眩しい光は塗り潰せ 後編
言い終わるよりも前に処刑執行の光が俺に降り注ぐ。俺は彼らの性格、コミュ力、生い立ちを反映したかのような眩い光に包まれる――
「なんて展開にはさせないからな」
それは刹那の出来事だった。俺に飛んできた《光》は初めからそこにはなかったかのように跡形も残っていない。
「……何で?」
そう呟いたのは片方の男。それは今しがた起こった怪現象のせいか。それとも自分の体に巨大な引っ掻き傷のようなものができている事に対してか。
「がはああっ!?」
「今何をやったんだよ!? 瞬間移動したのかよ!?」
3人に狙われていた状況から一気に背後を取ればそう思われるかもしれない。ただこれはタネも仕掛けもなくて、
「……特典なんだよなあ」
《晦冥》の事はあまり知られたくない。切り札は隠すものだから。だからこんな感じでお茶を濁す。
「と、とにかくこれで回復してっ!」
そう言って投げられるのは赤い液体の入った小さなビン。ビンの大きさは130円とかで売ってる小さなペットボトルくらいか。一発逆転のもう1つの要素。そう、全回復アイテムのポーション。
「それ寄越せええっ!!」
本当はそんな感じで叫びたかった。が、そんな余裕は流石に無い。獲物を見つけた獣のようにそれに向かって飛びかかる。
「あいつ、ポーションを狙ってるぞ!」
「大丈夫! 私達なら止められる!」
そして光が再び行く手を阻む。少し前の俺なら逃げようとしていた事だろう。けど今は違う。それに向かって足を止める事なく進んでいく。
ポーションを飲めれば魔力は回復する。なら出し惜しみは無しだ。さっき何が起こったのかを改めて教えてやる。
そう思って魔力を右手に集中させる。右手を黒い鉤爪のようなオーラが包み込む。これこそが俺の考えた最強の能力。
「――《夜叉》!!」
縦横無尽にその手を振るう。その手に触れた光はいともたやすくその輝きを失う。鉛筆の筆跡を消しゴムで消していくが如くあっさりと落としていく。
「私達の能力が効いてないの!?」
驚愕する2人を無視してポーションを持ったまま呆気にとられる男へ駆け寄る。抵抗しようと槍を出すが問答無用で切り裂いてそのポーションを奪う。
「ちょっ……」
「邪魔」
何か言おうとしたので《夜叉》でその胸を思い切り搔き切って打ち捨ててやる。
男が光に包まれて脱落するのを肴にポーションを流し込む。味としては少し酸味のあるスポーツドリンクといった感じか。赤いスポドってあるじゃん。あんな感じ。
「これで回復したのか……?」
HPやMPバーといったものがない以上、回復したという実感が今一つ湧かない。ただ心なしか体が軽くなった気はするけど。
「さっきの能力って……本当に……」
萎縮したようにホノカさんがきいてくる。
「ああ。今身につけた俺の能力……《夜叉》は《光》の能力なら何でも無効化できる。お前ら陽キャに対して絶対の特効を持つとは思わないか?」
「そんな能力、破格すぎるだろ……。絶対に何か、何かデメリットがあるはずだ!」
「それは否定しない。だからと言ってホイホイと言ったりはしないけど」
ふわりと宙を浮きながら俺は反撃を開始する。2人の抵抗は無慈悲に無効化しながら、かと言って俺はすぐにトドメを刺すつもりはない。死なない程度に痛めつけるようにする。
「何の真似? 私達で遊んでるの?」
「そんなつもりはないんだけどな」
言いながら連続で体を傷つける。ダメージの大きくなりそうな心臓や頭は狙わないように。
「舐めてられるのも今のうちだから!」
諦めまいとホノカさんはポーションを実体化させる。どこまでも諦めないその根性が今ばかりは有難い。
「そこ」
動かしているのが自分とは思えない反射神経でポーションを引ったくってポケットに押し込む。
「あっ! でもまだストックはあるから!」
そう言ってまとめて実体化させたものも同じように強奪する。奪わせまいと動こうとするが、盾が意味をなさないこの人はもう無力だ。
「きゃあっ!?」
ポーションを失った陽キャに意味は無し。かなりアレな思考なのは置いといて思い切り蹴飛ばしてやる。もやしっ子の蹴りでも《晦冥》の補助があるのでそれなりにサマにはなってくれる。
「ホノカあっ! これを使ええっ!」
