現状維持を目指す抗力
「うふふ……。アタシはまだ踊り足りないの。まだまだ付き合ってくれるでしょう?」
浮遊した魔女は不敵にそう告げる。実際に俺達はこの場で蘇生し――恐らくコイツが何かをして――嫌でも付き合わないといけないハメになっているのだが。
しかしゲームの演出にしては妙だと感じる。ここから帰さないだとかここで死ねだとか宣う敵は大抵のゲームにはいるだろう。ゲーマーならそんな台詞を一度くらいは聞いた事があるはずだ。
まあ実際にそんな事言ってもイベントが進まないだけで街に帰してくれたりはするんだが。
ストーリー展開的にはどうなのかと思わないでもないがずっとそこに幽閉されるのはシナリオの齟齬以上に不愉快だ。だからそんなもんだろうと流してはきた。
が、このゲームではこの仕打ちだ。《バベルの長城》のゴーレムといい、やけに人間味があるように感じる……。
「アラタっ!」
視界が水平にシフトする。いや、視界だけじゃなく体ごと水平に移動しているのか。そう思った矢先に地面に引き倒される。
「何して……」
突如覆い被さってきたツグミの背後を《光》が貫く。
「うわ……!」
「私に感謝してよね」
そのまま2人で魔力を解放する。《闇》100%の《月光》と《光》が100%の《陽光》。
黒白の魔力は舞い踊る《バレットウルフ》の弾幕を突き抜けてそのままアルティーナに逆襲する。
「あん……っ……! ……いいわあ、いい一撃よお……!」
正面から受け止めるだけの防御力はないらしいが撃墜までは至らない。ボスとしてのスペックの高さにものを言わせているのだろうか。
そのまま不機嫌そうに反撃とばかりに魔法陣を展開。数は両手で足りないくらい。
「もう一度果てなさい!」
チェスや囲碁の盤面のように白と黒とが踊り飛ぶ。視界をゴシックに塗り潰されて、宣言通りまたここで死ぬのかと思った矢先だった。
「先輩達がいちゃいちゃしてるのを邪魔しないでもらえますか!?」
ユウハが割り込み両腕を大きく広げる。華奢な体でその動作をしても迫力には欠けるというのが正直な感想だった。
しかし物事には補正がかかる場合もある。その補正はそんな頼りなさをいとも簡単に上書きする。
「魔力全部使えばどうって事はないんです!」
ポーションを使って魔力を回復させたのだろう。《晦冥》と《黄昏》の両方と渡り合えるだけの魔力で力任せにアルティーナの猛撃を相殺させる。
「んくっ……!」
魔力の撃ち合いそのものだけを見れば引き分けだろう。しかし魔力量くらべだけで勝敗が決まるかというとそんな単純なものではなかった。
「はあ……あ……」
膝をついて、充電が切れたように動かなくなるユウハ。虚ろな目が何が起こったのかを雄弁に物語る。
――魔力枯渇。魔力がなくなるという事は能力や技が使えなくなる事を意味する。だからと言ってゲームオーバーになったというわけではない。
収入が無くなった瞬間に人が生活できなくなるわけではないように動いてゲーム内で時間を過ごす事は可能だ。微量ながらも魔力は時間回復するとGMも言っていた。
しかしペナルティは存在する。回復するまでの間、体が言う事を聞かなくなる。一種の麻痺状態みたいなものか。
つまり今のユウハの魔力は0だ。戦闘中ではどれだけ大きな隙になるか、アクションゲームを嗜んだことのある人なら分かるだろう。
防御面ではこのメンバーで誰よりも勝るユウハがやられるとなると全滅するのは目に見えている。ここで終わってしまうのか、そう思った時だった。
「この手の対処は任せて!」
アルティーナがユウハに狙いをつけるよりも早く、既にツグミは動いていた。
「んっ……!?」
手際よくユウハの口にポーションを押し込み、なおかつ《陽光》を張り巡らせて牽制までもやってのける。
「2人まとめて逝かせてあげるわ!」
それでもなおアルティーナは攻撃を中断しない。ツグミの《陽光》など簡単に押し切れると踏んだからか。
しかし甘い。甘すぎる。
「俺を無視するなよな!」
「なっ……いつの間に!」
気を踏み台にして背後に迫っているのをアルティーナは見落とした。俺の視界にはすらりとした背中が見えるのみ。
「俺は存在感を消すのが得意なんだよ!」
実際は得意でもなんでもない。気づいたら皆が俺の存在を忘れてるだけだ。別にこんな性格だし損する事も何もない。ただ天性の才能みたいなもんだと受け入れている、それだけだ。
「《夜叉》あっ!」
魔力が爪を型取り俺の右手を覆う。それを空気を引き裂き、ヒュオンという音を鳴らしながらアルティーナに向かって振り下ろす。
「あああ……っ!」
アルティーナのローブは赤いエフェクトを散らしながら5本の爪に引き裂かれた後が残る。
濃い紫のローブが、引き裂かれた部分から覗かせる白い肌を際立たせていた。が、じっと見ている暇はない。
「近くの《エクストリームウッド》を狩りまくれ! ポーション増やすんだ!」
《夜叉》を両手に纏い、でたらめにアルティーナを攻撃しながら叫ぶ。
アルティーナは正真正銘ボスモンスターだ。多少の隙を突いて総攻撃をかけたところで削り切れるとは限らない。
それに《バレットウルフ》を呼び出してのカウンターがキツい。散弾になられたら固まって攻撃しているところを一網打尽にされてしまう。
だから決めにいくのはまだ先だ。今はもう少し耐えるための準備がいる。
