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光と闇と灰と

「来るぞ!」


 灰神が、増やした腕を使いボクシングのように何撃ものパンチを繰り出してくる。


 前進と後退を繰り返しながら何とか喰らわないようには立ち回るが、中々灰神に近づけず、もどかしい攻防を繰り広げる。


 そんな中ツグミは、


「《白百合》の強度ならギリギリ……いけるよ!」


 手にした日本刀の刃でパンチを受け止め、そのまま刃の方向を変えてパンチそのものを受け流す。


 そして灰神の手が離れた瞬間、距離を詰め、新たな腕を受け流す。


 能力が強いからと使っている俺の短剣とは一線を画す使い方を披露しながら拳の雨を駆け抜ける。


「アラタっ!」


 もう何度目かになる受け流しのアクションの中で、体に捻りを入れながらこちらへと《白百合》を振るう。


 その途端に俺を襲おうとした腕がぶつりとちぎれ、その場に落ちて沈黙する。


「……!」


 いつものように斬撃を飛ばしたのだろうが、その速度が普段よりも圧倒的に速い。


 ツグミが刀を振った瞬間には既に斬り裂かれており、ツグミと腕の間にはまるで距離なんかなかったのではないかと思うほどだ。


「今なら……!」


 できる限り姿勢は低く、ツグミのように瞬間移動は使えないにせよ全力で突撃する。


「私が《光》攻撃!」


「なら俺は《闇》だな!」


 2属性の刃で同時に斬りつける。ゴオオッと衝撃波が乱れ飛ぶが、灰神の体はびくともしない。


「2人になってもそれが関の山かのう……?」


「っ、退避!」


 灰神の目が光り、その視線を追うようにレーザーが地面を撫でていく。さらに地面の切れ目から例の蔓がニョキニョキと生えて追撃を浴びせてくる。


「待ってアラタ、この攻撃は何なの!?」


「L&Dの全データを学習してるらしい! 何でもありってのはそれだけストックが多いからだ!」


 戸惑いはしているものの、自慢の《白百合》で蔓を裂き、レーザーを捌いていく。


 《夜叉》の本質は《光》を無効化する《闇》の爪を纏って攻撃することではなく、能力のコピーそのものだと思う。対してツグミの能力の本質は2振りの日本刀だ。


 俺の爪なんかよりもよっぽど武器としては磨き上げられているのだろう。未知の能力に対しても刀のスペックで正面から立ち向かっている。


 それも時間の問題かもしれないが。


「じゃあ……私の刀の性能もそのうち学習されちゃうってことだよね……!」


 灰神の強みは俺やツグミすらも知らないデータを利用できること、そして絶えず学習し続けることだろう。


 つまりツグミの刀の威力や癖も遅かれ早かれ完全に把握してしまう可能性がある。それはもちろん俺も例外ではないが。


「もう、今でも効いているのか分からないレベルなのに……!」


 攻撃をせずにHPを削り取ることなど不可能だ。だから苦し紛れながらも斬撃を飛ばす。もっとも、撃った本人もうすうす勘付いてはいるだろうが灰神にその刃は届かない。


「灰神の体は《光》と《闇》が混ざり合った魔力で複雑に編込まれておる。弱点属性なぞ存在はせぬし、そのような斬撃程度では傷もつかんわい……」


 斬撃を受けてもそよ風を浴びているかのように気にも留めない様子で、灰神は腕をツグミに対して照準を合わせるかのように重ねる。


「まずは小娘から捕らえてくれようかのう……」


 その言葉と共に、ツグミの足元に水色の魔法陣が現れる。そこからは灰色の網のようなものが上空へ向かってズルズルと這い出してくる。


「……まさか!」


 ツグミが翼を広げて飛翔するがそれよりも速く網はしっかりと編み上げられてツグミの脱出を頑として阻んでしまう。


「網なんかで、私を閉じ込められるわけないよ!」


 気炎を上げて《白百合》を振り回すも網目には1つの綻びも許さず、どれだけ暴れても脱出できないのはまるで水揚げされた魚のようだ。


「待てよ、魚……? おいツグミ、その技はヤバいぞ! 抜けられない!」


「なんで! ただの網だよ!? すぐに斬ってみせるよ……!?」


 そうは言うもののその網は一切ツグミの刃を受け付けない。信じられないという面持ちで刀と網を見比べるばかりだ。


「《晦冥》は気づいたようじゃのう。いいや、気づかぬ方がおかしいというものか……」


「当たり前だろ。何から何までパクるとか本当に(たち)が悪いな。……ゲームと現実は別だって言いたいんだろ?」


 俺達のやり口はゲームと現実は別だという認識が根底にある。はばたきだけで下降気流を起こすとか、光を噴水で反射させるとか、実際に科学者にでも聞かせたらガチギレしそうなものばかりだ。


