断ち切る力
「……信用しろって何をするつもりなんだよ?」
「簡単さ。僕の《皆輝剣》を《夜叉》でコピーするんだよ。僕の同意があるのなら完全にコピーできるんだろう? きっと灰神に負けない武器に仕上がるはずさ」
「……!」
《皆輝剣》の完全コピー。確かにそれは《蝶舞剣》の上をいく切り札になるかもしれない。
周囲の闇を集めて出力を増す《皆輝剣》のコピー。元のスペックの高さも考えれば現状最強の火力と言っても過言では無い。
――不可能という欠点さえなければ。
「《夜叉》と《皆輝剣》をぶつけ合ったアンタなら分かってるだろうけど、特権持ちの能力はコピーできないぞ」
初めて《白都》に乗り込んで星野の能力をコピーしようとしたことがあった。実際には弾かれて、そこで新たな特権を知ることとなったのだ。
恐らくは特権のような特別な能力はコピーできないようGMが調整していたのだろう。ゲームではさして珍しくもないお約束だ。
だから仕様として《皆輝剣》はコピーできない。そう俺は結論づけている。
「確かに《晦冥》と《光芒》が打ち消しあったのは紛れもない事実だ。けれども今は僕の同意がある。そして君は多くの経験を積んできたんだろう? 僕を倒したツグミのように相当成長しているはずだ。違うかい?」
しかし星野は違うらしい。
「それなら《皆輝剣》をコピーできるように《夜叉》の能力を拡張することだって可能だとは考えられないかい?」
「……!」
周囲のプレイヤーのことを信じることができるからこその発想で俺に迫る。灰神を倒すために足掻けと迫ってくる。
適材適所とはいうが、今の適材は果たしてどっちなのだろうか。主人公や勇者としての資質が優れている星野か、それともこの場において優れた能力を持っている俺なのか。
言い訳を必死に探すけれども出てくる答えはたった1つ。どれだけ紆余曲折、屁理屈をこねてもどうしてもこの答えに辿り着く。
「……そうだよなあ」
――本当はこういう役回りは星野みたいなプレイヤーがすべきなんだけどな……。
「使用条件をギリギリまで制限してアンタの《皆輝剣》をコピーしてみる。できるかできないかは分からないけれど、やれるだけはやってやる……!」
覚悟を決めて《夜叉》を発現させる。その様子に頷きながら、星野が《皆輝剣》を握った瞬間だった。
「――――」
「……っぶねえ!」
これまで沈黙を決め込んでいた灰神が突然暴れ出し、ビームや格闘技を駆使しながら一気呵成にたたみかける。
どういうわけか先ほどのような丁寧さは薄れているが、かといってつけ入る隙ができたとかそんなレベルの攻撃ではないことに変わりはない。
そんな不可解な急襲に被弾しないよう立ち回る。
「くそ! こいつがいるからコピーができない! 目障りな……!」
――いや、そうか。急に襲ったのはまさか、
「アラタに能力をコピーさせないためってことなの!?」
「さっきの会話から学習したってんなら説明がつくだろ!」
その証拠に灰神がターゲットしているのは俺と星野だ。ツグミには流れ弾が向かうばかりで積極的に狙われているとは言い難い。
「本当に頭の回るアルゴリズムというか、タチが悪いな……!」
「けれどもこれは灰神にとっても脅威になるかもしれない、その証拠でもあるだろう?」
羽虫を握りつぶすかのように無感情に襲う腕を防ぎながら星野が呟くが、それが事実であっても喜べるような余裕はない。
「そりゃそうだけど、コピーする暇がないっての! そもそもアンタの火力も落ちてんだろ! 下手すりゃ先に死ぬぞ!」
ここに来るまでにかなりの消耗が見られる星野はツグミのように攻撃を捌いてはいるがかなり危なっかしい。
《白都》で俺達を追い詰めた時のキレは流石に見せられず、精度が上がる灰神の攻撃にいつ捉えられてもおかしくない。
「くっ……!」
星野の《皆輝剣》は大剣であり、《光芒》としてのスペックと通常時の余裕があるからこそ万能の立ち回りができるのだと俺は思う。
それが失われた今、攻撃を耐え切り、さらに《皆輝剣》のコピーをさせる離れ業など――
「いいや、まだだ! ――ツグミ! 僕を倒したあの能力、使えるかい!」
「兄さんの指示は癪だけど任せてよ! ねえ、アラタ! 今の私の火力は凄いから! 防御くらい任せてよ!」
灰神と俺達の間に割り込んだツグミが、両腕を振るう。それぞれの手に握られたのは白と黒の日本刀だ。
「やああああっ!!」
その二振りの刀を完全に同期した動きで操りながら灰神の攻撃の悉くを打ち消していく。
《黒百合》と《白百合》による同時攻撃、それを高速でとめどなく繰り出すツグミ。先程の宣言通り俺達への攻撃の一切を許さない。
「ツグミ、いつの間にこんな強い技を……!?」
「ここは任せてアラタはコピーを!」
「さあ、やるんだ!」
地面に深く《皆輝剣》を突き立てる星野。剣と対峙する俺はもう少しまともに生きていればアーサー王のようにでも見えたかもしれない。
「俺にはそんな伝説的な力はないけど……やってやる……!」
柄に手をかけ、漆黒の《闇》で覆う。
――《夜叉の窃盗》。これまで沢山のプレイヤーの能力を真似して、さらには葬ってきた《晦冥》たる俺の最強の能力。
それだけでは飽き足らず強力なボスだってなんだって打ち倒してきた。たかが能力の1つくらい、模倣できなきゃ《晦冥》なんて名乗れない!
