人のふり見て我がふりは―― 前編
果たしてその華奢な手には黒い短剣が握られていた。それも刀身に蝶の刻印つきで。
「バレましたか」
「……看破されずに押し切れるとでも思ってたのかよ」
瓜二つの短剣はさしずめ犯人自らが所持した証拠品だ。言い逃れのできない凶器を持ちながら観念したように、けれども軽い口調で汐月が言う。
「アンタの能力は対象の動きを能力含めて全部コピーする……大体こんな感じだろ。《光》と《闇》のどっちの能力かはよく分からんけど」
「コピーする能力とか、対象の配分が多い属性の魔力を消費するんです。なので属性とかは関係ないんですよ。そもそも6:4で《闇》が強いようなパッとしない配分ですし!」
なるほど……さしずめ《無》属性といったところか。
「ま、イケイケなテンションのくせにパッとしないとか言うのは納得がいかないんだけどな」
互いに強く手首を握る。こちらが強く握れば相手もその分力が増す。手首よろしく主導権も握れてはいるがどうも釈然としない。握られた手首の主はそんな事も意に返さずにおしゃべりを続ける。
「私、いろんなカップルの様子を観察するのが趣味なんですよ。で、ですよ! 凄く尊いのを見つけたら興奮するしかないじゃないですか!? しますよね!?」
「知るかそんなの」
返事としてはバッサリ切ったがまあ全く分からないと言えば嘘になる。ヒロインが大量に出てきてハーレムして終わらせるよりはくっつく相手が決まってる方が個人的には好きだし。
かと言って女性キャラが少なければいいかと言うとそうでもない。それなりに多めで、しかしハーレムにならないという矛盾は叶えられないものか……。
「……アラタ? ちょっとボーっとしてない?」
呼ばれてハッとする。理想のコンテンツを夢想して意識を飛ばしてたらしい。
「……ちょっと離席してた」
「その言い訳は国によって封じられたんだよ?」
「プレイヤーというよりキーボードがアウェイしちゃいましたもんね」
クスクス笑いながら汐月が同調する。
「なあ、こういう時に攻撃とかしないのかよ」
「? なんでそんな事しないとダメなんですか? ゲームなんだし好きにさせてくださいよ。戦闘もいいですけどチャットも楽しいじゃないですか!」
「タイピングしなくていいしチャットは大幅改善されたよな」
振ってきた汐月にそう返す。もしかしたらちょっと口元が緩んでたかもしれない。
チャットが楽しいっていうのも少なからず同意できるところではある。
MMOみたいなゲームだと協力プレイはもちろん楽しいが、やはり雑談も醍醐味と言えるんだ。
他に雑談なんてできる空間を持ってなかったからかもしれないが、これまでのゲーム内でのくだらない会話は今も大事な思い出として残っている。
そんな感慨にふけっていると――
「隙ありっ!」
「ッ!?」
汐月は握っていた俺の手首を横に引っ張り体勢を崩しにかかる。しかもその勢いを利用して蹴りまで入れてきた。
ゲームシステムに性別による差別はない。全て等しくダメージの入るように調整される。
「能力コピーといい、だまし討ちといい卑怯すぎるだろ……!」
「私達はあんまり人の事言えないんだけどね!」
飛ばされながら俺は《月光》、ツグミは《月光》と《陽光》を放つ。いつのまにかツグミの髪はリアルで見た時と同様、銀髪に戻っていた。相手の配分に偏りがあまりない以上、両属性で攻守のバランスを取ろうという魂胆か。
「反撃の速さは流石ですね!」
言いながらも全弾相殺させるあたりはあちらも流石だと思う。けれども、
「まだ反撃は終わってないよ!」
と言ってツグミが日本刀を振りかざし追撃する。
「甘いです!《流麗模倣》!」
ここに来て技名を叫ぶ汐月。ネタがバレたから吹っ切れたのか、もしかするとただテンションが上がって口走っただけなのか。
なんにせよ完璧に鏡合わせの動きでツグミの刀を捌ききる姿は何度見ても優雅という他ない。ツグミがもう1人いるかのような錯覚すら覚えさせるがそれに見入るほど俺は呑気ではない。
「とっ! ……今だよ!」
「ああ!」
ツグミが刀を右に引く。当然汐月もその動きに追従する。となると左側は刃物が飛んでくる心配はない。そこを目掛けて俺が一気に距離を詰める。
生成したのはやはり《蝶舞剣》。フルに能力が発揮できるとなると多用してしまう。
