学習するツグミ
「ふむ、どうやらここまでのようだな。貴様には楽しませてもらったぞ。その点は誇るといい」
……ダメか。少しくらいは期待してたが仕方ない。これもまた運命か。思考はどんどんといつものネガティブなものになっていく。
……俺がやられたら残った奴らでコイツを倒すのかな。倒せるんだろうか。仮に倒されたらそれは悔しいなあ。せっかくいいとこまでいったのに。なんにせよ、倒す奴がいるとして、そいつは《闇》が強いといいなあ……。陽キャにはそんな役目を与えたくないなあ。
そんな現実逃避した世界でさらに現実逃避を重ねていたその時だった。何かが俺の肩を撫でた。
いや、正確には撫でられたと錯覚するほどに滑らかな静かな足運びだった。それを足運びだと理解するのは俺を踏み台にした少女の背中を見るまで敵わなかった。
そしてその少女は絶賛俺を締め上げ中の腕を足場に踊るように身を翻す。その華麗な動きのまま、その体はコアに吸付けられるように飛翔する。
そのまま右手に握った黒刀を槍の様に構えて神速の一突き。ゴーレムを含む誰もが動きを止めて刀の行方を見守る。
程なくして刀身が半ば以上もコアに刺さったのを見て誰もが確信した。これはまたとない好機ではないのか? と。
かかれえッッ!
そんな号令は聞こえない。伝えられない。空気は震えない。それでもやはり全員、示し合わせたように動き出す。
「ぬおおっ!! 貴様らっ、小癪な真似をッ!」
素直に攻撃したってゴーレムにさしたるダメージは与えられない。それは覆りようのない事実だ。だからこそアプローチを変えてみるべき。生粋のゲーマーであろう周りの連中もそれは分かっていたのだろう。
狙ったのは顔でも胴体でもない。ゴーレムの足元。その地面だ。長城の吹き抜けのような空洞のその上に作られた俺達の足場。本当はここをブチ抜いてゴーレムを落としてしまえば話は早いのだが流石にそこまで脆くはないらしい。
それでも。安定した足場を奪い隙を生じさせるには充分すぎた。その隙を突くのは他でもないツグミ。ゴーレムの胴体に足を掛け、勢いに任せて刀を抜く。そして文字通り返す刀でコアをなます切りにしていく。
「よせ、止めろ! ……よもや、意思疎通のできない人間がここまで抗うとは!」
ここに来て明らかな狼狽を見せるゴーレム。それでもツグミは止めない。止まらない。そしてひとしきり刀を振るい、ボスの動きが止まったタイミングで弓を構えるかのように地面に対して水平に刀を構える。
刀を握っていない左手をまっすぐ伸ばし照準のようにコアを捉える。一呼吸置いてその手を自分の元へ一気に引き戻す。左手が引き戻された勢いで右手が前方に弾き出される。
ここまでの動作を数秒足らずで、そして無音で彼女はやってのけた。あまりにも静かなその攻撃はコアの割れる小さな音をこれ以上なく引き立てる。
「オオオオオオッッッ!!!」
コアが破砕して青白い光が長城を包み込む。それと同時に響き渡るゴーレムの断末魔。地に伏したゴーレムには反撃する意思は感じられない。
「……やっと分かったよ。というかもっと早くに気づくべきだったんだろうけどね」
その沈黙を打ち破ったのは他でもないツグミだった。それも声を発して。
「《闇》の割合がどう見ても高そうな君が考えつくのは捻くれた戦法しかないんだってね」
「基本的に誰も助けてくれないからな。1人で戦うにはこんな戦法ばっかになるんだよなあ」
今までやってきたゲームも大体そんな感じだったし。透明になったり、弓みたいな飛び道具を使ったヒットアンドアウェイみたいな戦法をよく好んで使ってたしな。チキン戦法とも言うけど。
「それにしてもやっと言葉を話せるようになったね。無言プレイってこんなに大変だったっけ?」
「セオリーも何も無かったしな。行動の決まった脳死周回みたいなのとはやっぱ違うだろ」
そんな風にベラベラ喋り出したのは俺達だけではない。
「おい! 喋れるぞ! 声が出る!」