陽キャの特徴と言えばその助け合い精神だ。鬱陶しいなと思う反面、これ自体は大切な事だと俺は考える。合理性とか何もかもをかなぐり捨てて互いを助けようとするんだ。道徳的にも美しいし、そんな人間がたくさんいれば現実世界は生きやすくなるだろう。
とは言っても、その助け合い精神が今この瞬間では仇となる。もちろんこうなる事も予測済みだ。
「ダメっ! その人の目的はポーションを奪う事だから! 投げないで!」
警告した時にはもう遅い。今後の事も考えてか恐らく全てのポーションを投げた男さん。その全てをフリスビーを取る犬のように俺は掻っ攫う。
「これで6本か。インベントリに入れなきゃ無限に持てるんじゃないのか……?」
モゴモゴと口を動かす俺を見て立ち尽くす2人。まあ、切り札は全部封じたしもう打てる手もないだろう。
「ポーションは手に入ったしサッと倒す事にする。早く城に突入したいし」
最後の最後はそんな、呆気ない幕引きとなったのだった。
*
「それにしても貴方の能力は面白いですね」
「はいはいそうですかっと」
城に入ってモンスターを八つ裂きにしているとGMが話しかけてくる。
「しかしその使い方はどうかと思いますけどね……」
若干引きながらそんな事を言うのは周りの絵面のせいだろう。俺の周囲には翼の生えた悪魔、ガーゴイルとかいうやつだったか? そんな奴らの骸が沢山。そしてポーションの瓶。数は10本を超えてから数えてない。しっかりストックもしているし完璧だ。
「別にいいだろ。狩りは効率が大切なんだから」
「一応言っておきますとモンスターを倒す以外にも経験値が入るんですよ。それも場合によってはモンスターよりも美味しいくらいの」
「それは聞いた。けど今はそれを実践してる暇はない。仮に生産系の経験値が美味しいとしてもさ、それを上回る効率を狩りで叩き出せば良いだけの話だろ」
「それならば手段は問わないと」
「まあ《晦冥》らしく振舞うならそうなるだろ」
あの後俺はすっかり《夜叉》の性能に味を占めた。城には既に何人もプレイヤーが先行していたがそれが逆にラッキーだった。
元々が存在感が無いからか気づかれる事なく隙をつける。その後死なない程度に奇襲をかける。
そして回復しようとしたところでさっきの3人組と同じ要領で強盗殺人を図る。それをひたすら繰り返してきたのだ。
「ポーションもごっそり溜め込んだ。そろそろもっと深くまで行ってみるか」
不思議な事に《バベルの長城》は上だけでなく下にも道が開かれていた。地下の方が秘密がありそうという理由で下りてはみたがそこに広がっていたのはなんと果てしない迷路だった。
「必要以上に入り組んでるな……。そういえばさ、イベントはいつまでやるんだ? 何日までこの城は存在すんの?」
珍しい事にこの質問には一切レスポンスが無かった。このAIに限って音声認識ミスがあるとは考えにくいしどうしたものか。
「ま……そのうち分かるよな」
そんな感じで何個目かの角を曲がる。暗くてよく見えないが足音は聞こえないから大丈夫だろう。俺は足音を立てずにコソコソ歩くのはデフォなので無問題である。
「あっ」
「痛っ」
キンッ――!
ぶつかったと同時に即座に《夜叉》で攻撃する。自分以外は敵ではなくとも仲間ではない。姿の見えない相手に対して躊躇する理由は特に無い。
が、それは相手も同じらしい。感触からしてダメージを与えられていない。何かよく分からないが防がれたか。
「貫け!」
互いに後方に飛び退る。そのまま俺は《月光》を放つ。暗闇に紛れて避けるのは不可能だろう。そう思っての一手だった。
「そこまで甘くないよ」
再びキンッという耳をつんざくような音。爆破音が響き渡り、砂煙こそ巻き起こるが手応えはまるで感じられない。
「はあっ!」
かと思うと砂煙から一直線に何かが飛んでくる。暗くて視認する時間はないが殺気でどこを狙っているかは感じ取れる。
「ッ、《夜叉》!」
咄嗟に《闇》を纏った腕で防御する。再び触れ合う武器と武器。さっきから無効化出来ないのは恐らく俺と同じ属性を使っているからか。
「あれ? なあ、アンタもしかして……」
そこである事に気づく。よく見るとこの襲撃者の得物は漆黒の日本刀だ。そして長いストレートの黒髪。まじまじと観察していると相手も俺が誰なのか気づいた様子を見せる。そうしてぽつりと口を開く。
「……私達、《黒都》で1回会ったこと、あるよね?」