捨てる神あれば拾う神あり
「……別に時代の寵児がアンタらだろうがなんだっていいさ」
元々俺が陽の目を見る道理なんてない。これまでの出来事は偶然に偶然を重ねてできあがった脆いジェンガみたいなものだ。
適当なところで崩れるなんてのは分かってた。だからそこに未練はない。未練はないが、
「……けどな、アンタの首だけは何がなんでももらっていくから」
ポーションを1本飲み干し、腕の痺れを取る。魔力や体力を考えれば無駄遣いにも思えるが、攻撃手段を狭められるわけにはいかない。背に腹はかえられないのだ。
そしてそのまま《月光》を使う。いつもとは違う使用法で。
「回転するイメージで……!」
発現した球状の《月光》は、俺の体を軸としてくるくると回転を始める。その球体と遠心力で散った魔力の残滓、それが何を意味するのか、暗夜は即座に看破する。
「鎧代わりの《月光》か。発想は悪くねえがそんなので《万蝕銃》を防げるか?」
「じゃあ試してみればいいだろ」
一気に加速し暗夜に迫る。追従する《月光》はしっかり回転の軌道は保ったままだ。
「おらァ!」
気迫と共に銃口から飛び出す弾丸。万物を蝕む銃の名の通り受け止めた俺の《月光》と激しくせめぎ合う。
「耐えろ……!」
そのまま速度は落とさない。もしも《月光》が弾丸を防げなけりゃそのまま撃ち抜かれて終わりだ。
かと言って下手に回避に回るようでは勝機など見出せない。ならばここは死中に活を求める以外に選択肢はない。
「!」
《万蝕銃》を受け止めてブルブルと震えていた《月光》が限界を迎えてついに爆ぜる。
《闇》と《闇》のぶつかり合いの行方は爆風の中へと消えていく。
――果たしてその軍配が上がったのはこちらだった。
「……あああっ!」
爆風から飛び出して暗夜の横を駆け抜ける。そして駆け抜け様に《蝶舞剣》で《万蝕銃》を持った腕を意趣返しのように攻撃する。
「ちいっ!」
「これで銃は封じたぞ!」
そのまま急ブレーキと急ターンをかけてもう一度スタートを切る。今まで銃を握っていたのは恐らく利き手。なら逆の手で狙うには時間もかかる。たたみかけるならこの瞬間だ。
「ハッ! 見立てが甘えぜ《晦冥》!」
それでも狼狽える様子は出さない暗夜。代わりに出したのは《月光》のような球体。黒と毒々しい紫が同居した不気味なそれを自身の足元へと落とす。
「飛ばしてやるぜ! 《万蝕銃・榴》!」
その不穏な言葉の響きに足を止め、バックステップ。そのまま両腕を正面に持っていき爆風を受け止める姿勢を作る。恐らくさっきの物体は……
「手榴弾かよ……!」
俺の読み通り、数秒の後に炸裂。新たな爆風が俺と暗夜を隔てる壁となる。
そしてその爆風に乗じて攻撃を仕掛けたのは、今度は暗夜だった。
「ちょ……ああっ……!」
突如、爆風の向こうで何かが光った。いくつものフラッシュが見えた後、それら全ては余す事なくこちらへと押し寄せる。
「拳銃で撃てる数じゃない……明らかにマシンガンか何かの……!」
体を撃ち抜かれてその場に倒れこんでしまう。数発なら弾けると高を括っていたが何十、何百発は想定外だ。
慌ててポーションを実体化して震える手で顔まで持っていく。そうして何とか口へと運んで痺れを癒す。これで残りは3本か。
「どうだあ? どうだよ? 俺の《万蝕銃・連》の性能は? 俺の切り札に翻弄された気分はどうだ?」
してやったりという様子で暗夜が聞いてくるがそんなのに一々答えている余裕はなかった。――あれはヤバい。
「拳銃以外にもなる能力かよ……!」
万物を蝕む銃という意味だけでなく、千変万化する銃という意味も込められているのか。そう納得しながら身を隠すべく走り出す。暗夜の視界からとにかく外れなくては。
「テメェら! 分かってんだろうな! 逃すなよ!!」
「「「はっ!!」」」
