砂塵這う黒白
「砂漠のフィールド……」
俺がタテルに送り込まれたのは見渡す限り砂一面の砂漠地帯だ。位置としては《白都》の方に寄っているのだろう。眩しい太陽がジリジリと俺を照りつける。
とはいえいつもに比べると少し暑い、程度の感想しか出てこない。熱中症になったりしないような配慮が組み込まれているのだろうか。
「さて、モンスターがどこに沸くか。俺様はそれを感知できるから指示通りに動け。最高効率でレベリングするからキリキリ動きな」
そのアナウンスと共に赤いピンが波打つ砂地の向こう側、かなり遠くの方に表示される。
「どうせならあそこに転送してくれよ……」
まあ、面倒くさい移動もMMOのクエストらしいと言えばらしいけれども。そうやさぐれつつも指定地点まで走ろうとするが、
「ッ……!」
「おいおいどうした? まさか砂に足を取られて走れない、なんて言わねえよな? レベルも頭も足りねえぜ?」
「なっ……ふざけやがって!」
毒づいてお茶を濁すがタテルの指摘は完璧に正しい。地面を踏みしめて持ち上げようとするその瞬間に足が沈み込み、上手く動かす事ができない。
レベルが足りないのにろくに動けないところに連れてくるとは何考えてんだアイツ……いや、違うな。
「じゃあ、これならどうだよ!」
腕を前方に伸ばす。そして理想の軌道を思い描いて、それをなぞるように踊らせる。
「《夜叉》!」
その軌道にポツポツと石板の足場ができる。名前も知らない誰かからコピーした名前も知らない能力。
俺が実際に喰らった時は板そのものが光って目くらましになっていたし、盾としてかなりの硬度を誇っていたと思う。
しかし俺の劣化版では脆い足場にしかならない。けれども、
「それで今は充分だろ……!」
足元の足場から次の足場へ跳んでいく。お得意の戦術になりつつあるこの方法。
「ま、ここまでは及第点か。が、それで終わるような場所は選んでねえぞ?」
その言葉に応じて何かが飛び出してくる。まるでタテルが召喚して操っているかのようだった。
「ッ!」
その何かが足場に体当たりをかまし、飛び移ろうとした安全地帯が消える。
「くそっ!」
そのまま姿勢を戻せず、地面に倒れこむ俺。しかしその何かはそんな俺に間髪入れずに攻撃を続ける。飛来する物体を《蝶舞剣》でとにかく受け止めたつもりだったが、その認識は間違っていたらしい。
「し、触手!?」
受け止めたつもりがその実、その触手は《蝶舞剣》にしっかり絡みついていただけだった。その触手がうねり、俺を一気に持ち上げて灼熱の砂へと乱暴に投げ込む。
「があっ!」
地面と違い、柔らかい砂に打ち付けられただけなのでさほどのダメージにはならなかった。
相手が俺を値踏みするように見下ろしているのを考えると、これはただの挨拶代わりだったのかもしれない。
ズズズと砂を盛り上げながら顔を出したのは巨大なタコ。薄い茶色の皮膚を持ち、砂漠で生きるように進化したとでも言いたげな風貌だ。
「レベリング法は簡単だ。そのボスをどうにかしてみせろ」
「結構無茶を言うよな……」
今までのボスだって少なくとも2人パーティは組んで戦ってきた。それをいきなりソロでやれと言うのはパワーレベリングにしても限度があるのではないか。
「レベリング以前に攻略できんのか、こんなの……」
「ウダウダうるせえな。……ま、文句垂れるのは想定内だがな。俺様が多少のお膳立てはしてやるからとっとと動け」
直後、指を鳴らしたような快音が響く。それと同時にキラキラとしたエフェクトが俺の腰を覆う。
「ポーションは無限に供給してやる。これなら長期戦でもいけんだろ」
「い……いや、待て待て。そんな事していいのかよ!? それは実質――」
「不死身になれると思ったか? そこまでこのゲームは甘くねえぞ」
俺のコメントを追い抜くようにアナウンスが入る。
「確かにポーションを飲めばステータスは全快する。けどな、いくらポーションがあっても飲めなきゃ意味ねえぞ?」
「……触手に捕まるのは避けないとな」
身動きが取れずにポーションを飲めなければそのままHPを削られて終わり。そう言いたいわけか。
待てよ? それは対人でも有効な手段なのでは――。
「うわっ!?」
音もなく触手が俺の元へ伸びる。反射的に体をずらして何とか事無きを得る。どうやら今は他の事を考えている余裕はないらしい。
「……!」
砂場は思うように動けない。ならば自力で足場を作るしかしょうがない。作ったその上を跳ねながら《月光》を乱発する。狙いは砂地から半分出ているタコの顔。
「ズゾゾオオ!!」
当たりどころが弱点だったのか、頭部を触手で隠しながらタコは悶え始める。それと同時に数を増やした触手が俺を捕縛しようとあらゆる方向から攻め立てる。
「この数、8本なんてレベルじゃないよな!?」
タコの足は8本、イカは10本なのは覚えている。が、視界に入る数だけでもそれはゆうに超えている。
「どうだ《晦冥》。俺様の作り上げたボスモンスター、《インフィニティ・オクトパス》は! 無限の触手があらゆる方向の攻撃を迎撃するんだぜ!」
「作戦タテルといい、ネーミングセンスだけ致命的なんだよ……!」
