粉砕、玉砕、大伐採
「ここってどこなんだろ……?」
「普通に考えたら《ブルーウッドプレーン》だよな……」
返ってくる答えなど分かりきった問答を行う。
蘇生した俺達を出迎えたのは紫の葉をまとう木々。時間感覚を狂わせる暗がりが広がる森だ。
「私が倒された時は普通に《黒都》に戻ったんですけどね」
「となると奥地だけの特殊な仕様か……」
「ところで現在地って分からないのかな?」
「地図機能はこのゲームにはないしなあ……」
L&Dにはメニューから地図を閲覧できる機能が存在しない。これに関しては現実に寄せる事を考えすぎてユーザーを置いてけぼりにしたダメシステムだと俺は思う。
GMは日本人全員が入るオープンワールドにしたとか言っていた。そんな規模を作っておいて地図を作成しないとは一体どういう了見か。
もしかしたら伊能忠敬みたいなプレイヤーが勝手に作ったりするのを期待しているのかもしれない。しかしそれにしたってあんまりな気はする。
「おいGM、現在地を確認する手段はないのかよ?」
そんなクレーマーみたいな感情も込めてGMを呼び出そうとしたのだが、応答する事はなかった。
「返事しない……?」
「こっちも同じですね」
「じゃあもしかしてテレポートすら使えないの……?」
その発言に俺とユウハが絶句する。呟いた声こそ小さかったが、それの意味するところの衝撃は大きかった。
詰み。たった2文字の言葉だが、途端に思考のメモリを占拠する。
このパーティ――少なくとも中の上くらいの実力はあると自覚している――ですら一体で壊滅するような雑魚が湧くダンジョン。加えて死んでも逃げられない。おまけに現在地が分からないため、出口に向かって進む事すら許されない。
これを詰みと言わずしてなんと言うのか。
「……」
誰も何も返せない。そんな沈黙がしばらく続いた。そんな場面は嫌というほど経験しているが、それでもここまで気が重くなった事はない。
だが、言葉も思考も塞がったまま動かないそんな状況を打破したのは予想もしない言葉だった。
「要するに私達はここに閉じ込められたんですよね! じゃあ! 先輩方2人でずっとイチャイチャできるって事ですね! 私ちょっと離れてるのでどうぞお楽しみくださ」
「「馬鹿なの?」」
口を揃えてそうなじる。発作みたいに突然荒ぶるよなこいつ……。
「ユウちゃんがこれ以上変な事言いだす前にぱっと報酬もらって脱出しようよ」
「だな。ついでにコイツだけここに置いていくのもありかもしれない」
「あはは、辛辣ですね……。息の合った姿が見られるので私は一向に気にしませんが! ……じゃあ、方針でも練りましょうか!」
「……そうだな」
地味に誘導されているような気もするが素直に乗っておく。何であれ目標を決めておかないとグダグダするのは明白。それはあまりよろしくないしな。
「まずはあの雑魚をどうにかしないとダメだよな」
「アレを倒せなきゃそもそも動けないもんね」
「とにかく一度攻撃を当ててみないとどうにもならないですよ?」
「あの動きを見切るの?自信ないなあ私……」
解くべき問題は出てきたが解法は一向に見えてこない。速すぎる動きについていくのは確かに至難の業だ。となると……。
「じゃあこういう戦法はどうだ?」
ぱっと頭に浮かんだ戦法、そして全員の役割を進言する。こういうのはとりあえず何回も試して最適解を見つけていけばいい。そういう点では叩き台としての提案だったが、
「うん。結構可能性ありそうだね。私の出番が少ないのが残念だけど」
「その分私が頑張っちゃいますよ!」
特に反対される事もなく審査を通過する。結構雑な思いつきだったがまあ試してみないと効果的かは分からない。チャレンジ精神があるメンバーでよかったなと思う。
*
「そろそろか……」
「ツグミ先輩、リンチに合ってないといいんですけどね」
冗談めかしてユウハが言う。今作戦の配置はいつもと違いツグミ1人を前進させ、俺達からかなり距離を取らせている。そして俺とユウハが別の場所で待機、そんな感じだ。
だからまあユウハの言ったような大量のヤバいオバケ樹木にボコボコにされる可能性もないわけではない。あいつはそんなタダでは死ななそうだし杞憂かもしれないが。
そんな風に待機していると急にズズウ……ンと重厚な音が響き、地面を揺らす。恐らくは木が倒れた、いや倒された。
「そろそろ俺達の出番だな」
「みたいですね」
気楽な返事をしながら草むらからユウハは姿を現し、道の真ん中を陣取る。襲ってくれと言わんばかりの位置取りだが、今回はそれが狙いなのだ。
「連れてきたよ!」
その道に向かって走ってくるのは日本刀を携えた黒髪ストレートの女子。こまめに振り返って《闇》の斬撃を飛ばしながら1体のモンスターを引っ張ってくる。
名前は《エクストリームウッド》。極端な性能から取ってつけたのだろうがミスマッチ感と不足する雑魚らしさが否めないと感じる。運営にレビューとして投稿できないものか。