「はあっ!」
「受け止めちゃいます!」
汐月は握っていた日本刀を捨て、新たに短剣を持ち直す。そのまま何度目かの打ち合いを披露する。
「じゃあ同時ならどうかな!」
そのタイミングを見計らいながらツグミも攻撃の手を緩めない。俺と汐月がぶつかり合ったその瞬間、ガラ空きになった空間を縫うように刀が伸びる。
「無問題です!」
バタバタと忙しなく、しかしそれでいて正確にツグミの動きを模倣する。
「ここだ!」
さらにそのタイミングで俺が追撃を行うがそれも即座にコピーで防ぐ。
波状攻撃は俺とツグミが交互に周期的に攻撃を行う事で成り立つ。それに対応できているという事はその周期を把握して動きを真似ているからか。だが、
「そんな簡単に他人の動きを読めるのかよ!」
「それなら同時に攻撃すればいいんだよ!」
突如、俺と汐月の鍔迫り合いに刀を割り込ませながらツグミが言う。そのまま日本刀を捻り、俺と汐月の得物が弾かれて離れ離れになる。
当のツグミはその勢いと跳躍を利用して宙を舞う。上からしっかりと汐月を見据えて刀を構える。
俺はと言えばツグミが空中から汐月に刀を叩き込むそのタイミングを見計らって再び走り込み、迫撃の構えを見せる。
上から叩きつけられるリーチと威力に物を言わせた一撃と、下から繰り広げられる高速の乱撃。この2つを同時に放たれて少女はどう動くのか。動くだけ無駄ではないのか。
そんな思いと共に放つ攻撃を汐月は落ち着いた様子で見ながら呟いた。
「私の事、思考停止でコピーしかやらない子だとか思ってませんよね?」
そのまま俺に向かって疾駆する。と思うとそのまま俺とすれ違い背後に回り込む。
「!?」
あまりの速さと意外性のせいで獲物が近づいてきたのに全く対応できなかった。そのくせ、攻撃は叩き込むと頭にプログラミングしてしまったせいで数秒遅れて前方を斬りつける。
「がっ!?」
下から上へ。俺の剣を振った動きに連動して背中に痛みが走る。
バグを疑い即座に否定。そうだ、汐月が背後から俺の動きをコピーしたのだ。そして無防備な背中を斬り裂いたのだ。
「アラタっ!」
「あなたも同じように料理しちゃいます!」
汐月は俺を斬り捨てた次の瞬間には跳躍しておりいつの間にやらツグミよりも上を陣取っている。
「やばっ……」
「やあーっ!」
子供っぽい叫び声に乗せて飛び蹴りを繰り出す。小学生男子のようなやり口だが、不意をついたうえに重力の助けも借りて威力は馬鹿にならないものとなっているのは側から見ても明らかだった。
「きゃあっ!」
「自分の能力だけに囚われちゃダメですよね!」
飄々と言って佇む汐月も腐敗した日本で育った廃人ゲーマーだ。なんだかんだで対人戦には慣れているのかもしれない。
「なるほどな。能力は使いようって事か。当然と言えば当然かもな……だったら!」
先の汐月同様、突貫する。至近距離まで近づいて高速でとにかく《蝶舞剣》を振りまくる。汐月に打ち込む事など微塵も考えていない。とにかく振るのだ。
「《流麗模倣》は勝手に体を動かす能力なので、どんなに速くてもついていけちゃうんですよ!」
自慢気に汐月が笑みを浮かべる。喋る余裕があるあたり本当だろうな。だが、そんな事は問題じゃない。《蝶舞剣|》《・》と確実に打ち合ってくれるかどうかこそが問題なんだ。
「あっ……!」
ツグミが俺の意図を察して後方に退がる。いかに汐月が能力をパクれると言ってもその能力の詳細までは知らないはず。それならば――
「……っらあ!」
腕は左上から右下へ。同時に左足を軸足にしつつ右足を擦りながら円を描くように後方へ運ぶ。体はそれに連動して姿勢を低く、斜め後ろへと引っ張られる。
その勢いに任せて一閃。体全てを使って放つ一撃。それに対しても寸分狂わぬ対応を汐月はやってのける。
数ミリしかない刃と刃を正確に当ててくる能力はやはり恐るべき代物だ。だがここではそれ以外の意味も持つ。
「なんですかこれ!?」
「何って俺の隠し球だけど」
汐月の握るなんちゃって《蝶舞剣》の周りには微かに風が渦巻いている。俺が魔力を増幅させるのに比例して風力は増していく。
「喰らえ! 《蝶旋風》!」
そう叫んだ時には小さな嵐が図書館を、汐月を飲み込もうと暴れ出していた。




