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対峙するのは全知の神

「ゆけ……!」


 灰神が腕を叩きつける。材質は不明だが、伸縮自在らしく、鞭のようにしなりながら質量を落下させる。


「いくらデータが揃ってようとその程度じゃ捕まらないっての!」


 が、俺も伊達にこの世界を走り回っているわけじゃない。軽快に避けながら《月光》による反撃を撃ち込む程度はお手の物だ。


 ――ダメージとして認識されているのかは別として。


「くっそ、手応えがまるでない……!」


 灰の翁単体に連撃を決めたときは確かにダメージが入った感触があった。しかしこの灰神は元を正せばあの不可侵の杖なのだ。やわな攻撃が通じないのは変わらないか……!


「灰神の適応力についていけるかのう?」


「何言って――っ!」


 叩きつけられた腕がぐにゃりと曲がる。後方へ飛んだ俺へと指が向けられる。そしてそのまま5本の指は高速回転を始め、魔力でできた灰を飛ばし始める。それはまるで――


「マシンガンのつもりかよ……!」


 いつかの《黒都》で受けた《万蝕銃・連》。あれも本質はマシンガンだったが、それよりも勝る制圧力を灰神は見せた。


 視界を灰に染める。蜂の巣だなんて表現では物足りない。対象を塵に変えてしまうほどの濃密な弾幕だ。


 だが――


「全ては無理でも、軽減くらいならできるんだよ――《夜叉》!」


 コピーしたのは灰神と同じくマシンガンだ。あらゆるスペックにおいて灰神のそれには及ばないが、それでも《夜叉》の特権が乗っている。


「灰が《光》と《闇》からできてるならある程度は打ち消せるだろ……!」


 マシンガンを頭上から心臓へ向かって振り下ろす。そのまますぐに制動をかけて頭上へと戻す。これを繰り返せば……!


「致命傷になる箇所に弾幕を集中させ、即死を防ぐ魂胆か……」


「マシンガンなら前に受けたからな! 対策くらいできてるっての……!」


「その割には余裕がなさそうじゃがのう……」


「くっそ、チート相手に余裕なんてかましてられるか!」


 普通に受ければ死ぬ攻撃をぎりぎり受け流すイメージで延命する。今俺にできることはそこが限界かもしれない。それでもこれは時間稼ぎにはなる。


 いや、パターンや予備動作が分かれば後々対処できるようになるかもしれない。これは理不尽な現実ではなくゲームだ。ゲームにはゲームのやり方がある。まだ詰んだ状況ではないはずだ。だから……!


「――無駄にはならないんだっての!」


 撃ち抜かれながら足が地面に接触する。……今ならば。


「《夜叉》!」


 地面を引っ掻き抉り取る。それを突き立て壁を作る。


「これを繰り返せば……!」


 後退しながら瓦礫の壁を重ねていく。作っては崩されていくがその速度に追いつかれないように壁を重ねていく。


「ふむ……果たしてその壁がいつまで持つかのう……」


 翁が言ったそばから砕けていく壁。無限に足場があるわけでもなし、このままでは最終的に敗れるのは俺になる。だが、


「ただ逃げてるだけだと思うなよ……!」


 両腕から左右に《月光》を飛ばし、地面をさらに抉っていく。どう加減すればいいかは感覚で分かる。上手く壁、いや目隠しを作れるように角度や威力を調整する。


「これは……?」


 左右に伸びた万里の長城のような壁。そこを最高速度で突き進んでいく。灰神からはこちらが見えない。つまり左右どちらから動いたか分からない。揺さぶりをかけながら襲い掛かれるという寸法だ。


