エンディング
ターミネーターと聞いて、「終末」を連想するゲーマーは多いと思う。
様々なゲームでこの単語は耳にするだろうし適当に調べてもそんな意味に行き着くことだろう。
しかしこの手に握られた《ターミネーター》の語源は別にあるらしい。
その語源は「明暗境界線」だ。
明暗境界線とは何か。まずは宇宙に存在する惑星を想像して欲しい。
惑星には太陽の光を受けて光っている箇所と光が届かない暗い場所の両方が存在する。地球にも昼になっている場所と夜になっている場所とがあるだろう。
明暗境界線とはその昼と夜、光と闇を白く分ける境界線のことを指す。
《ターミネーター》の両刃のうち片方が純白、もう片方が漆黒に染まるその様子から連想して名付けたのだろう。
「はあああああああっ!!」
そんな背景を持つ《ターミネーター》を振りかざしながら俺は進む。新たな力で圧倒すべく、猛牛のように突進する。
「灰神よ……!」
しかし攻撃を行えば相手は当然防御に出る。もっとも灰神の防御法は、攻撃は最大の防御というようなスタンスだが。
「――――」
魔力砲は何門も追加され、さらには蔓も無秩序に生え、襲いかかる。これまで以上の大盤振る舞いで俺に降りかかる。
それでも。
それでも俺は止まらない。
「……いける!!」
ダッシュから跳躍へ。その勢いのまま蔓へと向かう。
「はああっ!」
そのまま体全体を使って一回転。《ターミネーター》の薙ぎ払いは太い蔓に威力を殺されることなく容易く切断していく。
「まだまだ……!」
続く魔力砲は《ターミネーター》を盾のように構えて一度受け止める。
モノクロの刃が全てを受け止め、また、いなしていき、一歩も後方へ押されることもなく防御に成功する。
「ここからカウンターを……!」
タイミングを見計らって《ターミネーター》の刃を魔力砲へと向ける。するとその先から魔力砲がV字に分かれていく。
《ターミネーター》と灰神の砲撃、どちらに軍配が上がったかはもう語る必要もない。
「ら……あああっ!」
斬り裂き、斬り裂き、前へ。あらゆる攻撃を暴力的に斬り裂いたその刃はついに灰神の元へと到達し――
「喰らえええっ!」
――その腕をも斬り裂いた。
「なんじゃと……!?」
跳ね飛ばされた腕の付け根から灰色の魔力が漏れ出る様はロボットに通じるものがあると思いながら向き直る。
「《ターミネーター》……この切れ味、いいじゃんか……!」
「灰神の腕を切断するなぞありえぬ……! なぜじゃ!? なぜなのじゃ……!?」
もはや動揺が隠しきれない灰の翁。いや、その威力は灰の翁だけでなくその場にいる者すべてを震撼させた。
「アラタのそれ、本当にどうしたの……!? これまでの能力とけた違いだよ!?」
「《光芒》と《晦冥》が合わさるとここまでのものができるのかい……!?」
「発案者までそこまで驚いてどうするんだよ……。まあ気持ちは分からないでもないけどさ……」
実際のところ《ターミネーター》はいちプレイヤーが使う能力としては常軌を逸していると思う。なぜなら、
「いや……それだけの性能なら魔力消費も相当なはずだと灰神は計算しておる……ならば魔力を枯らせるまでじゃ……!」
「――――――」
その思考を遮るかのような灰神の攻撃。再生させ、魔力を纏った剛腕――恐らくは例の超高威力の溜め攻撃――と後方からの魔力砲撃による遠近両用の攻撃で反撃に出る。
