動き出す晦冥と動けない黄昏
「ツグミとユウハを、奪い返す……?」
言葉の意味こそ分かるが、それでも聞き返してしまう。自分の幻聴じゃないか、本気で言っているのか、にわかには信じられなかったからだ。
「ああ、確かにそう言ったぜ。いくら俺様でもお前1人で無双ゲーには持ち込めねえ。もう少し手駒は欲しい」
「……それなら星野のグループ全員に声をかければよくないか? 数もモチベも十分な面子が揃うと思うけど」
プレイヤーを駒に見立てて《黒都》を攻略するというのならユニットは多い方がいい。しかもそれが仲間の数に比例して強くなる《皆輝剣》ならなおのこと。
そうなった場合またも俺の居場所は無くなるわけだが、まあゴタゴタが早急に解決するなら問題はないのだろう。そう考えての進言だった。
「はあ? それは愚策も愚策だろうが。馬鹿かお前は」
が、考えるそぶりも見せずに一蹴される。
「《皆輝剣》がそれなりにヤバいのは分かる。仮にも《光芒》だからな。……けどな、《光芒》以外の奴らは使えるか? 速攻で倒されて《洗脳》喰らうのがオチだろうが。そもそも俺様が指示を出せる限界を考えろ。面倒見れるかそんなの」
俺の提案を立て板に水を流したように欠点を指摘して潰していくタテル。ひとしきり話した後で、それにな、と付け加える。
「俺様はああいうグループが嫌いだ。お前なら分かるだろ? 引き込んだ理由くらい察しやがれ」
「ああ、なるほど……」
冷静に考えれば権限全てを奪われて誰も助けてくれなかったんだ、俺と同じ人種なのは決まりきった事ではあった。
「分かったらさっさと方針を練るぞ。あと数日で《光芒》達が動き出す。それに乗じるぞ」
「星野が?」
「ああ。お前が辻斬り紛いのPKやってる間にあいつらも準備してんだよ。《白都》を奪い返すつもりらしいな」
「その隙を突いてツグミ達を奪い返す……?」
つまりタテルが言いたいのは速攻でそのための準備をしろという事だろう。しかしよく考えれば不安要素が大きいように思う。その懸念が声となってタテルに伝わったらしい。
「そういう事になるわな。無論、そのための布石は大体は打った」
だが、とタテルは付け加える。
「最後の最後、仕上げには1つ足りないものがある。それはお前の新しい能力だ」
「や、待てよ。《夜叉》もあるし新しい能力なんて申請通らないんじゃないか……?」
このゲームは自分好みに能力を作る事が可能だ。しかし、習得するにはGMの審査を通る必要がある。
つまり相手を絶対殺すようなデタラメな能力は作成不可。しかもあれもこれもと欲張って大量の能力は作れない。
これはパソコンの空き容量の関係に似ていると思う。強い能力ほど容量を取って他に回す余裕がなくなるといった風に。
そして俺の《夜叉》、条件さえ整えば《光》の能力を完全コピーできるというものは中々に容量を取っていると思う。それなら新しい能力を取得する余裕はないと思うが――。
「馬鹿か。容量が無いなら増やせばいい。レベリングするんだよ。このGM様がサポートしてやんだ。他が動くまでに終わらせるぞ」
そう言ってタテルは光を生み出す。俺をここまで飛ばしたあの光だ。
「おら! 拒否する暇があるんなら動きやがれ!」
そのまま元GMは俺を蹴り飛ばし、光の渦へと突っ込んだ。
「ちょっ……!?」
しかしもう引けない状況は作り出された。動くだけの動機も与えられてしまった。既に投げ出す理由は潰された。
「くそ……! もう何でもいい、レベリングでも何でもしてやるよ!」
星野の横にいたあの胡散臭い奴よりもよっぽど策士じゃないか。心の中でそう称賛しながら光に飲み込まれる。
「……見てろよ、お前ら」
抽象的な決意表明。誰に向けた言葉なのかは自分でも分からない。ただ、この言葉を胸に今は走ってやる。今度こそは負けてやらないから――。
*
「つまらないなあ……」
アラタが離脱して数日経った。たったの数日なのに、せいぜいが20時間くらいなのに、時が経つのが遅く感じる。
そんな愚痴を誰にも聞かれたくないから小声で呟く。聞かれたくないなら口に出さなければいいんだけれど、外に出さないと体に溜まってそのまま押しつぶされそうになる。だからこれは私にできるささやかな抵抗。
「同感ですね……」
そこに反響する小声が1つ。頭を動かすたびに薄い茶髪が肩を撫でる。気づいたら一緒にプレイしていたユウちゃん。
急に情緒不安定になる以外はごく普通の大人しい子。どっちのユウちゃんも私は好きなんだけど、最近はひたすらに大人しくてまるで人形みたいだと思う。
「皆が経験値を取れるようにボスとは戦わないってどうなんだろうね」
サクシとか言ってたっけ、あの男の人。あの人が言うにはまずは《白都》を奪い返すべきだとの事。
そのためには戦力の向上は必須。だから全員で近くのモブを狩り尽くすという方針で動くと。
全員に経験値を入れて、全員で強くなる。そうすれば総合力は上がるし《皆輝剣》の質も上がるんだって熱弁していたっけ。
「……私も、先輩みたいに強く主張できれば良かったんですけど……」
「大丈夫、気にしないで。こう言うとなんだけど、たとえ私達2人が言っても却下されると思うよ?」
「ですよね……」
システム上、経験値が可視化されないとしてもモブよりもボスの方が経験値が美味しいのは言うまでもない。
だから私はボス討伐を進言した。少しくらいは協力的にならないとアラタが浮かばれないような気がしたから。
けれども結果は否決。誰かが倒されたらその人だけ経験値が入らないとか不公平ですよねえ!?なんてうるさいし、反論する気も起きなかった。
兄さんは兄さんで何も言わないし、これでリーダーなんて務まるんだ、って軽蔑しかできなかった。
だから私達は無感情にとりあえず後ろをついていく。絶対負けないモブを眺めながら。
……全員に白い目で見られるのは覚悟の上で暴れちゃおうか?
何回もそんな事は考えた。けれども《黒百合》を抜く事はできなかった。
そうすると私達にすごく不都合な事が起きるから。アラタはそれを危惧して離脱した。
そうまでして作られた現状を何も考えずに壊すのはアラタが悲しむかもしれない。……ちょっとそういうのはできないよね。
「サクシさん! あそこ! 5体もいます!」
「今日はボクらはついてますねえ! さあツグミさん! その力を今日も存分に振るってくださいよお!」
「……分かったから下の名前で呼ばないで」
つい口が滑ったかな、とか思ってしまうけどこの男は、手厳しいですねえ! とかギャアギャア騒いでる。そこまで気にはされていないかな。
距離縮めようとしすぎだろ! とか星野さんももう少し仲良くすればいいのに、とか様々な言葉が乱れ飛ぶけど無視する事に努める。
こんなのは不快な雑音。相手になんてしてられない。
……頭を切り替えよう。髪を黒くして《黒百合》を握る。その抜刀音で全部打ち消そう。
「……あの居場所に戻りたいなあ……」
そんな小さな願望を、飛ばした斬撃が掻き消していく。
このまま、私はずっとこんなゲームをするのかな……?




