ボスとは万能たるべし
「ねえ、これってさ……あれだよね」
ツグミがボソッとそんな事を漏らす。言いたい事は分かったのでそれに同調する。
「ああ。ボス戦でお馴染みのあれだな」
そしてそこまで言って答えをハモらせる。
「「第二形態」」
その指摘に鷹揚と頷くゴーレム。
「然り。スピードもパワーも先程の木偶とは比べものにならんぞ? 精々足掻いて見せよ」
そしてそんな台詞を言った瞬間だった。すぐ目の前にゴーレムが移動し先程の意趣返しのつもりか、ツグミに向かって思い切り拳を振り下ろす。
「やばっ……」
「ッ! 《夜叉》!」
咄嗟に前に出て受け止める。かなりの量の《闇》を纏わせているので片手とはいえギリギリ受け止める事はできた。
「ほう? 片手で我の拳を防ぐか。しかしいつまで保つのやら」
そいつの言う事は正しい。本当にいつまで保つか分かったもんじゃない。そもそもこんな使い方をする能力じゃないしな。それと筋力には自信がないし。
「胸がガラ空きだよ!」
しかし長持ちさせる必要はない。具体的にはツグミがコアを斬りつけるまでの時間さえ稼げれば問題はないのだ。ツグミのスピードは折り紙つき。陰キャのもやしっ子でも工面できる時間だ。
「ぬおおっ!?」
明らかにダメージは入っているようで怯んだようにゴーレムは仰け反る。そして左腕で胸を守るようにしながら構え直す。
「この我は完全体ゆえ、バランスのために弱点が設定されていたか……」
「なんかメタい事言いだしたぞ」
「ホント、このゲームって所々適当だよね」
モロ出しの弱点を見ながらそんな事を思う。確かに弱点が無いと勝てる気はしないんだけどさ。
「……しかし! この程度で流れは変わらぬ! 貴様らはどのみち死ぬのみである!」
気を取り直してゴーレムは思い切り一歩踏み込む。地面が揺れる。そして踏み抜く。高速で目の前まで迫ってくる。
「まずは貴様だ!」
「くそっ!」
放たれた突きを体を捻ってギリギリ掠るか掠らないかという紙一重で避ける。いや、実際には避けさせられたのだ。
「アラタ! 狙いは君の体じゃないよ!」
「は!? あ、しまった!」
ツグミの言ってる意味に数コンマ遅れて気づくがその時間ですらこいつ相手では致命傷となるようだ。
「もう遅い」
握られたゴーレムの拳から人差し指が1本、顔を出す。指とはいえ俺達からすれば丸太のような太さだが。
「ふんっ!」
そしてその指は大きさからは想像もつかないような速度と正確さで以って俺の腰を掠めていく。狙いはそう、ポケットの中の中のポーションだ。
「しまった!」
見るとズボンのポケットは赤く染まり、ポーションの液体がまるで俺が出血したかのように飛び出した。
「余所見をする前に回避行動を取るべきだったな」
諭すような不可避の死刑宣告。聞こえた時には足蹴りが腹にクリーンヒットしていた。
「が……あっ……!」
蹴り飛ばされて宙を舞う。普段ならここで《月光》の1発でもカウンターとして放つところだが流石に無理だ。体が動かない。視界も薄れてそもそも狙いもつけられない。
「ここで……ゲームオーバーなのか……?」
滞空中にそんな考えがよぎる。ボスの攻撃の未知のパターンに倒される。ゲームの世界では割とよくある話だ。今回もその例に漏れないという事なのか。
折角ここまで勝ち星を上げたのに。珍しく誰かとパーティプレイできたのに。
折角恵まれた能力を手にしたのに。それを100%出し切る前にやられるなんて。
……まあ、俺は詰まる所負け組だからな。続けざまにそんな考えも浮かんでくる。お膳立てがされてもそれを活かせないんだ。負け組じゃなくてなんなんだよ……。
多分ここからの落下ダメージで確実に死ぬ。早く墜ちろ。こんな考えに囚われるのは面倒だ。早く、早く――。
「まだだよ!」
突如として体が掴まれた。そして重力に逆らった、そんな感じがした。なんかこう、ふわっと上昇も下降もしない、そんな感じ。
「すぐ飲んで!」
「んぐっ!?」
何が起こったか理解する前に口に何かの瓶を突っ込まれる。流れる液体がさっきまでの思考ごと全て体に流し込んでくる。
「ん……っあ……」
流し込まれてくるにつれて思考がはっきりとしてくる。目の前にいるのはツグミ。そうか、俺を回復させるために飛ばされた俺に飛びついたのか。
「3秒後着地! 対処お願い!」
「あ、ああ!」
飲み干したタイミングを確認するやいなや即座に指示を出してくる。それに合わせて反射的に《月光》を放つ。地面に放出される《月光》は《晦冥》のブーストも入って飛ばされた勢いを相殺させるには十分な出力があった。
「ほう。小娘の判断も大したものだが小僧の対応も悪くない……。実に面白いではないか。ところで地上にも貴様らのような輩がいるのか?」
「そうだね。少なくとも貴方を殺したいって思う人はたくさんいるよ」
「金になるしな」
「なんとも即物的な輩だ……。だが興味はある……故に……こうだ!」
屈伸をしたかと思えばその動作を跳躍に繋げる。ウルトラマンのように高く上げた拳が天井に大穴を開ける。
「何この動き!? というか空を飛べるの!?」
「我は完全体と言ったはず。出来ぬ事などないわ! そして我は長城の頂上にて挑戦者を待とう! 誰であっても相手をしよう!」
長城の至る所に響くようにそのインチキゴーレムは宣言する。……マズい。
ここからはパーティを組んだ他の連中もコイツを狙う。突破法を考えるだけでなく周りを出し抜く方法も考えないと。
「ねえ、さっきのダジャレっぽいのは笑うべきだったのかな」
「うるさい。そんなのほっとけ。今は考える事が山ほどあるんだよ」
身の振り方を考えていると横からツグミがそんな事を言ってくる。が、つっけんどんに返してしまう。
「貴様ら……我を侮辱するのか……?」
しかしこれに反応したのは他でもないゴーレムだった。
「我をコケにするとはいい度胸よ……後悔させてやる、この! 《バベルの長城》の力でな!」
「おい待て! 人の話の聞けっ!」
無礼を働いた俺のいう事など聞く耳持たず。先の宣告通り最上部へと飛んでいく。
ゲームの展開的にはあれだろう。頂上まで登って最終決戦。ここから上まで登らないといけないのか……。
「ねえ、それにしても《バベルの長城》の力って何だろう。心当たりとかない?」
「全く分からん」
そう。気にすべきはそっちだ。俺達が選択肢をミスったせいでどんな事が起こってしまうのか。とにかく喰らってみないと対処もできないからなあ……と思った矢先だった。
「《言語喪失》!!」
そのゴーレムの言葉が城に響くと共に青い光が城内に入り込んでくる。しかし数秒間発光したかと思えば辺りは何も変わらない風景が広がっている。ダメージも感じられなければ体が重いわけでもなく変化が全く感じられない。
ツグミは何か気になった事はないか?
何気なく横のツグミに問いかけたが返事はない。いや待て。何かがおかしい。ここに来て初めて違和感を抱いた。
そもそも俺の言葉は彼女に届いたか? 見るとツグミも俺に対して口を動かして何かを話しているようだが聞こえない。
何が起きてしまったのか、もうお分りだろう。俺達は言葉が通じないというオンラインゲーム殺しのギミックを作動させてしまったのだ。