叫びながら足なのか触手なのかよく分からないそれを斬り裂いていく。だが名前の通り無限のそれは斬ろうがどうしようが勢いが止まる気配はない。
「そこが弱点なのは分かってんだ……!」
「ジザアアアッ!」
石版から空中へと身を投げ出す。当然触手は追ってくる。
そのいくつかに対しては身をよじりながら紙一重で避けていく。しかしそれだけでは砂にダイブしたところを文字通りタコ殴りにされるだけだ。
だから、こうする。
「ここ……だ!」
体を翻しながら伸びる触手を踏みしめる。幸い粘液のようなものはまとわりついておらず、滑る事はない。
「は……あああっ!」
その触手の上を走る。当然、長時間走り続けていれば捕縛される。ならば次から次へと飛び移っていけばいい。アニメや漫画で一度は憧れたシチュエーションを再現しながら俺は進む。
現実の俺の運動能力、物理法則をある程度無視できるゲームならではの強硬手段。使わない手は無いだろう。
「ゾ……ジャアア!」
タコ本体に近づいたタイミングだろうか。これまで捕縛のために這わせていた触手を全て俺とタコ本体との間に集中させる。
触手を段々に重ねて壁を作り出すという魂胆か。大粒の吸盤がぎょろぎょろと集まるその様はまるで俺を大量の目玉が監視しているようで居心地が悪い。
「そんな見え見えの策にやられるかっての!」
ここにきて《夜叉》を発動させる。《闇》の魔力を集めて象ったのは武骨な剣。誰か1人は作成しそうないかにもスタンダードな得物だ。
「らあっ!」
それをブーメランのように投擲。触手の隙間に食い込む剣。タコ本体には痛みを感じている様子もなく、相手にする素振りも見せない。あくまで本命は俺だとでも言いたいのか。
しかしその剣は別に攻撃したいから投げたわけではない。別に他の武器でも問題は無かった。太ささえあればなんでも。
「よし……!」
刺さった剣へ、落ちる勢いはそのままに足を落とす。剣は軋むが、がっちりと吸盤に吸い付いているためずり落ちたりはしなかった。
「この反動を使って……!」
そのまま空中へ再び身を投げ出す。高度は先程よりも遥かに高く。触手の壁すら障害にならない。
そのまま一気に前のめりに。視界に入るのは巨大なタコの頭部のみ。これなら――いける。
「はあああっ!! 《蝶旋風》!!」
「ジャアア! グゾアア!!」
素早く《蝶舞剣》を握り魔力を込めて斬りつける。タテルのサポートで無限に魔力は回復できる。それならば一撃をとにかく重くすればいい。
さらに魔力の大部分を注いで起こした竜巻は巨大な砂嵐へと変貌する。高速回転する砂が鑢のようにタコの体を傷つける追撃が入るのを確認しながらポーションを口に運ぶ。
俺自身は竜巻の風圧で外へと脱出する。理想的なヒットアンドアウェイがそこにはあった。
「……ズズズズ!! ゾアア!!」
がこれまでのボス同様、抵抗する奇策をまだこいつは持っているらしい。体全体が白と黒のチェスの盤面のような模様に包まれていく。
「ジャアアッ!!」
するといきなり口から漆黒の塊を発射してきた。
「!? 墨じゃないのかよ……!」
反応が間に合わず体全体でそれを受け止める。飛んできた瞬間、俺はこれを目隠しになる墨だと予想した。だってタコだし。
が、実際に受けて分かる。そう、これは――
「《闇》の魔力砲……!」
《晦冥》のため、弱点にも何にもならないそれだったが、純粋な火力で俺を吹き飛ばす。さらにこの魔力砲はそれだけでは終わらない。
「なっ……追撃!?」
俺を吹き飛ばし周囲に爆ぜた魔力砲だが、散らばった水玉のようなそれぞれが空中で止まり再び俺へと駆けつけてくる。
「があああっ!」
《夜叉》である程度受け止めたとは言え、防げる範囲はそう広くない。
流石に軽傷では済まず、膝が砂に埋もれてしまう。
「はあっ……! 驚かせやがって……!」
ここに来て遠近両方のメインウェポンを晒した《インフィニティ・オクトパス》。
全ての攻撃は普通にやってちゃ避けられない。……ダメージ覚悟で突っ込むか?
しかし触手に捕まればそれで終わりだ。受けるにしても踏ん張って追撃を躱せる攻撃にしなくては。果たしてそんな見極めが俺にできるか? ……どうする。
そこまで考えを巡らせたその時だった。
「第2フェーズまで耐えたんならまあ上出来だろ。……そろそろ俺様も口出ししたくなってきた」
そんな世界一自分勝手なアナウンスが耳朶を打った。
「何か弱点でも教えてくれるって事か? それとも権限で弱体化させるとか?」
そもそもの目的はレベリングだ。ポーション以上のチートも何かしらあるのだろうとは思うが。
「馬鹿か。そんな真似できたらとっくに《黒都》を墜としてるだろうが。俺様はただ、お前に戦闘のテクを教えるだけだ。分かったらとっとと構えな」
言い方には棘がありつつもすぐに言われた通りに動いてしまう。タテルのカリスマ性に無意識に惹かれているのかあるいはこれすらも旧GMとしての特権なのか。
なんにせよ再び、モノクロームな体表のタコと正面から向かい合う。そうだ、この程度倒せなくて暗夜も星野もやれるはずがない。
「準備はいいか? 多少荒っぽいチュートリアル、始めるぞ」




