切り倒す人と張り倒す木
「ここが《ブルーウッドプレーン》か?」
「違いますよ。ここからちょっと歩くんです」
テレポートした3人を出迎えたのはザ・農村。田んぼが四方に渡って広がり、点在する家屋の屋根は木や石、藁などでできている。
まるで日本の昔話に出てきそうな景観を保ち続けたそんな村だが、全くの限界集落と化しているわけではないらしい。
「人が結構いるんだね」
見れば追いかけっこをしている子供や畑を弄る老若男女。幅広い年代が活動している。戦闘に明け暮れるのとはまた違った楽しみ方をしているようだ。
「NPCもいるんですけど、家族連れで田舎を楽しめる場所としてもそれなりに需要があるようで……」
ばつが悪そうにユウハが説明する。多分、NPCと勘違いして話しかけて恥でも晒したんだろうなあ。強く生きてくれよ……。
「じゃあそろそろ行こっか。ユウちゃん、案内してよ」
「は、はい」
いきなりあだ名をつけられたユウハが困惑しながら返事する。冷静になって考えてみると今のメンツ、どいつもこいつも勝手な奴ばっかだな。
*
「ここが入り口です」
そう言うユウハが見つめる先には木々が生い茂っており、まごう事なく田園とダンジョンとの境界を成していた。
《バベルの長城》にそびえ立っていた城壁のように幾人もの行く手を阻む障壁。
同時にそれは間違っても入ったが最後、ただでは帰さないというようなそんな意思までもが感じられた。
だからと言って尻尾を巻いて撤退するような俺達ではない。未知のダンジョンや敵に会った方がワクワクする人種なのだ。むしろ俺達を歓迎しているように見える。
「すご……昼なのに暗いね」
天まで届く黒い木々が辺りを囲む。その様子は《黒都》に通じるものがあるなと思いながら探索を進めていく。
「木々も黒いし奇襲とかあるとめんどくさそうだな」
日光は生い茂る葉により大半が遮断された、見通しの悪い森を歩いていく。
「……あっ、あれです! あの木が標的です!」
そんな中で突如ユウハが声を張る。指した指の先には根っこを足のように動かしながら徘徊する木のモンスターがいた。
枝を手のように振り、頭部に葉が集中していて二足歩行する様は様々なゲームで見てきたスタンダードなそれに近い。
「あれを倒せばいいんだな」
小手調べだとばかりに《月光》を撃ち込んでみる。戦闘経験をそれなりに積んだからか、キレが増しているような気がする。明確なレベル表示がないから真偽の程は不明だが。
「――!」
攻撃を受けてこちらを敵視した木。よく見ると名前が上の方に表示されている。《ストレングスウッド》と。
「――! ――!」
「おい待て待てなんだこいつ!」
ついそんな素っ頓狂な声を上げてしまう。しかしそれは仕方がないと思う。
なぜならその歩く大木は、俺の《月光》を意に返さずにずんずん進んできたのだから。
「俺の《月光》が効かないとか冗談だろ!?」
確かにゴーレムのようなボスには相手にされない場面もあった。しかしそれは弱点以外を狙った話だ。
そもそもこいつはユウハの反応から雑魚だと分かる。それなのに効かないなんて――。
「なら私が伐採するよ!」
髪を金髪にしたツグミが純白の日本刀を両手で握り、斧でも使うかのような動作で水平に、空間に亀裂を入れる。
その刹那飛び出した斬撃は樹海を淡く照らしながら飛んでいく。
「――!」
が、しかしそれすらもあっさりと受け止めて、爆走する木は止まらない。
「なんでよ!?」
間も無くして俺の懐にまで潜り込まれる。木の空洞が顔のような模様を作り出しているため、詳細な表情は分からないが恐らくは隙だらけの俺を嬲ろうという嗜虐的な笑みでも浮かべている事だろう。
「――!」
「ッ!」
幹のように太い枝。それを力任せに振りかざして俺の体に打ちつける。
当然俺は後方に飛ばされ、背後の入り組んで植わっている木々の追撃を喰らうのだろうと思ったのだが――。
「……は?」
軽く腹部に何かが当たった。その程度の衝撃だった。《ストレングスウッド》は狂ったように俺をしばき続けるが全くと言っていいほどダメージが入らない。
ユウハの一撃とも比べ物にならないような、システムアシストが入っていないと思えるほどの威力だ。
「その子には《光》も《闇》も効かないです。超硬いです。でも肉弾戦ならなんとかなりますよ!」
後方でそんなアドバイスが飛んでくる。確かに魔法無効の特性を持ったモンスターは出てきてもおかしくないな。
そんな経験則で納得しながら反撃のアクションを起こす。まずは右手を回転させて抉るように胴体に拳を打ち込む。
「――!?」
平均を下回るとはいえ、俺の全体重を乗せて放ったパンチは《晦冥》の特権をも利用してそれなりの威力に仕上がってくれる。
左に《ストレングスウッド》が傾き、俺の体もその場で浮きながら右回転する。
しかしそれだけでは終わらない。ゲームのアクションと言えばお約束はコンボだ。何連撃も攻撃を加えて大ダメージを発生させるのは快感の一言に尽きるのだ。
「はああっ!!」
その例に漏れず俺もコンボを繋げようとさらに体をひねる。空中でそのまま一回転して左足の回し蹴りをお見舞いする。
