逃走経路は脇道に逸れる
「このまま行くぞ!」
「言われるまでもないよ!」
そう言って脱兎の如く駆け出した俺達は《白都》の連中からするとどう見えた事だろう。恐らくはウサギみたいな獲物には過ぎないだろう。とはいえ、獲物は獲物でも攻撃的な獲物なのだが。
「ログインしたと同時に動くとはね……なるほど。確かにこれは対処が難しい」
星野の冷静な分析など意に返さずに俺達は進む。
「はっ……!? 速すぎだろっ!?」
口は動いたが体は動かない、そんな男を俺の《月光》でHPもろとも吹き飛ばしできた穴から包囲網を抜け出す。
そのまま近くにいるプレイヤーを無差別に2人で切り倒しながら俺達は進む。寄らば斬るというよりも寄られる前に斬る。傍迷惑でも効果的なんだよな。
「取り敢えず第一関門は突破って感じだな」
「まさかあっちも何も言わずに突貫するとは思わないもんね。上手くいったね!」
逃げる方向は予め決めておいた。あっちは俺達が一言二言方針についてでも交わすだろうと考えていただろうがまさかそれが現実でやるとは思うまい。
記憶を保持できたのはなんだかよく分からないが助かった。しかしそんな安堵の余韻は長くは保たなかった。
「うおおおッッ!! 力がみなぎるぜええッッ!!」
横から飛び出して来る190センチはあろうかという巨体。そいつに不意を突かれたからだ。
「アラタ、お願い!」
「分かった!」
そいつは強欲にも両手を広げて突っ込んできた。片手で1人ずつ捕まえる、つまり大男1人で2人を捕まえる大手柄を成し遂げようという魂胆だ。
しかしそうすると胴体はガラ空き。どんな攻撃でも叩き込めるイージーモードの的がそこにはあった。強欲は身を滅ぼすという事を教えてやらないと。
「《月光》」
迫ってきたから倒す。無心で作業のように処理した――はずだったのに。
「効かねえよッ! そんなものはッ!」
「はあ!?」
正面から俺の《月光》を受けたはずなのに、そいつは倒れるどころがぐらつく事すらせずに猛進を止めない。そんな、馬鹿な。
「お前達はもう終わりなのかあッ!」
右手に俺、左手にツグミを抱えたその男はその勢い余って何かの施設の壁に突っ込んでいく。自分の体を当てて壁を破壊し、俺達に傷をつけさせまいとするのは実に陽キャらしい。
「何故《月光》が効かなかったのか不思議かい? これは僕の魔力をトオルに渡したからさ。これも《皆輝剣》の能力でね」
遅れて星野が追いついて解説を付け加える。トオルというのは絶賛抱擁中のコイツか。まあそこはどうでもいいが。
「……《皆輝剣》ってのは皆で輝く剣であり、皆を輝かせる剣でもあるって事か……。でもな、」
そこで俺は《夜叉》を使う。両腕を巻き取るようにトオルとやらの腕が絡みついているので手に武器を持ったとしても出来る事など皆無だ。ならば手以外なら?
《闇》は俺の口の周囲に集まり1つの形を作り出す。それは短剣。この《白都》で追われる原因となったあの少女の武器。それを歯型がつくほどしっかり咥えて顔を90度ひねってやる。
「そんなので負けるほどヤワなつもりはないから」
「がはッ……!」
魔力をもらったとしても何回も攻撃を受けきれるとは思えない。予想通りに掴んだ手は離れ、切られた部分をくっつけようとでもするかの様に男は首を押さえ始める。
「そんな事しても傷が増えるだけだよ」
腕から脱出したツグミは髪と刀を黒く染め、追撃に出た。《光》の鎧を手数で削っていく。こうなってしまってはツグミのワンサイドゲームは約束されたもの。さして時間も経たないうちに、何も出来ずにあの男は退場した。もう名前すら覚えていない。
「アラタ、あの建物の奥まで飛ばせる?」
「いける」
そう言って前方に無造作に《月光》を放つ。ツグミを掴んで宙を舞う。下手に溜めがあると対応されてよくない。
一部始終を見ていた全員は星野を含め警戒した様子でそれをただ眺める。それは迂闊に動くと危ないと思われたのか、ただ単に俺達が泳がされているだけなのか。
「兄さんはずっと《白都》にいたから分からないだろうけど、私達は強いから」
ツグミの台詞を捨て台詞に、俺達は建物を壁として星野の視界に届かないところへと退散する。
想定外の乱入こそあったが計画通りに《皆輝剣》の魔の手から逃れる事には成功した。むしろ情報が手に入ったのは幸運かもしれない。
しかし《皆輝剣》から逃れられたからといって包囲網から脱したのかというとそんな事はない。
「来たわよ、例の2人組!」
「撃ち墜とすぞ! 手加減無用だ!」
既に「打倒俺達」みたいな意識が出来上がっているのは着地しようとした際の《陽光》の集中砲火で理解できる。
「こっち! 逃げるよ!」
「一々相手なんてしてられないもんな」
ツグミの指示にとにかく従って狭い路地を抜けていく。彼女も身体強化の特権は持っているのだろう、2人で陽キャの集団を突き放していく。今にして思えばあの剣技もある程度は特権にモノを言わせていた成果なのかもしれない。
「一旦ここに隠れるよ!」
指し示した先は教会のような建物。何に使うのかよく分からないが景観を彩るというのが主目的なのかもしれない。
そこに入って長椅子の下で丸くなる。見つかったら見つかったで教会破壊して下敷きにしてやろうとはツグミの談。
程なくして集まってきた追っ手が口々に結果を報告し合う。
「いたか?」
「いや、いない……。そっちもか」
勿論教会越しに聞こえるその声は当然の報告だが、ヒヤリとするようなやり取りも聞こえてくる。
「この建物内はどうだ?」
「誰も調べていないなら怪しいんだがな……」
「「――!」」
それを聞いて戦慄する。まずったかこれは。隠れる前に動き続けた方が良かったのか。そうこう考えているうちにツグミが先手必勝とでも言いたげに刀に手をかけ動き出そうとする。まだ早いと手で制しながら事の成り行きに身を任せる。
……どうする?
しかしここで事態は思わぬ収束を見せる。
「あ、私。確認したよ? そこには誰もいなかったから、多分遠くの方に逃げたんだと思うな」
「「!?」」
わけのわからないまま話はとんとん拍子に進んでいく。
「そうか。それなら俺達はあっちの方へ行ってみるよ。ありがとうな」
そうしていくつもの足音が消えた後、ゆっくりと扉が開かれる。俺達はまだ動かず――正確には何が起こってるのか理解できずにうごいていないのだが――無人に見える教会に向けてさっきの声が再び聞こえる。
「私、蝶野ミナって言うんですけど。見てましたよ。2人がこの中に入っていくのを。それを黙っておいたのは少し話がしたいからなんです」
「……何? 出頭しろ、みたいな説得はお断りだぞ」
感覚的な話だが、敵意らしい敵意を感じなかった。だから姿を晒して正面から対話に臨もうと立ち上がった。
幽霊かと思った。いきなりそんな感想が出たのは、目の前に立っている少女が、俺が倒したあのナイフ少女だったから。幽霊少女はそんな印象とは違い怨念のこもってない、むしろフレンドリーな口調でこう話す。
「少し気になる人がいるんですけど、その人について相談に乗ってもらえませんか?」