そうは言っても周囲の観客がそれを許さない。号令1つで俺を取り囲む陣形を完成させる。
けれどもこれは想定内だ。
「《曲射》!」
《月光》を天高く放射する。そのまま俺を阻む人間の頭上を軽く超え、背後を取る。
「貫け!」
そのまま俺の目論見通り強襲をかける《月光》。不意を突かれ背中を撃ち抜かれたのは数人か。
倒せなかった奴らは奴らで、そばの場から飛び退いたために俺からは距離がある。
「下手に撃てば大事な仲間ごとおさらばだぞ」
負傷した奴らの背後に回りこんでそう脅す。《月光》も《蝶舞剣》も防御力に文句は無いが、最強の防御力を誇るのはなんと言っても肉壁だ。
《白都》を攻める時にも使えるだろうか、などと余計な事を考えていた時だった。
「それが何か問題になるとでも思ったか?」
暗夜は一切の躊躇を見せなかった。マシンガンの形状をした《万蝕銃・連》を休む事なく撃ち続ける。
「全員、総長のために逃がすな!」
「嘘だろっ……!?」
さらにギョッとしたのは肉壁となった者が狼狽える様子を一切見せなかったという点だ。
必死に俺に掴みかかり、射線内に引きずり込もうと手を伸ばす。
「このっ……!」
《蝶舞剣》で跳ね除けるもすぐまたその手は迫り来る。無秩序に飛来する弾丸に撃ち抜かれてボロボロのはずなのに執念で体を動かしている。その様子はもはや呪われているようにすら思えた。
その呪われた腕は少しずつ俺を死の淵へと引っ張っていく。弾丸がじわりじわりと俺の体を撫でていく。
もしもHPバーがあったならゆっくりと、けれども目に見える速度で減っていった事だろう。
「しょうがないか……!」
《万蝕銃》の毒が回りきる前にポーションを飲む。残り2本になってしまったそれはHPも毒も、何もかも癒してくれる。――もちろん魔力も。
「《蝶旋風》!!」
持っている魔力の大部分をナイフに込めて地面を思い切り斬りつける。地面にヒビを入れ、そのまま《黒都》を地割れに飲み込む、そんなイメージで。
「チッ、弾丸が届かねえか!」
地面の亀裂からは嵐が吹き荒れ、《万蝕銃》から身を守る不可視の壁となる。
同じ場所を何回も攻撃する、もしくは多量の魔力を流し込む、それが《蝶旋風》を起こす方法だ。
攻撃回数と魔力量で威力は変動するが、発生させるだけなら一撃でも可能だ。
《晦冥》の特権に加え、《ブルーウッドプレーン》で強化した俺の魔力。その大部分を使えばそれくらいはやれる。
「ぼっちになっても俺はまだやれるんだよ!」
その風を受けて後方へと非難する。前方の弾丸は押し返し、後方の俺は安全地帯へと運んでくれる。咄嗟にしては上手くやれたと我ながら思う。
*
しかし問題はここからだ。
「反撃すると言ってもなあ……」
路地裏を駆け抜け、何回も角を曲がって自分ですら把握できない位置まで移動した。
トップスピードでここまで逃げてきた。そうそう追いつかれる事はないだろうから作戦を練らなくては。
そうは思っても中々アイディアが浮かばない。
「テレポートで逃走するのは光って場所を教えてしまうからな……」
となると奇襲しかないか。真っ向勝負は性格的にもあまり向いているとは思えない。そのためには何を使うか……。
「……上から位置を探って《月光》で狙撃しかないか……」
相手は《闇》の割合が高い。だから弱点を突くのは俺には無理だ。それでもダメージを与える事はできるはずだ。
頭とか急所を狙うのが最善だな。
そう結論づけてビルの上へ壁を跳びながらするすると向かう。相手は飛び道具使いと言ってもビルの陰に隠れながら進めばそうそう捕捉されないはず。
ところで、もしも過去の自分に何かメッセージを送れるなら俺は間違いなくこのタイミングを指定するだろう。
確かにビルの数は多く、地面から俺を探すのは難しい。だがよく考えろ。初めて《黒都》で戦闘した時、屋上にいたのは俺だけだったか――?
