蜂のように刺す
「喰らえ! 《蝶旋風》!!」
叫びながら正面から切り込む。例によってコウを守る《ルミナ・ミラー》を切り裂いて。そして例によってコウの胸に突き立てる。
しかし例によってコウのカウンターを受けるという事は無かった。その代わりにコウの体に突き立てた切っ先から風が吹き荒れていく。
それは勢力をどんどん強めていきまるで台風の様相だ。それを見ながら蝶野に言われた能力の説明を改めて反芻していく――。
*
「いいですか。私の能力は《蝶舞剣》というナイフです」
「バタフライナイフって言ってるくせに刃が飛び出すデザインじゃないんだね」
「よく言われますけど、まあこっちの見た目の方が私好みなので」
握られているのは《光》のオーラを纏った金のナイフ。刀身には蝶の刻印が掘られており、バタフライの要素はここにあるのか……などと思う。
「それで何か特殊な能力があるんだよな。まさかただ斬りつけるだけのオシャレナイフなんですー、なんて言わないだろうな」
「そんな見た目が売りなだけで取引を持ち掛ける訳ないじゃないですか。これには世間で言うところの必殺技があるんです」
必殺技と聞くとちょっと期待が高まってしまう。こう響きがなんというかいいよな。流石コミュ力の象徴、陽キャ様だ。人を煽るのが上手い。
「名付けて《蝶旋風》と書いてバタフライエフェクトと読みます。バタフライエフェクトそのものは知ってますよね?」
一般常識ですよ? とでも言いたげな表情でこちらを見てくる。失礼な。俺はコミュ力と社会性が吹っ飛んでるだけで一般教養は人並みに身に着けているつもりだ。
「蝶の羽ばたきが嵐を呼ぶってあれだろ。小さなきっかけが大きな結果を引き起こすかも、ってやつだっけ」
「正確には科学の用語か何からしいですけど私も正確な方は知らないんですよね。私自身も今のような解釈を元にこの能力を考えました」
「って事はあれなのか。嵐とか起こせんの?」
半ば冗談のつもりで聞いたのだが当の本人は至って真面目な顔で、
「はい。できますよ」
そう言い切った。
「「!?」」
「この能力で大切なのは魔力配分と攻撃する位置です」
驚く俺達をよそに本格的な説明に入る蝶野。
「まずナイフに魔力を込めます。その状態で斬りつけるんですが、同じ部位を狙う。これが大切なんです」
「なんでわざわざそんなのするの?」
「さっき言いましたよね。嵐を起こせると。その条件は同じところに斬りつければいい。それだけです」
「それだけって言うけど同じ部位を狙うのって相当きついよね。それと具体的に何回なの?」
「状況によります」
「それ役に立つのか?」
この世界はそもそもGMの意向で割とざっくり作られていた。だからこそプレイヤーが能力だのなんだのと介入する余地が大きかった。
これはプレイヤーのためだと俺は考えていたが、こんな雑な能力も通してしまうあたり本当はGMは仕事をしていないだけではないのか?
「《蝶旋風》の発動タイミングは任意です。好きな時に嵐は起こせますよ。ただ、その規模・威力は流す魔力と斬りつけた回数に依存します」
「つまり大量の魔力で何度も斬りつければ高威力、少ない魔力で数回斬っただけだと役に立たないって事か」
「理解が早くて助かります。まあそうなりますね。
「後は集中攻撃を如何に悟らせないかが重要なのか……」
「説明はこんなところですかね。後はそちらで上手く使ってあげてください。言っておきますけどこれは私のお気に入りです。下手な使い方をしたら怒りますよ?」
「もちろん。有難く使わせてもらう。ありがとな」
嘘偽りのない本心で真摯に答えた。取引とはいえ能力をパクられるのは不快なはずだ。だからそれに対しては誠実でいようと思う。手に握られた黒い《蝶舞剣》を今一度握りしめそう誓った――。
*
「ら……あああああっ!!!」
「ッ! なんだこの回転は! この威力はァ! 動けねえ!? どうなってんだ!」
あの時コウは《蝶舞剣》を物体を切り裂く能力だと予測した。しかしそれは《夜叉》の能力に過ぎない。コウにそう思わせるためにわざと魔力を少ししか込めずに切り裂いたのだ。
そして最後の一撃。ここでかなりの魔力を込め威力を底上げ。想定通り高威力の嵐を引き起こしてくれた。
巻き起こる旋風。その荒れ狂う風はコウの自由を奪うだけでは飽き足らず執拗に体を傷つけていく。止まらない攻撃。自分の動きでは防ぎようのないダメージ。
ゲームを始めて間もなく喰らった毒。あれと同じような脅威を彼は受けているのだろう。それにしても……
「凄いね。能力をコピーできるとここまで威力が上がるなんてね」
「高いハードルを越えた報酬としては上出来だろ」
とか言いつつも俺も《夜叉の窃盗》の本領に驚きを隠せない。能力を看破されてからはついぞ見る事はないと思っていた本領。他の能力もコピーできればどれだけ便利な事か……。
「クッ、ククッ……クソが! カウンターも何もできねえだなんて認めねえ! 認めねえぞ! ふざけんな!」
「《蝶舞剣》の能力を見誤ったアンタの負けだろ」
コウが《蝶舞剣》を物体に対し強力な切れ味を持つと考えていたが、あれは実際には《夜叉》で切り裂いただけ。能力を誤認させる布石だったのだ。
嵐が収まり、その勢いのまま投げ出されるコウを見ながらそう勝利宣言をする。どうやらさっきの嵐でHPは0になったらしい。光に包まれながら、しかしその眼光だけは死んでいなかった。
「クッ……最後に《光》を使う俺だからこその足掻きを見せてやる……メッセージ! 星野ォ! 下水道に探し人がいるぞ! すぐに来い! ククッ、これでお前らは終わりだよ……!」
正確なシステムはよく分からないが感覚的に分かる。コイツ……星野に直接チクりやがった。
硬直する俺達に勝ち誇ったような目をして、とんでもない遺言を残してコウは消えた。コウの光で照らされていた下水道には再び闇が満ちる。
「やっぱり陽キャはこういうところがダメだよね……」
「結束が強いぶん、すぐ他人を呼ぶもんな……走るぞ。追いつかれる前に《白都》を出ないと」
そう言って先に進もうとしたその刹那のことだった。ズガアアアン!!と下水道の天井が音をあげて崩れ落ちる。
そしてそれは俺達にとっては不幸を知らせる不協和音。陽キャにとっては祝福を告げるファンファーレのようなものだったろう。
「おっと。そう都合よくは行かせないよ」
「「!?」」
コウが星野にタレコんでわずか数秒。たった数秒。だというのに星野は俺達の背後に立っている。
コイツは今何をやった? いやそれ以前に俺達はこの、一難去ってまた一難な窮地をどう脱すればいい?