「うおお!? マジだ! マジだよ! って事は俺らはゴーレムを倒したのか!」
「やったぜええ! 俺らの勝利だぞ!!」
ある者は歓喜し、ある者は咆哮する。それぞれが思い思いに勝利を味わっているこの瞬間はまるで、バベルの塔の正史を覆したかのような達成感、充足感がする。
言葉を神に奪われたが、無事にその神を打ち倒し取り戻す。イベントにしなくてもメインストーリーの一部にできそうだとゲーム脳の俺は思う。あ、L&Dにストーリーとかないんだっけか。
そんな事を1人考えているといきなり背後から声をかけられる。
「お前ら! さっきは凄かったぞ! とにかく強え能力に機転も利くときた! 悔しいが賞金はお前らのもんだな!」
「同感だ。だが次は俺様が頂くからよ? 覚悟してろや!」
振り返るとそこには幾人ものプレイヤーが俺達の周りを囲うようにして集まって、あまつさえ口々に賞賛の声を浴びせられる。
「え、ええと……」
「ありがとうございます! 嬉しいです! でも勝てたのは皆さんの力あってこそですよ!」
状況に対応できずにアタフタする俺とうまい感じに馴染むツグミ。互いに強力な《闇》を使うからコイツもこっち側だと思ったのになんだこの差は。
「ねえアラタ。どもってるけど大丈夫? さっきの戦闘での対応力とかそういうのはどこにいっちゃったの?」
ニヤニヤしながらツグミがそんな追い討ちをかける。そういうのマジで精神的にキツいからやめろ。それにしめたとばかりにおっさんが乗っかってくる。
「本当だぞ! 可愛い彼女さんに心配かけさせんなよ!」
「コイツは彼女とかじゃないから! たまたまパーティ組んだだけですから!」
そんなのがいたら《光》の方が強くなってるっつーの。
「それにしてもリザルト画面も出ないしクエストクリアのそれっぽい表示も出なくなーい? どういう事よ?」
ふと集団の誰かがそんな疑問をポツリと口にする。そう言えばそうだ。HPバーも見当たらない以上は何かしらのSEとかBGMで勝利を知らせてくれると思ってたのに。
……いや待て。これはゲームの不具合で知らせないんじゃなくて、まだ知らせるべきタイミングでは無いと考える事はできないか?
「……よもや《言語喪失》を破られるとはついぞ考えもしなかったぞ……」
俺の予想が正しいとでも言うようにゴーレムは再び言葉を紡ぎ、ゆっくりと確実に立ち上がろうとする。
「何で、コアを破壊したはずじゃ……。手応えは確かにあったのに……」
「左様。貴様の攻撃は確かに届いた。だからこそ言葉が使えているであろう?」
「ああ、そういう事か……。クリスタルを盾にしてコアを守ったって事か……」
コイツはコアとクリスタルを途中で合体させた。それができるなら当然分離だって可能なのだろう。つまりツグミの攻撃を受ける直前にクリスタルを前面に移動、防壁として使用したのだ。
「お前も大概抜け目ないよな」
「ふん、そう易々とやられては城の王の名折れだからな」
「でもこれでコアを守るものは無くなったよ。もう一回倒せば流石に終わると思うな」
「言うではないか小娘。では早速最終決戦といこうか」
拳で語った方が早いとでも言うようにゴーレムは再び構える。
四角い石でできているのになぜあんなに自由に関節が回るのか気にはなるがL&Dだしの一言で片付くな、と思う。
「お前らァ! 気合い入れろォ! MVPを奪い取るチャンスだぞ!気張れよ!」
「「オオオッ!!」」
盛り上がっているのはツグミとゴーレムだけでは無かった。周りのプレイヤーも既に武器を実体化させ、ゴーレムを取り囲むように各々の立ち位置を決め、戦闘準備を終えている。
そうだ。これだ。この雰囲気。互いの事など微塵も分からないという状況でただただ敵を倒すという目的だけで団結しているこの空気。これこそが俺の憧れたゲームの姿。
ポーションの瓶に口をつけ、いつでも《月光》を放てるように右手を構えながらそう思う。
間も無く最後にして最高のボス戦その最終局面の火蓋が切って落とされた。