「うわああっ!?」
ビルから探索を始めようした瞬間、キィーンという風を高速で切り裂くような音が聞こえた。初めはジェット機か何かかと思った。
その轟音はどんどん大きくなっていく。まるでこちらに近づいてくるように、いや、実際に接近しているのだ。
「っつ……!」
接近したと感じた時にはそれはもう通り過ぎた後だった。痛みが遅れてやってきたような奇妙な感覚を覚える。
「どこから狙ったんだよ……!」
俺が登ったビルは先程の衝撃をまともに受けて倒壊する。飛び移って逃げようにも足を撃たれてそれもできない。
「くそっ……!」
そのまま瓦礫と共に、俺は漆黒のアスファルトに叩きつけられた。
「っ、はあっ……!」
狙撃に落下ダメージという中々ヘビーなコンボを喰らったにも関わらず、まだ俺は死んでいないらしい。やはりステータスだけで見ると周囲より少しは優れているという事か。
急いでポーションを飲み、体にのしかかった瓦礫を振り払う。いよいよ残りは1本か……。
何か狙撃に対応できる能力は持っていたっけか……と考えようとしたが、そこで暗夜が姿を現す。
「残念だったな。《黒都》の至る所にいる奴らがお前の座標を俺に教える。つまりこの街に逃げ場はねえんだよ。《万蝕銃・狙》を耐え抜いたのは想定外だったがそれだけだ。ソロにしちゃ頑張った方だが終わりだな」
「…………」
冷徹な銃口が俺を睨む。暗夜の口振りから察するに鼠1匹逃さない徹底した《晦冥》包囲網が張られているのは必至だ。俺がどこにいようとGPSのように位置を特定する事だろう。
ならば真っ向勝負か?
――いや、無理だ。俺のポーションは残り1本、対してあちらはフルで残している。今の能力では太刀打ちできないのはもう十分思い知った。
……降参しかないのか?ここで本当に終わりか?もうネタは使い尽くした。一発逆転の切り札も何ももう残っていない。
しかし、まあ、あれだな。ゲームで詰んだ状況に陥るのは往々にしてある事だ。そのイベントの前に然るべき準備をしなかった。だからどうしようもない局面を迎える。
これはゲームというよりプレイヤーの責任に依るところが大きいと俺は考える。
だからこれは仕方ない。自分の責任は自分で取らなくては。1人なら他のプレイヤーに責任感を感じなくていいし楽だな……。
そこまで考えが及んだところでもう動く気は起きなくなった。迷惑を被るのが自分だけなら何も問題はない、ないんだ。
「ハッ、ようやく降参か。いいぜ、一思いにブチ抜いてやるよォ!」
ターンと軽快な音が鳴る。流石に慣れているだけあってヘッドショットも外さないか。
軌道は見えたがこれ以上戦闘を長引かせるのも無意味。そのまま脳天を撃ち抜くところを見つめようとしていた。
「そいつは許さねえ。俺様のゲームにはその駒が必要だ」
声がした。誰かが声を投げかけたというよりは直接頭に叩き込んでくるその声と共にいきなり透明な青い壁が俺の前にそそり立つ。
「なんだよこれ!?」
《万蝕銃》の弾丸はその壁に阻まれ、そのまま無力化される。高威力の弾丸を受けたにも関わらずその壁には傷一つつかず、微動だにしない。
「誰だ! 俺の邪魔をする奴はァ! 《万蝕銃》が効かねえたあ一体どういうカラクリだ!」
「今だ。ここにさっさと飛び込みやがれ。早くしねえと洗脳されるぜ?」
またも脳内に声が響く。直後、体が勝手に動いて暗夜に背を向ける。何か自分ではないものに体を操作されているようだ。
「あれか……!」
が、そんな事を不思議がっている余裕はない。振り向いたその先には強い光。これがさっき言っていた飛び込めと指示されたものか。
「くそ……!」
何が起こっているのかさっぱり分からない。けれども俺を《万蝕銃》から守ったとのは何か理由があるはずだ。
わけも分からないままとにかく動く。理由も目的も後で知ればいいだけだ。
「ハッ! まだ逃げるか! 全く往生際が悪いなァ! おいお前ら! そのクソガキを逃がすなよ!」