「ふむ、灰神を見くびってはおるまいな? このような目隠しなぞ一撫でじゃぞ……!」


 途端にだらりと伸びる灰神の腕。ゴムのような弾力性と竹のようなしなり、それらを見せつけてハグをするように壁の両側から破壊していく。


 俺がどちら側を走っていようとも確実に当てられる攻撃か。


「そんなのだろうとは読んでるんだけどな!」


 迫りくる腕を縄跳びのように躱して、さらにその腕に飛び乗りながら灰神との距離を詰めていく。


「軽業師の真似事かのう? ……ならば!」


 足場にしている灰神の腕がぼこぼこと変形していく。ハエトリグサのような牙が腕から生え、あたかもエサを見つけたかのようにその顎を俺へと向ける。


「後出しで色々と出しやがって……!」


 《夜叉》で槍を具現化してそれに対抗する。この槍は使用者から能力を聞き出してあるため、そこらのコピー武器とは一味違う。


「俺の特権を舐めるなよ……!」


 槍をくるくると回しながら牙をへし折り、囲い込みを封じていく。それでも牙は止まることなくにょきにょきと生えてくる。が、


「俺の方が速いっての!」


 牙が伸び切る前に槍のもう1つの能力を使用する。対象へ向かって一直線に突進していく能力だ。


 追尾式の投擲術として使うこともできるが、槍を握ったまま使えば……!


「飛べっ!」


「小癪な真似を……!」


 牙の包囲網から抜け出して一気に灰神へと肉薄する。


 《バベルの長城》にいたゴーレムは本体中央部に弱点となるコアが存在していたが、これに関してはそんな弱点らしき部分が見当たらない。


 となればとにかくダメージが大きそうな場所を狙うしかないのか……。


「なら、ここだ……!」


 灰神の頭部――といっても丸い顔に真紅の目のような器官がついているだけだが――に《夜叉》を纏わせた拳を打ち込む。


 貧弱なガキのパンチ程度では死なないだろうし、このまま殴り続けても捕まってしまうのが落ちだろう。


「だから……《蝶旋風》!」


 殴ると同時に纏わせていた魔力を《蝶舞剣》へと変換し、そのまま一気に魔力を流し込んで刺突を放つ。


 《蝶旋風》は斬りつけた回数と流し込んだ魔力によって威力が増減する。正確なところは分からないが、かなりレベルも上がっているであろう俺の魔力は、これまでの冒険に相応しい嵐を呼び出してくれる。


「――――」


「ほほ……実際に受けると中々驚かされる規模じゃのう……」


 攻撃と同時に風に乗りながら後退する。嵐で誰も思い通りに動けない隙に離脱して安全に戦闘が続けられるというヒットアンドアウェイ。


 風を制御できない時期もあったが、それなりに動き方が分かってきた気がする。熟練度のようなシステムでも存在するのだろうか。


「なるほど……これが《晦冥》の戦い方か……」


「俺もそれなりの数の能力をコピーしてきたしな。手数の多さなら負けないっての」


「そうは言うがお主のそれは戦闘に特化したものじゃろう? ……さて、このようなものの対策はできるかのう?」


「っ!」


 割れた地面から突如として襲いかかってくる何か。それは飛び退いた俺をしつこく追随してする執念深さをみせる。一瞬、灰神の腕かと考えたがこれは違う。これは……


「触手、いや、蔓……!?」


 ばしばしと叩きつけながら迫り来るそれは紛うことなき巨大な蔓。驚くべきはその大きさ、太さだ。


 アマゾンや世界のどんな秘境でもここまで育った植物は見ないだろうというレベルで、もはや蔓ではなく大木と言ってもいいレベルだ。


「こんな能力どこで見つけたんだよ……!」


「能力じゃと? これは何も特別なものではない。ただ、ガーデニング要素から学習した知識じゃ。どのようなことでもできると謳っておったのはさて、どこのGMじゃったか……」


