アンチ真人間
「右だ! 右に行ったぞ!」
「俺が防ぐから全員で攻撃するんだ!」
「お前ら! 囲んで逃げ場を失くせ!」
手頃な岩陰に身を隠しながら様子を窺うと、そこには6人の男が1頭の巨大なイノシシと戦闘を繰り広げていた。よく見ると彼らの中には黄色く光る盾や黒光りする剣を構えた奴までいる。
色やオーラ的に恐らく能力と見た。武器を発現させる能力か……他に情報は得られないだろうか。もう少し注意深く彼らを観察すべくしばらく岩陰に引きこもる事にする。
目に入るのはこれぞパーティプレイという光景。イノシシの攻撃を1人が盾で受け止め、残りの人間が基本技や剣で攻撃する。俺が憧れた光景。実現できなかった光景。諦めた光景。そんな戦闘シーンを眺めていると、長髪の男が盾を高々と掲げた後、思い切り地面に叩きつける。
「これでも喰らえッ!!」
その咆哮に呼応するように地面が割れ、光が溢れ出る。その閃光はまるで調理するかのようにイノシシを焼き尽くす。
「グモオオオオオオオオ!!!」
断末魔の叫びを上げてもがき苦しむイノシシ。立ち上がる事も適わないその傷だらけの四肢からはもって数分だという事が理解できた。そんな標的に手こずらせてくれたなと言わんばかりの様子で男達が近づく。
「流石リーダーっすよね! 《光》80%の盾の性能、本当に憧れっす!」
どうやらさっきの盾使いがリーダーのようだ。《光》が80%、俺ほど強力ではないにしろかなりヤバい部類に入るのではないか。
「何言ってるんだ、80%までは探せばそれなりいるってチュートリアルで言われたろ? 特化型で厄介なのは90%を超えている奴らだ。ここから先はかなり数が絞られるらしいぞ」
そんな話聞かされてないんだが。というかリリースして即座にそんな情報が流れてんの? 俺のGMはそれも説明し忘れてるのか? だとすればまた後で聞きだしておかないとな。
「それも凄いがやはりリーダーの技でしょう! 敵の足場を失くしつつ《光》の攻撃を浴びせるんですよ! しかもまだまだ改良の余地があるなんて驚きです!」
それを聞いたリーダーは照れ臭そうにしつつも、
「まあ、そうだなあ。つまり俺もお前達もまだまだ発展途上って事だ。これからもっと成長して最高のチームにしようぜ!まずはコイツにトドメを刺さなくちゃあな!」
笑顔でそんな風に返し、仲間達とイノシシに引導を渡すべく武器を構え直す。
――やっぱり無理だ。恐らくあいつらは《光》が大部分を占めてる。このゲーム風に言うと感覚だ。ああいう輩はこぞって《光》の割合が高いんだ。
このゲームを始めてロクに経っていないがそれだけは分かる。そして何となくとしか説明しようがない湧き上がるこの嫌悪感。鬱陶しい。俺の見えないところでやってくれ。
こんな思いは間違ってるし、おかしいのはどう考えても俺だ。それは自覚している。自覚していても嫌悪感は無くならない。いや、自己嫌悪の念すら相まって余計に俺を苦しめる。だから嫌だったんだ。現実世界にいるのは。だからゲームの世界に逃げ込んだ。
そのはずなのに。今、ゲームの中で俺はそれをまざまざと見せつけられている。このゲームは恐らく国民のほぼ全てが参加するだろう。とすれば今後もこんな奴らに遭遇するんだ。それを俺はどうする?黙って見てる?
無理だ。耐えきれない。逃げ場のはずのゲームですら逃げられない。そんな馬鹿な事があってたまるか。俺はどうすればいいんだよ……。
――いや待て。俺の力は何だった? この力はどう使ってもいいと言われなかったか?
そうだ、使おう。こんな景色を見ないために。
そうだ、使おう。この世界を俺の逃げ場にするために。
そう思った時には体は既に動いていた。明るい人間という自分に対する敵から身を守る手段としての反射とも言えるような動作。右腕を大きく上げて俺は叫ぶ。
「《曲射》!」
半ば本能的に叫んだ言葉だが、叫んだ方がそれらしいとか、死刑宣告くらいは必要だろうという中二病的な理由をでっちあげるくらいには自分がクールダウンできているのを感じる。
それもそうだ。撃った瞬間に動きが止まるような連中が相手なんだ。自分との実力差がはっきりと見て取れた。
「ブムオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」
「ぎゃあああっ!!?」
「何だよこれえっ!?」
俺の《闇》は瀕死のイノシシ、その周囲にいた男達をわけの分からないまま貫き通した。穴だらけになった男達はそのまま光に包まれるようにして消滅した。恐らくは拠点送りだろう。ここは拠点に戻る手間が省けたって事で許して欲しい。別に許されなくてもいいけどな。
「うおおっ!?」
が、例のリーダーだけは別だった。咄嗟の判断で横に飛び右足を貫かれるに留まった。足を抑え、息もゼエゼエと吐いているが俺を睨む目は生気を失ってはいない。
「ちっ、やっぱリア充様は流石タフでいらっしゃるなあ……」
適当にそんな事を言いながら隠れていた岩に乗って男を眺める振りをする。なぜ振りをしているかというとフードを被って顔がバレないようにしているからだ。
