ゲームシステムは放任主義で
「さて、チュートリアルの前にお名前を聞いておりませんでした。教えて頂けますか?」
まあゲームをやる以上、名前は大事だな。……待てよ、これは本名とハンドルネームのどちらを求められてるんだ?
「どちらでもいいですよ。ただ、呼び名を決めておかないとこの先のコミュニケーションに不都合が生じるかもしれないと思ったので。それとこのゲームにステータス画面とかありませんから。嘘の名前でも何でも騙ったもの勝ちです」
おお、知らない間にさらっと説明が始まってる。
「えっと、俺の名前は影山アラタ。とりあえず、アラタって呼んで」
ゲームはやはり下の名前で呼ばれた方が雰囲気が出て楽しい。だからそう頼むことにした。欲を言えば美少女になりたかったが見た目は変えられなさそうだしこれは諦めるしかない。課金アイテムで容姿を変えたりはできないのだろうか。
「ではアラタ様。改めましてチュートリアルを始めます。私の事はそのままGMとお呼びください」
姿の見えないGMはなおも続ける。
「まずこのゲームですが具体的にあれをしろ、これをしろといったものはございません。好き勝手に生きてください」
「適当過ぎるだろ」
いくら自由度の高さがゲームの売りになるとはいえあんまりだろ。それに自由に何でもできるとか言っても結局はモンスターを倒すレベリングが全てになるんだろ。俺はそういうゲームを結構見てきた。
「いえ、そのような事はありません。この世界では何をやっても経験値が貯まります。かならずしも戦闘の方が稼げるというわけでもありません。また、レベルやステータスはプレイヤーには閲覧不可となっておりますので悪しからず」
何をやっても経験値が入る。それは興味を惹かれる。作業のようなレベリングに必ずしも囚われなくていいというのは神仕様と呼べるのでは。ただ、
「それってレベル上げる意味あんの? 確認のしようもないなら役に立たねえじゃん」
レベルのような目に見える強さがゲームを遊ぶモチベーションの1つになっていることは事実だ。それを奪うような真似をして問題はないのだろうか。
「レベルを上げるとそれに伴って身体能力と魔力が上昇していきます。これらは感覚で成長を感じ、感覚で使いこなして頂きます」
つまりは現実に似せてきたって訳か。仮に10㎞走ってスタミナが100から150に上がった! って感じの具体的な数字では成長は確認できないってことか。しかし、いざ実践になると成長が実感できるという感じのあれでいいのだろうか。俺にはそんな経験が無いけど。
「身体能力は分かるけど魔力ってなんだ? これは魔法メインの世界なのか?」
「半分正解ですかね。プレイヤーは魔力を行使してこの世界で生きていく手段となる自分の能力を発動できるのです。能力によっては剣を作り出す事も空を飛ぶことも何だって可能です。そこについては後でお話しますね」
「じゃあまずは能力の基礎の説明か」
「ですね。まず、この世界には《光》と《闇》の2つの属性があります。そしてこの属性ですが、人によってどちらが使えるか、正確に言うとどちらが得意分野になるかは変わってきます。つまり全魔力の何%を《光》、残りを《闇》という風に分けるのです。そして《光》の割合の方が大きいと《闇》の攻撃が弱点に、《闇》の割合が大きいと《光》が弱点になってしまいます」
「相性についてはそこらのゲームと同じなんだな。そして《光》が70%で《闇》が30%なら《光》は《闇》の2倍以上の性能が出せるって事か」
「そうなりますね。ただ、魔力の量にも依存しますよ。例えば魔力1000の人間が《光》を10%持ってるのと、魔力10で《光》が100%の人間とではどちらの《光》が強いか言うまでもないですよね?」
「その数値は感覚で掴むしかないからPvPはステータスだけでは決まらない仕様って事か」
「能力の使い方も大きいですしね。とりあえずはアラタ様の配分を見ましょうか……」
そう言ったっきり一切の反応がない。先ほどまでの高速リプライはどこへいったのか。
「なあ、どうした?」
「あー……開始早々バグかな?」
「バグ? まあリリース仕立てなら結構あるよな。バランス調整したり詫び石配ったりするんだよな……で、何が起こった?」
敬語を使って丁寧に俺に説明をしていたGMが急に馬鹿みたいな声を上げる。そういうところまで人間くさいなんて芸が細かいな。
「そ……その、あなたの能力は……《闇》が100%です。《光》の能力は一切使えないですね……」
……はい?