 そんな無茶ができるというのがVRゲームの醍醐味かもしれないが、そこはまた別の話か。


 とにかく、ゲームの世界はある程度自由に作られているという期待の元で戦略をいくつも立ててきた。しかしこれは何も俺達だけの特権なんかではない。


 《晦冥》や《黄昏》とは違う、誰にだって解放されているこの世界の摂理だと灰の翁は言いたいのだ。


「魚釣りが題材のゲームでは釣り竿1本、もしくは小さな網だけで巨大な魚でも何でも捕獲することができるらしいのう……。その理屈でいくとこの世界では、どのような危険な魚でも捕獲できるほどの強度を持つ無敵の網が作れるはずだ、と灰神のシステムは考えたらしい……」


「詭弁だよそんなの……!」


 詭弁ではあるがこちらも似たような理屈に賭けて勝利してきた。


 詭弁を通すのと、あちら側だけ反則だと断じるのと、ゲーム性を保つためにどちらの言い分が通るのかは火を見るよりも明らかだ。


「まずは1人、脱落といこうかの……」


 灰神が両の拳で、見えない球体を抱き込むようなモーションを取る。


 瞬間、その空間から膨大な魔力の塊が徐々に形作られていき、発射体制に入っているのが分かる。


 灰神が動きを止め、魔力制御に集中しているということはいわゆる溜め攻撃に入るのか。


「まずい……!」


 動きが止まるほどの溜め攻撃、それはゲームの世界では即死が確定するレベルの威力だ。防御スキルがどうこうといった御託を一切許さない純粋な威力の塊だ。


 ゲームというルールを律儀に学習したためか、溜めが長い、射線は固定されるといったシビアな条件からは逃れられないらしいが、それでもこの状況なら必殺の一撃になり得るだろう。