恐らくは《ターミネーター》を乱用させてどんな能力を使っても逃れられない魔力切れを狙うつもりなのだろう。仮に俺が灰神の立場であったとしても全く同じことを考える。
そこまで俺も考えが回っているが、けれども焦る気持ちは湧き上がらない。それはこの能力が本当に常識破りだということ、そしてその詳細が分かっているからだ。
《皆輝剣》とは違う別物にはなってしまったが、それでも一度振るえば感覚的に何ができるかは理解できた。そう、この大剣には――
「そんな攻撃は……いや、どんな攻撃も効かないんだっての!!」
《ターミネーター》を上段に掲げて一気に振り下ろす。明暗境界線の名が示すように、空間を両断するイメージで。
そしてその軌跡は純白の境界線を作り出し、その線に触れたそばから灰の魔力が霧散していく。が、その快進撃も終わりだと言わんばかりに、少し遅れてチャージの終わった《回帰塵灰》が発射される。
「アラタ、退避するよ!」
「いや、いらない! 今なら溜め攻撃でも正面から撃ち勝てる!!」
《翼》をはためかせようとするツグミを静止させ大剣をもう一度構え直す。
「無に帰せ! 《ターミネーター》!!」
力を込めてもう一度大振りの一閃を放つ。通常の俺なら1秒も食い止められないだろう攻撃。
一瞬の拮抗を作り出すことにさえどれほどの魔力とプレイヤーのスペックが必要かも想像ができない攻撃。
けれども今この瞬間だけはそんな摂理を無視するかのように《ターミネーター》が膨大な魔力を受けるそばから喰らい尽くしていく。
「なぜ、なぜ灰神の攻撃が通らんのじゃ!!」
「ああ、簡単なことだジジイ。全ての攻撃を無効化してるからに決まってんだろうが」
そう、《皆輝剣》の《闇》を打ち消す力と《夜叉》の《光》を打ち消す力。特権として許されたその2つが合わさったのだ。それならば灰の魔力にだって対抗できる。
「な、馬鹿な!? そんな蛮行が通るはずがなかろうに!! バグではないのか!? そうじゃ、そんなものはバグに決まっておろうが!!」
「ああ、そうだな。こんなものはバグに決まっている。俺様としたことがこいつは想定外だ」
「まさかお主、GMのくせにバグを肯定するとでも言うのか!?」
「ああ、肯定も何も事実だからな。確かに《ターミネーター》はバグだ。後で当然修正はしてやる。……だがなあ!」
そこでひときわ大きな声が響き渡る。
「それ以上にジジイ、テメエは悪質なバグだ! ああ、純粋な害悪と言っても問題ねえ! そんな奴はここで消す! バグを以てバグを制すんだよ! ――一度くらいは正面切って無双しやがれ《晦冥》!!」
「この……聞き分けのない者どもめ……! 儂が管理しなければこの先後悔することになろうぞ……!」
「勝手に決めつけんなチートプレイヤーめ! GM様のお許しが出たんだから遠慮なくぶっ倒してやるっての!」
灰の翁の言葉も、灰神の抵抗も、乱射されようと俺を傷つけ、揺さぶるまでに至らない。強大な力を持つ者とそれに抗おうとする者、その両者の関係はとっくにひっくり返っていた。
「灰神が現実のプレイヤーを洗脳する装置なんだろ。今すぐ倒してやるから大人しくしてろ……!」
「ぬ……ぅ!」
地面を引き裂き、魔力も引き裂く。灰神の魔法陣に包囲されても《ターミネーター》を土星の輪を描くような軌道で振ればそれだけで魔法陣ごと霧散する。
そのまま誰にも何にも止められることなく灰神の元へ。今の灰神はもはや木偶人形だ。逃がさないようにまずは足から攻撃する……!
