2つの剣閃
「はああああああッ!!」
「……ここだよね!」
兄さんの真の切り札、《皆輝剣・眩耀》の眩しいまでの刀身を紙一重で躱して距離を取る。
一応こちらの属性配分を全て《光》に変えているけれど属性による相性は誤差のレベルなんじゃないかと私の防衛本能が叫んでいる。
「逃げるだけでいいのかい? そうこうしている間にも《皆輝剣》は成長を続けるというのに!」
その言葉通り、振り払われた剣は周囲の光を際限なく吸収して、一層その勢いを強めている。
重さすら感じられそうなその《光》を軽々と操りながら狂戦士のように叩きつけてくる。
「これを避けられるかな?」
「あっ……まずい!」
《皆輝剣》を振り抜くと見せかけて、急に手元に引き戻し、全く違う角度からのフェイントが放たれる。
一撃が重たいから器用な戦法は取れないと思っていたのに……!
「《白百合》!」
「ツグミの《光》じゃ太刀打ちできないさ!」
受け止めようと刀を突き出すもその力の差は歴然だった。
《皆輝剣》がバットなら、私の《白百合》は野球のボール。ボールがバットを吹き飛ばすなんてファンタジーはいくらL&Dのゲームでもできないらしい。
「ああっ……! っ……それなら《皆輝剣》を相手にしなければいいんだよね!」
宙に斬り上げられてもそのままコンボを受けるわけにはいかない。追撃から身を守ると同時に反撃の一手も打つ!
「――《黄昏の翼》!」
背後へと瞬間移動、そのまま高速で《黒百合》を抜いて首を取る……!
「その翼で来ると思ったよ」
「嘘……!」
最速で属性を変えて、《黒百合》を具現化して抜き放ったはずだった。けれどその刃は兄さんが背中越しに掲げた《皆輝剣》に阻まれる。
兄さんがこちらへ振り向かなかったから私の動きについてこれないと思っていたけれど実際は違った。
「目で追わなくても動きが読めたから動かなかったってこと……!?」
「危なくなったら高速移動、それは確かに理に適っている。しかしそれは追い込んでしまえば高速移動で何かをすると明言するようなものじゃないか!」
《皆輝剣》を捻り、その勢いで体勢が崩れたところへ会心の一撃が放たれる。
「あ……あ……!」
「そんなワンパターンに翻弄されるほど僕は甘くないさ」
お腹を抱えてうずくまりながらも何とか《白百合》を実体化して握ろうとする。けれども兄さんは私の0.1%の勝率すら見過ごさないといった風に刀を遠くへ斬り飛ばす。
「それに何度も打ち合えば分かるけれど、ツグミの属性で攻撃するつもりか防御するつもりかなんて一目瞭然さ。まるで動きがプログラムされたモンスターさ。癖が分かればどうということはない」
「好き放題、言ってくれるよね……!」
言い返すことはできないけれどその隙にポーションを飲んで《黄昏の翼》を使う。打ち捨てられた《白百合》を回収しながらさらに距離を空ける。
ワンパターン。その言葉が心に重くのしかかるけれど、そうやって凌ぐことしか私にはできない。
早くアラタに追いつかないといけないのに……!
「やはりポーションは強いな。こちらも使っているとはいえ、うまく使えば中々倒れない。……今度こそは回復する暇を与えずに攻め立てようかな。翼で距離を詰めるんだろう? どこからでもかかってくるがいいさ」
「…………」
兄さんに完全にパターンを見切られている以上、言う通りに特攻を仕掛けても無駄だと思う。
かといって普通に斬りかかっても結末は同じ。ワンパターン、その言葉がのしかかって違うアプローチを想像できない。
属性を変える、斬撃を飛ばす、瞬間移動を使う、私が今までやってきたことと言えばこれだけで説明ができてしまう。
本当に過酷なシーンは、今思うといつもアラタかユウちゃんが守ってくれていた。
《光》の無効化に能力のコピー、溜め攻撃と困難にぶつかるたびに新たな打開策を見出してきたアラタ。
ワンパターンとは違う、シンプルイズベストの能力で私達を守ってくれて、それでいて攻撃の手段まで身につけたユウちゃん。
……私、甘えてばっかりだったなあ。
「……このままじゃダメだよね」
一朝一夕でワンパターンな自分は変えられない。でも……いつもと違う一歩なら。一歩だけなら踏み出せるんじゃないかな?
