先天的な切り札と後天的な切り札
ゴーレムの元へ一気に走り込んでさらに手を閃かせる。そして間髪入れずに飛びかかる。
「正面から我に挑むか! その意気や良し!」
そう言うゴーレムは完全に俺を捕捉していた――3秒前までは。
「何だこれは!?」
突如としてゴーレムの眼前に漆黒の石板が現れる。それに気を取られて一瞬遅れてパンチが俺へと飛来する。
そのパンチを俺はバックステップで回避する。自力では力の加えようの無い空中でだ。
「はああっ!」
飛んだ先でさらに軌道修正。タンタンタン、とゴーレムの体に触れる事なく軽やかに空を駆ける。
「空中でも自在に動けるの!?」
「足場を作ってんだよ……!」
そう叫びながら俺は手を大きく広げる。そこにはいつの間にやら槍が握られている。
「はあああっ!!」
切っ先をコアに向けながら空から一気に突進をかける。未だ状況を掴めないゴーレムはされるがままにその槍をコアで受け止める。
「グオオアアッ!?」
呻くゴーレム刺さる黒槍。しかしそれだけでは足りないと俺は槍をグリグリと動かしてコアを傷つけるダメ押しに入る。
「ガアアッ! その! 手を離さんか!」
乱暴に腕を無軌道に暴れさせる。槍が砕け散りさらに一撃が俺を撃つ。
「がっ……甘いんだよ!」
ふっ飛ばされつつも空中で体勢を立て直し右手を真っ直ぐと伸ばす。そこに現れたのは黒いオーラを遺憾なく放つボウガンだ。
「刺され!」
ドバン! と派手な音を立ててコアを正確に射撃する。流れるように、鮮やかに矢はゴーレムの元へ漆黒の軌跡を描く。
「な……!? 貴様、今まで本気を出していなかったというのか!? この我に!」
「そんなつもりじゃないんだけどな……」
両手両足を使って四つん這いになって着地をしながら答える。
「も……もしかしてさ、アラタ。君の本当の能力って……コピーなの?」
一部始終を見ていたツグミは信じられないというような様子で俺に問いかける。ざっくり言うとそうなるな。俺は首肯しながら補足をする。
「俺のつけた本当の能力名は《夜叉》じゃなくて《夜叉の窃盗》だ。長いし能力バレしそうだしあんまりこう呼ぶ気はないんだけどな。で、《光》を無効化すると同時にその能力をコピーできる」
感覚的にはヒットしたソシャゲのゲームシステムだけパクって新しいのをリリースする感じに似ていると俺は思う。何となくだけど。
ただしその能力に自力で触れなきゃいけないって事はバレた時の対策は容易に立つ。近づかなきゃいい。そしてどれだけ情報漏洩に気をつけたとしても、ぼっちプレイを極めたとしても、いつかは絶対この事は明るみに出てしまうだろう。
だからこそこの本質は隠しつつ、できるだけ大量のコピーを取ろうとした。だから《夜叉》と名づけて《光》の無効化が本当の能力だと思わせたのだ。
「ち、ちょっと待ってよ。じゃあ《光》の無効化は何なの? 無効化とコピーなんていくらなんでも反則でしょ。欲張りすぎじゃない?」
当然の疑問にツグミも辿り着く。始めは俺もこんな能力無理だろうな、なんて考えてた。しかし実際には習得できた。何故か? そんなの決まってる。
「俺にはその欲張りが許されるんだよなあ。そのかわり一切《光》を操れないんだけど」
「もしかして君の能力配分って……」
「ああ。《闇》が100%、《晦冥》って言うらしい」
《光》の無効化。これはどうも例の特権のうちの数ある1つらしい。打ち消すのにある程度魔力は必要だし、これも自力で触ったものしか防げないけれども。
「ほほう。これは確かにデータにも無かった。想像しようもない奇手であるな。実に興味深いではないか。……だが、それでも万能と言うには粗が目立つな……」
「あー、やっぱりバレてるのか……」
ゴーレムはコアに刺さった槍、ボウガンの矢を体についた虫でも払うかのようにさっと手で撫でて粉微塵にする。
「確かにこの攻撃は我のコアを射抜いた。我の体にもかなりの損傷を与えておるぞ」
コアには確かに大きな亀裂が走っており、ゴーレムが身動きを取るたびに火花が飛んでいるのが分かる。これは確かに追い詰めたと言える状況だ。
「……だが、ここが不可思議なのだ。我は倒されると確信していた。なのにこうしてまだ動く。この威力の低さは何だ? 低すぎるとは言わんが貴様の《月光》にはてんで及ばぬぞ」
「くそ、《月光》未満の威力だったか。同じくらいだと勝手に予想してたんだけどな」
毒づきながら俺は自分の能力について、今度は短所を話し始める。
