個人で負けて、チームで勝つ
汐月の、他人の動作さらに能力までもをコピーして鏡合わせに動く能力、《流麗模倣》。おまけにそれを平気な顔して運用するだけの俺以上の魔力。
つまりまともに戦えば単純なスペック差で絶対に勝てない。まともに戦えば。
じゃあまともに戦わなければどうなる? 答えは簡単。こうなる。
「ぐっ……」
胸を押さえてうずくまる。汐月が、ではない。俺がだ。
「アラタ、何してるの!」
「そんなの見りゃ分かるだろ……」
纏った俺の《夜叉》は俺の胸を深々と貫いている。レーティングの都合なのか特段血が出るとかそういう演出はないらしい。まあ、自分のそんな姿なんて見たくないんだけど。
「な……本当に、なんて事を……!」
余裕の消えた表情で汐月が言う。そういう彼女も仮初めの《夜叉》が胸を貫いている。
コピーを解除してしまえばこの戦法は二度と通じない。だからこそ一撃で終われるように全力でもって自傷行為に走った。いくら汐月でもこれを耐える事はできまい。
「……俺と同じ動作をするんなら自殺すれば道連れにできる……簡単な話だろ。カップルなんて、死んでもゴメンだって言ったはずだぞ……」
「はは……普通は言葉の綾だって思うじゃないですか。ところで、まだ私の負けは決まってませんよ……?」
震える手をゆっくりと持ち上げてポーションを具現化させる。しかしそれを黙って見ていると思ったら大間違いだ。
「あっ……!」
「他人の回復を妨害するのはもうお家芸になってるんだよね」
黒髪のツグミがすかさず《月光》を放ち、ポーションの瓶を残らず叩き割る。即座に能力を使われたら防がれただろうが、この状況で冷静に対応できるやつは早々いない。となればこれは当然の結果だ。
「ここまでですか……。これじゃあ勝負は引き分けみたいですね。どうでしょう……? お互いの要求を飲むってことで妥協しませんか?」
逆転は不可能だと判断したのか折衷案を持ちかけてくる。互いに損をしてそれでいて得もする。そういう提案は俺の趣味でもあるが今回の条件だけは飲むわけにはいかない。
ついでに言うと一番好きなのは自分だけが一方的に最大の利益を得る。win-loseの関係だ。陽キャのwin-winな関係とか生温いんだよ。
「馬鹿を言うなよ。どう見ても俺達の勝ちだろ?」
体が白い光に包まれ、初めての死を体感する。その感覚に驚く傍ら、そんな風に交渉もねじ込む。本当、少人数で何かをすると仕事が増えてたまらない。
「俺はこれでゲームオーバー。そしてお前もゲームオーバー。けれどツグミはピンピンしてる。この意味が分かるよな?」
「……私の手元には戦えるプレイヤーがいないって事ですね。……はあ。2対1の勝負に持ち込まなければよかったです」
後の祭りですけど、と笑いながら両手を上げる汐月。降参の意思表示だろう。
「えっと……私はどうしたら……」
「まあ今回の勝者なんだし堂々としとけば?」
1人光に包まれないツグミが所在無げにそんな事を言っている。所在が無くなるのは俺達なんだけどなあ、なんて思ったりもするが口には出さない。くだらないしな。
「とりあえず、もう一度ここで集まりましょう。話の続きはそれからにしましょう」
しれっと割って入りつつ仕切りだす汐月。それを否定する声は上がらない。とりあえず思考停止で出された提案には乗ったりするのが俺達だ。積極性という能力はコピーできないのが辛い。
「じゃあ私はここで待っておけばいいよね」
「ん。そうしてくれ」
一言二言交わしてそのまま俺の体が細かい粒子になっていく。
そんな状況でも痛いとか不快だとかは特には感じない。何というか急に睡魔に襲われる、そんな感じか。
そのまま抗いがたい衝動に流されて瞼をゆっくりと閉じる。
……しかし、負けた気はしないのに死ぬだなんて謎な体験をしてるよなあ。
*
「ん……」
「あ、起きました?」
見れば《黒都》の黒い門が俺を出迎える。なるほど、死ねば街の入り口にまで飛ばされるのか。
「テレポートはしばらくできないので歩いて図書館まで行く事にしましょう。いいですよね、先輩?」
「別に先輩じゃないんだけど」
俺の方が年上の可能性は高いがだからと言って先輩呼ばわりされる筋合いはないと思う。
「私的には、さん付けより呼びやすいんですけど」
「ゲーマーなのにさん付け苦手なのかよ」
ゲームとかこういう場で名前を呼ぶ時は大体さん付けが基本だと思う。男でも女でもネカマでも性別諸々関係なく誰にでも使える魔法の言葉だ。
「基本的にソロプレイだったんですよね……」
「あっ……」
これに関しては突っ込む事ができない。誰かとおしゃべりしてみたいから始めたMMOで気づけばソロプレイ一辺倒になってしまった俺じゃ、何も偉そうに言う資格はないんだ……!