「儂はまだ負けてはおらぬのじゃ……! 理想の日本を作るために、まだ、引き下がれぬて……!」
「――――」
主人の叫びを受けて灰神がところかまわず暴走したかのように暴れ出す。灰の翁の感情、思考を学習した結果なのだろうか。いずれにせよ、
「そんなことをしても無駄だってのは灰神も学習済みだろ! すぐにそんな真似はできなくしてや――!?」
灰神があらゆる攻撃を駆使したとしても今の俺には指一本触れることすらできない。これは事実だ。
しかし俺に影響を及ぼさないだけで他の物体には容易に干渉できることもまた事実だ。それはちょうど世間の流行りもの、と言われて俺以外の大勢が知っているかのように。
そう。俺に攻撃は効かずとも、床になら――
「――っ!」
「アラタ!」
床がひび割れ、足元をすくわれる。そのまま灰神の攻撃を受けるような間抜けは晒さなくとも、攻撃の軌道がずれて、灰神のボディを仕留めそこなってしまう。
「――――!」
「なっ、灰神!? 何のつもりじゃ……!?」
するとその様子を観測した灰神が弾かれたように動き出す。灰色にくすんだ天使の羽を生やし、翁を抱えて唐突に空へと躍り出る。
「まさか劣勢を悟って逃げるつもりかい!?」
「ああ、違うなこれは。こいつは……!」
「……そうか、灰神。この者らをまとめて始末しようというか……! なるほど、遍くプレイヤーのデータを収集しただけはあるのう……!」
空中で灰神が魔力を溜め始める。どこからどう見ても狙いは俺達、となると……。
「そうか、城もろとも俺達を吹き飛ばすつもりか……!」
「その通りじゃ……。お主の武器は確かに強力……それも灰神ですら勝てないような、の。じゃが……お主のプレイヤーとしてのステータスはバグでもなんでもないじゃろう……?」
「……!」
翁の言う通り、《ターミネーター》はチート級の武器だ。しかしだからと言ってこれは俺のステータスがチートレベルだということを意味しない。
これはただ、俺という普通のプレイヤーがとち狂った装備を握っているだけだ。《ターミネーター》には《光》の魔力は効かないが、俺の体に撃ち込めば即死する、そういうことだ。
「もしかして、落下死させてアラタを殺すつもりなの!? 《ターミネーター》でもそれだけは防げないから……!」
「この居城もこのゲームも洗脳が終わってしまえば用済み、破壊することになんの躊躇いもありゃせんよ……!」
建物を破壊して高所から叩き落として落下ダメージで殺す。誰の思考を学習したのか知らないがシンプルで効果的な策だと思う。いくら《ターミネーター》でも城を破壊する規格外のレーザーを全部無効化するのは恐らく無理だろうし。
だが、そっちがその気なら……。
「ああ、《晦冥》。俺様が指示するまでもなく対策は打てるよな?」
「当然。タテルは露払いに全力を注いでなよ」
言いながら手を空へと掲げる。悠々と空を飛ぶ灰神に、どちらが制空権を持つのかを教えるように。
「《ターミネーター》は魔力を使わなくても攻撃を無効化できるんだよな。だから……!」
空を撫でるように手を払う。撫でた後に表れるのは無数の石板。それは夜空に散りばめられた星々のように広がっていく。
「魔力に余裕があるからこれも気兼ねなく大量に出せる。そして数が多いなら、それを登ってアンタに追いつくことだってできるんだっての!」
そのまま一気に石板の上を跳ねるように駆け上がる。今握っているのは《蝶舞剣》と違って大振りの大剣ではあるが、軽快な動きができなくなるようなステータスではない。
「溜め攻撃の準備が終わる前に撃ち落としてやる……!」
「どこまでも小癪なまねを……!」
灰の魔力を溜めながら、それとは別に砲台が作られる。魔女アルティーナの砲撃よりも質は上だろうが、そんなものは目くらましにもならない。それは灰の翁も分かっているはずだ。
「抵抗は無駄なんだよ! 諦めが悪いぞ、灰の翁!」
