現実を以てゲームを制す
「え、アラタ!? 何でこんな所にいるの!?」
「普通に学校行くために決まってるだろ……それにしても銀髪? それが本来の髪色なのか?」
L&Dは誰しも憧れる自由なVRMMOと謳ってはいるが、実際には自由にならないものが1つだけ存在する。それは見た目だ。
キャラメイクができない。現実の見た目がそのまま反映されるのだ。つまり見た目は美少女、中身は男みたいなロールプレイができないのだ。
「そうそう。元は銀髪なんだよ、私。兄妹として一応血は繋がってるからね、同じ色なんだよね」
何となく不本意ながら血が繋がっているとでも言いたそうだが、いくら俺でもそんな見え透いた地雷には飛び込まない。
しかし髪色すら基本は変えられないとはな。現実と見た目を同じにする事でなりすましを防ごうって魂胆なのか? や、それだと外に記憶を持ち出せない理由が無いよな……ん?
「な、何で俺達はL&Dの記憶があるんだよ!? 話と違うぞ!?」
「あー、それ妙だよね。前から私も思ってたんだけどね」
ツグミは本当、何でだろうね? なんて呑気な様子で俺に同調してくる。
「もうちょっと理由を探そうとかそういう事を思わないのかアンタは」
「答え合わせもできないし別にいいかなって。案外プログラムミスみたいなものかもよ?」
あんなGMを作る運営だ、あり得そうと言えばあり得そうなのが怖い。
「それにしても他に私達みたいに記憶を持った子はいなさそうだよね」
「記憶持ってたら話題はL&Dで持ちきりだもんなあ……」
ゲーマーがマジョリティーのこのご時世、絶対に何人かのグループで今夜はどうするか、どこに行くか、みたいな話に花を咲かせるはずだ。記憶さえ持っていれば。
「あれ? そんな事言うって事はアラタは他の話題で会話とかしてるの?」
「できるかそんなの。聞き耳立ててるだけに決まってるだろ」
「だよね。流石《晦冥》」
「うるさい。そっちこそどうなんだよ。|《光》も《闇》《どっち》も50%なんだったら上手く人付き合いできてるんだろ?」
売り言葉に買い言葉みたくとりあえず聞き返してはみたが返ってきた答えは意外なものだった。
「んー、私は陽キャでもないし陰キャでもなくて何とも立ち位置に困るキャラだと自覚してるんだよね。話しかけられれば明るく返せるけど話しかけられない……みたいな?」
「よく分からんけどぼっち枠って事でいいのか?」
「そうだね。そういう事にしておいてよ」
そんな阿保みたいな会話をしながらダラダラと歩く。ダラダラ歩こうがハキハキ歩こうが学校にはどうしたって着いてしまう。そのまま意を決して校門をくぐる。
死地そのものは動かない。いつだって自分達から死地に飛び込むものなんだ。
「あ、そうそう。休み時間に屋上に来てよ。私達、もっと大事な事を話さないとダメでしょ?」
別れ際に彼女はそう言った。――大事な事。そうだ。アレについて話しておかないと。
「ん。了解」
それだけ言って背を向ける。誰かと一緒にいると目立たないか、変に思われないか、という残念なパッシブスキルによる思考。
害悪なのは思考か、俺か。動揺でもしてるのかよく分からないままとにかく無心で過ごそうと考えた俺だった。
✳︎
「さて、早速本題なんだけど――」
昼休み。俺達は学校の屋上に鎮座して菓子パンを齧っていた。普通屋上と言えば《白都》もかくやというリア充の巣窟。青春の1ページを飾るに相応しい場所だと考えるだろう。
――甘い。フィクションのドラマやらアニメやらが許しても教育委員会や学校の大人は許してくれないのだ。
理由は多分自殺防止とかじゃないだろうか。別に屋上に行けようが行けまいが自殺率に影響はない気がするけどな。むしろリア充がたむろするから自殺しにくくなるのでは?