「ずっとそこに立っているつもりなら、こちらから行かせてもらおう!」
《光芒》の特権の1つでもある高い身体能力を活かし、跳躍しながら、両手で構えた《皆輝剣》を叩きつける。
空気の流れが断ち切られ、地面はその衝撃に耐えられずに崩れていき、廃墟のような様相を呈している。
でもそれだけ。私の死体はそこにはない。
「《黄昏の翼》! 今度こそ、兄さんを打倒するよ!」
兄さんの攻撃に合わせて瞬間移動。地面に降り立った兄さんと空を駆ける私。行動範囲の広さなら私に分があるこの状況。
「空中から攻撃か! けれどたったそれだけの変化で僕を惑わせるとは思わないことだ!」
《皆輝剣》を構えて防御態勢に入る兄さん。その盾のような大剣に《白百合》を打ち込むもびくともしない。
「やはりそれは力不足さ。けれど悲観する必要はないさ。灰の翁の元にくればもっと素晴らしい力が手に入るのだから……なっ!?」
受け止めてカウンターの一撃で私を地面に堕とす。兄さんの戦法も案外分かりやすいね、と思いながら私は兄さんの虚をついた。
「刀は防いだはずなのに……それは一体……!?」
「兄さんの言う通り一刀で戦うと攻撃が読まれちゃうよね。だったらさ、二刀流で戦えば良かったんだよ」
私の左手の《白百合》は《皆輝剣》に阻まれてしまった。けれども右手に握られた《黒百合》は、 《皆輝剣》の間合いを避けて兄さんの腹部に深々と突き刺さっている。
「まさか……新しく能力を習得したのかい!?」
戸惑っているここが勝機。《翼》を使い、さっきみたいに位置を変えながらの連続攻撃。
今の私の属性配分は《光》と《闇》、両方が100%になっている。手数というだけでなく、威力そのものも牽制として使える《白百合》と本命の《黒百合》。
大剣1本でカバーしきれない位置を狙えば攻撃は通る……!
「うん、そのまさかだよ。魔力の消費量を2倍にするデメリット付きならすぐに申請が通っ……!」
急に視界が白く霞んだ。兄さんが反撃したのかと思ったけれど違う。この感覚は魔力枯渇。
よく考えずにデメリットとして組み込んだけれど想像以上にシビアな能力に仕上がってしまったかも……。
「《黒百合》が弱まった! 《聖者の光進》!」
「っ……ううっ!」
《皆輝剣》は《白百合》を跳ね除け、そのまま地面に深く刺さる。それにより生まれた《光》が私を兄さんから遠ざける。
「一度立て直したかったんだろうけどそれは私も同じだよ!」
吹き飛ばしの方向を《翼》で調整しながら器用にポーションを口へと運ぶ。
色んな敵に吹き飛ばされ、また空を飛ぶことも覚えて空中での動きはだんだんと慣れてきた。意識すればこれくらいは何とかなるみたい。
「空中でポーションを飲みながら戦えばもう少し粘ることもできるかも……。ってあれ?」
すぐさま二刀を構えて臨戦態勢に戻すけれど、眼前に兄さんの姿は見当たらない。
「《皆輝剣》に注意を向け過ぎさ!」
《聖者の光進》を使用したすぐ後に移動を開始していたのか、背後から不意に現れる兄さん。
「――っ!」
2本の刀をクロスさせて防御を試みるも踏ん張るだけの時間は無く、さらに足場もない空中のため、受けた推進力で大地へと突き落とされる。
「まだだよ……!」
背中から打ち付けられる寸前で刀を地面に突き立てる。さらに一瞬だけ《翼》をはためかせて姿勢を制御、ギギギと刀が異音を立てながらも衝撃を逃すことに成功する。
「うおおおおおっ!」
「――!」
間髪入れず、兄さんの猛攻は止まらない。元々のスタイルが正々堂々な兄さんのその一撃は的確に《黒百合》を捉えて空へとかち上げる。
「あっ……!」
「……即座に二刀流で対応してみせたのには感心したさ。けれどこうやって刀を失えばさっきまでと変わらない。これが即席の限界点さ」
