三日天下と消えた日々
「…………」
闇夜に紛れて《黒都》を駆ける。人混みにぶつかっても決して誰かに当たることはない。勿論速度も落とさない。
こればかりは現実で身につけた能力。ゲーム内での経験が全てではないと思い知らされる。
しかしリアルの経験だけがものを言うとは認めたくない。現実で何もできなくてもせめてこの世界でくらいは一矢報いたい。
そんな気持ちも今回の《黒都》襲撃の動機になっているのかもしれない。
その思いを燃料に、一番目立つ建物へ直行していたのだが、
「おいおい、そんなに急いでどこに行くんだよ? 俺と遊ばねえか?」
――声と発砲音がしたのは同時だった。
「くっ!」
《蝶舞剣》を乱暴に抜き放つ。弾が見える前に動いたが狙いは分かる。恐らくは――足だ。
キィンと耳が痺れるような音が響き、次いで《蝶舞剣》を握った腕が痺れるのを感じる。
しかし足を弾丸に貫かれる感覚、それは一切感じなかった。
「ほう。流石に同じ手は喰わねえってか?」
「……俺だって学習するんだよな」
振り向くとそこにいたのは漆黒の特効服を身に纏う長身の男。しかし安っぽい族というよりは本物の裏社会の人間、そんなイメージを俺に抱かせた。勿論実際にそんな奴とはお目にかかった事はないが。
全身を闇と区別がつかなくなるような黒で固めつつ、散りばめられた眩しい金や銀の刺繍は《黒都》そのものに身を包んだかのようだった。
「そりゃあ良かった。すぐ倒れるような雑魚に一度負けたとあっちゃあ俺の株まで落ちるからな。それで今日は誰を助けるヒーローごっこをしに来たんだ?」
「俺がヒーローとか笑わせんな。適当に《黒都》のボスを倒そうと思っただけなんだよな。……どうせアンタだろ?」
「適当に、とは舐められたもんだ。俺は《黒都》を支配する《グレイスレイブス》、その頂点だぜ? 互いに情報のなかったあの時とは違えんだよ」
お前らは手を出すな、と指示を出しながら大きめの拳銃を俺に向けて突き出す。
俺がコピーした、名前も所有者も分からない拳銃とはサイズが桁違いだった。もちろん威力だって上だろう。
銃口から覗くのは弾丸と、それから思わずこちらを竦ませるほどの圧。臆病者の俺の本質が逃げ出したくなる衝動を送ってくるが理性でそれを妨げる。
大丈夫。この銃のネタは知っている。相手の手札を知っているのは何も俺だけではない。
そう暗示をかけながらこちらも拳銃を実体化させる。俗に言うハンドガン。相手が急接近してこないのならばまずはこちらも様子見だ。
「おいおい、ろくに使えもしないくせに銃を持つのかよ。この暗夜様にそんな勝負を挑むとはつぐつぐ舐められたもんだ……。いいぜ、派手に殺してやるよォ!」
ズドンと重い号砲が鳴り響く。それが開戦の合図となった。
「……!」
引き金が引かれた。そう感じた時には既に俺は横に飛んでいた。そのまま壁に足をあてがい力を込める。
「はっ!」
乱立したビルの壁を蹴り、新たな壁へ。そして足は止めずに違う壁へと体を運ぶ。
サービス開始のあの頃とは違う、格段に上がったステータスのおかげで安定した姿勢を保ち、高速で動き続ける。
「ハッ! やり方が変わらねえのはそっちもだな!」
しかし煽る暗夜の弾丸は掠りもしない。俺を捉えようと動く銃口はふらふらとぶれる。狙い撃ちなどできるはずがない。
「その代わり威力は上がってるぞ!」
飛びながら魔法陣を展開する。駆ける側から増えていく黒い魔法陣。程なくして幾重にも重なり、その総数は俺でも分からなくなる。
「……やれ!」
そうして上空から時間差を作りながら《月光》を放つ。発射のタイミングも悟らせず、徹底的に周囲を破壊しつくさんとする振る舞いはアルティーナのやり方を模倣したものだ。
「しゃらくせえ!」
もう1丁銃を持ち出し、移動しながら乱暴に発砲する。ハンドガンのくせに《月光》の押しに負けない威力を持っている事実に驚きつつも、俺はさらなる一手を打つべく動く。
コピー銃と《月光》による牽制というには大規模な弾幕を展開しながらビルの間を跳ね回り、暗夜の後方を捉える。
そのまま飛びかかりながら銃を構える。何発か命中させた後に《蝶舞剣》で追撃を加える魂胆だ。