「だからって戦闘に直結させるとかありかよ!」


 その声は蔓の叩きつける轟音に掻き消されてしまう。さらに蔓が地面を砕く衝撃で土埃が舞い、聴覚だけでなく、視覚に対する妨害まで繰り出してくる。


「さて……反射神経で乗り切るか、それとも別の能力を見せてくれるのやら……」


「……っ!」


 土埃で濁った視界から予備動作も何もなく突き刺そうと突進する蔓。《夜叉》で受け止めるも、俺の特権すら霞むほどの重量には逆らえずあっけなく押し飛ばされてしまう。


「その程度とは拍子抜けじゃのう……。さっきまでの威勢はどこへ行ったのやら。まあよい、これで終わりじゃ……」


 砂埃の向こうから右往左往している人影が見えるのだろう。蔓は狙い狂わず、あたかも銛を打ち込むかのように冷徹に頭部を貫いた。


「造作もないのう……」


「何が造作もないんだよ?」


 ――まあ、俺の頭ではないけれど。


「お主……!? なぜじゃ……!?」


「さあ、どうしてだろうな!」


 砂煙から飛び出し、ボウガンを乱れ撃つ。灰神の腕がそれを振り払った瞬間こそが俺の狙い。


「……っらあああ!!」


 腕と腕の隙間を身を屈めてすり抜ける。そのまま四肢を開きながら《蝶舞剣》、魔力を込めた蹴りと思いつくだけの激しい攻撃を灰神に叩き込む。


「無駄じゃ」


 しかし、それでも冷たく灰の翁は言い放つ。


「ぐっ……!」


 灰神から新たに生えた3本目の腕が俺の体を的確に捉える。貫通こそしていないが、みしみしと響くような一撃が俺の攻撃を止めさせた。


 そんな俺を見ながら先程の蔓を仕向けた場所へ視線を移す翁。


「分身能力まで持っていたか……これは一本取られたのう……」


「それ、反撃してから言う台詞じゃないだろ……!」


「まだ喋る元気があるとはタフなことじゃ……」


 灰神のパンチを翁が緩めさせる。それにより支えを失った俺の体は地に堕ちる。


「げほっ……っ! とにかく、ポーション……」


 立て直すにはまずポーション。攻略サイトなんぞどこにもないがこれが基本であることは間違いない。インベントリから実体化させて手に握ろうとする。が、


「させんよ……」


 灰神の手が触手のようにうねりながら逆転のキーアイテムであるポーションを奪っていく。そのまま残りの腕で俺を乱暴に吹き飛ばす。


「……っ!」


 そして転がされた先で俺が見たのは奪い取ったポーションを摂取している灰神の姿だった。


「ポーションを奪うなんて……中々、いやらしい手を使うじゃんか……!」


「これは灰神が学習した攻撃法でのう……。昔、誰かが使った戦法らしい。相手の回復を許さず、自身は万全の状態を整える、実に合理的な方法じゃ……」


 翁はその、どこかの誰かを評価するかの口ぶりで悠々と言ってのける。実際に使った時は非情に効果的だったが、やられる側に回るとここまで厄介な戦法だったとは……。


「もう終わりかのう?」


「んなわけ……あるかっての!」


 再度伸びて襲い掛かる腕を見切りながら俺は考える。


 灰神はあらゆるデータを学習してる。つまりこれまでの俺の戦法も全て知識としては存在するはずだ。アプローチを変えれば付け込む隙はあるかもしれないが、それも正直望み薄だ。


 しかも回復までするもんだからどうにかして一撃で倒したいが……そのためにも、そして身の安全のためにもとにかくポーションでこちらも回復しなくてはならない。


「下手に動いても無駄だろうし……どうするか……」


「そのまま躱し続けてもいずれ灰神が完全に学習する。今どきの若者はどこまで頑張れるかのう?」


「一々鬱陶しいっての! こんなロボ速攻で倒してその鼻っ柱折ってやるから!」


 そう言いながらおもむろにポーションを取り出す。俺の動きを学習したんならきっと灰神は――


「奪うのじゃ、灰神……」


「取れるもんなら取ってみろ!」


 俺に攻撃することよりもポーションを奪うことの方が優先度が高いはず。その予想通りポーションまっしぐらに進む腕を挑発するようにポーションを宙へと投げ上げる。


「――――」


 どう見てもプログラムされたロボットのはずなのに戸惑いを見せる灰神。やはり未知の事象に対しては即座に対応できないのか。


「まだ完全体とは呼べないみたいだな……!」


 その標的を迷った腕を《蝶舞剣》で斬りつけなが、足蹴にする。もちろん蹴り上げた力で空に飛び出してもポーションのところまでは届かない。が、それでいい。


「《月光》!」


 最速の《月光》をできる限り近づいた状態で放つ。灰神が対応するよりも速く、未知の事象で埋め尽くす……!