私の喉元に《皆輝剣》が迫る。数センチ前に押し出されればそれだけで戦闘不能になる間合いだ。
「……やっぱり兄さんはすぐに対処してくるね。私より頭がいいって持て囃されるんだから当然かもね」
「妹の考えを読むなんて兄としては当たり前の能力さ。……思った以上に抗ってみせたけれどそれももう終わりさ」
「……うん。そうだね。終わらせてみせるよ……《月光》!」
「この期に及んで基本技!? 見苦しいにも――!?」
どすっと鈍い音がする。それは兄さんの体から。無力化したはずの《黒百合》に刺されて音がする。
「兄さんは頭がいいから《黒百合》を弾くんじゃないかなって思ったんだよ。実はそこまで織り込み済みだよ?」
「……空中の《黒百合》を《月光》で後押しすることで飛び道具のように……!」
動きが止まったその様子から、兄さんにかなりのダメージを与えられたことを察せる。
さっき私の背後に回り込んだ時、兄さんはポーションを飲む時間すら惜しんだのかもしれない。
「もう今しかないよね! 《黄昏の翼》! 全部の能力全開で倒しきってみせるよ!」
「僕を……舐めるな! 100%だろうとそれは紛い物の《闇》だ! 耐えきってツグミの魔力が無くなった時にトドメを刺す!」
高速で移動して兄さんの背中から《黒百合》を抜く。そのまま《黄昏の翼》の瞬間移動能力で飛び回りながら兄さんの体に刃を刺しては抜いていく。
黒ひげ危機一発を乱暴に扱うように至るところを刺していく。
「ふ……っ、おおおっ! ツグミ、そろそろ魔力が心許ないんじゃないか? ……ポーションを使わなくていいのかい!」
「そんな隙見せたら一撃でやられるからね! そんなミスは打たないから!」
と言ってみるものの本当はかなり危ないのも確かだったりする。ラッシュを始めて1分も経ってないのに体が悲鳴を上げ始めているのが分かる。
全快にした魔力が早くも底を尽きかけ、体がおかわりをよこせと叫けんでいるみたい。
「まだ……余裕だよ……!」
もう一撃。もう一撃で終わる。そう訴えて体を騙しながら何度刀を振るったか分からない。
でも霞んだ視界の中でも兄さんが苦悶の表情を浮かべている間は止まれない。自分を叱咤しながら崩れない牙城に斬撃を加えていく。
「はああああああっ!!! 私は……勝つんだから!!」
「ッ………………!」
全身全霊の魔力を乗せて、渾身の居合抜きを浴びせる。《光》と《闇》、モノクロの刀傷に包まれてついに兄さんはその足を折る。
「っ…………く、《晦冥》には遠く及ばないと侮っていたけれど、ここまでの力を持っていたとは……。これは僕の完敗だと認めるしかないな……」
「はあ……っ、はあ……っ、私の強さ、思い知ったでしょ……? ならさっさと消えてもらうよ……っ!?」
瀕死の兄さんを見据えていたはずの私の両目が急に地面へと向けられる。顔を上げようにも頭が鉄球になったかのように動かない。そんな……私は兄さんに、完全にトドメを刺して邪魔をさせないこと……なのに……!
「前に、進んでよ……!」
魔力枯渇を起こして、倒れ込んだままの体はぴくりともしない。明度の強い視界でも兄さんがまだ消えてないことは確認できる。早くどうにかしないといけないのに……!
「この分だと僕は《晦冥》の邪魔はできそうもないか……。せめて、ツグミとは刺し違えないと立つ瀬がないか……!」
立ち上がろうとしているのか《陽光》で攻撃するつもりなのか判断はできないけれど、兄さんは魔力枯渇を起こしていない。
つまり、私に逆襲するチャンスがあるということになる。
「だめ、それは絶対にだめ……! 少しの魔力でいいから残ってないの……!?」
灰の翁が何をしてくるかは分からないけれど、アラタ1人だけに無理はさせられない。私達は2人だからこそ強くなれるんだから……!
