これより目指すは無法の根城
「グガアアッ!」
「ゴオオッ!? ガアアッ!?」
――獣じみたモンスターの断末魔は腐るほど聞いた。
「え……いつの間に……?」
「あ……」
「……は?」
――陽キャ陰キャ問わず、最後まで何が起きたのかを理解できないまま倒れた姿は死ぬほど見た。
あれから――ソロプレイに戻ってから――もう何日経ったのだろう。
日付を数えるのすら億劫で、思考停止で無差別にプレイヤーやモンスターに手を出す。そんな日々を送っていた。
現実でツグミと鉢合うのが面倒だし困るしで学校も行っていない。つまり昼間は呆けて過ごして、夜はここで暴れ倒す。
生活習慣を改善するのが目的で作られたゲームのはずなのに完全にこのゲームによってそれが乱されている。どういう事なの?
そんな事は思っていても別に八つ当たりをしたいわけじゃない。自己責任だと理解しているのにそんな無様な真似は流石にやらない。闇討ちは平気でやるけども。
「5人パーティくらいならどうにかなるか」
正直今の俺に出来る事は限られている。その中で最優先事項がレベリングだ。
1人になった今、《白都》や《黒都》とやりあうにしろ人数差は今の《夜叉》だけじゃどうにもならない。
ならばせめてレベルを上げてゴリ押す、それが無理でもレベル差で突き放されるわけにはいかない。
そんな思いから途中経過も終わりも見えないレベリングを開始したのだ。
戦闘以外でも経験値は入るとGMは言っていた。けれども他に何をすればいいか、何が楽しいかなんて分からない。だから愚直に戦闘をこなすのだ。
というかレベルがどれだけ戦闘で重要なのか検討がつかない。伏せられた情報が多すぎる。もしかしたら他の要素の方が重要になっているのかもしれない。
しかし、それでも、
「他にやる事なんてないし……」
呪文のように呟いて周囲を見渡す。場所は巨大な湖で、その周りを木々が囲む。
と言っても《ブルーウッドプレーン》のような来るなら殺す、みたいな雰囲気は感じられない。
どちらかというと絶景スポットのような場所だろうか。
モンスターも今までのに比べると格段に弱く、戦闘初心者向けのエリアと捉えるのが妥当か。
そこでPKや雑魚狩りをこなしていたが、
「……そろそろ場所を変えるかな」
誰かの目の敵にされないうちにこまめに狩場は変えるのは今に始まった事じゃない。
PKを倒そうとする正義の陽キャ連中と正面切ってやり合う気分でもないし。
……それに今はあまり人に関わりたくないしな。
そんな思いとは裏腹に指定したテレポート先は《黒都》。
全てのモンスターがポーションをドロップするわけではない。だからこそ店でポーションを買うのは避けられない。
……人前に出たくなくてもこればっかりはどうしようもないのだ。
*
「……変わらないな」
あいも変わらずどっしりとそびえ立つ摩天楼を見て率直な感想を漏らす。
決して明けない夜、消えることのない街明かり、そして街を闊歩する癖のあるプレイヤー達。
全てが初めて来た時と変わらない。パーティ人数も含めて、な。
買うべきものを買い、そのままぶらぶらと《黒都》を歩く。途中、何人ものプレイヤーとすれ違ったが特に俺を気にするそぶりは見られない。
問答無用で殴りかかるほど荒っぽくはないのか……。そう思った時だった。
「奴はどこだ!」
「今報告を受けた! こっちだ! 急げ!」
「チョロチョロと逃げやがって! お前ら包囲網を敷くぞ! そこのお前もいいから来い!」
走ってきた黒いスーツの3人組がそんな会話を交わしたと思うとそのまま無理矢理引っ張られてお供を余儀なくされる。
しかし俺ごときだけでは戦力に不安なのか、それとも敵が大物なのか走る先々で声をかけ、人を集めていく。
そういえば、初めて《黒都》で騒ぎを起こした時も大量に動員をかけられて追跡されたはずだ。
……《黒都》も《黒都》でやはり集団戦の重要性を理解していたのか、俺と違って。