「――!」
しかしその《エクストリームウッド》は最初に見せた振り切れた敏捷性は発揮できていない。
それもそのはず、ツグミの斬撃が地面を切り裂いて足場を崩しているからだ。
ゴーレムのような二足歩行ならいざ知らず、こまかく枝分かれした根っこ状の足は、逐一ツグミの作った小さな、しかし数の多い塹壕のようなトラップに足を取られてしまう。
それでも《エクストリームウッド》は歩みも敵視も止める事がない。
「ユウちゃん、交代!」
「はい!」
バトンを渡されたユウハが《月光》を撃つ。俺やツグミのような補正は入っておらず、本人の属性配分も均等に近いため威力は控えめだ。それでも敵視を奪うくらいの仕事はする。
「! ――!」
途端にツグミを無視してユウハの元へと体を向ける巨木。動きが一時停止したかと思うとありえない初速で弾かれたようにユウハへと向かう。
そのまま俺達を全滅させた時と同様に枝を大きく振ってはたき落とそうとしてくるが――、
「勝負ですよ! 《流麗模倣》っ!!」
能力発動と同時に加速するユウハ。体も頭も完全にその速度についていけていないだろうが彼女の能力が有無を言わさず順応させる。
「――!!」
《エクストリームウッド》が腕を振るう。それにぴったり鏡合わせでユウハも腕を動かす。
「ああああっ!」
叫び声をあげながら2本の腕が衝突する。ユウハの《流麗模倣》は威力から動作まで全てをコピーさせて相殺させる。
「やあっ!?」
しかし今回ばかりはそうもいかないようだ。互いの衝撃を殺しきれずに正面から衝撃波を受けて足は地に着けたまま、後方へと下がる。
「――!」
だがそれは《エクストリームウッド》も変わらない。奴もまた返される衝撃は受け流せないようだ。
「――!――!!」
怒りでも表現したのか体を大きく揺らしざわざわと威嚇音を立てる。と思うと、お得意の超スピードでもってユウハの元へと襲撃をかける。
「これダメです! 連続で防ぐのはキツいです!」
ユウハがそう言ったのは敗北宣言でも負け惜しみでもない。ただの所感だ。
なぜそんな事を言うかというとユウハは自身の仕事を終えたから。分析だけしていればいいからだ。
そう、後は俺の仕事だ。
「らあああっ!」
直進する《エクストリームウッド》には数十メートル先のユウハしか見ていないだろう。だから俺には気づかないはずだ。
木の上でずっと待機していた俺の存在には。
「――!」
俺は登った木の太い枝の上から軽く飛び、両腕でその枝を掴む。ジャンプした高さと勢いと角度。全ての要素を1つにするように両足を振り子のように動かした。
そのまま荒れ狂った猛牛の如く突進してくる《エクストリームウッド》を正面から蹴り飛ばす。要領としては野球ゲームでクリックを使ってバットを振るような感覚に近いか。
「――!? ――!?」
蹴りをまともに頭部に受けた《エクストリームウッド》は悶え苦しむように枝を揺らして葉を散らす。
「トドメはもらうね!」
今もなお苦しむ《エクストリームウッド》の背後から音もなく駆け寄り手当たり次第に枝を切り落とし、幹にいくつもの斬撃の跡をつけていく。
「……!」
蹴りのダメージが大きかったのかそもそもの耐久が低いのかは定かではないが、俺達が反撃してから木の動きが止まるまでにはそう長い時間はかからなかった。
*
「落ちるポーションが2個に増量されてるな」
「ポーションの性能が良くなってるとかを期待してたんだけどね」
《エクストリームウッド》を倒した後の第一声はそんな現金なものだった。
苦労した喜びよりも報酬のあっけなさの方に気がいってしまうのは我ながらダメな癖だとは思う。思うだけだが。
「ドロップはしょっぱいですが割とデータは取れた気がしますよ?」
強化用ポーションをがぶがぶ飲みながらユウハが言ってくる。
「確かにこっちの攻撃が通りやすいってのは収穫だったな」
「問題は攻撃を避ける、いざとなったらユウちゃんに受け止めてもらうって部分だね」
「3人パーティの練習と考えれば悪くはないだろ。勝とうが死のうがしばらくはこの森に滞在するんだし」
「そうだね。ユウちゃんとは長い付き合いになりそうだしそうしよっか。兄さんを倒すのにも付き合ってもらわないとね!」
「何を考えてるのか知りませんが、お2人を眺めてられるのなら私は構いませんよ?」
勝手にエンドコンテンツに参加させられてしまったという事にまだ気づいていないユウハは能天気に快諾している。全貌を知った時にコイツはどんな反応をするのだろう。
「じゃあ! この調子で蹴散らしながら進んでいくよ! 最深部のヒントはその辺りに隠されていると信じて!」
かくしてノープランの探索は続く。お目当のレアアイテムが手に入るのか、それとも永遠にこの森から出られないのか、それはGMにも分からない。