「能力をコピーできると言っても俺が真似られるのは表面的なところだけだ。つまりオリジナルよりクオリティが低くなる」
さっきみたいに不意を撃ったり臨機応変に戦う事は《夜叉》で事足りる。しかしあくまでも対応できるだけで勝てるかどうかとなるとかなり怪しいのだ。
「まず第一に威力が低い。ここは俺のレベルによって上がるように設定したけど相当上がりにくくされてそうだな」
憶測でしかないがあのGMがそんな簡単には勝たせませーんとか言って無断でそんな感じにしてそう。いや、きっとしている。
「それともう一つ。コピーした能力の本質はオリジナルの使用者の説明を聞かない限りはコピーできない」
「ねえ、もうちょっと簡単に説明できないの?」
コミュ障にそういう事を求められても困るんだけどなあ。しかし聞かれた以上はある程度しっかり答えなければ。中途半端に真面目な自分が恨めしい。
「分かったよ……。例えば切った瞬間に魔力を消費して切り口を爆破する《光》の剣があったとする」
追撃を加える多段攻撃。対人以外にも使いようによってはすごく便利になりそうな能力だ。言ってて自分で欲しくなってきた。《夜叉》の代わりにこっちに転向するのはできないものか。
「で、俺が《夜叉》を使って初手でコピーできるのは剣の部分だけだ」
「つまり見た目は同じで威力が低いものが手に入ると」
「そうそう。そして相手がぽろっと、『この剣は切った先から爆発する!』的な事を漏らす。すると俺の剣も同じ芸当ができるようになる。まあ威力はお察しだけど」
「推測してはいかんのか?」
なんかしれっとゴーレムまでもが質問に加わっている。いや、別にもう何でもいいけどさ。
「推測は無駄。あくまでオリジナルから、正しい情報を聞かなきゃ駄目なんだ。つまり嘘を鵜呑みにしても能力は身につかない」
「思ってた以上に面倒な能力だね、それ」
「無限にレパートリーを増やせるなら多少の制限もやむを得ないだろ。……しばらくはメインは《月光》になりそうだな」
「そうか……。ではその《夜叉》とやらが成熟しないうちに貴様らにトドメを刺すとしようか!」
長い間話を聞いていたせいか大きく伸びをしたかと思うとその両手を組んで地面に一気に叩きつけてくる。
「うわっ、不意打ちとか怖いね……。アラタ、まだやれそう?」
「正直キツい。もうポーション残ってないし、これが最後の攻撃になると思う」
軽やかに後方に飛び退ったツグミがそう聞いてくるがついネガティブな返答をしてしまう。
「ここはさ、俺に任せとけ! とか言う場面じゃないの?」
「無理なものは無理なんだよ……。ただ、最後は上手く決めたいよな。だから、やれるだけはやる」
「初めからそう言えばいいのに」
そう言って苦笑いしながらゴーレムの元へ泣いても笑っても本当に最後の勝負を挑みにかかる。
「……!」
再びボウガンを構えて射撃を開始。ただしコアは狙わずに腕や足に当てる事だけを意識して。
「何をしている? ダメージは大きいとはいえそんな攻撃では倒しきれんぞ?」
確かに矢が刺さっても素知らぬ顔のゴーレム。ゴーレムの表情とかよく分からないけど。
「この矢はね、こうやって使うんだよ!」
そう言って訝しむゴーレムの前に突貫したのはやはりツグミだ。お得意のアクロバットを今回も見せつけてくれる。今回はゴーレムの体に刺さった矢を足場として。
ここはゲームの世界。物理法則なんてあってないようなもの。矢だろうが何だろうが足場にできるのだ。
「何回も同じ手は喰わん!」
恐るべき速さと正確さでもってゴーレムはこれに対処する。ツグミが次に足場とする矢を引っこ抜いていく。
「これで貴様は身動きが取れん! 終わらせてやる!」
そうゴーレムが拳を構えた時だった。
「今だよ、アラタ」
その合図と共にゴーレムの背後に移動していた俺は右手をコアへと向ける。
「き、貴様! 一体いつ移動したのだ!? 気配が全く感じられなかったぞ! それも能力だというのか!?」
「ああ、能力だ。ただしゲームで身につけた能力じゃないんだよ」
見るとツグミも日本刀を構えて最後の一撃を与えようとしている。ゴーレムはそれを見て我の負けだと言うように両腕を下ろす。
「……この存在感を消すのはな、俺が辛い現実で唯一身につけた、何よりも磨いた能力なんだよ」
そのネガティブな言葉と共に、同じくネガティブなエネルギーの集合体である《月光》を、ゴーレムにこれでもかというほど浴びせてやった。