「苦々しい顔しないでくださいよ。……大体、先輩達はお互い呼び捨てだったじゃないですか。あれはどうなんです?」
「それはあっちがそう呼べって言ってたし」
わざわざ指定された呼び方を否定するのも気が引けたしな。
「じゃあ私もユウハと呼んでください。それで私はあなた方のを先輩と呼びます。これで解決ですよね!」
「これまた一方的だよな……」
と言いつつも別に損するわけでもないしそこは好きにさせようと思う。
自分にとっての損得勘定を行い、閾値を超えるまでは決して動かない。そんな自堕落なシステムこそが俺だ。
「ところで、そんなに喋れるならクラスでも浮かないだろ。なんでぼっち扱いされてんのさ?」
少し前から思っていた疑問を口にすると、
「だってクラスの人に興味持てないからに決まってるじゃないですか」
そんな身もふたもない答えが返ってきた。それにしてもさくっと言い切るなあこいつ。
「適当に誰かと付き合ってチャラチャラしててあんまり好きになれないんですよ! 私の求めるカップル像とは似ても似つかないんですよね!」
「分かった分かった。興奮するな」
長い話に巻き込まれるのは嫌なので適当に流す。流しつつも言ってる事は理解できる。俺もああいうカップルだの陽キャだのは嫌いだし。
「それに比べて先輩達は凄く惹かれるんです! 凄くカップルとしてお似合いですよ! くっつかないっていうんなら無理矢理にでもくっつけちゃいますからね!」
「それただの独り相撲だからな……にしても難儀な性格だよな」
「私もそう思います。ま、死ぬまで治らないでしょうね!」
そんな会話を織り交ぜながらてくてくと光と黒のコントラストを抜けていく。
「うわっ、なんだこれ! ……呑んだくれか?」
何かが足に当たって反射的に蹴飛ばしてしまう。見るとそこに転がしたのはよく分からない男だった。
眠らない街には欠かせないろくでなしといった風貌でNPCの類かと思った。
「……ってえな! おい誰だ! 蹴飛ばしたやつはよォ!」
「多分あの人は《白都》で返り討ちにあったんだと思います。それで殺されて《黒都》に戻された挙句、先輩に蹴飛ばされたんじゃないですかね」
ずけずけと解説を入れるユウハ。俺に説明してるからか人見知りを発動させていないのだろうか。
「ユウハ、こういう局面ではもうちょっと大人しくしてても良かったんだぞ」
一応窘めておくがもう遅い。さっき蹴飛ばした人間は完全にユウハのそれを煽りと受け取ってしまった。
「おちょくりやがって……! いいぜ、お前らを蹂躙してからもう一度《白都》を墜としに行ってやる!」
ライフルを構えながらギャアギャアとがなりたてる男。それに応えるように同じように倒れていた男達も銃器を立て続けに向け始める。
恐らくは彼らの能力だろうが、取り囲んで銃を構える様はまさにマフィアといったところか。
「死ねやああああッッ!!」
「先輩、私が弾丸防ぐので直接攻撃は任せますね」
無秩序に飛び交う弾丸は標的を蜂の巣にするどころか粉微塵にしてしまうのではないかとさえ思わせる雨霰となった。
しかしそんな状況でも怯むことなく前に躍り出るユウハ。手には既に黒染めの銃器が握られている。
「《流麗模倣》!!」
一発撃ったと思うと次の瞬間には体の向きを変えまた一発を放つ。
