牢獄の樹海
ざわざわと風が紫の葉を撫でていく。毒々しく色づいた葉が揺れ動く様には辺りに毒を撒き散らすのではないかという錯覚を覚える。
そんなおおよそ住むのには快適と言い難い場所を住処とするモンスターがいる。攻撃に極端に特化させた《エクストリームウッド》。
まんますぎるその名前をぶら下げて闊歩するそいつを監視しながら俺達は作戦を立てる。
「……じゃあ次はこの個体を狙おうよ」
「近くに他の敵は……いないっぽいな。んじゃ同じように速攻で倒して離脱するか」
「今度は私のタイミングに合わせてください。……せーのっ!」
そんな作戦会議の会場は木の上だ。ユウハのタイミングで飛び降りると同時にトップギアで《エクストリームウッド》を取り囲む。
「――!」というような声にならない声で俺達に訴えかける隙すら与えず三方向同時攻撃を仕掛ける。
殴って斬ってさらに斬撃。それぞれの威力が飛び抜けていないにしても単純に3倍の威力になっている。これは意外と馬鹿にできない。
しかしそれだけではない。《エクストリームウッド》は火力と敏捷が極端に高い。だが同様に、防御も極端に低いのだ。
全てのパラメータが極端だからこそエクストリームの名を冠しているのか。
「…………!」
二撃三撃と放り込んだあたりで《エクストリームウッド》が力尽きたようにゆっくりと倒れこむ。
「撤退するよ!」
しかしドロップしたポーションを確かめる事もせず俺達は慌ただしく動き出す。
バタバタと手頃な木へと飛び移る。いつのまにか、こんな真似ができるのはゲームならではだなと思う余裕すら出てきてはいる。
少ししてざわざわと自慢の枝を揺らしながら《エクストリームウッド》の増援がやってくる。
何体も、いや、この場合は何本と言うべきなのだろうか。とにかく俺達が葬った場所へと多勢に無勢が押しかけて一通り捜索してから散開する。
「やっぱこの方法は強いな」
「早くも攻略法が見つかったって感じだね」
モンスターというものは視認すると襲ってはくるが、当然視認されなければ何もしてこない。
そして《エクストリームウッド》の視線の範囲は割と限られている事が判明した。例えば木の上のような高い部分はそもそも索敵をしない、といったように。
だから俺達は木の枝から枝へぴょんぴょん飛びながら移動。ついでに狩れそうなら切り捨て御免と言わんばかりの要領でサクサクと討伐する。
この方法で討伐、強化、進行と繰り返すが活路が未だに見出せない。
「……なんか作業みたくなってきたな」
「同じ事しかしてないし飽きてくるよね。そろそろボスとか出てこないの?」
「そうは言ってもボスがどこにいるかも分かんないですしね」
「じゃ、ちょっと空から探してみるか」
言って石版を実体化させる。俺が初期にコピーした浮遊する石版を出す能力。
普通の攻撃で簡単に砕かれるわ足場くらいにしか使い道がないわで割と使い時が限られているが、こんな場面なら最適解だろう。
俺はトントンと石版の上に乗り移っていく。1つ乗ったら次を出し、それに乗ったらおかわりを出す。
自分の位置をどんどん上げていくように石版を出して高度を上げる。目指すは葉で隠されたこの大森林、その最上部だ。
「どんだけ枝が伸び放題なんだよここは……!」
何枚も重なった葉や枝を切り倒し、払いながら進んでいく。
空を覆う葉は確実に減っているはずなのに日光に近づいている気配が微塵もしない。
「これで吹き飛ばしてやる!」
そう言って飛ばした《月光》は幾重にも重なった葉を貫き遥か彼方の上空へと走り抜けていく。
多くのモンスターを倒し、恐らくはレベルが上がった効果だろう。前よりも威力や速度が上がっているような、そんな気がした。
「やった……」
かくして一点集中の《月光》により、日光を拝む事に成功する。それは農村にテレポートした時と遜色のない光。疑っていたわけではないが間違いなくあの農村の隣なのだと改めて実感する。
「後はここから祠とか城みたいな何かしらのランドマークを見つければ……」
そう思って光の射す方へ手を伸ばそうとした。
その時だった。
「ッ!」
射し込む光が急に強くなった。反射的に目を背けてしまう。
「あ……!」
と同時に強烈な痛みが一直線に俺を貫いた。そのまま石版の足場を踏み外し、大地へと一気に急降下する。その過程で俺はやっと気づく。
さっきの強まった光は自然光じゃない。どうして見た瞬間に反応できなかったのか。あれは俺の忌み嫌う《光》だ。
「これくらいで……削りきれると思うなよ!」
しつこく俺の体を串刺しにしている《光》に毒づきながら切り札を発動させる。
《闇》しか使えず《光》に徹底的に弱い俺のたった1つの、それでいて最強の護身術だ。
「《夜叉》!」
《闇》を右腕に纏って腹部を貫く《光》を根本から掻き切ってやる。
「くそ! 誰だこんな奇襲かけてきたのは!」
無効化しつつもダメージまでは無かった事にはできない。ポーションを飲みながら次の行動を考える。
「ツグミ、ユウハ!何かヤバいのがいる! 即刻逃走!」
「え? どうしたの、そんなに慌てて」
「いいから!」
無理矢理2人の手を引いて枝へと飛び移る。《晦冥》の身体強化に感謝しつつ、そして《エクストリームウッド》の視界にも入らないよう注意しながらとにかくその場を移動する。
そんな俺達の位置を把握しているかのように頭上から襲撃者らしき声が響き渡る。姿こそ見えないが声の圧で恐らくモンスター、それもボス級のものだと判断する。
「さっきの攻撃を防ぐなんてやるじゃない……アタシ、気に入ったわ」
「そうか……こいつがもしかして魔女ってやつか」
ユウハはこの森を説明する時に魔女の棲む森と言っていた。恐らくはその魔女とやらがついに俺達に接触したという事か。
「うふふ……この森に入ったら最後、アタシに倒されるしか選択肢は無いのよ? それをたっぷりと教えてあげる……」
ねっとりと響くその声は漠然とだが、どこから喋りかけてくるのか何となく感知ができた。そしてそれは他のメンバーも同じようで、
「何だか分からないけど探そうとしてた相手がこっちを誘ってるって事だよね。乗らない手はないんじゃない?」
「まだちょっと展開についていけてないですが、ノリで頑張りますよ?」
そんな血気盛んなコメントを返してくれる。
そうして意思統一が完了したタイミングを戦闘開始とみなしたのか空を隠す葉から何本もの《光》が降り注ぐ。
「ちょっと!?」
「《流麗模倣》!」
ある者は防ぎ、ある者は躱す。しかして止まる事は許されず、現状バランスの悪い木の上から降りる事も敵わない。
そんな地の利に完全に嫌われたまま、文字通りノンストップなボス戦が始まった。




