思惑の外しあい
「……うむ。肝が冷えたぞ。今のはそこな小娘の失態だな」
そう言ったゴーレムは地面を抉り、それを盾としてツグミの斬撃を防いでいた。必然的に俺の《月光》はクリーンヒットしたのだが重大なダメージを与えるほどではないだろうな。
そもそも俺はダメージを与えるために撃ったのではない。防がせるために撃ったのだ。
苦虫を噛み潰したような表情をする俺と、俺の考えはお見通しだと言わんばかりのゴーレム。双方を見つつも未だに状況が掴めないツグミを諭すようにゴーレムは説明する。
「小娘よ、この少年は自身の攻撃を防がせるように我を誘導したのだ。もし貴様が何もしていなければ我はあのまま両の腕を弱点の防御に使っていただろう」
そこでようやく俺の真意に気づいたらしい。申し訳なさそうに下を向くのが目に入る。
「察しの通りだ。防御した瞬間に恐らくは我が腕を踏み台にでもしてこの翼に接近。もぎ取る魂胆であっただろうな。それが叶わずとも、そのタイミングで貴様の斬撃との波状攻撃で破壊はできただろうよ……全く恐ろしい事を考える」
そう言いながらゴーレムは胸のコアをさする。そこにはよく見るとうっすらとヒビのようなものが確認できる。
「しかし、背後のクリスタルを守る必要があると思うとこの場所では少し我が不利なようだ」
確かにここは長城の最上部。壁も無ければ拓けているため、ゴーレムにとっては360度全てが死角となる。流石に人数が集まってくると捌けないと考えたのか。
「であればこうするのは必然であるか」
「!?」
そう言って無造作に背後のクリスタルを鷲掴みにする。そしてぶっきらぼうに胸のコアにはめ込んでいく。
強引に押し込んで砕けてくれないか、なんて考えたがコアはクリスタルをすんなり受け入れて1つに融合していく。
「……これで対処すべきは正面からの攻撃のみ。さあ、今まで以上に足掻くが良い!!」
そう啖呵を切ったがゴーレム本体は動かない。代わりに手を正面に突き出すような動作を取ってみせる。その手にはどこかで見たような白い魔法陣が浮かび上がる。……まさか。
「ふんっ!」
直後、ゴーレムから放たれたのは光、だったと思う。あまりにも眩く、それを視認できたかどうかさえも曖昧なそんな一撃。
間違いなく《陽光》だとは思うがここまでの威力とは。その《陽光》の射線は立った火柱が雄弁に物語る。
火すら起こすとは一体どれだけの熱量を持っているのか。地べたに這いつくばりながらその威力に戦慄する。横にツグミを抱えながら。
「これも躱すか!」
あの時俺は射線は全く見えていなかった。一瞬何かが光ったと思ったと思ったら横がすぐ燃えていた。そんな雷のようなものだとしか思えなかった。
それでも。狙いがツグミだったというのは読めていた。意気消沈しているならそれだけ反応が鈍くなる。潰すには格好の的だよな。
行き先が分かってるなら勢いに任せてその場を離脱するくらいはできる。《晦冥》の特典は伊達じゃない。
しかし敢えて危険を冒して組んだばかりばかりの協力者を助けたかというともう1つ理由がある。とても個人的な理由だ。
……失態を犯したままで終わるなんて辛すぎるからな。
一方助けられた形になるツグミは目線を泳がせ反応に困っている。これくらいは話せなくたって分かる。現実の俺と似たような感じになってるし。
こんな時のフォローの仕方を俺は知らない。知っていたら《晦冥》なんて手にしてない。ついでに言うとされた事もないから全く分からない。常日頃からソロプレイヤーなのだ。
だから余計な事は言わずに一言だけ。ツグミの背中に指を走らせる。送った言葉はたったの4文字。
あ、わ、せ、ろ、と。
俺がミスを気にするな、なんて言ったところで何の意味も無いのは知ってる。そんな言葉は気休めにもならない。
だから失敗は気にしようがしまいがどうだっていい。その代わり然るべき時に動いて欲しい。勝てばいい。終わり良ければすべて良し。最終結果が全てというのもまた1つの価値観だ。
せめてチャンスをもう一度待ってくれるだけでもいい。そこを突いてさえくれれば……!
「小賢しく動く小兵は目障りだ。まずは貴様から潰してやろう!」
そう言ってズンズンとゴーレムは俺目掛けて進んでくる。
周りのプレイヤーはさっきからゴーレムに集中砲火を浴びせてはいるがコアへの攻撃は全てガードし、残りはその硬い体で平気で受け止める。
……ダメージを与えるにはやはりコアしかないか。
こちらも《晦冥》の力をフルで利用して猛追を振り切ろうと走りながら考える。単純な攻撃ではあの腕に阻まれてまず通らない。かと言って簡単に隙を見せるほど馬鹿でもなさそうだ。ふむ……。
「走っていれば追いつかれないと思わぬ事だ!」
「!?」
逃げ回る俺に痺れを切らしたのかゴーレムが豪腕を地面に叩きつける。衝撃波で近接戦を仕掛けていたプレイヤーの多くは最上部から押し出されて奈落の底へと落ちていく。
衝撃波だけでも反則級のその腕はさらに地面を砕き、俺の足場を奪っていく。
くそっ、姿勢が安定しない!
バランスゲームで負ける寸前のように左右に大きく体を揺らす俺。そこ目掛けてさらに全体重を載せたようなパンチが飛んでくる。喰らえばトラックに衝突するようなものだろう。それが分かっているが俺は回避行動を取らない。
「先程までの敏捷性はどうした! こうも足場が悪いと動けまいか!」
パンチが俺に襲いかかる。その風圧で俺の体は軽く煽られている。だがまだ避けるべきではない……もう少し、もう少し……今!
タイミングを決めると同時に体全体を地面に委ねるように一気に倒れこむ。地面と拳のギリギリの隙間は九死に一生を得るには申し分ない位置取りだと思ったのだ。
おまけに逆襲のチャンスもあるからな。寝そべったまま横に手のひらを突き出し《月光》を発射。イメージとしては曲がりながら胸のコアへ伸びる感じで。
伸ばした腕を引き戻すには時間がかかる。その一瞬にならつけ込む隙があるはずだ。
「何だと!? 貴様ああっ!!」
その予想通りゴーレムは咄嗟にもう片方の手で守ろうとするが防ぐ前に俺の《月光》が胸に届く。多少威力は削がれても確実に効いているのは仰け反るような動作と、そして響く怒号から明白だ。
さあここからが本番だ。そう思った矢先だった。操り人形の糸が切れたように、俺の体は床に沈んだのは。