「はあ……はあ……っ! 無駄さ、魔力枯渇はどうにもならないさ。灰の翁のためにツグミにはここで退場してもらう。いや、これからは灰の翁の元で《晦冥》を倒してもらうのさ……」
ざりっと瓦礫の中を進む足跡がする。ゆっくり、ゆっくりと距離は測れないけれど着実に近づいていることだけは分かる。
「な……にが灰の翁よ! あんなののためにわけもなく働くなんて馬鹿げてるよ! 私は絶対洗脳なんてされないから!」
どれだけ語気を荒げても進む足は止められない。洗脳されたプレイヤーに倒されれば洗脳される。
兄さんですらそうなったんだから抗う方法はないのかもしれない。だったら今ここでどうにかやられずに切り抜けるしかない。
何かないのかと頭を必死に回転させるけれど、それより早く兄さんがすぐ近くまでやってきたらしい。
「なに、すぐに灰の翁の素晴らしさは理解でき……洗脳? 待った、僕が洗脳? された? 誰に? ……本当に?」
「……兄さん?」
おかしい。さっきまでと兄さんの様子が一変している気がする。
「そうだ、僕は兄だ……誰の? ツグミの兄だろう。そう、星野ユウスケはツグミの兄で……」
「もしかして……洗脳が解けかかっているの?」
タテルさんは洗脳されたプレイヤーは倒されれば正気に戻ると言っていた。じゃあさっきまでの攻撃で倒される寸前まで追い詰められていたとしたら……?
「そうだ、僕は《光芒》。《皆輝剣》の使い手にして……お、翁、の……」
「違うよ!」
介入するならここだ。きっとアラタならここで動くはず。兄さんを倒すんじゃなくて洗脳を解いて、無力化する……!
「兄さんは《白都》のリーダー! 多くの人望を集めてL&Dを謳歌していた! それに目をつけられて私やユウちゃん、そしてアラタに倒された!」
「《白都》のリーダー……!? 違う、あそこは灰の翁の領土で……! いや、僕はあそこを守っていた……のか?」
尚も揺れ動く兄さん。苦しんでいるのか、どんな様子なのか、白く染まった私の世界からは分からない。
けれども言葉が届くんだからひたすらに届けていくのみだ。
「そうだよ、兄さんは守った! 灰の翁の手勢から私達を逃すために盾になった! それで洗脳された!忘れたの!?」
「う……ぐ……!」
なおも呻きが止まらない兄さん。《グレイ・スレイブス》の記憶と本来の記憶の葛藤はそう簡単には決着がついてくれない。
それを打破できるくらいの兄さんの信条といえば……!
「そうだよ! 洗脳を解いて《白都》の皆を助けなくていいの!? それとも何? 私とアラタに全部任せっきりにするつもりなの!?」
「皆……? 助けないと…………そうだ、僕は助けないといけないんだ。……………………灰の翁、そうか。僕は操られたのか……すぐにでも反撃に……いや、まずは状況が……」
「兄さん……?」
ようやくある程度魔力が回復したのかうっすらと開けていく視界に兄さんが映る。
その手には《皆輝剣》は握られておらず、《陽光》を撃つそぶりすらも一切感じられない。
「そうだ……僕は《白都》の皆を救う星野ユウスケだ。言いたいことは山ほどあるけれど、とにかくありがとう。洗脳を解いてくれて」
「……元はと言えば兄さんが私達のためにやってくれたことだしね。そういうのはいいよ」
本当なら感動の再会とでも銘打ったりするのかもしれないけれど、あまりそういう間柄でもないから淡々と言葉を交わす。
兄さんが元に戻ったことよりも体が動いてポーションが飲めるようになったことの方が嬉しいだなんて言ったらまた一悶着あるかもしれない。
「とにかく、私は回復したしアラタの元へ向かわないと……」
さっきまで無茶をした影響なのか、体が重く感じるけれど休んでいる暇はどこにもない。
「……っ」
そうして踏み出した足に力が入らなくなったところを兄さんに掴まれる。
「……なんのつもり?」
「さっきツグミが僕に言ったろ? 皆を救わないのかって。だから僕は救いに行くのさ。もちろん、あの《晦冥》君だって例外じゃない」
「ほんと、どこまでも正義感が強いよね……」
「ならばツグミ達は誰かのために動いているんじゃないと?」
「当たり前でしょ」
見ず知らずの人のために頑張るなんて優しさは持ってない。私が頑張るのは自分のやりたいことのためだけと決めたから。
「大事な大事な私のゲームを、そして居場所を、つまんない政治家なんかに渡したくないだけだよ」
だからアラタ、もう少しだけ待ってて。
――きっとすぐに追いつくから。