サービス終了は突然に
その災害は何の前触れもなくやってきた。突如として全ゲームの接続が絶たれてしまった。多くのヘビーユーザーは考えた。「そうだ、これは一斉メンテナンスなんだ!」と。常識的に考えてありえないだろう、それは。
そもそもメンテナンス中は他のゲームで遊べるように各ゲーム会社が上手く調整している。1つや2つのゲームが緊急メンテしたって他では遊べるような万全の体制が整えられているのだこの国は。
それが普通だったのに突如この騒ぎだ。人生を謳歌する少数のリア充を他所に多くの廃人が阿鼻叫喚の地獄絵図を晒し、SNSでは物凄い炎上騒ぎが起こったのは言うまでもないだろう。
この事件で不思議なのはゲーム会社が口を揃えて「1時間しましたらテレビである発表をおこないます」と言っているところだ。全ゲームが揃ってコラボでもするんだろうか、そんな予想を大方のユーザーが行い大規模な暴動までは起こらなかった。
こうなると我ら廃人の行動は1つ。速攻で家に帰りゲーム片手にテレビの前で待機。真面目な奴は授業を受けたり働いたりするのだろうが、そんな奴は少数派。大体の廃人は前頭葉が吹っ飛んでいる。イベントとくれば開幕ダッシュを決めたがる連中ばっかなのだ。
程なくして定刻となった。テレビには臨時ニュースのテロップが踊り、この国の首相がでかでかと映し出される。束ねられて太くなったマイクに顔を近づけこう言い放った。
「えー、この国全てのゲーム会社は何年も前から国が買収しており、ある準備が整ったため既存のゲームのサービス終了、データの全消去を命じました。全てのユーザー様に感謝申し上げます」
「……は?」
それは突然のサービス終了だった。突然そんな事を言い出すのは別におかしい事ではない。急にそんな事を言い出す運営を今まで見た事はあった。
想定よりも儲けが出なかった、プレイ人口が少ない、権利関係でやらかした、中には終わってほしくないものもあったがそれは言っても詮無い事だ。俺にできる供養といえば「面白かった! ありがとう!」みたいなツイートを投下するくらいだ。
しかし、だ。これはいくらなんでも横暴すぎやしないだろうか。これは間違いなく支持率が落ちるだろう。現にテレビの首相はほとばしるシャッターでロクに姿が見えなくなり、記者に糾弾され、質問攻めに遭っている。当然それらは計算済みだったのか、それらを全て両腕で制すと再び口を開いた。
「えー、その代わりに我々政府と全ゲーム会社による共同開発、共同運営の新たなゲーム《L&D》を本日22時よりサービスを開始いたします。えー我が国の最新技術の結晶であり、えー、オープンワールド? のVRMMOゲーム? となっております」
「「「「うおおおおおおおおおおおお!??」」」」
そんな雄たけびが隣の家から、道路からあらゆる方向から耳に入る。その叫び声は共鳴し巨大な音となって大地を震わせる。オープンワールドのVRMMO、それはアニメやラノベの世界でしか体現されなかった夢の世界。
ゲーマーなら誰しもが一度は夢見る最高のゲーム。首相は全くこのゲームを理解していないようだが、記者の態度を察するに興味を引けたと判断。そのまま、時節用語に首を傾げつつも説明を行った。
要約すると、ゲームの仕様そのものはゲーム内でのチュートリアルで全て説明し、質問には一切応じないとのこと。そして与えられた情報はこのゲームの意図。近頃の睡眠不足を解消するため、睡眠と同時にゲームが楽しめるよう今回のゲームを制作。その性質上毎日22時から朝5時までの期間限定で接続ができる。
それ以外のゲームは一切遊べないようにしたとの事だ。また、L&Dに接続するための機器は全国至る所で無料配布を開始したとも言っている。
本来ならゲームの制限なんて暴動が起きかねないレベルだが、VRMMOともなれば必要以上に騒ぎ立てる人間は少なかった。まずはL&Dがどんなゲームか品定めをして出来が悪ければ騒ぐというような魂胆の人間が大多数なのだろう。無論、俺もそういう魂胆なのは言うまでもない。
*
時刻は21時55分。アイマスク型の専用機器を片手に俺はベッドの上に座っていた。これをつけて所定の時刻を迎えると自動的に眠りに落ち、ゲームの世界へログインできると。
睡眠の邪魔にならない配慮か、市販のマスクと見た目も質量も大差ないものだった。電子機器だと言われても全く信用できないレベルだ。もし本当に作動するのならば日本の生産性について謝らなければいけない。
と、そんな事を考えているうちにもう58分。開戦は近い。電気を消してベッドに仰向けになってアイマスクをつける。アニメやラノベで何度となく見た光景。何だかんだ言って新たなゲームを始めるこのワクワク感は堪らない。時刻は59分57秒。俺はそのまままだ見ぬ世界に思いを馳せ、ゆっくりと瞼を閉じた。
*
目を開けるとそこは草原。水色の空がどこまでも広がり、白い雲が薄く伸びてゆく清々しい風景。風を受けて草がざわざわと音を奏でる。その風は俺の青い髪をもなびかせて突き抜けていく。その感覚は現実のものと大差がない。というよりは判断が本当につかない。素晴らしい技術だ。
ふと横を見渡すと何もないところから光に包まれた人間が現れてくる。数こそ多いが全員が全員密集して集まるという訳ではないので居心地が悪いとも思わない。
日本の人口は1億人は超えていたはず。それだけを受け入れられる広さと余裕はしっかりあるのだろう。
まだ見ぬ地に飛ばされた人を思いつつ、ここからどうするか首をかしげる。服装はパジャマから自分が外出する時によく着る服に変わっていた。
ジーパンに薄い緑が基調のパーカーという何もロクに考えてない格好だが。都会に溶け込むには無難だから定番の装備と化している。
「ようこそL&Dの世界へ」
「!」
突如声がした。しかし、どこから声がしたのか判然としない。上? いや横か? あたりに話しかけた奴はいないかきょろきょろと見渡すが目に入るのは俺と同じように挙動不審になっている他のプレイヤーだけだ。今のは一体……。
「私は人工知能です。あなた方1人1人に私のような専用のGMがついているのです」
再び声がする。よくよく見ると周りの人間も自分自身に語り掛けられている声を聴いているように見受けられる。それにしても人工知能か。まともな会話とか期待できるのか? そう思った俺は少し遊んでみる事にした。
「GMとかいうけどさ、アンタらってプレイヤーの数だけいるんだよな。統率とか取れんの?」
「はい。集約されたデータは最終的に人間が管理しますので不手際は起きにくいかと」
「起きにくい、か。起きないと断定はしないんだな」
「人間の行動にまで私は責任は負えませんので」
「……驚いた。まるで自我でも備わってるみたいだな」
機械的な会話しかできないと思ったら人間に期待してなさそうな口ぶり。いや凄いなほんと。語彙力が追いつかない。
「人間の会話データは膨大にありました。そこから学習したので人間らしいのは当然かと。さて、チュートリアルを開始してもよろしいですか?」
人工知能だから当然と言えば当然だが無機質に俺に語り掛けてくる不可視のGM、草原、ぼんやりと立ち尽くす俺。何とも整合性の取れないおかしなシチュエーションで俺のVRMMO生活は始まった。




