違う舞台の奪い合い
「じ、GM!? あの胡散いのは人工知能じゃなかったのかよ!?」
あの適当な振る舞いをするGMとは似ても似つかない青年をまじまじと見ていると、
「ああ、あれか。あの人工知能は確かにGMだ。が、厳密に言うと偽のGMだ。俺様、作戦タテルが本来のGMにあたる」
そう言って鮫のような歯をちらりと見せながらGMは不敵に笑った。
その見てくれはボサボサの赤髪に白衣という若い研究者のような第一印象をあたえる。
てっきりいかにもな修羅場を抜けてきたようなおじさんみたいなのがGMなり製作者だったりすると思っていただけに意外だった。
それともう1つ気になる事がある。
「その名前って……」
おどおどと疑問を口にする。タテルという名前は分からないではないが、名字のそれは実在するのだろうか。適当ぶっこいているのではないかなどと疑念を抱かざるにはいられない。
「当然偽名に決まってんだろうが。何でロクに知りもしないお前に個人情報を漏らさなきゃいけねえんだ。つーか見た目が現実のそれと同じだからってホイホイ本名を出すなよな。その点ならあの暗夜ってやつの方がよっぽどしっかりやってるぜ」
お前は馬鹿か、と睨まれる。そうは言っても現実の姿を見られて、そのうえで呼ばれても恥ずかしくないハンドルネームなんてものはそうそう思いつかない。……あ、《晦冥》って名乗っても良かったのか。
「とにかくだ。俺様の目的は《グレイスレイブス》を出し抜いてGMの権限と地位を奪い返す事だ。お前はそれに協力しろ。そのためにわざわざシステムに介入してまで助けたんだぜ? 見合う対価はしっかり払いな」
「……その言い方だと今はGMじゃないみたいだな」
「ああそうだ。色々あって魂かけて作ったこのゲームの支配権もリアルの地位も、会社側にまとめて奪われちまってな。それを奪い返す行為そのものが今の俺様にとってのゲームだ」
となるとあの人工知能はその略奪者がGMとして利用しているのか。だから偽の、仮初めのGMと言えるのか。
「……つまり製作者サイドで起こったいざこざを俺に解決しろと?」
完全に自分には蚊帳の外の事態だと思う。俺に出来る事なんてあってないようなもんだし、こいつにとって俺に首を突っ込ませる理由は無い気がする。
「本来はそうなんだろうが、調べて分かった事がある。連中はL&Dを奪っただけじゃなくとんでもねえシステムを実装しやがった。《黒都》を支配するくらいには実用的で度肝抜かれたぜ」
「もしかして《黒都》のプレイヤーが《白都》を陥落できたのってそれが原因なのか……?」
「ま、そういうこった。奴らが開発したのは《洗脳》能力。倒したプレイヤーを《洗脳》して意のままに命令できる。さらに《洗脳》された相手にやられると《洗脳》されるってありがちなゾンビみたいな仕様までついてる」
「じゃあまさか、あそこで俺を助けたのって……!」
「ようやく気づいたか。《洗脳》を解くのは手間がかかるからな。あそこで助けたのはそういう理由だ」
眉唾な話だと断じるのは簡単だ。けれどもそんな嘘のために反則的な介入をしてまで助けるか?
