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牙を剥く長城

 ところでバベルの塔について知っているだろうか。念のためににわか知識ながら解説させてもらう。


 何でも昔、人々が天まで届くほど高い塔を作ろうとしたと。その人々は同一言語を操り、かつコミュ力も半端じゃなく高かったのだろう。恐ろしい結束力でどんどん塔を高くしていった。それを見た神がキレて人々の言葉をぐちゃぐちゃにして建設を中止させたとかいう伝説だ。


 そりゃあ神様だってコミュ強が自分のとこに迫ってきたらビビるよな。それにしても相手をコミュ障にするとか粋な事を考える。俺の能力もそんなのにしても良かったかもな。


 話が逸れた。つまり《言語喪失》とかいうものはこの伝説からパチったギミックと考えられる。ただし言葉が通じないという必要以上に徹底的な内容になっているが。


 なんにせよ流石に解除方法はあるはず。どうにかして探さないと……。と、その時だった。


「?」


 クイクイとパーカーを引っ張られる。振り向いた先にはツグミ。彼女も大方の状況を理解したのだろう。身振り手振りで意思疎通を図ろうとする。ノリで解読するとこんな感じか。


 人差し指を突き立てる。


「上に行って」


 ボディビルダーみたいなポーズ。多分これは……


「ゴーレム」


 親指を突き出した拳で自身の首を一直線に切る。


「仕留めよう!」


 まあそれしか動きようがないよな。とりあえずサムズアップで肯定の意を示す。


 それを見て納得がいったのか階段を指差しながらそちらへ歩こうとする。それに大人しくついて行こうとするが一瞬殺気のようなものを感じた。何となく振り向いてみるがただただ石造りの壁が広がるばかりだ。


 気のせいか。


 誰にも聞こえない声でそう呟いたその刹那、壁の一部が光ったように見えた。


「!」


 その奇襲に見覚えのあった俺は即座に姿勢を低くし回避行動を取っていた。飛んできたのは矢だ。少し前にボウガンを嫌という程喰らってたので不意打ちでも体が対処法を教えてくれる。


 矢が来てる!


 声を上げてから気づく。届かないんだ。まだツグミは気づく様子もなく、正面を向いて階段へと進んでいる。伝える方法も思いつかず、このままでは矢の餌食となってしまう。


 ……アレを使うしかないよな。


 カンッ! と高い音と共に矢が回転しながら宙を舞う。ツグミの体を射抜けなかった矢はそのまま地面へと力なく墜落する。


 その音に反応して振り返ったツグミに手でしっしっとあちらへ行けというような仕草でもって伝える。


 矢が飛んでくる!


 既に壁からは何本もの矢が顔を出している。これから何本も飛んでくる事は考えなくたって分かる。


 しかしツグミは動かない。すれ違って俺がツグミを追い越す形になってもついて来る様子すら見せない。


 何やってんだ!


 そう叫びたいが叫べない何とも言えない気分を押し込みながら振り向くとそこには抜刀したツグミの姿があった、と思うと飛んでくる矢を一心不乱に叩き落とし始めた。


 ――あ、そっちの方法をとったのか。


 ツグミの意図は何となく分かった。このまま階段まで走っても多分矢に追いつかれる。となると多少のダメージは避けられない。


 俺はダメージ覚悟で逃走しようとした。それに対してツグミは矢が尽きるまで防ぎきると考えたわけだ。


 しかし矢が尽きるのかどうかも不明。そして更なる攻撃の可能性も無きにしも非ず。それはそれで悪手になってしまうんだよな。


 というかノーダメージで離脱する方法がないのが辛い。それに加えて意思疎通を図る事が困難。運営は本当にいやらしい方法を考えたもんだ。


 コバンザメのようにツグミの背後に隠れるようにして矢の雨霰を防ぎながら考える。どこか矢が飛んでこないところはないのか……あ、あっ!


 確かに階段まで走るのは矢の速度を考えたら避けられない。ならば、矢が物理的に飛んでこないところなら?