今の俺にはいかなる魔力攻撃も物理攻撃も無効かできる術がある。果ては爆風すらも全てを掻き消してさらに石板を登り続ける。
花吹雪のように舞い散る灰の魔力の中を駆け抜けて、高く飛翔した灰神――恐らくは城全てを射程圏内として観測するためだろう――をまっすぐに見据えられる距離まで接近する。
たとえ攻撃を放たれたとしても、それごと全て斬ってしまえばいい。そう思える間合いにまで俺は接近していた。
このまま突き上げるように、灰神を串刺しにする。それを狙って大剣を振り上げる予備動作を取ったその瞬間だった。
「何を言うか、学習しない小僧よ……。お主のその剣以外は灰神に遠く及ばぬということを忘れたかのう……?」
その言葉と共に怪しく灰神の目が光を放つ。それに呼応するように周囲を舞っている灰の魔力も紅く輝く。
「これはまさか魔力の残骸なんかじゃないのか……!?」
周囲を漂う灰色の魔力。これは《ターミネーター》で無力化したものの成れの果てだと思っていた。しかし今考えてみると無効化した攻撃はそのまま消滅するのが常ではなかったか。
「どんな力を持っていても未知の状況には対応が遅れてしまう……それは政治もゲームも変わらないものじゃな……」
パチンと翁が指を鳴らすと同時にそれらは爆ぜる。爆破によって俺の体が焼けることはないが、俺の作り出した石板にはそんな特権めいた能力は存在しない。
「くそ、やってくれるな……!」
シューティングゲームの敵のように次々と足場が消滅していく。辺り一帯、同時に起こった爆発。それだけではなく、なおも爆発は連鎖を続け、止まる気配は一向に見えない。
「新しい足場すらも作らせない気か……!」
重力に逆らう術を失ってしまった以上、待っているのは自由落下だ。やみくもに《ターミネーター》を振り回してもラッキーパンチにもなりはしない。
「当たらないか……!」
「お主が普段使う得物とは違うのじゃろう? そんな一朝一夕で使いこなせるはずがなかろうに……。それはゲーマーであるお主が一番分かっているはずじゃ……」
「この……さっきまで暴言吐いてたくせに……!」
激昂してもそれだけでは状況は変わらない。
「まずい、灰神を斬るタイミングはここしかないってのに……!」
今や支える足場はどこにもなく。宙ぶらりんのまま落ちていくところまで落ちていく。そんな光景が脳裏をよぎる。
まるで現実の自分のようだ。ゲームに溺れて溺れて溺れて終わる。そんな風に沈んでいくだけの自分。ゲームでならそんな自分でなくなると思ったのに、最後の最後でこうなるのか。
……ボスを倒す直前で敗北する。それはゲームでは普通にあることだ。国民の洗脳がどうとか訳の分からないものまで報酬のテーブルに乗ってはいるが根幹はやはりゲームだ。こんな展開もあるのかもしれない。
「もう灰神には近づけん……。《回帰塵灰》からは逃れられぬよ……」
「…………くそ」
灰神からどんどんと遠ざかる。灰神を守る爆発がまるで花火のように感じられる。どこか遠くの他人事に感じてしまうような距離まで離れてしまった。
その中での灰の翁の勝利宣言。これに待ったをかける手段なんて……。
「負けた気になるのは早いよ? だって、まだ私がいるからね!」
「っ!? ツグミ!?」
突如として沈んでいた体を引っ張り上げられる。ロケットブースターを装着したかのように急上昇、墜落してしまった距離をたちまち取り返してしまう。
これは、最高速度が自慢の《星空の翼》。
「言ったはずだよ! 2人で灰の翁を倒そうって!」
「……そうだったな。なら、しっかりサポートしてくれよ!」
「《黄昏》の小娘、まだ動けたとはのう……。じゃがその翼も足場と同じ。灰神の攻撃からは逃れられぬて……」
止まらない爆破と共に翁が笑う。さらには魔法陣をいくつも展開して完全に迎撃の構えを見せる。
「そう思うんなら砲撃の追加投入とかするなよな!」
「そんなので迎撃しようなんて舐められてるね……。飛行と攻撃を同時にするのと、飛行だけに集中するのとじゃ全然違うんだよ!」