程なくして行き着いた先には1人の女子が戦っていた。俺を連行してきた奴らと同じく漆黒のスーツに身を包む集団をナイフ1本で退けていく。
あっちこっちに閃くナイフ。それに呼応して揺れ動くポニーテール。その姿は見た事があった。《黒都》とは対照的な、純白の都で。
「あ、《晦冥》さん。あれから《黒都》側についたんですか?」
何の気なしにそのナイフ使い――蝶野は声をかけてきた。
「…………」
今まで誰かに挨拶をされて返答に困るようなシーンは多々あった。そこは挨拶すらできない駄目人間で通ってるし仕方ない。
それに今の蝶野はいつも以上に反応に困る相手となっている。
あいつの話に乗ったらとんでもない展開が待ち受けてたからな……。
「おい兄ちゃん、あの女とどういう関係なんだ? あぁん?」
振り返りたくないと思いつつも例の出来事を反芻していると、ふと蝶野を囲む男の1人がそう尋ねてくる。
「あー……」
俺と蝶野はどういう関係だ? 友人? 協力関係? 否だ。互いに利用し合っただけの関係か。
しかしそれを説明するとなると長くなるし伏せておきたい内容がかなり含まれる俺の能力はもちろん、《白都》襲撃については知られたくないんだよなあ……。
「《晦冥》って……聞いた事あるぞ。《光》を無効化できる《白都》の襲撃者じゃねえのか!?」
「確かそいつは初期の《グレイスレイブ》に喧嘩を吹っかけた不届者でもあるぞ! テメエら! 分かってんな!」
どこからか俺の素性を知る者が告発する。それを聞くや否や判決は一瞬で下された。
「「全ては総長のために!」」
左右両隣の男が、刃が《闇》を帯びて黒く変色した長ドスを俺に差し向ける。
その動きは《白都》を占拠しただけあって迅速で迷いがない。
けれども。
ツグミの《黒百合》に比べればこんなもの、なまくらでしかない。
「不意打ちは好きだけどされるのは嫌いなんだよな」
素早く右側の男の懐に潜り込み《蝶舞剣》で斬りつける。狙いは長ドスを握ったその腕だ。
「がああ……!? ……ガキがあっ!」
「うるさい」
長ドスが手元から離れ無防備になった体に《蝶舞剣》を突き立て、さらに《夜叉》で一突きする。
「クソが!」
別方向から襲いかかる男の事ももちろん忘れていない。
「《光》の能力しか利用しないと思ったら大間違いだぞ」
今しがた倒した男が落とした長ドスを奪い、文字通り返す刀で大きな刀傷を男に刻印する。
「が……は……」
俺はそのまま攻撃の手を緩めずに蹴り飛ばす。
「……これだけやっても《黒都》の味方に見えるか?」
「私の見当違いでしたねこれは……それにしても真性の根無し草ですよね、貴方も」
そんな俺の問いかけにくっくっと苦笑しながら返答する。気づくといつの間にやら俺の背後にまで移動していた。
「そんな1人ぼっちの貴方を今回は助けてあげましょう、《黄昏》さんには劣るでしょうがまあ期待してくださいよ」
「間違ってもアンタに助けられるシチュではないよな……」
蝶野が《黒都》にいるせいでこの状態が出来上がったんだろ、と言うのも面倒だった。
「何でもいいけどさっさと倒すぞ」
そう言ってオリジナルの目の前で、数多の死線をくぐり抜けてきた紛い物を抜き放つ。
――そうして《光》と《闇》の2頭の蝶がひらひらと舞い踊った。
*
「で、何でこんな所にいるんだよ」
何だかんだ言いながら蝶野の動きは悪くなかった。能力を俺に売りつけるだけの実力は本当に持っていたのか……。
「その前に一言だけ言わせてください。……ごめんなさい。仲を引き裂くような真似しちゃって……」
「って事は俺は文句なしに嵌められたか……。落ち度はこっちにあるんだし俺は攻めないぞそんなの」
頭を下げる蝶野にそう告げる。
「それでも、謝らせてください。まさかあんな事になるなんて思ってなかったんです……」
蝶野の口ぶりはまるで自分は嵌めるつもりはなかったと弁解しているようだった。
