あともう一手
「……む? なぜ追撃を行わない?」
俺の《月光》をまともに喰らい、よろめいていたゴーレムが不思議そうに俺に尋ねてくる。まともに喰らったとはいえ即座に腕で防御態勢を取り、ダメージを最小限に抑えていたのは流石ボスだと思う。
魔力が切れてんだよこっちは! と伝える事もままならず事のなりゆきを見守る事しかできない。。体はひたすら地面に這いつくばって動かない。
「……本当に倒れているのか? よもや死んだふりなどではあるまいな!」
そう言って俺をつまみ上げて床に叩きつけるゴーレム。凹凸の少ない床はその衝撃を余すとこなく俺の体に伝えているような、そんな気がする。
「これで終わりではないぞ!」
ゴーレムが足を高く上げる。視界にうっすらとそんな情報が入ってくる。しかし体は動かない。ただただされるがままに攻撃を甘んじて受ける。
「……!」
全年齢対象のゲームにしてはやり口が徹底的だな……なんて感想が出てくる。何か他の事でも考えて痛みを考えないようにしないとやってられない。
それでも消滅しないあたり俺はHPもかなり強化されているという事か。生き地獄がひたすら続くという今の状況では素直に喜べはしないんだが。
気がつくと周囲のプレイヤーは誰もゴーレムに攻撃をしていない。俺がゴーレムにやりたい放題にされている凄惨な戦場には入れないというのか。まるで処刑を見守る野次馬のようだ。
いかにも日本人らしいなあなんて思うけど特段非難するつもりもない。俺だって傍観するわこんなの。下手に刺激してこんな風に集中砲火を受けたくはないし。
「貴様は恐らく《闇》の比重が大きかろう? であればこの一撃で終わらせてやろう」
ゴーレムの拳が眩く光る。こいつはさっき《光》の光線を出して周囲を焼き払っていたが、それを拳に集中させて一撃で倒そうという魂胆か。
「刹那の内に燃え尽きるがよい!!」
遠巻きに見ているプレイヤーが目を背けるのが分かる。少々くどいが、そんな風に傍観する事に関しては何も言うつもりはない。
けれども。このまま大人しく倒されると思っているならそこだけは異議を唱えたい。なぜなら俺は――
「なっ……何故だ!? 何故我の拳が効かぬのだっ!!」
――まだまだ意地汚く足掻くつもりでいるから。
《夜叉》。《光》であれば問答無用で喰らう俺の能力。ボスだろうと何だろうと消せないはずがないのだ。残念ながら質量は消す事ができないので腕そのものは《夜叉》の出力で受け止めないといけないが。
「我を嵌めたか! よもや魔力を残していたとは! だがしかし! ここから反撃に繋げられるのか!?」
鍔迫り合いの中でゴーレムは笑う。確かに俺の計画では瞬時に防ぐと同時にそのまま肉薄。コアをズタズタにするつもりでいた。
だがそこはコンピュータか何かで計算したのだろうか。《夜叉》で《光》を掻き消した瞬間に奴は握っていた拳を解き、俺の拳を覆うように掴んだのだ。両腕とも掴まれてこれではロクに身動きが取れない。
――魔力枯渇に見せかけた小癪な騙し討ちをいとも容易くゴーレムは受け止める。ゴーレムが笑っているように見えるのはそれによる余裕か。
「そら、どうした? まだ策を残しているのならば今が使い時だと思うが?」
ゴーレムは自身の両腕でギリギリと少しずつ万力のように俺の手を締め上げていく。今は《夜叉》がある程度の威力を相殺しているが魔力にも限界がある。
いや、正直《夜叉》ですらこの物理攻撃を防げなくなってきている。手を締め上げられているはずなのに頭まで締め上げられているような妙な感覚にとらわれる。
頭に血でも昇ってきたのかクラクラする。おまけに足までフラついてきた。意識は薄れ、やがて色濃い諦観が顔を覗かせる。
……くそ、コアが剥き出しにされんのにここで終わりなのかよ。