ぐっと、腰に回された腕がさらに強くなる。それはまるでジェットコースターの安全装置のようだった。
「最高速度で何もかも振り切って見せるよ! ……だから!」
「分かってる! 正面は《ターミネーター》に任せろ!」
「そこは俺に任せろ、じゃないの?」
「これは俺の力って胸張れるような代物じゃないの、分かってるだろ……!」
そんなことを言いながら爆心地へと勢いよく突っこんでいく。これまでの俺達なら自殺行為に等しいが、
「爆風にダメージ判定があるってんなら、それを無効化する理屈もあるだろ!」
《ターミネーター》を十字に振り回す。斬った先から白い閃光が放たれて、道を切り開く。蝕むはずの灰神の攻撃は活路へと早変わりして俺達を迎え入れる。
しかし爆風を通り抜けたからといってそのまま灰神の元へと直行するかというとそれは難しい。
ツグミは今、俺の腰にぶら下がるような体勢で翼を維持している。正面の攻撃そのものは俺がどうにかできるが、後方からの追撃を防ぐ手立てがない。
「灰神に近づくほど攻撃が激しくなるね! 全方向から狙われるよ!」
「知るかそんなの! 全部叩き落とす! できないとか言うなよ!?」
「――もちろん! 私の動きに合わせるの、アラタならできるよね!」
俺の返事を待つことなく、ツグミが動く。垂直に上昇したかと思うと、一気に切り返しながら左右に大きく揺れ動くような軌道を描く。
「《快晴の翼》! これまでで一番、自由に飛ぶよ!」
変幻自在、縦横無尽。まるで彼女が頭の中で描いた軌道をそのままなぞるかのように予想もつかない自由な飛行。その動きに合わせながら《ターミネーター》を振るう。
特別長い付き合いじゃなくてもこれだけ一緒にゲームをしてきたんだ。
「……どこで何をしたいかなんて、分かるっての!」
カーブ直後にスピードが一段階上がる。その瞬間に合わせて大剣で空を引っ掻くように滑らせていく。
「よし……!」
「このままいくよ!」
今度は翼を垂直に移動させ、灰の魔力に覆われていない空の隙間を滑るように抜けていく。
右、左と180°回転しながら攻撃を躱し、とうとう灰神を見下ろせる位置にまでやってきた。
「そこじゃな……!」
「!!」
灰神が手を伸ばす。するとどこからともなく俺達の周囲に灰色の鎖が現れる。
次々とその鎖は上下左右どこを向いても視界から消えず、毛糸の玉のようにしつこく俺達の周囲を這う。
いや、野球ボールの製造過程のようでもある。俺達を核として、それを包み込むかのようだ。
「鎖の一部を消したとて、残った鎖がお主らを捕らえる……重い大剣で全てを薙ぎ払うのは不可能じゃ……!」
灰神が拳を強く握る。鎖が収縮し俺達へとま迫る。《ターミネーター》の重さでは全方位の薙ぎ払いなど不可能だ。
《蝶旋風》なら対策は立ったかもしれないが、灰神とパワー比べをするとなると分が悪い。
だが、そんなことは考える必要はない。
「学習するのは灰神だけじゃないよ! 全力の魔力を乗せて……いくよ、《黄昏の翼》!」
ジャリイイイッ! と鎖が絡まり捕縛する音を背に受ける。
「な……なんじゃと!?」
《黄昏の翼》の特徴は瞬間移動だ。
拘束技を一度受けたツグミなら、そして飛ぶことにのみ魔力を集中させているツグミなら、そんな攻撃に引っかかりはしない。
「限界まで翼を使うよ! だから後は……全部任せるね!」
「任せろ! 灰神も翁も、全部全部一撃で終わらせてやる……!」
意識が振り落とされそうになる連続の瞬間移動を耐えながら、目は灰神から逸らさない。ツグミが作り出してくれる絶好のチャンスを逃さないために。
「この……この……! 灰神よ、全能の儂の僕よ! この者らを討ち払うのじゃ……!」
「――――――」
灰神がまだ何か動こうとする。が、その動こうとした瞬間を間近で見える距離まで既にツグミは飛翔していた。
「今だよ、アラタ!」
「ら……あああああああっ!!!」
ずん、と灰神の心臓部に深々と《ターミネーター》が突き刺さる。