「……はあ!? なんだそりゃ!? どっちの属性の比率が高いかを探り合うようなバトルシステムだろ!? 《闇》相手にどう攻撃すりゃいいんだよ!? というかそもそも思考停止で《光》を放り込まれたら俺に勝ち目ねえだろうがああ!」
これには普段叫んだりしない俺も、キャラ崩壊もかくやというレベルで咆哮した。
「よくバトルシステムの本質を見抜きましたね……でも黙ってれば分からないんですよ……?」
声を震わせながら必死にフォローを入れるGM。だが甘い。お前は既に墓穴を掘っている。
「《光》が使えないんじゃ隠しようもねえだろ!」
「ああっ!」
そのまま吐き出すべき言葉を失って互いに黙る俺達。いたたまれない静寂を打ち破ろうと、皮肉の1つでも言おうとしたその時だった。
「おいおいさっきから何1人でブツブツ言ってんだ? もしかしてまだチュートリアルやってんのか?」
そう笑いながら右手を突き出す男がいた。そして飛んでくる光線。白色。何だかよく分からないが光属性の攻撃だという事くらいは察せられる。
「ッ!」
不意こそ突かれたものの飛んでくるスピードは割と遅く、避ける事は容易だった。
「おっと。俺の《光》の割合は低いらしいがここまでショボいなんてな。こいつでも殺してレベルを上げねえとな」
「勝手に何言ってんだ。やめろよ鬱陶しい。こっちはまだゲームシステムを理解しきってないんだよ。」
そう言った直後にしまった、と思う。ここはゲームの世界だ。つまりここにいる人間は全てゲーマーという事になる。そしてゲーマーには2種類の人間がいる。初心者を助けてくれる優しいプレイヤーと、初心者を狩ろうとする最低の非マナー野郎。
不意打ちなんてしてきた時点でこの男がどっちの人間かなんて考えるまでもない。予想通り、眼前の男はそんな俺を見てにやけながら俺にも聞こえるように呟く。
「《陽光》は使い物にならねえから《月光》を使ってみるとするか。なんてったって俺は《闇》が70%もあるんだぜ? お前みたいなハッタリとは違えんだよ!」
人を勝手に嘘つき呼ばわりした男は訳の分からない言葉を並べながら自らの机上論を実現させようとさらに右手を俺へ向ける。
直後、闇が青空を切り裂き俺に迫り来る。幸いな事にここは草原。どれだけ横っ飛びをして地面に倒れこんでも無尽蔵のクッションが俺を守ってくれる。とにかく避けられるだけ避けながら距離を取ろうと走り出す。
「これは流石にイレギュラーな事態ですが、まあ折角なのでチュートリアルに使いましょうか」
突如として頭に声が響く。ついさっき俺の能力に役立たずの烙印を押したAIだ。こっちもてめえにポンコツの烙印を押してやろうか。というか悠長にそんな事やってる場合じゃないだろ。
「このゲームでは誰でも使える、《陽光》と《月光》という基本技がありまして。さっきの様に手を出さなくても念じさえすれば基本技は飛んでいきます。その際、属性も念じて欲しいのですが、《月光》しか使えないあなたには関係ないですね」
「余計な事は言わなくていい! とにかくイメージ通りに光線を飛ばせるって解釈でいいんだよな!?」
乱れ飛ぶ光線を掻い潜りながら叫ぶ。
「そうですね。それとあなたは《闇》しか扱えないので《月光》しか使えないので悪しからず」
《陽光》と《月光》か。どっちが《光》か《闇》かはノリで分かる。理屈は分かった。ならば反撃あるのみだ。
俺は飛んでくる紫色の光線を跳躍して回避。それと同時に振り返って右手を出す。別に出す必要は無いらしいが反射的に出てしまう。その方がそれっぽいから。雰囲気は大切。
「喰らえ!」
その咆哮に呼応する様に掌に魔法陣が現れる。如何にもといった様子のそれは、どす黒く太い光線を男目掛けて一直線に放った。もちろん男もそんな俺目掛けて《月光》を放っている。これから起こるのは《闇》同士のぶつかり合いだ。そう思っていた。
実際にはぶつかり合いと呼べるほど拮抗する事は無かった。俺の《月光》は男の《月光》をいとも容易く黒く染め上げ、飲み込んだ。そして勢いを一切衰えさせる事なく男に直行する。
「はあ!? 嘘だろ! お前……何なんだよ、お前! お前! おま」
ただただ動揺し、がなり続ける男。その男を《月光》は飲み込んでその刹那に爆散する。砂煙が晴れた後には草が消え去り露出した地面だけが残っていた。正直何が何だか全く理解できない。
「あ、おめでとうございます。見事に初陣を勝利で飾れましたね」
「……はあ、そりゃどうも」
あまりにもあっさりした結末に出てきた感想はそんな無味乾燥なものだった。