となるとあれか? 若い頃に屋上で青春を過ごせなかった大人のささやかな反抗か。自分達だけでなく次の世代にも味あわせてなるものかという意志だろうか。涙ぐましいな全く。
そんな閉鎖された屋上の鍵をしれっとツグミは持っていた。一体何をどう立ち回ったらそんな真似ができるのか気になったが、まあ《光》100%のツグミがどうにかしたんだろうな。
「ねえ、聞いてる?」
「ゴメン、ボーッとしてた」
時を選ばない妄想癖はどうすれば治るのだろう。
「言わなくても分かるだろうけどあれだよ。どうやってあの場から逃げるかって話」
「そうは言うけど逃げられるのかよあんな包囲網」
周囲の人間は残らず星野陣営だ。乱戦というより粛清。まな板の上の鯉って言葉がお似合いな状況なんだけどな。
「ログインする時間を遅らせて痺れを切らした辺りで一点突破は? いっそ今日は身を隠して既に逃げたと思わせるとか」
呼び出したホスト側が案を出すが秒で却下する。
「無いな。あそこは《白都》の往来だぞ。警戒しなくてもログインした途端に一発でバレる。奴らの情報網は多分凄まじい。5分と経たずに包囲だろうな」
それに、と俺は付け加える。
「俺はあの都市に来て即座に行動を起こしたんだ。道を把握してるわけじゃないから身を隠すのにも難儀する……詰みだろこれ」
「道なら私が把握してるよ? アラタが問題起こす前に地図を覚えてたし。アラタがやらなかったら私単独でやるつもりだったんだよ、襲撃」
「何か計画を台無しにしたみたいで悪いな……」
俺がいなかったら首尾よく事が運んでいたのでは?いっそずっとパチンコやってりゃよかったかもな。
「そうでもないよ? 私も兄さんの能力までは知らなかったし、多分あっさり返り討ちに遭ってたよ。そこは気にしないで。……ねえ、GMの助けを借りるのは?」
そういえばそんな約束をしていた。ゴーレムイベントの不具合の補填として約束されたものだ。曰く、何かあっても一度だけ力になるとかいうアレだ。しかし、
「俺は使いたくないかな。折角のチート機能はここぞって時に使いたい。例えば――」
そこでにやりと笑って――ツグミがいつもやってるような表情を作ろうと努力して――言う。
「俺達が万全の状態を整えて星野をぶっ倒す時……とか」
そんな俺に悪い笑みを浮かべてツグミが同調する。
「それいいね! 確かにそう聞くと残しておきたい手札になるね。……でもどうやって脱出しよう?」
そうは言っても不安そうな表情は浮かんでしまう。まあそもそも逃げ出せないと倒す倒せないとかそのレベルに話がもっていけないもんな。
とにかくまずは奴らに俺達が逃げおおせるくらいの実力は持ってると示さなくては。
そのために打つべき手は――
「……じゃあこういうのはどうだよ?」
✳︎
午後9時58分。作戦会議を終えた後はそれっきりツグミとは会わなかった。別に会って話す事ももう無かったから当然と言えば当然だが。
こういうのは付き合いが悪いと言われるのだろうか。陰口を叩く知り合いすらいないとなると何も分からない。知らない事だけを知ってるんだ俺は。
59分。少し早いが例のアイマスクをつける。焦っているとか気が早いような気もするが早くて損は無いのだ。今回に限っては特に。
呼吸を整えるために深呼吸。数回しているうちに意識が溶けて《白都》へと戻っていく――と意識した瞬間、もう俺の体は動いていた。
視界がクリアになると自分がどれだけ動いたのかが明確に分かるようになる。そして隣には同じように動いてついてくるツグミの姿。……完璧だ。
「このまま行くぞ!」
「言われるまでもないよ!」
そう叫んで、無策ではないが無謀で捨て鉢ここに極まる脱出劇を開始した。