「いけえええええ!!!」
そのまま俺の魔力の全てを流し込む。大剣の性能を120%、それ以上の限界を引き出すために。
「――――!?」
その魔力に呼応して大剣の刃は膨張していく。灰神を、灰の翁を、L&Dと現実世界の両方を脅かすものへ天誅を浴びせるために。
「な……こんなはずは!? 儂は日本を率いていく者! こんなちっぽけな世界、統べられるはずじゃろうて……なぜじゃ!!」
「負けた理由なんてすぐ分かるでしょ……!」
「そうだな。ゲーマーなら誰でも分かる単純な理屈だ。……いや、アンタはゲーマーじゃないから分からないのかもな」
《ターミネーター》の魔力が灰神と翁を侵食していく。最後に翁が消える寸前、俺とツグミは揃って最後の勝利宣言を口にする。
「「ゲームの女神は楽しんでいる人にしか微笑まないんだって」」
ゲームを嫌々やっている、楽しむ目的以外でやっているやつに、この世界は味方はしてくれない。それだけだ。
「そんな……つまらん理屈に……! ぬ、ああああ……っ!!」
とどめとばかりに《ターミネーター》を振り抜く。
灰神の体は一刀両断され、灰の魔力、そして《ターミネーター》に乗せた俺の魔力とが混ざり合い、最後の最後、勝者を決定づける大爆発を起こした。
その煙が晴れたところには灰神も、翁ももういなかった。
「はあ、はあ……ということは私達……」
「ああ、そうだ。洗脳装置灰神のプログラムはもう直らねえ。俺様達の勝利だな」
「完全勝利か……やったな……」
その言葉を聞いて俺の手から《ターミネーター》が滑り落ちる。その剣は役目はもう終わったとばかりに形を崩しながら落ちていく。
「ありがとうな、《ターミネーター》……っ」
不意に体の力が抜けていく。魔力を出し尽くして神経も限界まで擦り減らしたのだ。魔力枯渇を落として倒れ込まない方がおかしい。
それとほぼ同じタイミングでこれまで保っていた高度が急に落ちていく。まあ、それもそうだろう。ツグミだって限界ギリギリまで魔力を使ったのだから。
「あはは……私ももう無理みたい」
「灰の翁は倒したんだ。それなら後は落下しでも何でも受け入れてやろうぜ」
2人とも手足を大の字に開けながら落ちていく。動かそうとしても筋肉と脳がその命令を頑なに拒む。
やり切ったんだからもういいだろうと悲鳴を上げる体にこれ以上は何も言わず、ただ黙って落ちていく。
「ねえ……綺麗だね、この空」
ツグミがぼそりと呟く。灰神と死闘を繰り広げているときは見渡す余裕など全くなかったが、今なら分かる。
「そうだな。……タテル、いい趣味してるよな」
右を見やればどこまでも晴れ渡る青空だ。そしてそれは朝焼けへと繋がっていく。
「……あっちが《白都》だね」
左に目を向ける。右とは対照的にどこまでも暗い夜、そして星空が広がっている。
「そしてこっちが《黒都》だな」
俺達が丁度落ちているのはその狭間、昼と夜がぶつかり合う黄昏の時間。黄金に輝く空が俺達を包み込む。
「……ねえ、アラタ」
「うん?」
景色を眺めていたツグミの瞳がこちらへ向く。その丸い目が細められて笑顔に変わる。
「もう一回、今度はちゃんとこの景色を見にこようね!」
「……そうだな」
そうして視界が霞んでいく。そのまま落ちて死んだのか、タテルが助けてくれたのか、詳しいことは覚えていない――。
*
「――ああ、お目覚めか」
「ここは確か……」
「……タテルさんの隠れ家だよね?」
目を覚ますとそこはベッドの上だった。……俺達は灰の翁を倒して、そのままログアウトしたのだろうか。
「先輩達、灰の翁をバグ技で倒したって本当ですか!? それとそれとアラタ先輩! ツグミ先輩と一緒に空を飛んで最後は決めたんですよね!! リプレイとか残ってないんですか!?」
突如、先に起きていたらしいユウハが詰め寄ってくる。華奢なぶん、体が弱そうな印象があるが、案外タフなのかもしれない。それとも自分の興味を最優先に動くような体の持ち主だったりするのか?