 最適解が頭に降りてくると共に弾かれたように体は動く。一刻も早く抜け出さないといけないという使命感はもちろんあるが、思いついた方法を早く試したいというのが理由の大半かもしれない。


 正面で矢と格闘しているツグミの手を強引に掴んでこちらへ引き寄せる。こういう接触は痴漢とかそういう感じで訴えられたりしないのだろうか。


 一瞬そんな考えがよぎるがそれは頭の隅に置いておく。訴えられたらその時は裁判で逆転すればいい。とにかく引き寄せつつ前方に《月光》を放つ。正面から飛んでくる矢のみを飲み込むように胸の中心から放出する。


 今だ!


 そして矢の猛攻がストップした瞬間に今度は地面に向けて《月光》を放つ。それも最大威力で。


 空中に投げ出された勢いだって殺せたのだ。その推進力で小柄な俺達2人を持ち上げる事は造作もないだろう。


 その勢いに任せて性懲りも無く宙へと投げ出される俺達。向かう先はツグミの視線が示していた。目を見開いて捉えたのは大穴の空いた天井。


 そう、ゴーレムが最上層に移動した際にブチ抜いた天井。俺達はその天井よりも高く飛び、どうにか床を手で掴む事に成功する。


 未だ足は宙ぶらりんの状態だが俺の知っている矢は垂直に曲がって飛んできたりはしない。差し当たっての危機は回避できたと言えよう。


 ありがとう。


 そんな目配せをしたツグミが刀を支えにしてよじ登る。俺もそれに続こうと手に力を入れようとした時だった。


 あれっ


 体に力が入らなくなる。確実に床を掴んでたと思ってたその手はいつのまにか空を切るばかり。


 この感覚は知ってる。前にも同じような事があった。――魔力枯渇。冷静に考えればそれもそうか。


 ゴーレム相手に《夜叉》も《月光》も惜しげもなく使ってその上天井に迫るために全力を使った。ここまでやってやっとガタがきたと考えれば中々俺って凄いのでは。


 そんな現実逃避をしながら底を見る。未だ思考停止の状態でひたすら矢を放ち続ける壁。このまま落ちたら蜂の巣は確定。流石にこれは終わったか。こう思ったのはこれで何回目だろうな。


 ツグミも手を伸ばしてはくれるが如何せん距離が足りない。それでもツグミは諦め悪く手を伸ばし続ける。


 とにかくこっちに来れば何とか引き上げるから!


 アイツならそんな事言いそうだなあなんて考えながら伸ばされた手を眺める。行動はしない。何ができるか分からないから。


 いや、本当に諦めていいのか?ここまで手を差し伸べられているのにそれを無下にしていいのか?


 他人にこんな風に何かを思われる機会なんてこれで最後かもしれない。ならば、もう少し足掻いてもいい場面じゃないのか。


 そうだ。あと少し。ほんの少しでいいんだ。魔力が余ってるならいけるかも。


 は……あああっ!


 相も変わらず俺の声は空気を振動させられず誰の耳にも届かない。それでもその気迫のおかげか、はたまた時間経過で魔力が回復していたのかほんの少し、小さな欠片を足の裏に作り出す事に成功する。


 いける。


 それにしっかりと曲げた足をフィットさせて勢いよく伸ばす。空中で足場を作成して跳躍。残念ながらこの世界では二段ジャンプが実装されていない。


 だったら自分で作ればいい。何もかも自由なゲームならこれくらいはできるはず。


 そのままツグミに向けて手を伸ばす。一瞬手が触れ合って繋がるかどうかといった不安に刈られた瞬間、しっかりと握り返される感触があった。


 直後、重力に逆らって体が一気に持ち上がる。俺は小柄とはいえ1人で持ち上げられるあたりかなりステータスが高いのだろうか。


 俺の体が完全に床に着いた瞬間に2人して倒れ込む。本当にヤバい。疲れた。そんな貧相な語彙でしかこの疲労感を伝えられないのがもどかしい。


 息も絶え絶えになりつつポーションを口に運ぶ。これで残りは後4本。ご利用は計画的にか。


 そんな中、肩をトントンと叩かれる感触がした。そこには寝そべりながら拳を突き出すツグミの姿が。


 何をしたいのか。それは大体察する。やる機会はそうそう無いしどちらかというとガラでもない。けれど少し憧れるあの行為だ。


 俺もツグミに習って拳を突き出してその2つを軽くぶつけ合う。……まあ、たまにはこういう事をしてもいいだろう。ボスを倒す前の験担ぎみたいなものだと思えば。

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