っているように見える。
これから始まるのはゲームとは言え、本気のぶつかり合いだ。いや、むしろゲームだからこそここまで本気になれるのかもしれない。
「……そんなのに首突っ込んでいいのかよ……」
そんな熾烈な戦いに横槍を入れるのだ。バックアップがあるとはいえ流石に腰が引けてしまう。心根はどこまでいってもチキンなのだ。それが《晦冥》。
「これまで散々余計な事しでかした癖に今更ビビんのかよ。……いいから派手に暴れろ!俺様が楽しめるようなショーを見せてくれよ!」
「完全に他人事だよな……」
何はともあれ、自キャラ選択も対戦相手検索ももう終わってしまった。後はひたすらバトルあるのみ。
ただ、今回の突入は明確な目的がある。そのためのプランもある。簡単に尻尾巻いて逃げる事はしない……ように心がける。
そんな少しの不安、期待、興奮を心に秘め、俺は静かに開戦の合図を待った――。




