降壇して登壇して
「……詳しく聞かせろ」
俺はそう言った。半ば言うしかない状況まで持っていかれたようにも思えるがこの際それはどうでもいい。
「やっとその気になってくれましたか。そりゃあ気になりますよねえ、私の、の・う・り・ょ・く♪」
ニヤニヤ笑うその目の奥には交渉人の魂が宿っているように思えた。
「そんなホイホイ受けていいのアラタ? その能力が役に立たないへなちょこかもしれないよ?」
横からのツグミの指摘にハッとする。確かに教えてもらうにせよ役に立たなければ意味がない。
しかし眼前の交渉人はそんなもの計算済みなようで、
「あ、ご心配なく。ちゃんと強いですから。なんなら私よりも上手く使えるかもしれませんよ」
そうサラリと言ってのける。
「まあ、自分の能力に自信がなけりゃこんな交渉しないよな……。でもさ、何でそこまでしてそいつにこだわるんだ? 様子は知りたいけど接触はしないとかネットストーカーみたいだぞ」
「それ、当たらずとも遠からずって感じです」
冗談混じりの俺の発言に対しまたもやサラリと言ってのける。なんというか、人当たりのいい人格と話をスムーズに進める用の本性を現した人格、この2つを使い分けているといった印象を受ける。これでも《光》の割合が大きくなるのか、なんて感想を抱きつつ話は進んでいく。
「他人がどんな動きを、どんな生活をしているのか、こういう事って気になりませんか?私は凄く気になります」
確かに気にはなるとは思う。他人の行動、経験。そういうものを調べて自分のそれよりも優れているのか、それは本能的に調べたくなるものなのかもしれない。そうじゃなきゃSNSとか流行らないと俺は思う。まあ俺は調べるほどの関係を他人とは結べないんだけども。
「だからあの子の事も気になるんですよ。特に情報が全然出てきませんしね。俄然興味が湧きます」
「じゃあ私達の事も気になったり?」
ツグミがまたも食いついてくる。そんな事言って俺まで監視されたらどうしてくれるんだ。止めろ。
「そりゃ気になりますよ。でもこの分だと噂が勝手に立ちそうですし今はそれで充分です。それでどうです? 引き受けてくれますか?」
俺の質問にはしっかり答えつつ即座に話を戻してくる。まあ俺の答えは決まってる事だし急かさなくてもこう言うのだが。
「分かった。顔が分かれば接触はする。……けど、俺のコミュ力を信用するなよ」
その台詞まで予想していたかのようにクスクス笑いながら蝶野は答える。
「そこは頑張ってください。先に能力は教えてあげますから」
「そんな事していいの? アラタ、コピーだけしてしらばっくれるかもよ」
そこは俺も聞こうと思っていた。なんせ俺は不本意ながら悪名を一気に轟かせた《晦冥》だ。信用されるとは思っていない。こいつはそこをどう計算に入れたのだろう。
「そこは大丈夫です。貴方は、ついでに日本刀を持った貴方もですが約束は守る人だと思うので」
「根拠がないだろ」
誰でも信じる純粋な女の子というよりは人生の酸いも甘いも知っている、そんな素ぶりを見せるから《白都》で暴れた俺達をそう批評する理由が本当に見つからない。
「私は《光》が80%の配分です。それに見合うくらいには人と接してきました。だからまあ何となくその人となりが直感で分かるんです。貴方達は信用できます。私がそう思ってるからいいじゃないですか」
「その経験については俺がとやかくいう資格はないよな……」
本人がそう言っているからそういう事にしようと思う。こんな事は口には出せないが能力を知れるならそれに越した事はないし。
「じゃあ汐月さんの似顔絵は後で送りますね。あ、そのためにフレンド登録しといてくださいよ」
そう言ってぱっぱぱっぱとウィンドウを操作していく。そして数秒後に空中に踊り出す「蝶野ミナをフレンドにしますか?」という文字。
なんだその機能どうやってんの? 俺だけ未実装なんじゃないの? とか思いながらもYesを選択。
程なくしてフレンドになった事を告げるメッセージが目の前に飛んでくる。連絡の取り方はさっぱりだがあっちがどうにかしてくれるんだろう。
「はい、ありがとうございます。じゃあ本題に入りましょうか。私の能力は――」
✳︎
「ねえ。アラタに能力を教えるのは分かるけど何でこんなここまでしてくれるの?」
問いかけるツグミ、俺、蝶野は下水道の入り口前まで来ていた。蝶野の案内で。
「そんなのこっちの方が逃げ切れる確率が高いからに決まってるじゃないですか。こうすると星野さんの妹にも貸しが作れますし」
「やっぱりそんな事考えたのかよ」
つぐつぐ計算高いと思う。《バベルの長城》で俺を利用した奴といい、ろくな陽キャを見ていない気がするな……。
とはいえ蝶野の案内は理にかなっていた。最初は建物の屋根を飛んで《白都》の外まで逃げようと思っていたのだが、それよりも下水道を通って遠くに逃げた方が安全だと進言された。で、ここまでやってきたわけだ。
「そろそろ誰かに見つかると嫌なので私はお暇しますね。逃走、頑張ってくださいよ」
「こう敵方に言われると複雑だね」
「アンタに言われるまでもないけどな」
ツグミはこの状況を楽しむように、俺は、分かった分かったと子の話を流す親のように――親がこんなのかはよく知らないが――返事をする。
そんな俺達の反応を見て満足いったのか、蝶野は手をひらひらと振りながらそそくさと離れていく。
「急に出てきて急にどっか行ったね……」
「いい情報聞けたしそれでいいだろ」
「それもそうだね。とりあえず先に進もっか」
蝶野本人の人間性とかは別になんだっていいのだ。重要なのは有益な情報をくれるという部分。
個人的には《光》の強い能力を俺に教えてくれさえすればチャラかろうがハーレム作ろうが最低限の敬意くらいはすると思う。聞いた後は知らない。即刻斬り捨てるかも。
「あの能力は使いこなせそう?」
「多分いける」
ゲームだからか不快感だけを上手に取り払った暗い一本道。雫が一定のリズムで垂れる中に時折そんな会話がこだまする。外部に漏れないようある程度ボリュームは落としているがそれでも多少響くのは詮無い事か。
外部には漏れないように。それには俺は注意した。しかしこの下水道内で響かないように気を配ったかと聞かれるとNoと答えざるを得ない。
だから気づかなかった。俺達の声を頼りに位置を特定して、待ち伏せを図る奴がいたなんて。ましてや俺の真上から降ってくるなんて誰が予想できるのか。
「しゃああッ!!」
「アラタ、こっち!」
ぐいとパーカーのフードを引っ張られ後方へ投げ出される俺。すかさずツグミは《黒百合》を地面に叩きつける。
何をやってるんだと思ったのも束の間、下水道の床に溜まった水を飛ばしたのだと理解した。
広範囲に飛翔する液体はその一部が見事乱入者の視界を遮る事に成功し、たじろいだ隙に適切な距離を取る。ツグミのおかげで先手は防げたという形になるのか。
「クックッ……やるじゃねえか」
この後俺はさらに驚く事となる。不気味に笑いながらギラリと目を光らせるこの男の属性配分、そして能力に。