「――!!」
そのまま吹き飛んだ《ストレングスウッド》は何本もの木に激突し、その運動が終わった頃にはただの木材と成り果てていた。
「お、インベントリにポーションが追加されてるな」
「とりあえずこれが一連の流れですね」
これまでに散々狩ったであろうユウハがそう締める。
「これを繰り返しながら奥を目指せばいいんだな」
「そうですね。奥地までは案内するのでそこまでは私についてきてください!」
「ついでにさっきのモンスターを見つけ次第倒していこうよ」
そうチュートリアルを締めくくり、俺達は本格的なダンジョン攻略に乗り出した。
*
そこから先、俺達は動く木を見つけ次第丸太に変えていくという所業を環境破壊だと思えるレベルでやっていった。
ある程度の数を伐採したら立ち止まってポーションを分ける。落ちる種類が言うほど偏っていないのは運営の意向なのかそれともただの幸運なのか。
ともあれ、攻撃のポーションが落ちるまでひたすらここにこもる、みたいな展開にはならなさそうなので一安心だと言いたい。ドロップ狙いで周回するのも入手した時の快感を思えばゲームとしてはあってもいい要素だ。
しかし他のプレイヤーに目をつけられる前に色々やらなくてはいけないので今はそんな悠長な事は言っていられない。
なのでまあそんなこんなでとにかく進軍していった。
「到着です」
そう言ってユウハが立ち止まる。視線の先には木々が集まってトンネルのような入り口を形成していた。しかし明らかに周囲との温度差がある。
「葉っぱが紫になってるなんて、いかにもって雰囲気だよね」
ツグミの言う通り、周囲の木は毒々しい色のものが生えており、明度もさらに落ちている、そんな光景が広がっている。
「ここから先は私も何が起きるか知らないんですよね」
「用心して進まなきゃな……」
そうして足を踏み入れること数分。わりと見慣れてきた《ストレングスウッド》が視界に入る。
「あ、試しに戦ってみようよ」
「そうだな。じゃあ、初撃は俺がいくな」
言って《蝶舞剣》を実体化。短剣と格闘術の合わせ技を編み出す練習としてはあの火力と装甲なら最適だ。そう考えての装備だった。
手頃な木に登り、それを踏み台にして死角へと一気に跳躍。滑り込んで斬撃と殴打を放つ。
「――」
しかし敵の反応は薄いものだった。奥地にいる分、強化されていてもおかしくない。それなら連続攻撃で畳み掛ければ――。
「!?」
そう思った時には既に俺は地面に転がっていた。
なんで……!?
そう声を出そうとしたが口は開いたままで一音節も紡げない。
かつて似たような状況に《言語喪失》とかがあったが、それとは事情が異なる。
つまりこれは特殊なギミックで声が出せなくなったのではなく、痛みに悶えて声が出せないのだ。
「あっダメ! これヤバいよ!」
その様子を見ていたツグミが即座に身を翻そうとするが、追付いする巨木を振り切れない。
あえなくツグミは長い枝の餌食となって派手に吹き飛ばされる。恐らく俺が喰らったのもあれだろう。
「わ……嘘……」
速攻で打ち捨てられた俺達を見て硬直するユウハ。まあ気持ちは分かるけど。
パーティプレイをしてる時にメンバーが片っ端からやられると士気が下がるもんな。これは手に負えないわ、みたいなそんな気にさせられる。
そのままあっさりと張り倒されるユウハを見届けたところで俺は意識が飛んでしまった――。
*
視界が暗転したと思うと数秒で目が覚める。Now Loadingみたいな表示が出ないあたりは現実に近づけた結果かもしれない。
「やられたな……」
そんな事を思いながら蘇生する。まさか思っていたよりもこんなに早くにこの感覚をまた味わうとは。
「私達をワンパンするなんてバグだと思わない?」
「何でもかんでもバグのせいにするなよ。……気持ちは分かるけどさ」
「私達、攻撃できませんでしたよね。もしかしたら耐久は低いかもしれないですよ!一度攻撃入れて確かめてみましょう!」
「その時は《流麗模倣》でちゃんと対処してね」
「任せてください!」
同じく2人も蘇生したようで軽い反省会を進めていく。未知の敵相手だと色々考察が捗るのがいい。
特に、他に情報が出回っているわけでもないため新鮮味が破格なのだ。それを同志と色々対策を練るのは楽しいと言えば楽しい。
だがそんな事よりも気になる事が一点。
「ところでさ……ここはどこなんだよ?」
「私があえて黙ってたのに……」
「いや、現実逃避しないでください」
ジト目で睨みつけるツグミに冷静にツッコミを入れるユウハ。茶化しつつも声の力強さはいつもより感じられない。
なんだかんだ言って不安なのだろう。いや、包み隠さず言えば俺だって不安だ。
だって仕方ないだろ? 蘇生地点が予想していた《黒都》みたいな拠点じゃなく、さっき乗り込んだダンジョン。そのどこかも分からない場所なのだから。
ふと、初めにこの場所を話題に出していた時の言葉が頭をよぎる。
曰く、《ブルーウッドプレーン》の元ネタこと青木ヶ原樹海は一度迷い込んだら出られない――。