「何を考えておるのじゃ……!?」


 空中で割られたポーションは中身をぶちまけ夕立のように地面に降りかかる。ポーションが夕立なら俺はさしずめ貯水タンクみたいなものか。


「別にお行儀よく飲まなくても、結果として口に入ればいいんだろ!」


「まさか……!?」


 割った瓶から溢れた液体。空から降ってきたそれをダイレクトに口で受け止める。全部入らなくても口に入ったとシステムが認識したのなら……!


「……よっし!」


 魔力が体の底から湧いてくるこの感じ。体が軽くなったようなこの感覚。なんとか回復はできたらしい。


「まさかそんな乱暴な方法を見せてくれるとは……じゃが、その方法も学習してしまったぞ? もう二度と同じ手は使えぬな……」


「ならまた非ゲーマーには思いつかない方法を考えるだけだし問題ないっての。とにかく魔力が戻ったんだしこれでアンタをボコボコに――」


 そう踏み出そうとした逆襲の一歩、けれどもそれは歩めない。灰神のことを恐怖して足がすくんでしまったとかそういった話ではない。ゲームの中で怯えるものは何もない。


 なら何か。心理的なものでないならあり得るとすれば物理的なものしかない。


「足枷とか洗脳使いらしい、いやらしい手口だな……」


「反撃に出るのが遅かったのう……。巨大な蔓が出せるのじゃから小さなものも当然操れる。そこまでは頭を回す余裕はなかったか……」


 灰神が両腕を合わせながら灰色のエネルギー波を放つ。避けようにも足には細いながらも異様にしっかりした蔓が絡み合っていて、どうこうしている時間もない。一か八か全力の《夜叉》で受け止めて、ギリギリ生き延びた瞬間にポーションを使えば、あるいは。


 分が悪い賭けではあるがたまにはこういう博打も悪くない。そう無理矢理納得させて灰神のように両腕を突き出した。その時だった。


「小技に引っかかるなんてアラタらしくないよね」


「!」


 足の蔓が切れた。いや、()()()。そう知覚する頃にはエネルギー波の射程外へと退避していた。それはまさに早業だ。瞬間移動でも使わないと到底できない荒業だ。


「ギリギリのタイミングで来たけど、ピンチになるの待ってたりしてないよな?」


「するわけないよ、失敗したら笑えないでしょ。これでも結構必死で追いかけてきたんだよ。もうちょっと他に言うことあると思わない?」


「……助かった、さすがツグミ」


「どういたしまして。そっちも時間稼ぎご苦労様、アラタ」


 そう言って突風のように現れて俺を救出したツグミは笑う。少しだけ引きつったように見えるのは既に死闘を繰り広げた後だからだろうか。


 それでも余計な気遣いはいらないといった気概も持ち合わせているのがツグミだ。だから俺がすべきことはできもしない配慮をするのではなく、共に灰神を倒しにかかることだ。


「どう、強い?」


「ぶっちゃけ何もかもチートレベルだと思う。ゲームの何たるかも知らない爺さんが作ったんだから納得といえば納得だけど」


「急に何かと思えば減らず口を叩く若者が2人とは……。日本をよりよくするためにもお主らは洗脳しなくてはならんのう……」


「洗脳なんて能力、口うるさい陽キャにだけかけとけばそれで解決すると思うよ?」


「そうだな。わざわざ全国民とか言わずに陽キャだけターゲットにすればいいのに。それなら俺も喜んで手を貸すんだけどな」


「ほっほ、何を言うかと思えば……。儂、いや大人から見ればお主らも何も変わらんて……」


「そうかな? 私達は並み居る陽キャを倒してるんだよ。そこらの若者とは一味違うんだよね」


「どんぐりの背比べということも分からぬか……ならば儂が直々に教えてやろうかのう……」


「ツグミ、来るぞ! こいつは学習しまくって強くなるからどんな手使うか分からないぞ!」


「分かったよ! でも私達ならきっと大丈夫だよ! これまでもそうだったでしょ!」


 灰神の腕が左右3本ずつ、合計6本へと増殖する。俺達2人に対応するためだろうか。


 なら、左は俺が、右はツグミが。パワーアップしていようがお構いなく果敢に突撃する。


 全てはゲーマーとして勝利を収めるために。






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