誰かの戦法をコピーして、さらに自分で自分でアレンジも加える。たとえ味方がいなくたって能力だけは裏切らない。それを証明するんだ――
「お前が正面から攻める強さを持ってない事ぐらい、誰もが知ってんだよ」
俺の照準が暗夜を捉えた、その瞬間だった。
「何か……ある……!」
無理矢理手足を進行方向から逆方向へと運び、体の軸をぶれさせる。
そのまま崩れた体勢をカバーするように足で壁を思い切り蹴飛ばす。
まさに間一髪。俺が退避したその場所に弾丸が押し込まれる。
「ヒントは与えはしたがそこからの反応はまあ悪くねえか。及第点ではあるか」
「舐めやがって……!」
銃を捨て、《蝶舞剣》を握りながらもう一度跳躍する。射撃する時間も与えずに接近戦に持ち込めば、あるいは。
そう作戦を切り替えてまたも俊敏に跳びながら攻撃の隙を窺う。
「……らあっ!」
ダン!と街灯を踏みしめ大きく跳躍する。落ちる勢いを利用して《蝶舞剣》で斬りつける。
「くだらねえなあっ!」
そう言って放たれた射線は俺の体を捉えてはいる。しかしその線に《蝶舞剣》を滑らせて毒殺しようとする凶弾を弾いていく。
「はあああっ!」
そのまま落下する勢いに任せながら、かかと落としをお見舞いする。
「この野郎ッ……!」
暗夜にダメージは1ミリだって入ってはいない。それは当然だ。狙いは握られた銃そのものなのだから。
かかと落としの衝撃で銃口は下を向いている。銃の撃てないガンマンなど他に何ができるというのか。
「爆ぜろッ!《万蝕銃》ッ!」
再びの発砲音が鳴り響くも硝煙の香りが漂うばかりで俺に一切のダメージは入らない。
「破れかぶれの策が効くかって……」
そう言い切って一太刀に斬り捨てようとした。そう動いた、はずだった。
なのに、それなのに。手を貫いたこの痛みは一体――。
「破れかぶれだあ? ……そりゃあお前のやり方だろうが!」
手に力が入らずに《蝶舞剣》が手から滑り落ちる。それに気づいた時には暗夜の蹴りがクリーンヒットしていた。
「があ……なんで、弾丸が……?」
「俺の《万蝕銃》は魔力を込めればあらゆる方角に弾丸が飛んでいく。燃費は悪いが使い所を見極めればどうということはねえ」
そのまま油断せず、俺に《万蝕銃》を突きつけた姿勢を維持する暗夜は本当にあの頃倒せた相手なのかと思うほどの立ち回りを見せた。
「……とにかくユウハが弾丸を相殺してる間に挟み討ちで攻撃してくぞ」
起き上がりながら彼女の名前を呼ぼうとした。今はもういない彼女の名を。
そういえばそうだ。いつもヤバい敵には全員でかかってたっけな。……今はそれもできないのか。
「そういやお前には仲間がいるらしいな。で、そいつらはどこだ?」
「…………」
今不意をついてでた言葉を聞かれていたのか。怪訝そうにそう尋ねられるが、返す言葉が思いつかない。
「総長。コイツ、もしかしてハブられたんじゃないんですかい?」
ポツリと誰かが回答に至る。
「…………」
それでも反論はしない、できない、思いつかない。
「マジか、お前……? フッ、ハハハハハアッ! そうか、独りになったか! 流石《晦冥》様だなあ!」
口々に巻き起こる嘲笑も何にも反応しない。してはいけない。相手にするだけ時間の無駄だ。
「味方がいなくたって、右腕が痺れてたって……まだ、やれるっての……!」
左腕に《夜叉》を纏う。孤独な自分に純度100%の《闇》はよく似合うよな、と自虐的な感想を持ちながら高笑いを続ける暗夜に向き直る。
「無駄だって事が分からねえか! そりゃあ《バベルの長城》を制覇し、《ルミナ・ミラー》にも金星を取って何でもできると思い上がるのは分かるさ。……だがなァ! お前の時代はもう終わりだ! これからは俺達、《グレイスレイブス》の時代なんだよ!」
整然と見守る部下に囲まれた暗夜は銃口をしっかりと俺に向けたままだ。
何とか逃げるなんて選択肢は《白都》をやった手口からありえないと感じる。下手に背中は見せられないな。
さらに言うと頼れる仲間は誰もいない。あるのはコピーした一夜漬けにも似た俺の半端な能力。
本当に、本当に、俺はここから何をどうすればいいんだ?




