同属性の異性
出会い頭に切り結んだ相手。それは《黒都》で俺が不良グループにやられかけたところを助けてくれた黒刀の使い手だった。
「えっと……その節はお世話になりました」
「あ、私も助けてもらったからおあいこって事で」
別になんてことないとでも言うように彼女は返事をする。何はともあれ思わぬ形で胸のつっかえが取れた感じだ。ついでとばかりにもう1つ質問してみる。
「ところで何で最初襲われた時に反撃しなかったんだ? さっきの攻防からアンタかなり強いと思ったんだけど」
――《晦冥》の俺の技を捌ききるくらいには。
「確かにあんな連中ならすぐやれるんだけどね。それで注目浴びるの、私は嫌なんだよね」
そう言って手元の刀に目を落とす。《晦冥》の能力のうち《月光》も《夜叉》すらも凌いでみせたその刀。
《光》は言わずもがな、生半可な《闇》であったも葬れるであろう俺の能力。これと渡り合えるとなるとかなり《闇》の割合は高いのだろう。それを得る性格となるとその行動も合点がいく。
「まあ気持ちは分かるけど」
「その割には前に出てたよね?」
それは多分《黒都》での俺の行動を指しているのだろう。
「まあ……何となくな。能力を試したいのもあったし」
実際、拠点で通り魔になるわけにもいかなかったんだし能力を試すという点では渡りに船という状況ではあった。
「それでうっかりやられかけたと」
「もう同じミスはしないから」
そう言ってポケットのポーションを見せてやる。カチャカチャと瓶同士がぶつかって音を立てる。
「うわっ多いね。所持上限超えてるんじゃない?」
「インベントリに入れなきゃ無制限。人から奪って確かめた。まあ割られる心配はあるけど」
「ちょっと正義感があるのかと思ったら全然そんな事ないんだ」
クスクス笑ってそんな事を言う。もう話す事はないな。
「じゃあこれで。俺は先に進むから」
「あー、この先に進むの待った方がいいと思うよ? さっきさ、君、凄い音を立てたでしょ」
続きは話さなかったが言われなくても分かる。響く地響き。そして雄叫び。ついさっき《月光》だの何だのを咄嗟に撃った爆音をモンスターが聞きつけたのだ。
音から察するに迷路の壁を砕いてくるもの、羽ばたいて迷路を無視して飛んでくるもの、愚直に迷路を進んでくるもの。今まさにこちらに向かってくるという状況から走って逃げる事すら敵わない。
「まあ《月光》で迎撃すれば……」
「全方位からやってきてるんだよね。1人じゃ流石にしんどいでしょ」
それは私もなんだけど、と付け加えて彼女は続ける。
「だからさ、前のモンスターは倒してよ。後ろは私が相手するから」
迫る足音。漂う獣臭。間違いなく敵は目と鼻の先。既に返答の余地はない。
言葉を発する代わりに《月光》を敵の第一陣に向けて放ち、俺は共闘の意思を示した。
*
「ガギャアアッ!!」
「グエラアッ!!」
モンスターのけたたましい咆哮が地下迷路に響く。
「キエアアアッッ!?」
「キイッ……キイッ……」
しかしそれはすぐさま覇気を奪われ、悲鳴に変わる。《夜叉》を使いこなす練習としては最適の機会だった。近くのものは《夜叉》で刈り取り、《夜叉》の範囲外ならば《月光》で吹き飛ばす。特に危なげなく立ち回る事ができた。
一方の黒刀使いも同じようにオールレンジ型の行動を取っていた。斬撃を飛ばし、降った勢いはそのままに目に入ったものに斬りかかる。止まる事なく刀を振り続けるその動きは流水のように滑らかだった。
……かなり使い慣れてるな。リアルで剣道とかその手のものでもやってるんだろうか。まあ俺には関係ないけど。
「こっちは片付いたよ」
「こっちも今終わった」
事務的に報告だけ行ってポーションを飲む。相手が多いと魔力の消費は馬鹿にならないだろうしな。
「ん」
「あ、いいの?」
差し出したポーションを見て彼女はキョトンとしている。
「半分手伝わせたし。経費くらいは払わないとな」
元はと言えば火力に任せて《月光》を撃った俺に責任の大部分があるし。
「それじゃ、ありがたくもらおっかな」
素直に受け取ったポーションをサッと彼女は飲み干す。
「……」
そして訪れる沈黙。必要最低限のコミュニケーションは取れてもそれ以上は何を話せばいいのかよく分からない。
そもそも何を言えば怒られないのか。機嫌を損ねないのか。その辺りの判断が俺にはできない。故に喋らない。安定行動のつもりが自分の首を絞めてるって自覚がある分なおタチが悪い。
「ところで2人で探索しない? 魔力消費も半分で済むし楽だと思うんだけど」
「あー……」
不意にそんな事を持ちかけられる。返事に困るな、これは。少し前に共闘を打診されて返り討ちにした事を考えると二つ返事で受けるのはどうか、なんて考えてしまう。
そもそも相手は女子だしなあ。女子は苦手なんだよ。まあ正確には老若男女問わず苦手なんだけど。我ながら面倒臭いな。
「ボスを1人で倒すのは流石に無理だろうから仲間が欲しいんだけど……」
「ボス?」
初めて聞いた。この城にもボスがいるというのか。まあゲームなんだし当たり前と言えば当たり前になるが。
「知らないの? この城のどこかにボスがいるらしくて、1番多くダメージを与えて倒したパーティには桁違いの賞金が出るんだって」
パーティかどうかはGMが勝手に判断しそうな案件だな。その辺は適当でいいんだろう。このゲーム的に。
「それなら他を当たればいいのに」
「人数が多いのは苦手なんだよね。それと取り分が少なくなっちゃう」
「ああ、そういう……」
パーティである以上報酬は山分け。これは当然だ。問題はその母数。なるたけ多くの報酬が欲しいなら必然的に少数精鋭の形をとる必要がある。
「道すがら他のパーティを倒したりポーションを奪えばチャンスはあると思うよ? 一度倒されたらこの城には二度と入れないし」
「そんなシステムあったのか」
「みんなGMから聞いてると思ったんだけどね……」
また不十分な情報しか提供しなかったな、あのポンコツ。何で俺はこんな縛りプレイみたいなことさせられてるんだ?
「それでどうかな。一緒に陽キャを潰さない?」
「ん、やろう」
陽キャを潰す、それは俺を即決させるには十分すぎる魔法の言葉だった。性別とかも最早問題外だ。こんなの断る理由がない。
「じゃあしばらくよろしくって事で。ここはゲームの世界なんだし、私の事はツグミって呼んでよ」
「こちらこそ。じゃあ俺はアラタで」
「それじゃ攻略を再開しよっか」
それだけ言ってツグミは半壊した迷路を進んでいく。
それにしても《闇》が強いはずなのにコミュ力がここまで高いとは。性格が属性に反映されるとはいえ、《闇》の数値とコミュ力には必ずしも相関はないって事か?
冷静に考えれば《闇》陣営が全員コミュ障なら《黒都》はコミュニティとして崩壊してしまう事になる。……まあそこは上手くやっているのだろうか。
「おーい。置いてくよー」
「あ、今行く」
そんな事を考えても仕方ない。小走りで彼女に追いつく。なんにせよ頼りになるパーティメンバーが出来たんだ。待ってろ、陽キャども。
ボスが半ば目的から外れかけた思考で《バベルの長城》探索、第2ラウンドを開始した。