そうやって放たれた射線はこちらへと向かってくる射線と交点を作る。そして達した途端に火花を散らして弾丸同士が弾け飛ぶ。
「何が起きてんだ!?」
「何で一発も当たらねえんだよ!」
普通に考えれば弾丸と弾丸をぶつけるなんて神業はそうそうできるものじゃない。
しかし《流麗模倣》は対象と全く同じ動きを再現できる。むしろ弾丸同士をぶつける事しかできないのだが、度肝を抜くには十分すぎた。
「そんな事より俺の対策も考えなよ」
そんなユウハのエンターテイメントに全員が気を取られている間に、俺は背後に回り込み接近戦を展開する。
「穿て! 《月光》!」
荒れ狂う大蛇のようなイメージを持ちながら《月光》を放つ。周囲のアスファルトに穴を空けつつ勢いは全く衰えない。
「クソが! いきがるなよ!」
罵声と共に背後で銃声がする。分かっているから振り返って防ぐのには間に合うだけの余裕はある。
けれどもそうすると正面の相手を倒せない。見た目としてはパリピオーラというか、何というか見ていてムカムカさせるそんな雰囲気を見に纏う男だ。笑った顔が一番ウザい感じの風貌。その概念が理解できる奴は間違いなく同志だな。
……ダメージ覚悟でとにかくコイツをやるか。《晦冥》なら《闇》のダメージとかそうそう入らないだろうとタカをくくって《蝶舞剣》を振り上げる。
と、その時だった。
「!」
「ナイスアシストと褒めてください!」
一筋の《月光》が俺の背中を掠め、凶弾を飲み込んでいく。
ついさっき、能力だけが自分の全てではないとか言っていたが確かに素のスペックや頭の回転も相当いいらしい。
「やるじゃん! このまま瞬殺するぞ!」
「お任せを!」
実際、意思を持ったかのような《月光》と存在感を消して襲いかかるナイフ術のシナジー、さらにそれらを補助する汐月の立ち回りは、早々に《白都》から敗走した奴らを圧倒するには効果的だった。
「ぐあ……」
「こんな……ガキなんかに……」
光に包まれて戻ってきたかと思うとまたすぐに光に包まれて忙しない連中だなと思う。
「またすぐ近くで復活されてもあれですし、とりあえず図書館を目指しましょう」
小走り気味になりながら汐月がそういうので、肯定の代わりに追従する。
「それにしても他人と組むと戦闘の効率がいいですよね」
「まあゲームの基本だしな」
「死んだ後って全ステータスがダウンしてるはずなのに、ここまでできるとは思いませんでした」
能力が低下したとしてもそれは相手も同じこと。しかも早々にPvPで負けた奴が相手だ。当然と言えば当然かもしれない。
まあ、そうは言っても協力すれば単純計算でも2倍、3倍の火力になるんだ。弱いはずがない。
だがその何倍にもなった火力を星野は防ぎきったのだ。それも1人で。ちっ……化け物め。
「これなら森の攻略も何とかなりそうですね」
「森? そんなとこに行ってたのか?」
ぽろっとユウハが口にした事に興味を覚える。口ぶりからして例の魔力底上げについての話だろう。
「そうですよ。カップル探し、図書館巡りの合間にこそこそ、そしてがっつりやってたコンテンツ!」
思ってたよりもやる事の多そうなプレイングだなあとか思いながら間を置いたユウハに続きを促す。
「そう、その名も魔女の棲む森、《ブルーウッドプレーン》です!」