幸い、《エクストリームウッド》からは回復用のポーションも落ちた。日光の当たるここからなら安全に倒してストックを増やせるはずだ。
「これ以上思い通りには……行かないわよぉ!」
突如としてアルティーナが武器を具現化させる。それは魔女なら誰もが持っている必需品、箒だ。
「いいっ!?」
だが驚くべきはそこではない。それよりも注意を向けられたのはその重さだ。
見た目自体は絵本に出てくる魔女が持つ竹でできたような標準的なそれだ。しかし、掃除に使うにはおおよそ向いてないほどの重量が俺を襲う。
「あははははっ!」
ハンマーのような箒に力負けして仰け反る俺に追撃を行うべくアルティーナは俺に飛びかかる。
重さを全く感じさせずまるで普通の竹箒を扱うかのような動作で、流れるように連撃を繰り広げる。
「魔法使いのくせに肉弾戦ができるとかバグだろ……!」
小柄な方である俺は重量で押し負けていき重心があっちこっちに移ろっていく。筋力もある程度強化していたはずなのにろくに耐えれないとは。
「あははは! そこよ!」
水平に飛んできた箒がクリーンヒットする。
「ぐふっ……」
今まで剣を受け止めたり斬られたりはした事があった。ゴーレムのパンチを正面から受けたりもした。しかしこれはそんな攻撃とはまた違った異質さをはらんでいた。
攻撃方法や武器の形状は《皆輝剣》のそれに近い。しかし攻撃の質そのものはゴーレムのパンチに近い。
双方のいいとこ取りのような火力は軽い俺を容易く吹き飛ばす。
「くそ……!」
「先輩!」
「アラタ!」
硬い森の地面に叩きつけられるすんでのところで2人に受け止められる。
「アイテムの補給は充分かしら? けれども残念ね、それもすぐに枯渇しちゃうわよ!」
箒に腰掛け魔女は浮く。先程俺に攻撃されたのを警戒してか、飛んでも届きそうもない高度まで一気に上昇する。もしかすると箒がないと高く浮けないのかもしれない。
「今度こそ終わりよお!」
そして魔法陣を展開。魔法陣が重なり黒い葉で覆われた天井が見えなくなるほどだ。
「逃げ場なしかよ……!」
どれだけ速く走っても魔法陣の範囲から逃れる事はできそうにない。そもそも《バレットウルフ》に包囲され、走る事すら困難だ。
そんな狼もアルティーナの指示によって弾丸に変貌するのは読めている。つまり平面と垂直方向との三次元的な攻撃がこれから俺達を襲うのだ。
なまじ《バベルの長城》でMVPなんかを取ってしまったからゲームシステムにでもマークされたのだろうか。存在感が消せると言っても数字で残る結果は隠しようが無いって事か……。
「逃げ場はあるよ」
ふと横で声がする。ツグミがこちらにポーションを差し出しながら言う。
「ゴーレムに使ったあの方法、ここでもできる?」
「あれか……! ……なんとかしてみる」
そう言って渡されたポーションを1つ取り出しぐいとあおる。かなりの魔力を消費するが、死ぬのに比べれば安い出費だ。
「は……ああっ!」
「果てなさいな!」
俺が《夜叉》を使って行動したのと、アルティーナが空爆と掃射を行なったのはほぼ同時だ。しかし、
「モグラの真似事かしら……?」
口調こそ変わらないが怒気をはらんでいるのは対人経験の浅い俺でも分かる。きっと表情は怒りに歪んでいる事だろう。見えないから分からないが。
「地下に引きこもるとか私達らしい戦法だと思わない?」
「……いきなり何をするのかと思ったらこんな所に避難するなんて……」
「よく思い出したな、こんなの」
《夜叉》の爪と《月光》で掘り進めて作った即席の地下シェルターの中でそんな事を話す。
L字に掘り進めて小部屋を作ったので、散弾も降り注ぐ魔力弾も今のところは当たっていない。が、それも時間の問題だろう。
「……小賢しい真似をっ!」
依然としてアルティーナの空爆は続く。むしろ激しさは増すばかりで地響きがひっきりなしに響き渡る。その度に天井の砂がパラパラと落ちてきてさらに不安を煽る。
このまま《月光》と《陽光》を夕立のように浴びせて地面を砕く魂胆か。魔力枯渇の心配がなく、そして気の狂った威力を衰える事なく保ち続けられるボスならではの戦法か。
「こりゃそのうち崩されて一網打尽だな……」
「私が外に出て《流麗模倣》で止めましょうか?何とか止めた一瞬の隙を突いてお2人のラブラブパワーでどうにかしてください」
「前線に出す前にここで倒すぞ?」
「あはは、アルティーナの前にユウちゃんから倒しちゃおうか?」
ユウハが剣呑な視線を受けて本当、仲良いですねーなどと適当な事を呟く。……まあ正直勝てなくてギスギスするよりは冗談が飛ばせるだけいいメンバーではあるなと思うが。
「でもこのままだと詰むのは確かだよね……しょうがないね! ここは私が一肌脱いじゃうよ!」
急に声のトーンを上げてツグミが叫ぶ。狭い仮シェルター内にいるおかげで余計にうるさく聞こえる。
「もうちょっと静かにしろよ。そこら辺の陽キャかお前は」
「あはは、ごめんね。でもやっと私も能力を習得するんだよ? 少しくらい許してよね!」
先程とトーンは一切変わらない。けれどももう一度責める気にはなれなかった。むしろ今のトーンでも構わないからもう一度聞きたいと感じた。ツグミの告白はそう思うのも仕方ないほど信じられないものどった。