死ぬほど手の込んだ意味のないドッキリよりも権利争いの一環だと言われた方がまだ信じられるだろう。
「《晦冥》なんて持ってんだ。どうせ中途半端に疑い深いだろ? 実際に見聞きさせた方が話がスムーズに進む」
「まあそうだけどな……ってまるでいつでも割り込めたような言い方をするよな」
「お前の事はずっと監視してたぜ? それこそサービス開始からずっとな」
「なっ……!」
《洗脳》能力に元GMの登場にさらには俺の行動の監視ととにかく情報量が多すぎる。
「サービス開始前から既に権限は奪われたからな。速攻で軽い権限を盗み出して、大事な駒を見守ってたって寸法だ。お前はハナから俺様の計画に加えられてんだよ」
「人を駒扱いして問答無用で利用するくらい横暴なのによくGMなんてやれたなあ……」
「ああ。そこは俺様の天才的な技術がモノを言ったんだろうさ」
どいつもこいつも使えねえからな、などと笑いながら忙しなくカチャカチャとキーボードを叩く。
俺を利用する事前提で動かれてはいるが、勝手に指示が飛んできてそのまま壊れるまで働けと言われても特に抵抗は感じない自分がいる。
思考停止で言われた通りに動くのが楽だからというのは言うまでもない。
それに星野にも、暗夜にも、あれだけの力量の差を見せつけられたのだ。もう自分にできる事はやり尽くしたと言って差し支えないだろう。
ならばせめて最後くらいは派手に捨て駒として散るのも悪くないのではないか。
もはやモチベーションらしいものも感じられず、楽しいかどうかすらも怪しい。ならばこれが最良の選択だと、そう思った。
「ああ、言い忘れた。お前は俺様の駒として扱うが捨て駒要因だとは微塵も考えてねえからな。タイミングを選ばず常に使い倒される切り札だと思え」
「それはもう奴隷では……」
《洗脳》されようがされまいがあまり結末に違いがないのでは?なんてくだらない事を思いつくくらいには少し脳が回るようになっていた。
そういや他人と話すと脳が活性化されるとかなんとかというのを本で読んだ気がする。
……会話と言えば、こうやってゲーム内で会話するのもかなり久しぶりになるんだったっけか……。
「意思の有無は大きいと思うがな。さて、こっちばっか喋ってばかりなのもフェアじゃねえか。おい、なんか質問とかあるなら受け付けるぜ?」
ポンポンと情報を垂れ流すのに飽きたのか、それとも話す内容が尽きたのか分からないが突如会話のバトンを俺に叩きつけてくる。
意地悪そうな笑みが浮かんでいるのは気のせいか。
「陰キャが質問あるか? って言われて返事できると思ってんのかよ。沈黙一択では……いや、待った」
ふと聞きたい事が頭に浮かぶ。別に有意義なわけでも何でもない、純粋な疑問だが。
「じゃあ1ついいか? ……何でそんなに楽しそうなんだよ?」
大切な物を奪われるというのは辛いはずだ。その部分は俺に似ているところがあった。
それでもこのGMは愉快そうに笑いながら事の顛末を話していた。それが今の自分と決定的に違う点で理解ができないというかもやもやする。
「簡単だ。そりゃあ俺様の作った世界を奪った奴らには腹が立つ。当然復讐はしてみせる。けどな、相手が奪ってったそれを奪い返すなんて燃えるゲームじゃねえか。どうせやるんならゲームだと思え、楽しめよ。そう考えた方がおもしれえぜ?」
椅子をくるくると回しながら彼は思いもしない事を口にする。
「まずはそれがどれだけ燃えるかを教えてやろうか。どうせあの駒だっていずれは手に入れるつもりだったしな」
そうと決まれば情報を集めねえとな、と言いながら俺の返事も聞かずにさらにキーボードを弄ぶ。
「い、いや、待てよ。俺はまだやるとは一言も言ってな……」
「うるせえな。どうせお前は二つ返事で承諾するんだから一緒だろうが。……俺様達の輝かしい第一歩、それはあるプレイヤーの奪還だ」
「えっ……」
ぶっきらぼうなその返答に俺は耳を疑った。何を言ってるのか分からなかったのではない。そうではなく本気で言っているのか、そう思ったのだ。
俺の事をずっと監視してたとタテルは言った。そして俺が絶対に乗る作戦とも言った。じゃあ、まさか、そのプレイヤーは――。
立ち尽くす俺に答え合わせをするかのようにゆっくりとタテルは続ける。
「お前の仲間は陽キャ共の巣窟なんかで腐らせるには惜しい。……《黄昏》と《模倣》、あれをこっちの手札にするぞ」