「だから……いけるはずだ……!」
握った手から《光》が溢れてくる。俺の《闇》と何度も激突したその《光》はここにきてもやはり反発する。が……!
「手負いの《光芒》の《光》に劣ると思うなよ……!」
さらに《夜叉》の出力を上げて《光》が行き場を失うように両腕で覆い俺の中に閉じ込める。
「はあ……ああっ!」
「ふむ……《黄昏》と遊んでいる暇ではないかもしれぬな。ならばこのように……」
灰神の目から魔法陣が現れる。これまでのような巨大な魔法陣ではなく、とても小さく精密なまでに紋章が描かれた未知の攻撃。
「……! ヤバい、こっちは動けないってのに!」
その魔法陣は中央から上下左右に太い線が伸びている。ここまでくれば何がしたいかなんて一目瞭然。
あれはスコープの代替品。つまり狙撃だ。《皆輝剣》を持って移動しながらコピーなんてのは流石にやってのける自信はない。
だからこそこうして不動の構えで格闘しているわけだが、そこを灰神は狙いたいらしい。
「まずい……どう防ぐ……!」
狙撃はミスなく一撃で仕留めてこそ価値がある。何発も外すようでは三流だのなんだのと笑われるのがオチだ。だがそこは天下の灰神様だろう。外すようなヘマは打たないと思う。
L&Dのプレイヤーの中には射撃能力に特化した元FPS廃人もいるだろう。そんな奴らのデータを学習して、外す方がおかしいとも思う。
「けど必中ってのは逆に考えれば……!」
必ず俺を射抜くつもりならば予めガードが間に合うということでもあるはずだ。どこを狙うか、そこさえ分かれば《夜叉》で受け止めることができるかもしれない。
問題は防御を優先してコピーを中断するか否か、だ。狙撃に対して一々防御なんてしてたらいつまで経っても《皆輝剣》なんて大物は取り込めない。おまけにツグミだってそんな長時間は持たないだろう。
――ならばどうする。
狙撃されるよりも速くコピーをして見せるか? こんな集中もできていない状態でか? 受け止めるべきか? けれども相手が連射してきたら? 俺はどこまで耐えられる? やはり先にコピーを――
「余計なことを考えている時間は無い! 違うかい!?」
そんな堂々巡りを一喝したのは他でもない《光芒》の声だった。そのまま俺と《皆輝剣》の前に立ちはだかって――灰神の攻撃を一手に引き受ける。
「ぐっ…………!」
「バカかアンタは! 死んだら《皆輝剣》のコピーも全部できなくなるんだぞ!」
進んで攻撃を受けにいけばそれだけ不可視のHPバーは削られる。
万が一にでも0になれば星野は《皆輝剣》ごと退場、さらにもう一度洗脳されるリスクまである。その意味が分からない奴ではないはずだ。
「う…………おおおおッ!!」
その懸念に彼は雄叫び、そして眩いまでの《光》の魔力でもって返事をした。
「はあっ……なに、僕は君達をまとめて相手取ることのできるプレイヤーなんだ。君がコピーを完了させるまで立っていることぐらいはできるさ。……それとも僕が倒れるくらいコピーには時間がかかるとでも言うのかい?」
「……冗談じゃない。アンタが死ぬまでにコピーして完璧に使いこなす姿を拝ませてやるっての!」
兄妹が死力を尽くして灰神の攻撃を防いでいる今、俺がすべきことは《皆輝剣》のコピーただそれだけとなった。
不確定事項なんて挙げ始めればキリがない。が、それらはきっと2人が何とかしてくれるんだろう。そんな思いがどこか芽生えている気がする。
「だから……本気で集中しないとな……!」
決意を言霊に宿して《皆輝剣》に集中する。
自分の意識は例えるならば暗い《闇》の中。そこには俺と《皆輝剣》だけが佇んでいる。そのイメージを描き出しながら自問する。