「大体タテルから聞いてるんだろ? 多分それは本当の話だ。それとリプレイなんてあるわけないだろ。外部機器使えないんだし。……そうだ。殿やってくれたのは凄く助かった、ありがとうな」
「そうだね! 実際に見てはないけどナイスガッツだったよ! 私の刀はどうだった?」
「先輩達のデートのお役に立てたなら良かったです! それとあの刀のおかげで暗夜さんもコウさんも倒せちゃいましたよ! 蝶野さんにも助けられましたが、先輩達と同じ戦果です!」
「だからデートじゃないってのに……ってそんなことしてたのかよ!?」
「ユウちゃんが強いのは知ってるけど……それでもかなり無茶したね!?」
「先輩達と色んな敵と戦いましたからね、私も無茶はできるようになってるんですよ!」
「ああ、反省会だのなんだのは少し後にしろ。いくつか言っておくことがあるからな」
わいわいと灰の翁強襲戦について話しているところであの男も寄ってくる。
ログインだけでなくGMとしてあれこれしていたはずなのに疲労の色は一切見えない。それくらいの胆力がないとゲームクリエイターなどやっていけないのだろうか。
「まずあのジジイについてだが、灰神を失った今再帰は不可能だ。権限も寝てる間に奪い返したからな。今となっちゃニュースで顔を見る程度の政治家でしかない。それだけだ」
「それだけって結構あっけなく終わっちゃったね」
「あのジジイは現実世界で大規模なクーデターを起こす力なんざ持っちゃいねえからな。ゲームが現実に与える影響なんざこの程度で十分なんだよ」
社会現象を起こすにしても、楽しむゲーマーがいねえと張り合いがなねえからな、とタテルは付け加える。
「ついでに言っておくと全プレイヤーの洗脳は解けてはいるが、灰の翁について覚えてる奴らはほとんどいねえ。これが何を意味するか分かるか?」
「俺らがヒーローだって知ってる奴はいなくて、大多数から見れば俺達は《白都》に殴り込む迷惑なプレイヤーである、だな」
「ああ、そうなるな。不満か?」
「そこの2人はどうか知らないけど、俺は別に」
正直言ってヒーロー扱いの方が嫌だと言い切れるレベルではある。
そんな風に尊敬を集めて何もかもの行動に注目されたら窮屈すぎてたまらない。俺にとって人の視線は《ターミネーター》でも打ち破れない最強の攻撃だぞ。
「私も同感だよ。あくまで特権持ちのいちプレイヤーでいたいよね」
「私は先輩達を見守れればそれでいいので、必要以上に注目は浴びたくは……」
「全く、変わった連中め。だがそういうとは思ってたぜ」
「それに、ヒーローだからってPKするときにあっちに気を使われたらやってられないだろ」
PvPの接待なんてつまらないにもほどがある。それが分からない奴はこの場にはいない。
「ああ、まだ好き放題暴れるつもりか。血の気が多いやつだな」
「当然だろ。灰の翁も消えたんだし後腐れなく戦える。……ところでさ、灰の翁も倒れたってことはこれで今夜もL&Dで遊べるんだよな?」
まさか、不慮の事態のせいでサービス停止なんてしないよな? と暗に含めながらタテルに詰め寄る。今この瞬間だけなら俺の方が立場は強い……はずだ。
「私もこのごたごたのせいでできなかった探索とかやりたいからね。このくらいの些細な願いは天才のGMさんなら叶えてくれるよね?」
「システム的には私達の所有物になってるトリノイワクスもありますし! あれを持ち出せば色んなとこ行けますよ!」
続け様にそんなことを言う俺達を見ながら、一瞬だけ目を見開いたタテル。
「ああ……ったく俺様には休みなしか、ふざけやがって」
それも束の間、いつものような鋭い眼光をその目に宿し不敵に笑う。その笑みはユーザーを期待させ、思いのままに振り回すGMのそれだった。
その笑みが消えることはきっともう来ないだろう。そしてそれは、俺達のもう一つの世界が揺るぎないものとして完成したことも意味する。
開発段階から根付いていた強大なバグは取り払われた。後はただがむしゃらに遊ぶのみだ。そしてその世界の全てを知り尽くす。それだけが俺達を待っている。
「ああ、分かったよ。――この廃人どもめ」
皆さんこんにちは。作者の新島伊万里です。