俺は蝶野について詳しく知っているわけではない。けれども彼女は《白都》よりも私情を優先するタイプだというのはなんとなく分かる。わざわざ俺と取引したくらいだし。
「待てよ。それはどういう意味だ? 元からあの2人が欲しかったんじゃないのかよ」
「いえ、あれはフレンドに一斉送信したメッセージです。《白都》奪還のために人を集めようって空気になっていたので。てっきり無視するかと思ってたんですけどね」
つまり俺達は元からお呼びではなかったのか。それなのにホイホイ出てきて結果的にこうなったと。……自業自得にもほどがあるな。
「でも、今回は悪いのはサクシでしたっけ? あの鬱陶しいの。あの人だと思うんですよ」
「仮にも《光》の割合が強いのにそんな悪口言っていいのかよ……」
俺みたいなタイプを罵倒したくなる気持ちは分からんでもないが同郷のプレイヤーを悪く言うとは。
「私だって人間ですよ? 嫌いな人くらいできますよ。というかあの《光芒》さんですら貴方を嫌ってたりしますしね。人間はそんなものです」
やっぱり嫌われてたか……。それでも、裏ではどう思ってるにしろ公平に接しようとできるのは素直に凄いと思う。俺は顔に出てしまうしな……。
「まあ大体言いたい事は分かった。アンタは全然悪くないんだし気にするだけ時間の無駄だと思うぞ」
そう言ってパーカーに付いているフードを深く被り、踵を返して歩き出す。
「あれ? どこに行くんですか?」
「《黒都》のリーダー格を倒してくる。多分1回倒した事ある奴だと思うし何とかなるだろ」
ツグミもいたけど、とは心の中でだけ呟く。
ガラの悪そうなプレイヤーをまとめ上げられるとすれば恐らくあの拳銃使いだ。
サービス開始直後であれだけの舎弟がいたのだ。自然な思考だろう。
「《白都》を攻め入って逃げたと思ったら今度は《黒都》ですか……。いくら《晦冥》さんでも無理があると思いますよ。というか貴方ならそれくらい分かってるんじゃないですか?」
「別に1回で勝とうとは思ってないし大丈夫だろ。相手の能力分析してゾンビアタック仕掛ければいつか倒せるって」
コンテニューはゲームの基本だ。何回もしつこくやれば自ずと解放は見えてくる。閉塞するだけの現実とはある意味で対照的な良調整だ。
「……そんな事して意味があるんですか?」
「意味があるかなんて知らない。とりあえず倒す。……他にやる事も思いつかないし」
これはゲームだ。何をしたってそいつの勝手だ。わざわざ口を出さなくてもいいだろうに。
「……分かりました。じゃあ私がパーティを組んであげましょう! そんな自暴自棄にさせた責任は私にもちょこっとありますし! サクッと倒して帰りましょう!」
パンと手を叩いて不自然なほど明るく蝶野が誘ってくる。……わざわざ俺にそこまで構わなくていいんだよなあ。
「そんなお情けいらないんだけど」
だからばっさりと却下する。《蝶舞剣》を餌にした時の交渉とは話が違う。
「……厚意は素直に受け取るべきだってそれなりに計算高い貴方なら分かってると思ったんですけどね」
計算高いときたか。自分がそんな人間かどうかはさておき、こいつは1つ、大切な事を忘れている。
「あのな、俺は《晦冥》なんて称号を持った拗らせた陰キャだぞ。そんな誘いに乗るわけないだろ」
これ以上は何も言わない。再び歩みを進め始める。そこで繋がりという名の鎖がまた1つちぎれたような感覚に襲われる。
けれども構わない。このゲームを始めてからがおかしかっただけだ。むしろこっちが平常運転なんだ。だから大丈夫。問題は何も無い。
そう言い聞かせながらいつのまにか俺は走り出していた。
そそり立つ摩天楼の隙間をくぐり抜けながら走り続ける。目的地は一際高い摩天楼。そこが《黒都》の要所だと予想して。
そうして走る俺の姿はどんな風に見えるだろうか。ただの無謀な馬鹿者か? 僅かな希望の残ったダークホースか?
――答えはどちらでもない。俺の事を見てる奴は誰もいないから。俺はもう誰にも、何にもなれないから。