再び《万蝕銃》の掃射を開始する暗夜。それに倣って前方の仲間がとにかく俺に向かってきて組み伏せようとする。
「お前らみたいなのに大人しく負けると思うなよ……!」
後方からの《万蝕銃》は壁が防いでくれる。あの弾丸さえ気にしなくていいならやり方はいくらでもある。
「そこをどけ……!」
今まで溜まった鬱憤を晴らすように《蝶舞剣》を刺しまくる。石版を足場にして死角を即座に狙う。
多用して流れが身についたその動きは暗夜のように戦闘にかなり慣れていないと太刀打ちはできないはずだ。
「このガキ速いぞ! 気を抜くな!」
「気を抜かなくたってお前らじゃ勝てないんだよ……!」
吠えてさらに飛翔する。《月光》を放ち手当たり次第にナイフを閃かせる。
「舐めんじゃねえぞ!」
暗夜の怒号が聞こえる。それに続いてパラララという軽快な音が立て続けに響く。
「それは反則だろ……!」
上空にばら撒かれたのは《万蝕銃・連》の散弾。翻って走る俺の元へと降り注ぐ。雹のように細かい濃密な弾幕が俺を襲うが、
「けど……ここで止まっていられるかっての!」
自分のガラではないなと自嘲しながらも足は止めない。このまま一気に走り抜ける。
全身を貫く銃弾は耐え抜けばいい。気合いと意地と、そしてポーションで。
「なっ……切り抜けやがっただと!?」
そんな声が聞こえ、煽りの1つでも入れたくなるがぐっとこらえてひた走る。
ゴールはもうすぐそこだ。ここでヘッドスライディングでも決めれば俺の勝ちだ。そう跳躍の姿勢に入った瞬間だった。
「雑魚扱いするのも大概にしろってなあああ!!」
「!?」
視界が横に流れる。気づけば男が馬乗りになって俺の首を締め上げている。
「くそ……路地からの、不意打ちかよ……!」
《黒都》は建物が多い。その隙間を利用してここまで迫ってきたのか。もしかしたら姿を消せる能力でも持っていたのかもしれない。
が、そんな考察は意味をなさない。無為に抵抗する時間を食い潰すだけだ。
「このまま総長の元へ引き渡たして……!?」
そんな絶体絶命の中、さらに状況は掻き回される。鱗粉だ。紫の鱗粉が漆黒の街に舞う。
それに見とれていると俺を拘束していた男含め、周囲のプレイヤーが全員地面に倒れ臥し、その屍はレッドカーペットのように光への道を形作っていた。
「ふふ、麻痺くらい私も使えるんですよ? どうですか《晦冥》さん。ピンチの時に駆けつける私に惚れちゃいました?」
その粉は乱入者の得物から振りまかれていた。その正体は見なくても分かる。その得物にはきっと蝶の刻印がされていると確信があるから。
「アホか。そんなにチョロいと思われてるのか俺は。……でも今のは助かった。ありがとうな」
一瞥だけして走り出す。その様子を蝶野は満足そうに眺めていた。
「厚意は素直に受け取れないくせに感謝は素直に言えるんですね。そういうのは嫌いじゃないですよ」
謎の壁、そして蝶野の未知の能力。……結局誰かに助けられてばっかりだな、俺は。
真人間にはなれなくていい。というかなれない。そこは確定事項だが、せめて受けた借りくらいは返せるようになりたいと、光に飛び込んだ時にはそんな考えがほんの少し芽生えていた。
*
「よお。無事に脱出できて良かったな。他人事みたいに言ってるが俺様自身、大事な駒を失うかと思ってビビってたんだぜ? だが、このヒリつく感じはやはり堪んねえよなあ。これだからゲームは手放せねえ」
「…………」
光に飛び込んだと思ったら突如薄暗い部屋へと飛ばされた。そこにはパソコンと何台ものディスプレイが置いてあり、ここの主人らしき人間は画面を見つめたままくっくっと笑いながら背後の俺に好き勝手言葉をぶつける。
「あ、あのー……」
「ん? ああ。俺様は何者か、何が目的か、何をやってみせたか、色々聞きたい事はあるよなあ。そりゃ当然か」
恐る恐る声をかけるとその主は椅子をくるりと回して俺に向き直る。
「順に話すからゆっくりと付き合いな。その前に自己紹介くらいはしておいてやるか。俺様はL&Dの製作者にして……GMだ」