 回避方法があるとすればたった1つ。ツグミを網から救出するのみだ。


「くそ、全力の《月光》も通らないとなると……!」


 頭で必死に解決策を考えると同時に攻撃を放つ。外側から俺、内側からツグミが耐久度を削ろうと画策するがびくともしない。


「これはゲームなんだ、だから削らないはずはない……!」


 L&Dの釣り要素がどんなものかはやってないから分からない。けれども、竿に掛かった魚が100%釣れるようなつまらない設計にはなっていないはずだ。


 釣るか逃げられるかの勝負を味わえるような仕様をGMであるタテルなら入れ込むはず。


 それならば釣り竿も網も、確実に魚を捕まえられるようにはなっていないと断言できる。


 つまり網を引きちぎることは理論上可能だ。


 詭弁と推測をミルフィーユのように重ねていき、もはやどれが真実なのかは判断できない。それでもこの可能性には賭ける方があると俺は思う。


「だとすれば後は、火力……! 特権2人以上の火力があれば……タテル! 一撃でもいいから援護とかできないのかよ!」


「ああ、これ以上は贅沢言うな! そっちに雑魚が行かねえように撃ち落とすだけで手一杯だ! 第一、そんな奥の手があるならハナから使うに決まってるだろうが!」


 あちらはあちらで徹底した露払いをやってくれているらしい。ならばなおさら足止めしてもらっているこの瞬間にどうにかしなければならないが……。


「……要は火力があればいいんだろう? 僕とツグミ、そして君の3人で攻撃すればいい。単純なことさ」


「ちょ、アンタは……!? 何でこんなとこにいるんだよ!?」


「話は後さ! 2人共、僕に合わせるんだ!」


 急に声をかけるなり方針を強引にまとめて大剣を構える乱入者。


 問い詰めるか、お前の言うことなんて聞くかと突っぱねるか、大人しく従ってツグミを助けるか、ゲーマーとして合理的な選択は一体どれか。


 ――そんなものは考えるまでもない。


「全員の火力を一点集中だな! ――《夜叉》!」


「兄さんもちゃんと火力出してよ! ――《白百合》!」


「皆を救うために、僕は戦うんだ! ――《皆輝剣》!」


 網に飛び込み、それぞれの全力を網にお見舞いする。


 特権持ち2人では確かに通らなかった攻撃だが、3人ならば。単純計算の1.5倍ではとても釣り合わない魔力が周囲に弾け飛ぶ。


「……っ、押し切れ!」


 灰神の理屈や性能がいかに強固であっても幾度となく刃を交えてきた3人の火力もまた無視できないほどに強力なのだ。


「まさか、これほどとはのう……!」


 網の一部が綻びる。綻びというものは案外油断ならない。なぜなら大抵はそこから堰を切ったように、


「崩れていく……!」


 ぶちぶちと音を立てて網目が細切れにされていく。そうしてツグミの移動範囲が一気に拡大したその瞬間だった。


「じゃが少しばかり遅かったのう……。――《回帰塵灰》」


 灰神の腕から魔力が解放され、俺達3人を飲み込まんと迫る。太陽のように巨大なそれは逃げる場所などどこにもないと宣告しているようだった。


 だが、


「遅いのはそっちだよ! ――《黄昏の翼》!!」


 俺と星野の手をツグミが掴み、2人分の重量など些事だというように軽やかに空を駆ける。


 溜めた《回帰塵灰》は射線が固定されている。追尾も何もしない単純な攻撃など、ツグミなら造作もなく避けてみせるだろう。


「私を最初に捕まえたのも、飛んで逃げられたら困るからだよね、多分」


 灰神よりも高度を高く保ち、してやったりとツグミが見下ろす。


「ぬう……まさか星野君がそちらに味方するとは驚いた……。小娘に倒されたとばかり思っておったが……」


「途中で洗脳が解けたのさ。ツグミが飛んで先行してしまうものだから、遅れてしまっただけさ」


「ふむ……そして儂の理想が気に食わないため、不本意ながら対立していた《晦冥》達に手を貸すと?」


「そうだね。……僕は、皆が協力して自分の意思で生きていくべきだと考えるからね。独裁者は許せない、僕はこちら側につくさ」


「誰も彼も、満身創痍でよく吠える……。ポーションで体力や魔力が回復しても、疲労感は完全には抜けておらんはずじゃ。ましてや特権者同士の戦闘を行なって、無事で済んでるとは思えんのう……」


「おい、星野。翁はあんなこと言ってるけど大丈夫なのかよ? こっちはアンタを守る理由も余裕も多分無いぞ?」


 ツグミの救出には結果的に星野の力は必要不可欠だった。しかし灰神攻略に星野が必須なのかと聞かれると即断できないのが現状だ。


 火力が増えるという観点で見れば諸手を挙げて歓迎するが、星野の能力は「味方の魔力を集めて火力を上げる」、もしくは「魔力を他人に譲り渡す」が本質だ。


 星野の能力を活かせる取り巻きはおらず、せいぜいがツグミに《光》の魔力を分け与える程度だろう。


 網を破壊するには3人の攻撃を合わせる必要があったが、灰神にそれが通じるかどうかも分からない。


 もしかすると網よりも硬い装甲かもしれない。その場合には攻略に一工夫も二工夫もいるだろうが、星野の能力でその助けになるかどうか……。


「君の考えは分かるさ。確かに《皆輝剣》が活きる要素は無いし、僕自身も限界が近いさ。……おおよそ、戦力にはならないかもしれないね」


 溜め息を吐きながら肩をすくめるような動作をする星野。


 しかし彼はそれでも諦めるとは言おうとしない。肉壁として使えとも進言しなかった。


 それは、リア充や陽キャに分類されるとはいえ、俺やツグミよろしく生粋のゲーマーだからなのか、それとも《光芒》に選ばれるだけの彼の資質がそうさせているのだろうか。


「それでも……僕にもできることがある。君が信頼さえしてくれるのならば。……僕は《晦冥》だって輝かせてみせるよ」

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