……この能力はなぜここまで頑なにコピーできないんだ?他の能力はあっさりとコピーできたはずなのに。
……特権のせいか? それなら俺の特権だってかなり強化されているはず。単純に力負けしているとは考えられない。
ならば違う視点で考えるか。……使用条件の制限を強めるか。
魔力消費量はこれまでの何よりも多い。このあたりは当然として……使用時間は10分。
……まだ《夜叉》の爪が通らない。贅沢を言うなと《皆輝剣》に叱られているような気分になる。
……ならば5分、無理なら1分。
……どちらも無理か。コピーができても最小限実用に耐えてもらわないとコピーの意味がなくなってしまう。一体、どう両立させればいい?
「まだ……私はやれるから!」
不意に聞こえてくるのは限界が近づいているであろうツグミの声。
全面的に信じるとはいってもここは数字の支配する世界だ。目に見えなくとも明確なタイムリミットが存在する。
焦燥感と妥協はしきれない現状との板挟み。せめて、今この瞬間を乗り切れれば……。
「っ、それだ!」
この瞬間。この戦闘の間だけ。時間のような制約は課さないが一回こっきりだけの特殊能力。これならば――!
「ら……あああっ!!」
《皆輝剣》にヒビが入る。小さな歪みから少しずつ《夜叉》が吸収していく。
パキパキと音を立てて欠けて崩れていく《皆輝剣》。しかしそれは破壊ではない。これは再生だ。《晦冥》の俺の能力に生まれ変わる。その誕生の瞬間だ。
「――――っ!!」
《光》と《闇》が乱反射し、周囲一帯の何もかもを吹き飛ばす。
俺を守ってくれていた2人はもちろん、その牙城を崩そうとした灰神の攻撃も。そして、灰神本体でさえも踏みとどまれずに膝をつく。
「こ、この魔力はなんじゃ!? お主、何をしでかした!?」
灰神がバランスを崩したせいで地面に叩きつけられた灰の翁がこちらへと声をしわがらせながら叫んでくる。
――ただ1人立っていた、黒と白の刃を持つ大剣を握った俺に向かって。
「これが……《皆輝剣》の力……?」
《夜叉》というコピー能力を作り出した自分ですらも戸惑うほどの出力を放った大剣。この威力、この見た目……これは本当に《皆輝剣》のコピーなのか?
「ああ、やるじゃねえか! 最強の《光》の能力を《闇》が喰らうか! ……それはもう能力のコピーなんて域じゃねえ、創造だ。ああ、GMとして名付けよう。そいつの名は《ターミネーター》だ!」
突如、興奮を隠せないといった様子でタテルが割り込んでくる。創造がどうとか何が起きたのかはまだよく分からないがとにかくそれは後回しだ。
今はただそれよりも強力な武器を試したい。灰神に勝たなくてはならない。その使命もあるにはあるが、こんな状況でもやはりゲーマーとしての性には抗えない。
「《ターミネーター》……灰神を叩っ斬るのには十分だよな!」
「その武器がどれほどのものかは知らんが、学習が止まらない灰神には無意味じゃ……!」
再起動したかのように立ち上がった灰神が俺だけを照準に入れて魔力砲を放つ。
今までなら避けるのが基本。能力全開で打ち消すのがやっとだった攻撃だ。
そんな攻撃だったが今は違う。まだ一度も撃ち合っていないのに不思議と確信が持てている。
「もう……負けるかっての!」
両腕で《ターミネーター》を強く握り、横に一閃。それだけで灰の魔力は両断されて消えていく。
「馬鹿な、完全に押し負けるなど……!」
目を見開く灰の翁に、《ターミネーター》の切っ尖を向けて俺は高らかに宣言した。
「ここからは俺のターン、ゲーマーの意地を見せてやるっての!」