まずはここまで読んでいただいてありがとうございました。これにて「L&D - 陽キャは光と、陰キャは闇と -」は完結になります。
2019年の夏ごろからちまちまと書いてたんですがようやく完結です。長編作品を完結させられたのは初めてなのでめちゃ嬉しい限りなんですね。
で、せっかく完結したんです。今まで読んで引き込まれてきた商業作品みたいにあとがきを書いてみようかと思います。
ここまでやってきた中で言いたいことがいくらかあるのでそれを綴ろうかなと。
まず、この作品に触れる前に「不可視の非リア」について。こっちの作品は私の投稿小説欄に埋もれている太古の長編小説でございます。
プロットを作っていたのは高校2年とかその時期だったような気がします。
で、これまで読んできた本を思い返したりしながら見様見真似で書いてみてエタったのがこの作品。
ええ、エタりましたとも。言い訳のしようのないくらいに。
エタった主な原因は世界観を見切り発車で作ったことじゃないかなと思ってます。プロットそのものは完結まで持っていけるストーリーだったんですよ、多分。
それはそれとして置いておきます。言うまでもないですがこれ伏線ですよ? まあ、伏線ってものでもないのですが。
とにかく。大学受験が終わったあたりで別の作品の構想を思いついたんです。それがこのL&Dです。
つまり思いついて書き始めたのは3月頃になりますね。では第1話投稿までになぜ間隔があるのか?
それはまあ7月まではひたすら書き溜めていたんですよね、普通に考えれば。またエタらせると申し訳ないなあとか考えながらとりあえず書き進めていたんですよ。
これは完結までいけそうか試してたわけです。まあ毎日投稿してPV稼げればいいなあ……とか考えてたのもありますけど。
それで何だかんだ連載を始めて、大学の合間にゆっくりゆっくり書いていた時でした。私はふと思いついたんです。
――不可視の非リアのプロットをねじ込めないか? とね。
本当は星野ユウスケをなんだかんだ倒して終わらせるか日常っぽい感じでだらだら続けようかとか考えてたんですが突如浮上したプロット再利用計画。はい、出てきましたね伏線。
そんなわけで無理矢理L&Dのプロットにねじ込まれたのが灰の翁と洗脳能力です。
これを解決するのが不可視の非リアの主人公だったのですが、その役目は見事にアラタが掻っ攫っていきました。
……とまあこんな感じでL&Dは執筆が始まってストーリーが肉付けされて、完結したのです。
他にもアルティーナのくだりとかタケミカヅチとかストーリーを書いてる途中で即興で付け加えたりしたところも多かったりします。ノリと勢いで書き進めていくことアンツィオ高校のごとし。
裏話というわけではないですが舞台裏はこう、はちゃめちゃだったってわけです。
それとちょっとした思い出話もさせてくださいな。
L&Dですが、このあとがきを書いている時点でブックマークをしてくれた方が24人もいるんですよ。
並みいる他の作品に比べれば決して多くはない数字かもしれませんが24という数字には重みがあると私は思うのです。
――24人。この人数を想像するには学校の1クラスを想像すればいいのではないでしょうか。
地域にもよりますが30人前後くらいじゃないですかね? なお読者の世代は考慮しないものとする。
つまり1クラスの人間が皆、ちょっとくらいは続きを読もうかなと思ってくれたことになるじゃないですか。これって中々やり手になりません?
クラスの人気者みたいな幻覚を見せてくれた読者の方々には感謝しかありません。次があれば全校の人気者くらい目指してみます。
さてと、紙幅が埋まったというべきかネタがもう尽きたというべきか。
あとがきも終盤に差し掛かりました。具体的にはラスボスを倒して遺言を聞いてるあたり。
何から何まで雰囲気で進めてきた節もありますが、アラタと共にL&Dの世界を駆けまわったこの3年は刺激的で楽しい日々でした。
ちょこちょこ増える閲覧者数も励みになりました。10000PV超えた嬉しさを表現するだけの語彙力が欲しかったです。
これで最後です。最後に読んでくれた皆さん、改めて多大な感謝を。上手く感謝が言えなくて、こんなことしか言えませんが本当にここまでありがとうございました!