流石にまだ報復が恐ろしいので正体の露見は避けておきたいのだ。どうでもいいけどアニメの顔を隠しているキャラってどうやって相手を視認しているんだ。相手の大まかな位置しか分からないんですけど。
「お前は何なんだ。……何がしたいんだ?」
そんな俺を訝しむリーダーが当然の疑問を口にする。だが不意打ちなんて敢行しちゃう相手なんだから大体察してくれてもいい気がする。
「言うまでもない。ただただアンタらをいたぶりたいだけの愉快犯だけど?」
「ふざけるな! これはゲームなんだぞ! 楽しくプレイするのが基本だろうが!」
激昂するリーダーを見ながら俺は前から用意していた答えを口にする。そんな文句は想定済みだ。
「そうだ。これはゲームだ。楽しくプレイするのは当然だ。だから俺も楽しむためにお前らを攻撃する。文句があるなら聞くけど? というか今の俺ってどう見ても悪役だよな。ほらほら正義の味方を気取るんなら俺を返り討ちにした方がいいんじゃないの?」
ニヤニヤ笑って問いかける俺。やべえ、現実じゃこんなふざけた真似なんて絶対出来ねえ! と心の中では興奮して狂喜乱舞する俺を他所にしばらく黙り込んでいたリーダーがやっと口を開く。
「……そうだな。なら、遠慮なく退治させてもらうぜ……ッ!」
啖呵を切ると同時に盾を大きく掲げだすリーダー。それを叩きつけ、地面が割れる。現れたその光の柱は俺へと真っ直ぐに進んでくる。そう、こいつらの性根と同じくらい真っ直ぐに。それは少し真っ直ぐすぎる気もするが。
「さっき見てたし予想できてる」
俺が座っていた石が光に包まれて粉々になるのを横目に俺は一気にリーダーの背後へ回り込む。身体能力の向上がどの程度なのかはまだはっきりとしないが、少なくとも現実の俺とは比べ物にならない動きができるという事は分かった。流石ゲーム。こういう物理法則を無視してくれるのが楽しいんだよな。
「そっちかよ……ッ!」
俺の方へと向き直り盾をもう一度大きく掲げようとするがそんなのを一々待ったりはしない。ここでの俺は変身シーンの途中に殴り込む真似だって辞さない鬼畜キャラで行くのだ。チキンな自分を隠してそう振舞えるよう頑張る。なのでできるだけ躊躇はしない。
「その技さ、予備動作が大きすぎると思うぞ」
アンタの能力は本当に発展途上だったなと言って手を正面に突き出してやる。初めて岩を砕いたのと同じように。だがイメージは少し違う。今度はエネルギー派を一点に集中させるイメージ。具体的には極太レーザーみたいなやつ。
その思いに答えたかのように魔法陣はその半径を大きくしてゆく。そのオーラに圧倒されたのかリーダーは攻撃を中止し、俺の攻撃を防ごうと盾で自身の体を覆い隠した。
「やれるもんならやってみろ! 俺の《光盾》は簡単には貫けねえぞ! お前の魔力が切れた後にカウンターをお見舞いしてやるぜ!」
発展途上発言が癇に障ったのか語気が荒くなり、敵意が露わになったような気がする。俺はそれに対して自身の全力を以って答える事にした。
「貫け! 《月光》!!」
そう言って俺は《闇》を放ち、男は《光》で迎え撃つ。対照的な色のコントラストが辺りを照らし出す。
《光》が80%と《闇》が100%。それだけ聞くといかにも俺の方が強いように聞こえる、いや実際のスペックは俺の方が高いのだろう。しかしそんなその差を埋められる虎の子。それが自由に決められる能力だという事を痛感していた。
光る盾で身を守る。それだけ言えば単純極まりない。というか能力にオリジナリティなんてないようにも聞こえてしまう。それでも俺の攻撃――強化された《月光》――を防いだ事実が能力の重要性を伝えてくる。
「おいおいそんなもんか!? 俺の《光盾》はまだまだ耐えられるぜ!」
そう口走る男の足元はぐらついた様子も見せない。正面からでは倒しきれない。じゃあどうするか?決まってる。搦め手だ。
「それなら受け止められなきゃいいんだろ」
ボソっと呟くと同時に《月光》を放出した手のうち、人差し指のみをピンと伸ばすように形を変える。そしてその人差し指は天を指す。その動きに連動するかのように、今まで一直線に飛んでいた《月光》が天空へとその軌道を変える。
さらに俺は間髪入れずに理想の軌道をイメージする。そのイメージに忠実に《月光》はその身をうねらせる。具体的には上空で四散。カーブを描きながら男の側面、背面へ回り込んで一気に襲う。
「がはっ……! こ、の軌道は……?」
「盾の防御力には驚いたけどさ。それ、正面しか守れてないじゃん。それなら違うとこから襲えば楽に倒せる。簡単だろ?」
「確かにそうだが……そんな複雑な軌道を簡単に描ける、なんて……ありえねえ……」
「悪いな。俺の《月光》は特別らしいんだよ」
その言葉を聞いて訳の分からないと言ったような表情を見せる男。一番訳が分からないのは俺なんだけどな。こういう軌道ってみんな描けるもんじゃないのかよ。よく分かんないからこう言って誤魔化しとけばいいかな。
そしてその言葉を聞いた数秒後に男は光に包まれて俺の視界から消えていった。
「《光》が多い奴は《闇》が弱点なんだろ。しかも俺の《闇》の割合は吹っ飛んでるときた。そりゃこうなるのも納得はできるな」
今はもう誰もいない草原に俺はそんな勝利宣言を言い放った。




